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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~duelist編~
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35、最後の言葉

 自らの住処に帰り着いたとき、竜神は入り口でしばし、足を止めた。

 肥えた人型で見る竜洞は、とてつもなく高く、先の見えない奥深さを湛えている。

 ろうそくの揺らめきと、輝度を落とした電気の照明が生み出す薄闇は、まだ定命じょうみょうであった頃に住んでいた洞窟を模して設計されていた。

 心地よい陰りの中で、幾年もまどろんでいた過去。

 あの頃は、今だ己の未来も、探すべきものも知らずにいた。

 岩山の割れ目から差し込む光に輝く、金銀の至宝を眺めて、日がな一日、過ごしていたものだ。

 らちも無い物思いから醒めると、竜神は中央に設けられた作業ブースに歩み寄る。

「今度はカードゲーム、ですか」

 黙然とパソコンに向かっていた赤い小竜は、こちらに振り返ると、心底あきれ果てたように慨嘆した。

「これまでの遊戯、確かに"神去"の流儀にあわせた加護を与えるのが常道でしたが、"知見者"といい"愛乱の君"といい、明らかに傾倒が過ぎるようで」

「"神規"はその性質上、相手の意表を突きやすい。兵は詭道なり、ということさ」

 ソールのモニターに表示されたプログラムを一瞥し、顎を掻きつつ内容を吟味する。

 フィアクゥルに仕掛けられた"術式"に問題はない。

 それが、メインフレームを組んだ自分の見解だ。

 こえの開眼後に起こった騒動も、仔竜を育てる上でよくあるトラブルに過ぎず、事態は滞りなく、着々と進行している。

「精神ブロックによる変異の進行低減は、これが限界です。むしろ対竜種の魂魄侵食防壁としては、汎世界でも類を見ない優秀さを誇ると言っていいでしょう」

「やっぱりねー。儂ってば天才」

「……主様の雑な仕様に、私達が必死に喰らいついた結果であることをお忘れなく」

「それはそうと、皆を集めてくれんか。大事な話がある」 

 抗議を続けようとした赤い小竜は、表情を引き締めて洞の奥へと飛び去っていく。

 考えてみれば、こんな風に"群れ"を創り上げ、部下を持つなどということも、ほんの千年ほど前には想像もしていなかったことだ。

 優秀な部下にして我が同胞たち。こんな情感を覚えるようになったのも、神に成ったことによる、心理の変性なのかもしれない。

 やがて、色とりどりの小竜たちが参集したのを確認すると、竜神エルム・オゥドは何気ない調子で、決定を宣言した。

「今回の"愛乱の君"戦にて、儂は遊戯より脱落する」

 皆の動きが凍りつき、洞内にしじまが満ちた。

 命題を与えられた竜たちの瞳が、薄明かりの中で星のように瞬く。

 疑念、煩悶、沈思、そして――理解。

 やがて、部下たちの筆頭たる赤竜ソールは、群れの総意を口にした。

「念のためにお尋ねしますが、それが最適解であるということで、よろしいのですね?」

 ソールの顔に動揺はない。

 この竜洞の中で、最もドラゴンらしい性質を有した者。己の知恵と生得の理を優先し、情念や感傷に囚われずに振舞える一頭だ。

「そうよな。このような場合は情報の共有を図り、誤解や遺漏を廃するべきだ」

 彼の反応に、竜神は満足を覚えた。

 自らの作り上げた組織は、自分が居なくなろうとも、きちんと機能し続けるだろう。

 それも含んだ上での『最適解』なのだが。

「地上での祝賀会の様子は把握しておるか?」

「言いつけ通り、遊戯に関わる一切を映像として記録しております」

「では、大会運営に関する説明、特に儂らが壇上に上がった辺りを流せ」

 投影された地上の映像には、仔竜の指示で自分が本性を現すところが映っていた。

「おー、よいぞよいぞー。儂ってば、かっこよく撮れちゃってるのぉ」

「はいはい。満足されましたら、さっさと説明に移ってください」

「まったく、ソールってば素っ気無いんだから」

 正体を現した黄金竜を背に、青い仔竜がカードを手に戦う。

 眼前には不敵に笑う女神と勇者の少女。召喚された魔物がぶつかり合い、雷と炎が降り注ぐフィールドは、全能の神の戦にふさわしい様相を呈していた。

「さて、ここで質問だ」

 竜神は軽く指を上げ、決闘デュエルの様子を写していた映像を、別のカメラ位置へと切り替えた。

 新たな被写体となったのは、これまでの成り行きを不安そうに見つめるコボルトだ。

「かのコボルトに、新たな遊戯を勝ち抜く目があると思うか?」

「現時点では、皆無です」

 慎重に言葉を選んだ赤い小竜は、それでも厳然たる事実を口にした。

「仮に数ヶ月、あるいは一年の準備期間があったとして、二線級の競技者に仕立てるのが限度かと。守護を担う女神にしても、"神去"の遊興で優位を取るとは思えません」

「正しい推論だ」

「この現状を鑑みて、主様には"平和の女神"との協力関係に見切りをつけ、竜洞の運営にまい進していただきたいのですが」

「却下」

 ソールは深々とため息をつき、興味を失ったとばかりに自分のデスクに戻っていく。

 彼にとって、サリアとの契約は面倒な些事でしかなく、それに傾倒する主のことを理解する気もないと言った所だろう。

「ってことはさー、主様はフィーを使って、遊戯に勝つつもりなのか?」

 それまで、両手に抱えたディープディッシュピザを貪っていた黒い小竜は、口の周りにこびりついたチーズとソースを、べろりと舐め取った。

「あいつだって元"神去"の者、カードゲームくらい何とかできるだろうしなー」

「それは違うよ、グラウム。主様はそれを含めて、自身の脱落を予見なさったんだ」

 黒い同僚の隣に納まっていた、白い羽毛を持つ竜ヴィトは、こちらの意図を確認するように小首をかしげた。

「その通り。確かにフィアクゥルならば、シェートなど及びもつかぬ競技者となろう。大抵の対戦相手さえ問題になるまい。何より儂がついておるからな」

「そこなんだよ、わっかんねーのがさ」

 最後の一塊を丸く膨れた太鼓腹に収め、黒竜グラウムはにたりと笑った。

「あの三条日美香って、おととしの世界大会、日本ブロックで三位入賞してた子だろ? それでも、竜種の能力に敵うとは思えないんだけどなー」

「その辺りはちと面倒でな。わずかな差で、日美香殿に軍配が上がるだろうよ」

「なんでさ」

「答えは単純、経験」

 青い竜蛇の小竜、メーレが後を引き取る。水の無い石の地面を泳ぎながら、淡々と事実を告げた。

「竜の知恵の源、それは経験。三条日美香のデュエル暦は、およそ五年。フィーの使える習得時間では、彼女の日々に、あと一歩届かない」

「主様の助言が封じられたら、純粋にデュエリスト同士の実力勝負。確かにフィーだけに任せるのには荷が重いかぁ」

「とはいえ、それでも決して分の悪い賭け、というわけではありますまい?」

 そうだ。

 ここまでの推論ならば、部下たちでも辿り着く。

 だが、解かれるべきパズルに必要なピースが足りなければ、得られるのは不正解という事実のみ。

「残念だが、あやつの神規を打ち破ることは、不可能だ」

 竜神は言葉を切り、重ねて事実を述べる。

「"愛乱の君"の神規は絶対無敵。倒すことはできぬ」

「そう言い切る理由、お聞かせ願えますかな?」

「"アルコン能力"――あれが、問題なのだ」

 今回の遊戯に際して採択されたオプショナルルール。それぞれの守護たる神を、勇者と共に行動させるために適用したとしているが、そんなものは、真意を隠すためのカモフラージュに過ぎない。

「"アルコン"ルール自体、ウィズのゲームバランスを著しく崩すため、導入されて二年ほどで、公式に終了を宣言されていましたね」

 話題に興味を持ったらしいソールが、モニターに公式発売されたアルコンカードを投影しつつ、口を挟んだ。

「今回のアルコンは変則版。本来のものが持っていた、初期手札やライフ操作などの設定は禁止され、単純にゲーム内効果を追加するものに留まっている」

「……主様のアルコン能力は?」

「これだ」

 すでに地上で作成しておいた"竜神"エルム・オゥドのアルコンカード。

 その内容を確かめた小竜たちは、例外なく眉間にしわを寄せた。

「何ですかこのインチキ能力」

「発動制限、各デュエルで一回のみ、って言ってもなぁ」

「デッキ次第ではワンターンキルの発動率も三十%を超えるでしょうね」

「主様、えげつない」

「はっはっは、そう褒めるでない」

『誰も褒めてないから』

 小竜たちの容赦ない指摘ツッコミに肩をすくめ、竜神は問いかけた。

「さて、ここで質問だ。この儂の能力を踏まえて、"愛乱の君"がいかなるアルコンを創生してくるか、分かるか?」

 再び沈黙が流れる。

 竜たちの思考が、理路という羅針盤を頼りに、可能性の沃野を飛翔する。

 そして、最初にゴールへとたどり着いたソールは、慄然とした顔で答えを口にした。

「……なるほど。これは、確かに勝つ方法がない」

「ただのカードゲームならば、儂も普通に勝負を楽しんだであろう。だがこれは」

「いかさま、だよなー」

 グラウムの苦笑に、他の小竜たちも似たような面持ちで頷く。

 部下たちの理解を確認し、竜神は人差し指を口元に当てた。

「だが、よほどのことがない限り、マクマトゥーナはいかさまに手を染めぬだろう。アレにも主催者としての意地があるゆえな」

「対戦相手の中にも、日美香という少女を上回る実力者は、居ないようですからね」

「ただし、主様を除く」

 竜神エルム・オゥドとその配下、フィアクゥルとの直接対決になれば、"愛乱の君"は恥も容赦もかなぐり捨て、あらゆる手を使って『殺し』に掛かるだろう。

「これは困ったね。しかも、彼女もその勇者も"絶対に暗殺できない"のだった。何せ彼女は"幸運の女神"ですから」

「そういうことだ。そして儂は決断した」

 すでに策は練ってある。

 状況を分かりやすくするために、あえて"絶対無敵"などという表現を使ったが、打開の方法が無いわけではない。

 神規という物は家屋のようなものだ。もといを築き、その上に望んだ屋を架す。

 ゆえに、構築したものを解体、あるいは破壊することもできるという道理だ。

 そのために払うものこそが――

「主様の脱落。それを以って"愛乱の君"に勝つことができる、というわけですか?」

「いいや。別に"愛乱の君"に勝つだけ・・なら、そこまでせんでもよいのだがな」

「でしたら」

「話は最後まで聞け」

 そして竜神は、語り聞かせた。

 自分が暖めてきた、その計画の全容を。

「そこまでして」

 何もかもを了解しながら、それでもソールは語気を強めた。

「そこまでして、竜神エルム・オゥドは、一体何を得るのですか」

 問われ、竜神は黙したまま、当惑した。

 これはあくまで、長い旅路の途上の出来事だ。長命にして即物的な、ドラゴンの生き方とは真逆の振る舞いだ。

 得るものといえば、

「答えの切れ端、かな」

「は?」

「我が終生の命題を照らす、竜の神を僭称せし、愚かな古蜥蜴の、妄執のなだめだ」

「答えそのものではなく?」

「膨大な試行錯誤の一つに過ぎん、かもしれんものだ」

 ソールは口を開きかけ、閉じ、怒りと困惑と文句と反論で、顔をゆがめながら、それでもなんとか、意味のある言葉を搾り出した。

「貴方は、最低の阿呆です」

「辛辣だな」

「事実なのだから仕方ないでしょう。主様、貴方は阿呆です」

 思うさま罵倒すると、竜洞の管理者たる赤き竜は、ため息と共に付け加えた。

「そんな貴方にお仕えしている私こそ、この世で最も阿呆なドラゴンなのですがね」

「では、この世で最も阿呆な部下に命じよう」

 見せ掛けを解き、金鱗の巨身へと姿を転じると、竜洞の主は厳かに令を発する。 

「我が計画の成就に、尽力せよ」

 部下たる赤竜は首を垂れて、うべなった。

「身命を賭して、仕ります」



『俺の、負けだ』

 仔竜が宣言した瞬間、体のあちこちに不愉快な楔が打ち込まれる。契約に基づいた呪縛が、己の肉体と魂を拘束しているのだ。

 破ろうと思えば不可能ではないが、それをすれば自分は悪竜として、退治される未来が待っているだろう。

 このぐらいの不自由、たまにこうむってみるのも、悪くはない。

「なに笑ってんだよ……おっさん」

 見上げてくる仔竜は、目に一杯の後悔をあふれさせていた。

「本当に、これしかなかったのか? 俺が、もっと強かったら、こんなことには」

「さっきも言ったではないか。選択肢がないなら、リソースを残せと。そして、そなたはあの場で、できる限りをした」

 すでに固まりかけた下半身に一瞥をくれると、無関心に虚空を眺める"刻の女神"に声を掛けた。

「すまんが、別れが済むまで石化を止めてくれ。言い残しなどあっては困るからな」

「できる限り、お早く願います」

「竜神殿!」

 泡を食って駆けてくるサリアに、笑みが深くなる。

 本当にこの女神は、いつもこんな表情をしてばかりだ。あの光差す庭で、初めて逢いまみえたときと、まったく変わっていない。

「貴方が……よもや、こんな……」

「勝負事に絶対はない。万象の趨勢が、たまたま、あちらさんに傾いただけのことさ」

「幸運の女神に向かって、なかなか言ってくれるじゃない」

 己の舞台を仕上げ、マクマトゥーナは満足げだった。

 ドラゴン殺しは勇者の偉業としては極上のものだ。そして、竜神の助力を失った女神など造作もなく除けられると、言外に匂わせていた。

「さっきまでの不機嫌が嘘のようね? もしかして久方ぶりの敗北が、とっても快感だった、なんて思ってたりして」

「そうさな。その感想は後に述べるとして、引継ぎだけ先に済ませてしまうか」

 視線を上げ、実況席からこちらを冷たくにらむ部下に、声を掛ける。

「えーと、ソール、さん?」

『……本当に、本当にあなたはド阿呆です。ドが付く阿呆です。この世界では通用しない形容詞をつけたくなるぐらいの、阿呆です』

『そりゃ、異世界の鉄の戦艦の名前なんてふっつー知るわけないしな。そういや異世界物のラノベで、知らずにド級とか書いてる奴って、頭ん中どーなってんだろな、わはは!』

《知恵の毒》もかくやという嫌味をぶちまけた後、二竜は告げた。

『ご帰還の暁には、つつがなく健やかな竜洞をお返しすると、誓約いたします』

『酒蔵の中身がちょっとばかし減ってるかもだが、天使とかいうコソ泥が取ってってるだけだから気にすんな。なにしろあそこは天界だしなー!』

「潰れ黒饅頭のごとき天使の尻尾、きっちり踏んでおいてくれ、ソールよ」

『それは承諾いたしかねます。あれは主様の私財ですので』

 事前の指示は、すでに済ませてある。連中なら、どれほどの事態に陥ったところで、決して最悪を選択することはあるまい。

「何を湿っぽい顔をしておるのだ、そなたらは。たかが儂が石になる程度の話だぞ?」

 とはいえ、いまだ発展途上の者たちには、もう少し言葉が必要だろう。

「フィーよ。バラルの件は、しばらくソールたちに預けよ。魔王の方から打診があれば、可能な限り情報を共有すること。あやつの手管は情報を絞ることによって、相手の不安を煽ることだからな」

「分かった。後で、サリアたちにも説明する」

 仔竜は、空より地上に降らせたときと、まるで違っていた。

 姿かたちではない。その身の内に備わった魂が、一回りも二回りも、成長している。

 できればその伸び行く姿を、もう少しそばで見ていたかった。

「サリア。儂無き後はソールを頼れ。はっきり言ってそなたは嫌われておるが、命令だけはちゃんと聞く。嫌味を言われるぐらいは対価として、甘んじて受けるがいい」

「や、やはりですか。いずれは何かの形で、かの赤竜殿にもお詫びとお礼をば……」

 こっちの女神は、まったく変わりがない。

 素朴で誠実で、そのくせ心の中に根を下ろした問題を、いつまでも引きずりながら存続し続けている、愚かな心のまま。

 だが、それでもいくらかは見所も出てきた。竜種の守護神としては、まずまずだ。

「シェートよ、何事も気負うな。そなたは巻き込まれた者だ。命を懸けてまで、神に義理立てをすることはないのだぞ」

「ありがとな。でも俺、サリア、一緒、行く」

 思えば、この小さな生き物が全てを結びつけた。

 哀れな廃神を蘇らせ、おろかな惑い人を探す者に変え、とうとう風狂の竜神を、捨石とするまでに至った。

 本当に世界は、どれほど長く生きたところで、見尽くすということがない。

 長命種の退屈など、机の上でモノを考えるしか能のない、三文作家のたわ言だ。

「そうそう。知恵ある賢き狼よ、その意外な助力に感謝を。どうか気の済むまで、未熟者たちを支えてやってくれ」

 シェートの傍らに立っていた狼は、うっそりと鼻を鳴らした。

 これの心は計れないが、道義に篤い者であることは確かだ。おそらく彼のような者を、僥倖と呼ぶのだろう。

「さて……そろそろ往くか」

 三つの顔が、それぞれの深さで惜別せきべつを投げてきた。

 狼は鼻を鳴らして、その姿を呆れる。

 儂も甘くなった。

 竜神は笑い、明日の標となる言葉を、つむいだ。

「"平和の女神"よ、頑固であれ。安易な妥協を己に許すな。千の正義、万の正論あろうとも、汝が魂に反するなら、否と叫べ」

「至言、心得ました」

「勇者を狩る者、若きガナリよ。己の弱さを信じよ。生き足掻くことこそ、汝が力。過信はいらぬ、全ては常の狩りが如くだ」

「ああ。俺、弱いまま、行く」

「そして、我が仔竜よ」

 珍しいこともあるものだと、竜神は思った。

 言葉が、出ないのだ。

 立て板に水を流すが如く、口八丁に回るこの舌が、動こうとしない。

 この小さな、かわいい自分の仔供・・・・・を、愛おしいと思う気持ちが、万感となって胸に詰まっていた。

 だから、ただ思う誠だけを、口にした。

「そのままのそなたで、往くがいい。汝の欲することをなせ」

「ありがとう、おっさん。俺の、最高の竜神カミサマ

 別れは済んだ。

 残されたことは、あと一つ。

「去る前に、思い違いを訂正しておこう、"愛乱の君"よ」

「……何のこと?」

 いぶかしむ女神の顔に、嗤う。

 そして、心からの愉快をこめて、愚かな女を嘲った。

「いつか、誰かが儂を打ち負かすだろう。だがそれは今日ではないし、お前にでもない」

 衝撃に、女神の仮面が剥がれた。

 憤怒と激情に溶けた顔を隠しもせず、"愛乱の君"は射殺すように竜を睨む。 

 だが、黒い石のおもてには、痛痒も与えなかった。

 "斯界の彷徨者"にして"万涯の瞥見者"。

 竜神エルム・オゥドは、こうして舞台を去った。

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