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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~duelist編~
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37、生まれ変わった希望

「……しぬかと、おもった……」

 半分白目になりながら、青い仔竜がぐったりと長机の上に身を横たえる。

 精根使い果たした相棒を優しく撫でてやり、シェートはほっと、安堵を吐き出した。

「フィー、ありがとな。俺、ちゃんと勝つ」

「ま、毎回、こんな綱渡りやるとか、おっさん、どんだけ神経が図太いんだよ……」

 今日は宿に帰るのではなく、競技場の宿泊所で一夜を明かすようにと、"愛乱の君"から通達があった。

 豪勢な調度や、無駄に贅沢な寝台は魔王の城を思い出して、あまりいい気分はしない。

 とはいえ、万が一のことがないようにという言葉を、素直に受け入れた結果だ。おそらく、魔王の報復を恐れてのことだろう。

「おーす! 陣中見舞いに来たぞー! ってなんだよ、だらしねえカッコしやがって」

「あの程度の交渉、鼻歌を歌いながらでもやってみせなさい。主様の後釜を自認するのなら、尚の事です」

 赤と黒の小竜たちが、荷車のようなものを引き連れて入ってくる。天板や途中の仕切りに乗せられたのは、酒のビンや料理の数々だ。

「無茶言うな! 魔王城の時といい、今回といい、要求が厳しすぎるっての!」

「それだけ期待され、見込まれているのです。光栄に思いなさい」

「大丈夫だってー。主様、ちゃーんと相手を見てから、死なない程度に無茶振りしてくるだけだしよー」

「なお悪いわ! そのうち俺、擦り切れて死んじゃうからな!」

 そんなやり取りもそこそこに、サリアが机に宴席を整え、それを自分も手伝う。すでにカードから出ていたグートへ、分厚い牛の肉を放ってやりながら、女神に問いかけた。

「で、フィーのこと、どうだ?」

「決戦前の交渉としては、これ以上ないものが行えたと言えるだろう。私もようやく、そなたらと共に戦えるというわけだ。フィーには感謝しかないな」

「そういう猪武者以下の、前のめりな姿勢が、気に食わないのだと申し上げますよ、"平和の女神"様。貴方のそれは蛮勇ですらない、ただの自殺願望です」

 言葉につまり、弱々しくほほ笑むサリアを、そっと笑い飛ばしてやる。

 彼女の性格では、高台に座ってすべてに見通すような振る舞いは無理だ。自分が前線に立っている実感があれば、少しは気持ちも落ち着くだろう。

「ところで軍師サマよ。この女神様の、大事な大事な命を変換して創るカード、どうするか決まったかい?」

「いや……っていうか、折角だからソールたちが」

「駄目です」

 赤い小竜の言葉は、冷たくそっけない。その隣に座って、すべての料理を食べつくす勢いで料理を貪る黒い小竜も、同じ意見のようだった。

「助言はするさ、必要なら知恵だって貸してやる。でも、実際の策はお前が練るんだ。そうでなきゃ、許さないぜ」

「今後、お前は竜洞の代表として、"平和の女神"の軍師となって活動する。私たちはあくまで、その補佐でしかない。そうでなければ、主様が脱落を選んだ意味がない」

「……おっさんが落ちるところまでが、"愛乱の君"を打ち倒す作戦だったんだな」

 シェートはふと、"知見者"との戦いで散った少年を思い出していた。

 左腕に嵌っている神器は、彼の残した敢闘の証。そして今も、自分たちの道を切り開く力になってくれていた。

 これと同じように、竜神も自らの策を成すために、倒れていったのだ。

「フィー、頼む。俺、カード考える、無理だ。たぶん、サリア、同じ」

「私は己の資産を提供する。それを運用するのはフィー、そなたに任せた」

「……無茶振りが過ぎるんだよ。俺を、百円入れたら作戦が出てくる、機械かなんかと勘違いしてんじゃないか?」

 大人びた笑いで口元をゆがめると、青い仔竜は料理を机からどかして、こちらの"でっき"の全てを並べ始めた。

 外に出ているグートを除く、すべてのカード。

 こうして見ると、自分の狩りの軌跡が目に見えるようだった。

「正直、シェートのデッキはこれ以上弄りようがない。対クリーチャー用のカードを、全体除去に入れ替える程度だ。それも無意味だから、やらないほうが良いけど」

「その理由を、論拠と共に提出しなさい」

「【終幕無き神が饗宴ショー・マスト・ゴー・オン】は、場のカードを別の場に出るカードと入れ替えることで力を発揮する。つまり複数のカードを問答無用で流せるカードに弱い。とはいえ、シェートの能力でも代用が効くから、重要じゃないな」

「まあ、良いでしょう。及第点です」

 あの能力は、ほんとうにとんでもなかった。

 適当な代えのカードさえ出ていれば、"幸運の女神"の力で、好きなものが自由自在に出せるのだから。

「フィー、勇者、出すカード、サリアの力、壊せるな?」

「ん? あー……そういうことか。うん、能力を使った後なら問題なく行けるぜ。追加のマナコストを課されてなきゃな」

 これまでの経験上、自分の能力は魔法の道具や結界には良く効く。おそらく、フィーたちのような悲惨な負けは、こうむらなくて済みそうだ。

「そのことは、これから説明しようと思ってたんだけど……案外良く見てんだな」

「俺、一杯、そういう道具、壊した。あと、レイヤの時、旗、壊しにくかった」

「……フィー、そのコボルトにも、多少は無茶振りをしなさい。それなりに使えるようですから」

 淡々と酒盃を傾けながら、赤い竜はこちらをちらりと見つめ、目礼した。

「どうやら私も、思慮が足りなかったようです。この魔物を侮っていた不明、敵方でなくて本当に良かったと思います」

「わはは、ツンデレかよ! ソール氏キモーイ! うははんぐぎゅぶうっ!?」

 尻尾の一撃で、黒竜の顔を分厚いパイに沈めると、赤い竜は勘案を語り始めた。

「思う以上に、このコボルト……シェートはカードに習熟しています。そのことを踏まえて、このデッキに足りないものを、加えるべきかと」

「……勝ち筋、だな。しかも、強力な」

「《グート》や《魔狼双牙》……あるいは伶也殿から貰い受けた《ディハール》では、駄目なのですか?」

 サリアの言葉に、シェートはドラゴンのカードを取り上げ、それをじっくりと眺める。

 勝ち筋、という言葉を反芻する間に、フィーが注釈を加えてくれた。

「それはただの"クリーチャービート"だからな。対策カードがありすぎるし、封じ手も容易だ。何よりカードごとのシナジーが特殊すぎる」

「《魔狼双牙》は、クリーチャーがいないと使えませんし、勝ち筋に入れるのには不安要素が強すぎます。《ディハール》はそもそも、二枚のカードを使わないと機能しない」

「それ一枚で勝ちに繋がる切り札、それがフィーの創るべきカードだ」

 顔中脂とソースまみれの太った竜が、考えを締めくくる。

 これまでにない、無理難題を吹っかけられ、仔竜は腕組みをして考え始めた。

 自分は本当に、こういう場面では役に立たない。

 サリアと同じく、勇者達の世界には縁が無いし、こうして戦うことができているのも、狩りと同じように動けるカードを選んでもらったからだ。

 その中の一枚を拾い上げ、眺める。

《勢子の追い込み》、これがすべての始まりだった。

 懐かしい、仲間との狩りを思い起こさせるようなカード。

「フィー」

「……どうした?」

「創るカード、罠、できるか?」

 みなの視線が、自分に集中していた。

 ほんの思いつきの言葉。大して意味もないが、何とはなしに口を突いていた。

「どうして、そう思ったんだ?」

「いや……その、俺、罠、使いやすい。さっき見た……最初の勇者、倒すとき、同じだ」

 それが、罠というカードがなじんだ理由だと思えた。

 自分で仕掛けを施し、獲物を陥れる。その動作の分かりやすさが、自分に合っていた。

「すまん。俺、カード、良く知らない。思いつきだ。忘れろ」

「……いや、案外いいと思う。このカードは罠として設定するぞ」

「良いのか?」

「俺も取っ掛かりが欲しかったんだ。ジャンルが決まれば、かえって創りやすくなる」

 やり取りを見ていた赤い竜が、どこからか一枚のカードを取り出してきた。

 何の絵も描かれていない、文字も入っていない、無地の一枚。

 その中間あたりをドラゴンの爪がなぞり、【罠】の文言が刻まれた。

「考察を重ね、結果を記す。一度形にしてしまうほうが、思考をまとめやすいでしょう。ガナリはこういっていますが、ナガユビたる女神は、何かありますか」

「私も、存在を浪費するつもりはありませぬ。できれば、今後も使える能力を創生し、シェートの助力としたいものです。つまり、神器か神規の創生を」

「なるほど。ようやく多少は、まともに思考を働かせるつもりになられたご様子で、なによりです」

 そろそのこの赤いのには、手加減をするように言ったほうが良いだろう。確かにサリアは抜けた女神だが、そこを責めても実りはない。

「いずれにせよ、神器の形を取るほうが良いでしょう。基本、神去の子供らも、神規の核は何らかの器物に封じてありますので」

「んじゃ、こいつは【神器】ってことで」

 黒く太い指が、新たに文言を書き入れていく。そして、その示す先が、シェートの胸元に当てられた。

「おい、シェート。お前のその首から下げてる奴、使っていいか?」

「……これ、どうする?」

「神器の核にするんだ。そうすりゃ、旅の間は絶対に壊れないし、お前以外に触れられることもなくなるぜ。折角の思い出の品だ、一緒に戦わせてやってもいいんじゃね?」

 その青い石を、そっと手の平に乗せる。

 お守りとして身につけてきた、ルーの物になるはずだったそれを。

「……分かった」

 首から外し、カードの上に乗せる。

 その形が中に吸い込まれ、青く輝く石が絵として収まった。

「形が決まり、運用が決まり、込めるべき力の方向性が決まった。後は、いかなる力を授けるか……ですね」

「さっきも言ったが、俺らはアイデアをださねーからな?」

「この中に込める物次第では、この神器は単なるガラクタと化す。慎重に、思考を重ねていきなさい」

 小竜たちが壁際に下がり、コボルトと、女神と、仔竜が残される。

 明るく照らされた部屋の中で、長い試行の時間が、始まった。



「やられた……っ!」

 上半身をテーブルにめり込ませる勢いで、女神が頭を抱えて叫ぶ。

 端女たちも下がってしまった専用の部屋の中、日美香は苦笑しつつ、マクマトゥーナの狂態を眺めやっていた。

「なんなのよあの仔竜! なんなのよあの仕込み具合! このまえの食事のときとダンチじゃないのよぉっ! まさか、あんな風に、あたしに挑み返してくるなんてぇっ!」

 すでに食事もお風呂も終わり、ある意味くつろぎタイムなのだが、女神のほうは自分の失態と失点が悔しすぎて、大変なことになってしまっていた。

「がっでむ! ふぁっきん! さのばびぃっちっ! ほんとに、ほんとに、もう、なんなのよおおおっ!」

「そろそろ落ち着かない? 怒り過ぎると美容に悪いよ?」

「わーかってるわよぉっ! でも、あたし、ほんっとうに悔しくてっ!」

 するするっと隣に座ると、こちらの肩へ頭を預けて、彼女はつぶやいた。

「……ヒミちゃんに、あんな真似までさせといて、結局相手にいいように付け込まれるとか。ほんと、どうしようもないくらい、最悪じゃない、あたし」

「仕方ないよ。多分あれ、竜神様がずっとレクチャーしてた結果だと思うし」

 おそらく、ゲーム中の相談のほとんどが今後の指導だったんじゃないだろうか。だとすれば、手札にあったカウンターを、一枚も切らなかったことにも納得がいく。

 こちらのコンボの全容を開示させ、次のシェートに繋げるためだったのだ。

「ほんとごめんね。それだけは何度でも言うわ」

「じゃあ、あやまるのはこれっきりにして? 私も納得して使ったデッキだもん。辛かったけど、後悔はしてないから」

「ううう、ヒミちゃぁああんっ」

「はいはい、もう泣かないの」

 そんな茶番を済ませつつ、日美香は自分のデッキを手に取り、問いかけた。

「ところで、シェート君たちはどんなカードを創るつもりかな」

「……十中八九、神器か神規よ。神器であることは間違いないわ」

「コンストラクトか。しかも破壊不能ね。じゃあ、バウンスかゲーム外への追放が有効打になるかなぁ。カウンターは、多分無理だと思うし」

 隣に座る女神は、少し驚いたような顔で、こちらを見た。

「意外とタフなのね。というか、やっぱりカードゲームだから?」

「うん。本当の戦いは怖くて、どんなにやっても慣れないけど、カードなら平気。相手の行動を考えて、それに対抗する手段を探して、どうやって勝とうか考えるの」

「でも、大丈夫なの?」

 彼女の不安そうな視線に、日美香は笑った。

 その疑問ももっともだ。彼女には、まだ知らせていなかったのだから。

「さっき、マーちゃんが言ってたでしょ? 相手をただ陥れるだけのデッキなんて、私に作らせるかしら、って」

「ぶっちゃけ、アレはハッタリよ。中身の作成はヒミちゃんにお任せだったし、あのカードを見せた作戦も、てっきり仕掛けがばれないようにする、ためだと……」

 デッキの上から順番にカードをテーブルに並べていく。

 四枚のマナコンストラクト。コンボのためのキーカード四種。打消しの呪文が七枚。

 そして、十八枚目のそれは、そのいずれにも属さないカードだった。

「え……ちょっと……?」

 更にめくるカードの約三十枚弱が、彼らの一切あずかり知らない、隠し玉だった。

「どう、驚いた?」

「ちょっ……ちょっと待ってよヒミちゃん! これって、まさか!」

「そうだよ。あのデュエルで見せたのは、このデッキのコンボの、一種類だけ。しかも全部、一枚差しなの」

 目を丸くした女神は、顔中を笑顔に変えて抱きついてきた。

「うっそー! やだもう、こんな仕掛けしてるんだったら、早く言ってよー!」

「だ、だってほら、敵を欺くには味方からって言うでしょ」

「きゃー! ヒミちゃんカッコいい! ステキ! 最高! 大好き!」

 もちろん、普通のウィズの試合であれば、こんな博打をすることは決してありえない。

 だが、神様の力を、【終幕無き神が饗宴ショー・マスト・ゴー・オン】を使うことを前提にするなら、十分可能な手だった。

「さすがのあたしもビックリだわ。だってヒミちゃん、こんなデッキ使うのイヤだって言ってたのに」

「……うん。だからね、これはそういう意味でもあるの」

 万が一、あの竜神がこちらの動きを完璧に読んで、自分のコンボを打ち破ってきたら。

 その時は、この残りのカードで、思う存分戦いたいと願っていた。

「あいつは目先の勝利より、サーちゃんたちを育てることを優先した。助力を打ち切り、女神とコボルトと、自分の仔竜の力だけで、これからの試練を乗り切らせるために」

「……やっぱり、そういう意味なんだね、あれ」

「あたしが同じ立場でも、そうしたでしょうね。誰かにすがって得る勝利に、意味はないもの。ましてやサーちゃんは、自分の復讐のために命を張っているんだから」

 少し意外な評価だった。

 さっきは、あれほど敵意をむき出しにして、シェートたちを蹴り落とそうとしていたように見えたのに。

「もしかしてマーちゃん、シェート君たちに勝って欲しいとか、思ってない?」

「まっさかぁ、それは見立て違いよ。でも……そうね、観客として、あるいは演出するものとしてなら……あれほど魅力的な素材もないわ」

 本当に、彼女は不思議だ。

 策謀を練り、相手を陥れることに躍起になるかと思えば、自分の女神を育てることに心血を注ぎ、敵対した者への、心からの賛辞を忘れない。

「そういえば、マーちゃんが幸運の女神だって、みんな知らないの?」

「もちろん知ってるわよ。あたしよりも千年以上若い子は、知らないかもだけどね」

「それじゃあ、どうして?」

「"滔血とうけつ凶姫きょうひ"、それが神々の知る、"幸運の女神"としてのあたしの銘よ」

 あふれる血で体を洗い、その赤き彩りに嗤うと言われる女神。マクマトゥーナの別の側面を表現した二つ名。

「あたしの加護は全てに等しい幸運をもたらす。それは十年そこらの武錬を慮外とし、子供を歴戦の剣士に勝たせるほどに、不公平な代物よ。でも、考えてみて。実力も同じで装備も同じ、更には肉体的な壮健も釣り合う同士が、あたしの加護を受けて戦ったら?」

 待っているのは、果てしない身の削りあいだ。

 本当の意味での実力勝負であり、わずかな差を幸運が埋め合わせ、血を流しながらも勝負はつかない。

「弱い敵には蹂躙を、強い敵なら相打ちを。あたしの加護を受けた戦場は例外なく、大量の流血ぎせいを呼んで果てていく。絶対に益にならない幸運、それがあたしの加護」

「でも、カードゲームなら、そうはならない。流せる血液リソースは、有限だから」

「だから言ったでしょ、真剣勝負セメントなんて、くだらないって」

 彼女の言葉を聞きながら、いくつかのカードを手に取る。

 そういう戦いでなら、多分これらは有効だろう。互いのデッキを削りながら、最終的にはこちらが勝つ未来を目指すなら。

「明日は、夢の続きが見られるわ、日美香」

「夢?」

「貴方が望んだ、力を尽くしての大一番。全身全霊をかけたデュエルが」

 女神の言葉に口元が緩む。

 そういえば、仔竜の使っていたカードにも、《大一番》があったっけ。

 泣いても笑っても、これが最後のデュエルだ。

 例え勝ったとしても、こうしてカードを繰る機会は、しばらく訪れない。

 もしかすると、魔王だけは、ウィズの形式で戦ってくれるかもしれないが。

「そろそろ休みなさい。明日の、最高の舞台のために」

「うん……」

 やれることはすでに終わっている。

 互いに知恵を尽くし、意志を尽くし、そして死力を尽くす。

 やがて来る決戦を思いながら、日美香は寝室へと向かった。

「……ちゃんと、寝れるといいけど」

 高鳴る期待に興奮する心を、笑いながら。



 薄暗い部屋の中で一竜ひとり、カードを眺める。

 そんな自分を、フィアクゥルは不思議に思っていた。

 日本にいた頃には、こんな日が来るなど、考えてもみなかった。友人の中にはカードで遊んでいる者もいたが、自分には縁遠い世界に思えた。

 きっと、自分はかなり、ドラゴンになってしまっているのだろう。

 侵食率は、今や三十パーセント弱を前後している。あの草原で暴走してから、その値は二桁を下回ることがない。

 ドラゴンになってしまったら、どうなるのだろう。

 竜神は必ず元に戻すといっていたから、そんな未来は訪れないだろうが。

 もし、ドラゴンになってしまったら。

「悪くはない、かもな」

 この体に不都合はない。むしろ、ただの人間の体などと比べるほうがバカバカしい。

 頑強で、聡明で、長生で、自在だ。

 なにより、この体があるからこそシェートを助けられる。

「考えは、まとまったのですか」

 そんな他愛ない物思いを、赤い竜がさえぎった。

「くだらない妄想にふけっている暇で、早く能力を設定してしまいなさい」

「簡単に言ってくれるよ。さすがに、万能の対策なんて早々考え付くもんか」

 すでにサリアとシェートは休んでいる。眠る必要のない女神は、最後まで付き合うといってくれたが、シェートの気を休ませるためにと、引き取ってもらっていた。

 なぜかグラウムまでが、部屋の隅でいびきをかいて寝ているのだが、あれはどういうつもりなのだろう。

「あの饅頭は気にしないように。ただのにぎやかしです」

「はいはい、そーですねっと」

 いまだに能力の埋まらないカードを、取り上げて頭上にかざす。

 罠ということで"埋設"の能力も与えているから、作動する体裁は整っていた。

「主様とは、最後にどんな話を?」

「デュエルの時か? なんだよ、聞いてなかったのか」

「私的な話も交えそうな気配だったので、あえて」

「バラルのことは、知ってるのか?」

 赤き竜はうなづき、少しばかり思案する姿勢になった。

「主様の旧き友人にして、消滅した廃神。思えば、サリアーシェ様に懇意であったのも、かのおろかな神に、彼女を重ねていたのかもしれません」

「おろかな、神?」

「その者、天を別ち、地を裂けり。民草を刈り、神達を狩り、欲と得が為、星辰の果ての果てまで貪らんとっす」

 古臭い言葉が竜の口から漏れ、締めくくりにあざけるような吐息が漏れた。

「天地万物をその手にせんとせし、強欲なる神。そう伝わります。世界の征服者、生命の簒奪者、劫略するもの、嫉妬せしものと」

「《デミウルゴス》……」

「ゆえに、かの者はあらゆる配下に叛かれた。五体を微塵に、魂魄を灰燼に帰され、蘇ることを封じられた。そして神去は、永遠に神を失ったのです」

 おそらく、こんなことでもなければ、知ることもなかった地球の歴史。

 自分達の世界に、かつていたとされる神。

「おっさんは、何か言ってなかったのか?」

「ただ、旧い友人であったとだけ。魔王がなぜそれを知ったのか、それはいずれ解明すればいいこと。今は目の前の勝利に集中なさい」

「って、言われてもなぁ」

 いつの間にか、手近に置かれていたカップを取ると、中身をすする。

 香ばしいコーヒーの湯気をかぎつつ、フィーはつぶやく。

「デュエルに勝つのと同時に、リアルでも使える神規なんて、簡単には思いつかねーよ」

「そんなことですか。それは主客が逆転しているから、そう思うだけです」

 ソールはカードの群れから《魔狼双牙》を取り上げて、そのテキストを示した。

「これは別に、今回のデュエルのために作り上げたわけではありません。本来持っていた効果を、翻訳していただけのこと。かの狼の能力も、同じでしょう?」

「……つまり、最初に目指す効果を設定して、それをカードに落とし込めって?」

「シェートが今後、使うに値する能力。敵の勇者に対してアドバンテージを取れる能力を創生し、カードとして変換すればいいのです。今の女神の神威であれば、叶えられない奇跡は存在しません。限度は、ありますが」

 シェートが使うべき能力か。

 そういう意味では、竜神の創生した魔狼双牙は、本当にあいつの身の丈にあった武装に違いない。弓であり剣であり、己の能力を限界まで引き出すことのできる、まさしく神器と言う名にふさわしい。

 攻撃に関しては、あれを上回るものは創れないだろう。

 では、防具を与えてやるべきだろうか。

「いや……ないな」

 そもそも軽戦士のようなシェートに防具をあてがうのは無理があるし、デュエルに影響を与えるような力を持たせるのは難しい。


『あれは敵の都合をくじいて勝ちを拾うものだ。あやつの戦いそのものだな』


 ふと、竜神の言葉を思い出す。

 敵の能力の裏を掻き、あるいはそれを利用して、あいつは勝ちを収めてきた。

 初めてシェートと一緒に戦ったのは、モンスターコロッセウムの勇者のときだ。あの時は自分をモンスターテイマーにして、敵の勇者と渡り合ったっけ。

「相手のルールを利用して、同じ土俵に立つ」

 次の"知見者"のときは、相手のはまりセーブを利用した。ひそかに用意した神器で、相手の裏を掻いた。

「ルールの隙を突き、自分の力を生かす神器を使う」

 そして、俺を殺した、シェートの最初の戦い。

 非力さを罠で埋め合わせ、相手の思いも寄らない弱点をあばき、力をはぎ取って倒す。

「自力を補い、相手の弱点を知り、力をはぎ取る」

 暮れ行く山の中、薄暗い木々を背景にこちらをにらむコボルトの姿を思い出す。

 決闘を申し込まれ、仲間から分断された自分を。

 丁寧に、執拗に、相手の利点を消し、己と同じところまで引き摺り下ろす戦い。

 それがコボルトのシェートの『勝ち筋』だった。


『勇者を狩る者、若きガナリよ。己の弱さを信じよ』


 竜神の言葉を、思い出す。

 そして、あいつは答えたはずだ。


『ああ、俺、弱いまま、行く』


 シェートを強くするのではない。

 弱いまま、あいつを勝たせるための力、それが俺の作るべき神器だ。

「ソール、相談していいか」

「ええ」

「俺の構想を、今から話す。勘違いがあったら訂正してくれ」

 考えをまとめながら、少しずつ形にしていく。ソールの指がカードの上をたどり、必勝の策が刻まれていく。

「コストはこれで良いでしょう。封じた能力も、問題なく機能するはず」

「そうか……良かった」

「ただ、これでは少し、決め手にかけますね」

 不安に思ったこちらに、ソールは微笑みながら修整を入れてきた。

「効果書きを整えます。これで、あのカードとのシナジーができるでしょう」

「……あ、そうか。これなら」

 フィーは、部屋の隅で静かに寝息を立てる、星狼に目をやった。

 本当にソールがいてくれて良かった。自分では、ここまでのことは考えられなかっただろう。

「あとは、これを神器にするだけか」

「瞬きする間に終わる作業ですよ。今は寝ておきなさい」

「うん。あとは、たの……」

 疲れが意識を闇の底に引き込んでいく。

 決戦への祈りも、必勝の策への確信も抱けないまま、仔竜の心は眠りに沈む。

 倒れ伏した小さな体に毛布をかけてやると、赤い小竜はそっと、明かりを吹き消した。


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