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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~duelist編~
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36、知恵比べ

 ひどい屈辱だ。

 石になった笑いを変えることもせず、忌々しい竜神が消え去っていく。

 あの男は、最後の最後で全てを否定し、破り捨てていった。

 あたしたちの勝利を、無駄な努力とあざ笑ったのだ。

 それが例え、単なる負け惜しみでも、ブラフであっても、許すわけにはいかない。

 あたしの大事な勇者が、己の誇りを捨ててまでも、手に入れようとした勝ちを、その価値を、否定させてなるものか。

 だから"愛乱の君"、マクマトゥーナは、晴れやかに笑った。

「実に見事な散り際だったわ。敵ながら天晴れ、己の兵を鼓舞し、まだ陣は破れていないと示す姿、まさに理想的な将の最後って奴ね」

 誰が貴様の影響など、残してやるものか。

 すべてを暗い穴倉に放り込み、その策謀が見えなくなるぐらいに、埋め立ててやる。

「そして、あなた方に謝るわ。いくら、あたしの願いを叶えるためとはいえ、ひどい仕掛けをめぐらせてしまったことを」

 青い仔竜が口を開きかける。

 その瞬間を見計らって、あえて日美香に、ゆっくりと顔を向けた。

 見る必要はない、視線など交わさない。

 これはあたしの舞台だ。その進行は、すべてあたしが決める。

「ありがとう、三条日美香。その誇りを代償に、竜を倒した勇者。そしてごめんなさい、もう二度と、こんな思いをさせることはないわ」

「どういう……こと?」

「竜殺しは成った。ドラゴンを打ち倒す剣は、もう必要ないのよ」

 背中越しに湧き上がる脇役たちの気配を、あたしは無視した。

 その代わり、大観衆に向けて、華々しく声を上げた。

「あたしたちの強さ、見てくれたかな? そして、それがいかに無体で、強力な力であったかかも! でも、この力はもう封じるわ。あたしの願いはあくまで、みんなと一緒に楽しむことだもの!」

「ずいぶんと、驕った物言いをされるものですね、"愛乱の君"」

 実にありがたい合図キューだ。

 愚かな"平和の女神"、あなたになら舞台に上がる権利をあげる。

「そうかしら? あなたには伝えていたはずだけど? あたしの願いは、みんなで遊戯を楽しむ事だって」

「そうではありません。私たちという対手を前に、デュエルを楽しもうなどと、たわ言を吐かれるとは」

「言っておくけど、その青い仔竜をデュエルに参加させる気はないわよ。彼はもう敗北した。本来なら、あるべき世界に帰らなければならないのを、あたしの温情で、あえて残してあげているんだから」

 それは真実ではない。

 竜神の敗北は、単に権利を持った神の消滅として処理された。フィアクゥルは一時的に彼の勇者になっただけであり、サリアーシェへの貸与契約は結ばれたままだ。

 だが、かすかに動揺した相手の顔を見れば、その真偽を推し量るまでには思考が回復していない。

 いくら下稽古をつけたところで、所詮は大根役者。そのまま呆けて突っ立っていればいいのだ。

「デュエル前の作戦会議はしても良いわよ。そのくらいは許してあげる」

「別に、フィー、いなくていい。俺、お前、ちゃんと倒す」

「さすがは歴戦の勇者食い、いい覚悟ね。あたしそういう男の子、大好きよ」

 お前の決心など、何をするものか。

 いなし、あしらい、そらしてやる。"虹の瑞翼"の勇者に示した甘さからも分かる。お前は敵対しないものに向けて、対抗心を燃やせるほどには熱くない。

「ヒミちゃんにこれ以上、嫌な思いをしてまで戦って欲しくないわ。あのデッキを使えないのは痛いけど、最後の勝負ぐらい、しのぎを削るバトルをしてもらいたいもの」

「お前、勇者、負ける。それでもか」

「あたしの目的は、あくまで無粋な大人の排除。それが終わった以上、あとはあたしの勇者に思う存分、戦ってもらうだけね」

 もちろんお前にも、あたしの加護をたっぷりと注いでやる。

 確かに、幸運を得たものは理想的なドローを可能にするだろう。だが、このコボルトのデッキに入っているのは、ただ強いだけのカードばかりだ。

 複雑な状況に対応し、絡み合う罠を潜り抜けるための方策は、アルコン能力頼み。

 打消しや破壊のために重要なカードを使うほど、自分の首が絞まってくだろう。

 そしてあたしの勇者に、なす術もなく打ち倒されるがいい。

「もしデッキの内容を変えたいなら、言ってちょうだいね。さすがにあたしたちだけ、そんなことをするのはズルいもの。お互いに手の内が分からないほうが、ゲームも盛り上がるってモンだし」

 我ながらひどい発言を、笑顔で言い放つ。

 このコボルトは、カードゲームというフィールドで、いつもの狩りをしているだけだ。

 そこから離れた動きなど、今更できるはずがない。

「さあ、後始末も終わったことだし、そろそろみんな帰ろっか! 明日は決勝、ゆっくりと休んで、戦いに備えましょ!」

 すべては引き際が肝心。これ以上の長居は無用だ。

 無視できない脅威を見せつけ、それが引っ込められたとなれば、相手の意識に安堵という空隙が生じる。

 正誤の判断の付かないまま、状況を流してしまえばいい。そうすれば、手の中に残った現実が最優だと、信じたくなる心理が醸成される。 

 あとは連中が朝まで悶々とする姿を思い描き、一献傾ければいい。

 だが、

「どうしたの? 怖い顔しちゃって、まだ何か用?」

 そんなにうまい話はない。

 舞台が盛り上がるには、どんでん返しがいる。最後に迎えるべきカタルシスのために、乗り越えねばならない山場が、用意されるものだ。

「カーテンコールには、まだ早いってことさ、おひいさま」

 その目に闘志を燃やし、青い仔竜が立ちふさがる。

 これこそ、あの黄金神竜が残した、最後の切り札。

「――良いわ。でも、覚悟なさい」

 ヒールの音も高らかに、ドレスを翻して真っ向に向き合う。

 その意志を、秘めた希望を、完全に踏み潰してやるために。

「少しでも下手な演技をしたら、すぐに舞台から降りてもらうわよ」

「安心しろ。あんたが大好きなエンターテイメントってヤツを、たっぷりお見舞いしてやるからさ!」 

 そして、攻守所を入れ替えた第二幕が、切って落とされた。



 逃がしては駄目だ、フィーの心で叫ぶ声がする。

 去り際に竜神も言っていたじゃないか、まだ勝負はついていないと。

 だが、どうすればいい。目の前のこいつは、いつでも会話を打ち切って、今日の全てをおしまいにすることができる。

 退路を断たなければならない。こいつの足を縛り、絶対に耳を傾けざるを得ない状況を作らなくては。

 こいつの弱み、それは一体どこにある?


『利得と損失は表裏一体』


 こいつはたった今、俺たちに勝った。

 竜神という強敵を消し去り、優位を確定させた。

 だが、それを誇るようなことはしなかった。非礼を詫び、敗れた者を褒め上げ、優しくいたわったあげく、公平な勝負を望むとさえ言った。

 まるで、竜神に勝った利得さえなかったこと・・・・・・にしたいとでも言うように。

 こいつらが俺たちに勝った理由、それがこの女神の『利得と損失』ならば。


『あのデッキを使えないのは痛いけど』


 フィアクゥルは、笑った。

「遠慮するなよ、女神様」

「遠慮? あたしには縁のない言葉ね。この"愛乱の君"、欲望には忠実なつもりよ?」

「だったら、使えば良いじゃないか、最強のデッキを」

 女神は目を丸くし、こちらの意図がつかめない、とでも言うように首を傾げてみせた。

 そして、こちらの発言の愚かさをたしなめた。

「あんなもの、あたしとしても使いたくはなかったのよ。でも、あたしの幸運とあなたたちの思考能力は、あまりにもかみ合いすぎるわ。だからこそ竜神はあんなデッキを創ってきたのだしね」

「そして、俺たちに悪用されないよう、管理者としてデュエルをした」

「良く分かっているじゃない。そして事態が収拾された以上、あんなものを使う必要はないのよ」

 あんなもの、という言葉の強さが角にひっかっかる。

 使いたくないもの、忌まわしいもの、止む無く使ったもの。

「あなたも知っての通り、あたしが好きなのはエンターテイメントよ。一方的な蹂躙は、パフォーマンスとしては下の下だし。第一、ヒミちゃんが嫌がるもの」

 そうだ。使いたくないという理由において、勇者と女神の意識は一致している。

 それ以上使ってはいけないもの。一回だけの切り札・・・・・・・・


『切っておかなければならないリスクであり、最終的な勝利への鍵』


 あの時、盤面に残した《Septem Sigil》と同じだ。最大の強みであると同時に、最大の弱みとなる最強のデッキ。

 それはそうだ。

 あのデッキには弱点がある。決して次の試合に、持ち越すわけにはいかない。

 あれは自分のデッキと同じ、シェートの能力が天敵となるタイプだからだ。

(まさかおっさん、ここまで考えてあの能力を?)

 教えられた道をたどるばかりの自分に比べて、あの竜はどこまで遠くを見晴るかしていたのだろう。

 あの深謀遠慮には遠く及ばない。だからせめて、残してくれた道標を見失うわけには行かないんだ。

 必ずあの『最強デッキ』を、次のデュエルに出させる。

 それこそ、シェートが勝つための布石。

 だが、そんなことは相手も承知している。竜神も言っていたように、これは互いのリソースを食い合う戦いだ。

 普通の方法では、絶対にこいつはさっきのデッキを使わせない。それこそ、どんな手を使ってでもだ。

 逆に、こいつが使わざるを得ない状況を作るためには、どうすればいい?

「どうしたの? ずいぶん長くを取っちゃって。それとも、あなたの出番はもうおしまいかしら?」

 芝居がかった仕草で、こちらへ手を伸べる女神。

 その動きは計算しつくされ、この幕間まくあいを見る観客へのサービスを忘れていなかった。

 優雅で知的で自信に満ちた女神という姿を、演じていた。


『戦に常道あり。しかして、その裏を掻く事をこそ、まことの奇策と呼ぶのだ』


 こいつは役者だ。

 スポットライトが当たり続ける限り、観客の期待にこたえて、舞台に立ち続けなければならない。

 それこそがマクマトゥーナという女神の、常道にして必勝形だからだ。

 舞台を続けること。そうすれば、こいつは乗らざるを得ない。

 そして俺は、身を以って知っている。

 この世の中にはドラゴン殺しドラゴンスレイヤーに並ぶ、もう一つの英雄譚の演目があると。

 それは、巨人殺しジャイアントキリング

「なあ、お前ら! 俺の仲間のシェートのこと、知ってるか!」

 観衆に向けて、声を張り上げる。

 横目に写る女神の顔に、見逃しようもない動揺が、わずかに走った。

 それでも神妙に口をつぐみ、共演者の独白を無粋にさえぎらない胆力は、見事だった。

「ここに来るまで、たくさんの勇者を倒してきたんだぜ! それも、幸運の女神様の力なんて借りずにだ!」

 万を超える人の視線を浴びながら、ドラゴンの知覚力をフルに使って状況を把握する。すべての者に刺さる一言を繰り出すために。期待通りの反応を引き出すために。

「百人の勇者軍団を敵に回して、それでも全部打ち倒した! あんたらも知ってるはずの"知見者"の軍隊、あれもうちのガナリがやったんだぜ!」

 その言葉を、少なくない群集がいぶかしむ。

 フィーは笑って、実況席に声を掛けた。

「ソール、映像記録持ってんだろ! 良かったらこいつらに見せてやってくれよ! 女神様も大好きな、大スペクタクルだぜ!」

『良いでしょう。ダイジェスト版でよければ』

 それは、ある意味懐かしい記憶だった。

 魔将と共に、七人の精鋭を打ち破る瞬間があった。天空を飛ぶワイバーンと、大地を揺るがすゴーレムを、シェートが打ち砕く場面があった。

 さすがに効果音やらBGMが付いているのはやりすぎとも思ったが、マクマトゥーナの苦笑いが見れたのでよしとしておく。

 そして、

「――こいつが、シェートが最初に倒した勇者」

 映し出される森の光景と、そこをもみ合いながら転がっていく二つの姿。

 やがて河原で相対する、コボルトと一人の青年。

「どんな攻撃も跳ね返す魔法の壁と、命令一つで最強の剣技を繰り出せる、絶対無敵の神器を持つこいつを、何の神器も神規もなしに、ぶっ倒した!」

 鎧の守りを砕かれ、情けない悲鳴を上げて屠殺される自分を、笑顔で見せつける。

 このぐらい、なんてことはない。

 勝利を引き込むための、ただのコストだ。

「分かるか? うちのシェートは、自分よりも強いものを倒し続けてきた! そして、そういう戦いこそが、こいつの真価なのさ!」

 言い切るのと同時に、映像が途絶える。

 少し早すぎるカット。小竜たちの気遣いを思いつつ、フィーは止めを刺しに掛かった。

「俺たちの幸運の女神様は、竜退治を実演してくれた。次はシェートが、女神様の最強デッキっていう、バカでっかい巨人を退治するんだ! その光景、見たくないか!?」

 観客はもう、こちらが意図していることに気が付いている。

 同時にそれが、最高の見物になるであろうことも。

「それに、こいつは復讐だ! 俺とおっさんを見事に陥れてくれた卑怯なデッキを、仲間のシェートが倒してくれる。最っ高に燃えるシチュエーションだろ!」

 声が次第に高まり、賛同の歓呼が湧き上がっていく。

 決して無視することの出来ない声、エンターテイメントを望む民衆の願いが、女神を縛っていく。

 あとは、女神が首を縦に振れば――。

「盛り上がっちゃってるところ悪いけど、そうはいかないわ」

 そうだ、あっけなく終わるわけはない。

 女神はあの、薄ら寒い笑顔に近いものを浮かべて、鷹揚にうなづいた。

「それはあくまで、あなたの考えでしょ? 明日のデッキをどうするかは、対戦相手が判断すべきこと。部外者の出る幕じゃないわ」

「いいぞ。俺、あの"でっき"、倒す」

 さすがの演技派も、田舎者の予期せぬ飛び入りには耐性がなかったらしい。

 瞠目しつつ、それでも何とか顔を取り繕うと、シェートに問いかける。

「早飲み込みは体に悪いわよ? 大体シェート君、あれに勝てると思うの?」

「分からん。でも、フィー、できる思った。だから言った。俺、信じる」

 仔竜はぎゅっと奥歯をかみ締め、気持ちがあふれないようにこらえた。

 その信頼の重さと、うれしさに泣き出さないように。

「竜神、仲間だ。お前、それ倒した。あの"でっき"、倒す。フィーのため」

「参ったわね。子供・・たちはこう言ってるけど、保護者としてはどう?」

 おそらく、冷静な判断をする『役』を押し付けようとしたのだろう。

 サリアは見え透いた意図を、笑いながら叩き落した。

「竜神殿の薫陶を受けし"青天の霹靂"の言葉、聞き逃す手はありませぬ。何より狩とは、ガナリが差配すべきもの。部下たるナガユビが、従わぬ道理がない」

 今度は"愛乱の君"が、長いを取る番だった。

 全員の意図を確かめるように、ゆっくりと歩きながら、それぞれの顔を眺め回す。

「いいわ。あなた達が、それを望むのなら」

 その顔には、ただ笑顔しかなかった。

 獲物が餌に喰らいついた、そんなおぞましい顔。

 まさか、何か間違いがあったのか。

 相手の意図を読み間違え、そう言わされたのだという可能性はなかったか。

「でも、やり直しはきかないわよ? たとえあのデッキを破る方策があったとしても、それが実行できるとは限らないし」

 揺さぶられるな、こいつはただのハッタリだ。

 あのデッキが弱点で、それを破ることが正解のはず。

「そもそもフィアクゥル君。あなた、あのデッキの何を知っているの?」


『私がこれから捨てるのは、通常のマナカードだけです。使うのも、あなたたちに見せたカードのみ』


 急に目の前が暗くなる気がした。

 竜神も言っていたじゃないか、この女神は『面倒』なのだと。

「あなたの言うとおり、あたしはとっても卑怯な女神様よ? そんなあたしが、ただ闇討ちを仕込んだだけのデッキを、勇者に作らせるかしら」

 たとえこの発言がハッタリであったとしても、それを証明できるだけの情報が、手元に存在しない。

 二重三重に仕掛けられた罠。

 絡み合う意図を読み解くことができない。

 竜神は一体、どこまで見通せていたのか。

 その考えを、自分はちゃんと追ってこられただろうか。

「サーちゃんやシェート君は、あなたに任せると言ってるわ。決定権は貴方にある。彼女たちが無様に負けるか、必死に勝ちを拾いにいけるかは、貴方に、掛かってる」

 仲間たちから完全に切り離され、判断を突きつけられる。

 本当に、この女神は底意地が悪い。

 地球で会食したときと同じように、俺の心を翻弄するつもりなのだ。


『この先、何があろうとも、そなたは動揺してはならん』


 そうだ。まずは落ち着くところから始めるんだ。

 この女神は、俺を動揺させようとしている。判断を誤らせ、間違いを選ばせようとしている。

 つまり答えは、すぐ近くにある。

 もう一度情報を洗いなおせ。全ては戦力分析から始まる。

「……もし、俺が、デッキを交換してくれと言ったら?」

「さっきも言ったじゃない。こんなものは使いたくないって。ちゃーんと代えは用意してあるからご心配なく」

 代えのデッキはある。

 それは当然だろう、おそらく通常の敵と当たった時のための物があるはずだ。

 たしかに、専用のデッキはいくらでも用意できるだろう。

 だが、それにはたった一つ、制約があるはずだ。


『それぞれキーとなる能力・・とカードを組み合わせて調整されていたであろう?』


 アルコン能力だけは、変更ができない。

 おそらく代えのデッキも、【終幕無き神が饗宴ショー・マスト・ゴー・オン】が機能するカードを中心に構成しているはずだ。

 そして、あのデッキの残りのカードも、その法則にしたがっているだろう。

 何よりあれは、場に出た八枚のカードと手札七枚分の情報が、こちらに開示されているデッキだ。

「変更はない。あんた達の無敵デッキ、俺達がぶったおす」

「そう。分かったわ」

 そっけなく、女神は了承した。

 全身から力が抜けそうになるのを必死でこらえる。

 これで自分の策は通った。後はシェートたちに任せて――。


『策には必ず意味を与えよ。真に相手を倒したいなら、牽制の拳にさえ、必殺の威力を込めねばならんのだ』


 バカか俺は。

 残りのカードも分からないまま、何の対応もなしに仲間を送り出そうとするなんて。

 これじゃまだ、牽制をかましたレベルだ。

 相手の情報は開示した。これ以上引き出せるものは無いだろう。

 できることがあるとすれば。


『何をするにしろ、リソースの把握と確保は最重要だ。戦場でも商売でも、ゲームにおいてもな』


 すでに、自分達の手元にあるものは出し切っている。

 神器はデッキに組み込まれ、グートはこれ以上ないぐらいに役立ってきた。そもそも、相手が知っている力を組み込んだところで、奇策にはなり得ない。

 なにか、残っているリソースはないのか。


『この試合、当方が敗北せし時、わが存在そのものを、"八瀬の踊鹿"殿に譲渡いたしたく思います』


 あった、たった一つだけ。

 これまで手をつけようとしなかったリソースが。

 でもそれは――。

「フィアクゥル。青き仔竜、蒼空より舞い降りし、我らが天命なる"青天の霹靂"よ」

 サリアーシェは、ほほ笑んでうなづいた。

 こちらの視線に現れていた、葛藤と思考を読み取って。

「竜神殿の仰ったとおりだ。『汝の欲するところをなせ』」

 その言葉を受け取りながら、フィアクゥルはかつて竜神が語った言葉を思い出した。

 軍師とは、口先三寸で人を殺す職業だと。

 他人に無茶振りをし、勝利にこぎつけることが仕事だと。

 そして竜神は、俺にもそうなれと、言っているのだ。

 勝つために、勝ち抜いていくために。

「なあ、おひいさま。折角だから、俺たちからもサプライズを一つ、贈らせてくれよ」

「貴方の発言は、もう十分サプライズよ。これ以上はお客が疲れるから、手短にね」

「新しくカードを作らせてくれ。対価は、女神サリアーシェの存在」

 今度こそ本当に、"愛乱の君"は動揺した。

 だからこそ、続く言葉はひどく、精彩を欠いていた。

「こ、こんな勝手、許しちゃっていいわけ!? たかだか協力者の仔竜が、貴方の命を何の相談もなく」

「賭けましょう」

 サリアは、多分まともじゃない。

 だからまともな反論など、通じるはずがないのだ。

「貴方が望もうと望むまいと、今はあまたの星を束ねる大神の身なのよ。それを軽々に」

「貴方の正論に、否と言ってのけましょう。竜神殿の至言、忘れるはずもなし」

「この……頑固者っ!」

『ちなみにー、大会のルールじゃ、しかるべき対価を払えば、新たな神器、神規を構築してカードにすることが認められてるぜー』

 手にしたパンフレットをひらひらさせて、太った小竜が追い討ちをかける。

『主様を闇討ち同然に打ち倒した無礼、贖いをしていただきませんとね。我らが仔竜の提案、受け入れていただきましょうか? "愛乱の君"』

 赤き竜の怒りに満ちた視線に、こみ上げた言葉を飲み込む女神。

 それでも、最後まで彼女は、己のなすべきことをし続けた。

「作るカードは一枚だけよ。デッキ一そろえもカードを創られたんじゃ、こっちだってたまらないわ」

「十分だよ。あんたのインチキ臭い、まがい物の竜殺しの剣ドラゴンスレイヤーをへし折るくらいならな」

 今度こそ、策は成った。

 演目の書き換えは、ここに完了した。

 明日の公演は、女神の勇者とコボルトの一騎打ちではない。

 卑怯な闇討ちをした巨神を打ち倒す、復讐者の物語だ。

「今までの無礼を謝罪するわ、我が敵対者」

 真紅の衣装も鮮やかに、女神は言い放つ。

 その顔に演技はなかった。

 その声に策謀はなかった。

 あるのは、絶対的な敵意のみ。

「"愛乱の君"マクマトゥーナ。全身全霊で、相手をしてあげる」

「そして、私も、容赦はしません」

 被っていた帽子のつばを、後ろに回して少女は言う。

 その顔に悲哀はなかった。

 その声に迷いはなかった。

 あるのは、勝利を目指す意志のみ。

「"愛乱の君"の勇者、三条日美香。貴方達を、必ず倒します」

 やがて言葉もなく、にらみ合った対戦者たちがフィールドを去っていく。

 来る決戦の時を思いながら。


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