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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~duelist編~
158/256

34、残酷な根本原理

 現れた手札を確かめ、フィーはそろそろと息を吐いた。

 七枚のカード、この運用を間違えれば、おそらく勝機はない。

「おっさん、さすがにこれは、あんたの助言がいる」

「……よかろう。では、まず手札を吟味するところからはじめよう。どんな戦略も、己の現行戦力を、正確に分析するところから始まるものだ」

 思いもよらないほど、丁寧な指摘が返ってくる。

 言葉の重さに潰されないように、あえて軽い言葉を吐いた。

「とは言っても、これってほぼさっきのと動きで良いんじゃね?」

「そうさな。考えろと言ったが、何事にも定跡じょうせきというものは存在する。そこを無視して動くというのは、奇策というより悪手だ。地固めをせぬまま勝ちを願うは、小心者か妄想狂の振る舞いと心得よ」

「それじゃ、できるところからやってくか」

 まず、マナを確かめる。

《赤》に《時間鋼の欠片》、コンストラクトは《蜜酒の杯》に《錬金術の金屑》が一枚ずつだ。

「瞬間最大マナは合計で四点。最序盤で出せるとものとしちゃ、ほぼ最高値だな」

「何をするにしろ、リソースの把握と確保は最重要だ。戦場でも商売でも、ゲームにおいてもな。今回のウィズでリソースにあたるのは?」

「ライフ、マナ、手札、デッキ、てとこか?」

「三十点。ライフ、マナ、手札、恒常化した場のカード、デッキ、墓地、除外領域に置かれた死に札、そして行動可能ターンをあわせて一構成単位とし、自身と敵のものを含めた合計十五項目が、このゲームで管理すべき基本のリソースとなる。マッチではここに、互いのサイドボードを加わえて十七項目だ」

 漫然と考えていた概念に、いきなり膨大な意味が与えられ、めまいのするような気分を味わう。

 そんなこちらを、対戦相手は急かすでもなく、黙って見つめていた。

「墓地は良いとして、除外領域ってのは?」

「そこは『使えなくなった脅威』の置き場だからだ。同時に、その領域に手を伸ばすカードもあるからこそ、意識をそらすわけには行かぬ」

「了解。んじゃ次は、使用可能の手札のチェックな」

 こちらはマナ以上に、シンプルなラインナップだ。

 キーカードの《Septem Sigil》に《Magnum opus》、そしてマナの確保とデッキの圧縮に使用される《神霊の領域》。

 すでに"タイムロック"の基盤は揃っていた。

「うまく引き過ぎて気味がわりいよ。こういうのって、絶対失敗フラグだぜ。番組前半でとどめ演出のBGMが流れる奴」

「だが、現実のカードゲームでは、そういう状況になったところで問題はない。『都合の押し付け合い』こそが、TCGというゲームの本質だからだ」

 無数多数にあるカードを一つの山札に集め、それをデッキという単位に構成したとき、それは一つの個性を持つに至る。

 それをデッキタイプといい、その性質と傾向により分類され、突出したものはキーカードの名前で呼ばれることが多い。

「魔王の使った『デミコン』、伶也殿の『エーヴィスビート』、あるいはそなたの『竜血タイムロック』や海藤殿の『ターボアルゼル』など、それぞれキーとなる能力とカードを組み合わせて調整されていたであろう?」

「これさえやれば勝てる、必勝の形。それを押し付けるわけか」

「ちなみに、シェートの場合はそういう思考から少しずれておる。あれは敵の都合をくじいて勝ちを拾うものだ。あやつの戦いそのものだな」

 今回の手札は、初期としては望むべくもない形になった。

 だが、相手もこのまま見過ごしてくれるわけもないだろう。

「そうだ、その葛藤こそが勝負の醍醐味よ。どれほど完璧な手札であろうとも、一人でババ抜きをするようにはいかぬ。敵は可能な限り、こちらを妨害してくるのだからな」

「そういうときは、どうすればいい?」

「伶也殿とシェートが三度目に戦った時の事を、覚えておるな。初めて罠カードを使ったときのアレだ」

 あの時は、正直驚いた。

 警戒するべき罠を、あえて踏み抜いていく動き。だが、結果的にそれはシェートの手札と罠を消費させ、あと一歩のところまで追い詰めていった。

「良いか。ゲームに限らず、勝負の趨勢を決めるのは、緻密なリソース管理だ。目先の損得にこだわっている間は素人の域。計算されつくした犠牲は、勝利を引き込むためのコストであるとわきまえよ」

「……分かってるよ。圭太の時、散々思い知ったからな」

「良い答えだ。ならばこの一手、そなたならどう打つ」

 ここまで言われれば、馬鹿な自分でも分かる。

 自分の理想形を通して、相手の動きを吐き出させることだ。

「予定通りだよ。《Septem Sigil》を出して《Magnum opus》を唱える」

「その順列に意味はあるか?」

「え……?」

「策には必ず意味を与えよ。真に相手を倒したいなら、牽制の拳にさえ、必殺の威力を込めねばならんのだ」

 本当に、このおっさんはいつも厳しい。

 こちらが気づくのを待って、それとなく示唆してくるかと思えば、必要となればこちらの脳を限界まで揺さぶってくる。

 今この手札に、必殺の意味を持たせるためには、どうすれば良いのか。

「《Septem Sigil》は布石だ。コンボが決まれば最高だし、出しておけば一ターンごとに勝利が近づく。何もかも駄目でも、カードを引きなおすとき、こいつを引いてがっかり・・・・しなくてすむ」

「そうだ。この状況でそれは、切っておかなければならないリスクであり、最終的な勝利への鍵となる。そういう思考を忘れるな」

 うなづき、更に確かめるように言葉を継ぐ。

「そして《Magnum opus》が、相手のマストカウンター。向こうは何もできないまま、俺たちは有利になる。どんな犠牲を払っても、これは通せないはずだ」

「同時にそのカードは、我らにとっての弱点でもある。それを妨害されれば、多大なリソースを失うのだからな。利得と損失は表裏一体よ」

 複雑な力関係が、フィーの思考の中で絡み合っていく。

 すでにウィズは単なるカード遊びのレベルを超えて、仔竜の心を刺激していた。

「……そうか。だからリソース管理、なのか。相手は俺の有利をつぶしに来る。同時にその邪魔で、相手のリソースは削れる」

「己の利点を把握したなら、今度は相手が『いかにしてこちらを邪魔するか』という視点に立つがよい。現状で、それが可能であるかをな」

 日美香の自陣には、当然ながら一枚のカードもない。マナさえ出ていないから、呪文の行使も不可能のはず・・だ。

「あんだけ大口叩いてんだ。マナがないぐらい、どうってことないだろうな」

「神規が不可能を可能にするように、ウィズのカードにも、無数の『原則破壊ルールブレイカー』が存在する。戦に常道あり。しかして、その裏を掻く事をこそ、まことの奇策と呼ぶのだ」

「さすがにこの手札じゃ、奇策までは持ってけないな。相手の予測の範囲だぜ」

「ならばできる限り、リソースを残せ。肉を切らせて骨を絶つ、その言葉の通りに」

 竜神は顔を上げ、言葉も途絶えた。

 これから何が起ころうとも、それを確かめ続ける。そう心に決めた。

「待たせたな」

「はい」

 勇者はうなづき、女神は無表情にこちらを見つめ返す。

「いくぜ、俺の……ターンだ!」



 仔竜が舞い上がり、カードを展開する。

 背後に座る黄金の竜は、感情の昂ぶりを消して静かにたたずんでいた。

 長い相談だった。それでも背後の女神は何も言わず、審判の女神もとがめなかった。

 観客たちのざわめきは、ほんの少しの雑音だったけれど、彼らの真剣さにやがては沈黙していった。

「……」

 いつしか、日美香は祈っていた。

 どうか、一ターンでも長く、彼との戦いが続くようにと。

 こんな終わり方を、望んではいなかった。誰かを倒すためだけに作られたデッキで、ただ倒すために戦うなんて。

 でも、駄目だ。


『かまわないわよ。玉砕したいと言うのなら』


 この試合の直前、マクマトゥーナはそう言ってくれた。


『美しく咲き、華々しく散る。あたしたちは良く戦いました、何も悔いはありませんと、そういう決闘デュエルを願うなら』


 それでは、駄目なのだ。

 心行くまで力を競い、しのぎ、削りあいながら、最後には負けることを選ぶ。

 デュエリストとしての誇りなど、美しい自己満足に過ぎない。

 それでは、届かなくなってしまう。

 何のために、異世界の神の手を取ったのか。


『もう、カードなんて止めなさい。あんなもの、女の子がするものじゃない』


 あの残酷な、とても残酷な一言を、消し去るために。

 私は、どうしても、勝ちたい。

「いくぜ、俺の……ターンだ!」

 仔竜の青い手が、己のカードを信じて力を繰り出す。

「《時間鋼の欠片》、《蜜酒の杯》、《錬金術の金屑》をセット!」

「通しです!」

 好きなだけマナカードは展開していい。自分の断つべきは、別のカードだ。

「《蜜酒の杯》から《Septem Sigil》!」

「通します!」

 足の遅いカードなど、気にする必要はない。

 彼は必ず、握り締めている。その一枚のカードにのみ、集中する。

詠唱キャスト! 《Magnum opus》を――」

「【スタック】! そのカードに《機知の喪失》です!」


《機知の喪失》 ファストスペル

対象の呪文を一つ打ち消す。

デッキの上から三枚のカードをゲームから取り除くことで、この呪文をマナを使わずに唱えても良い。


 空気が爆ぜ割れる音、砕ける呪文の衝撃が、陰々と響き渡った。

 仔竜は、わずかに動じただけだった。知っていたのか、知らされていたのか、あるいは予感していたか。


『必殺のタイムロックを三条選手、マナのない状況から代替コストによる《機知の喪失》でカウンター! まさにアメイジング!』

『ですが、カードプール制限のない今大会において、これは当然の行為。自身のターンを追加することも、マナもなく相手の行動を制限することも、全てが許されているのです』


「……へっ、そうこなくっちゃな!」

 仔竜は気を吐き、盤面をにらんで長考を始めた。

 ここからの行動は、大きく分けて三つある。


 一つ目、何もせずターンを終了する。

 二つ目、【三つの秘蹟トリス霊智を囁けメギストス】でカードを補充。

 三つ目、【七つの技芸よ蒙を啓けアルテス・リベラレース】による仕切り直し。


 何もしないのは論外だ。どんな状況であれ、カードゲームにおける手札とは武器、剣も盾も持たない状況で、敵と相対するのは敗北を選ぶのに等しい。

 自分だけ手札を補充するという選択肢は、限りなく悪手に近い。たった三枚のドローでは、こちらの行動に対処できるカードが引ける確実性が落ちるからだ。

 そして三つ目。最善手だが、それは他に比べてという意味に過ぎない。

 なぜなら、あの能力はこちらの手札も回復させてしまうからだ。再度《Magnum opus》をカウンターされるリスクを負ってまで、派手な動きはできないはず。

 もちろん、二つのアルコン能力を同時に使えば、選択肢は広がるだろう。その代わり、彼のデッキ速度は常識的なものに落ち着き、コンボ発動は遠のくことになる。

 彼らはそんな博打はしない。

 可能性を押し広げつつ、確実な反撃を考えるはずだ。

「俺は、【七つの技芸よ蒙を啓けアルテス・リベラレース】を発動!」

 互いの手札が補充され、答えが姿を現す。

 絶望的な気分で、日美香は己の手札に入った、三枚・・の《機知の喪失》を見た。

 補充された七枚の手札をすべて使い、繰り出せる《Magnum opus》は、二回が限度。

 たとえ彼の手札に《機知の喪失》があったとしても、一枚だけだ。こちらの妨害をすり抜けることは不可能。

 つまり、彼にターン獲得の機会は、決して訪れない。

「俺は、《蜜酒の杯》二枚と《錬金術の金屑》をセット。ターンを、終了する」

 ドラゴンの、動きが止まった。

 大空を舞う翼が絡め取られ、その巨体が大地に縫いとめられる。

 日美香は彼らのマナの量を確かめ、その意図を読み解こうと、あえてターンを進めずに沈黙した。

(カウンター、だね)

 あのマナ量なら、こちらのカードを一枚無効にできる。おそらく《機知の喪失》も手に入れているはずだ。

 つまり、彼らの意図はこうだ。

 お前たちがしのぎ切ったように、俺たちもお前の攻撃を見切って、無力化してやると。

 だが、それは悲しいぐらい、目論見どおりだった。

 その堅実な思考に基づく対応こそ、知恵ある竜を殺す、毒餌にほかならないのだから。

「私の、ターンです」

 新たに引いたカードは《蜜酒の杯》。

 これで彼らの敗北は、確実となった。

「私は《芳しき聖餅せいべい》を出します。カウンター、しますか?」


《芳しき聖餅》 コンストラクト

芳しき聖餅を生贄に捧げる:あなたは白を得る。


 仔竜は絶句した。

 黄金竜はこちらの意図を悟り、瞑目した。

 アナウンサーも解説も、一言も語らなかった。

 ただ観客たちが、意味も分からないまま、マナを得るために捧げられるコンストラクトに、いぶかしげな声を上げた。

「もう一回だけ、聞きます。このカードを、カウンターしますか?」

 凍りついた青い仔竜の後ろで、守護の竜が、何かを囁いた。

 顔を歪ませ、今にも泣き出しそうになった彼は、それでも決意を口にした。

「通しだ」

「続いて《妖精郷の辰砂》を」

「通す」

「《常闇の結晶》を」

「それもだ」

「《錬金術の金屑》を」

「安心しろ、通しだよ」


《妖精郷の辰砂》 コンストラクト

妖精郷の砂を生贄に捧げる:あなたは緑を得る。


《常闇の結晶》 コンストラクト

常闇の結晶を生贄に捧げる:あなたは黒を得る。


 ただ、四枚のマナを出すカードが並んだだけ。

 こちらの手札にはカウンターが三枚と《蜜酒の杯》があるだけ。普通に考えれば、こちらのターンを終了する場面だ。

「なんて顔、してんだよ」

 仔竜は淡く笑い、こちらを促すように片手をあげた。

「勝つために組んだんだろ。だったら、やればいい」

「でも……私、こんなの……」

「後悔するぐらいなら、勇者なんてやるな!」

 叫びには怒りはなかった。

 切々と、祈るような痛みがあった。

「悪いドラゴンをやっつけて、魔王を倒して、それで世界を平和にするんだろ! 迷うなよ……それが、勇者なんだから!」

 日美香は、その時初めて理解した。

 この世界において、自分はカードゲーマーなどではなく、勇者なのだと。

 与えられた役割を、選び取った役柄を、果たさなくてはならないのだと。

「――"愛乱の君"マクマトゥーナ、第一のアルコン能力、起動っ!」

 それは生まれて初めて、心から後悔した、勝利へのラストアタック。

「【終幕無き神が饗宴ショー・マスト・ゴー・オン】ッ!」

 宣言が光となり、場の全てを照らし出す。

 こちらのコンストラクトと、仔竜の《Septem Sigil》がそれぞれのデッキに吸い込まれていく。

「【終幕無き神が饗宴ショー・マスト・ゴー・オン】の効果は、互いに場に出したカードをデッキに戻して切りなおし、同じ枚数だけ、デッキトップから、コスト、条件を無視して場に出す能力です」

『うわぁっ……なんだ、これっ!?』

 その効果は、まず仔竜に現れた。

 いつの間にか、その姿は巨大なドラゴンとなり、驚いた顔でこちらを見つめている。

 彼のフィールドに現れた《竜血覚醒》の効果だ。

「この効果は同時に処理され、またマグスやファストスペルは対象になりません。そして私の場のカードが、あなた達を倒します」

 一番上から切り出されたカードを受け取り、場に投じる。

「一枚目、《秘儀の失伝》です。対象は《竜血覚醒》」


《秘儀の失伝》 リチュアル(場)

秘儀の失伝が場に出たとき、カード名を一つ指定する。そのカードは秘訣の失伝が場にある限り唱えられない。また、攻撃することも能力を発動することもできない。

 

 束縛の力が、青い竜の動きを封じてしまう。

 ただ、これは予防的な措置だ。本命はこの次から。

「二枚目、《剽窃の秘本》です」


《剽窃の秘本》 コンストラクト

あなたの対戦相手が追加のドローをするとき、代わりにあなたがカードをドローする。


『身内がやられてめっちゃムカツクが解説だ! 追加のドローってのは、各ターンのドロー以外、つまりカードの効果やアルコン能力でカードを引くすべてが含まれるぜ!』

『主様のアルコン能力は、完全に相手の利得にしかならなくなったわけです』


 律儀な解説者たちに、少しだけ救われた気持ちになりながら、それでも完全な拘束のために言葉を続ける。

「三枚目、《落丁》です」


《落丁》 リチュアル(場)

各プレイヤーは管理フェイズに手札を一枚捨てる。


 他のカードに比べ、はるかに地味な一枚。これは檻の錠前をかけるようなものだ。

 そして最後の一枚を、日美香は宣言した。

「四枚目、《知恵の毒》です。対象はフィアクゥル君に」


《知恵の毒》 リチュアル(場)

プレイヤー一人を対象とする。そのプレイヤーがカードを唱えるか、手札から捨てた時、二点のダメージを与える。


 すべてのカードが出現し、場の様相が一転していた。

 無害だったはずのカードが、すべて有害な猛毒に変わり、対戦相手を拘束していた。

『何度目になる感想かわからねーけど、あえて言わせてもらうぜ。なんてインチキ!』

『しかも、このコンボのいやらしいところは、最低必要なキーカードが《剽窃の秘本》一枚だけという点です。デッキ構成の問題で、フィーのカウンター可能枚数は二枚から三枚まで。それでは《剽窃の秘本》は確実・・に出るでしょう』

 解説の赤い竜は、こちらのアルコンをすべて知っている。

 だから、この後に訪れる結末も、予想しているだろう。

 ごめんなさい、その一言の代わりに、日美香は宣言した。

「"愛乱の君"マクマトゥーナ、第二のアルコン能力、【民衆は浴す糧と享楽ブレッド・アンド・サーカス】、起動します」

 次の瞬間、青い竜の手にしていた四枚のカードが、むしりとられた。

 青紫の雷がほとばしり、《知恵の毒》が、その体を強烈に焼いていく。

『うがあああああああっ!』

 そして日美香の手に、十四枚ものカードが現れていた。

「【民衆は浴す糧と享楽ブレッド・アンド・サーカス】は、自分と相手プレイヤーの手札を捨てさせ、新たに七枚のカードを引かせるアルコン能力です。普通なら、そちらもカードを手に入れられます。でも」

『《剽窃の秘本》があるから……俺の権利は、そっちに奪われる、わけか』

「カウンターもできず、妨害も不能。儂らのアルコン能力と同じ扱いか」

 無造作に、手に入れたマナコンストラクトを並べ、いらないカードを整理する。

 それから審判の女神に、宣言した。

「プレイヤー権限で、自身の手札を公開情報にします。いいですか?」

「問題ありません」

 相手に見やすいように、カードを高く掲げる。

 合計七枚、すべて必ず発動できるように整えられた、対抗呪文たちを。

「これから私は、あなたの出すカードを一枚も場に出させません。そして、そちらは《落丁》の効果で、毎ターン手札を一枚ずつ捨てることになる」

 相手は通常のドロー以外の、カード入手手段がない。次のターンに手札を持ち越せば、その一枚は《落丁》で廃棄させられる。

 同時に《知恵の毒》が彼のライフを削っていくため、何もしなければ敗北は必至だ。

 そして何一つ、できないまま終わるだろう。

『本当に、完璧なロックだな。手も足も出ねえよ』

「はい。そのために組みましたから」

『分からないことが、ひとつだけある。なんでこんなロックが「成立」したんだ? あのアルコン能力じゃ、場に出すカードはランダム・・・・のはずなのに』

 抵抗する力も、勝利さえも奪い去られながら、それでもフィアクゥルは欲していた。

 自分の敗北する理由を。

「結果で十分じゃない? それとも、現象には証明を欲しがっちゃうタイプ?」

『計算式を書かなきゃ、テストじゃ零点なんだよ。特に、おっさんの採点は厳しくてね』

「そっか。じゃあ、最後に絶望をあげるね」 

 女神は笑い、観客たちに向けて語りだす。

 風にドレスが舞い、冷たい笑顔が光に彩られた。

「あたしね、俗に言う"幸運の女神"なの」

 発言に、会場のすべての人々が沈黙した。

 だが、その意味が染み渡っていくにつれて、騒ぎが大きくなってく。

「あたしの祝福を受けると、最悪にどん底惨めな人でも、その瞬間からあらゆる幸運に見舞われちゃう、スーパーハイパーラッキーメンになれるの! すごくない?」

 マクマトゥーナにこのデッキを創れと言われたとき、打ち明けられた恐るべき真実。

 それが彼女の存在に備わった、根源的な力だ。

『じゃあ、日美香が思い通りのカードを出したのは……』

「"神去"のアニメじゃ良くあることでしょ? 最強デュエリストのデュエルは、すべてが必然ってね」

『つまりお前は、最初っから自分の力で、イカサマして勝つつもりだったのかよ!』

「あらら? その恩恵に自分も乗っかっておいて、その態度はないんじゃない?」

 フィアクゥルはぎょっとしたように自分の体を確かめ、それから驚愕に目を見開いた。

「あなたがそうしてカードの力を使っていられるのは、あたしの加護・・・・・・のおかげでしょ? つまり、あたしの祝福・・も、受けているということなのよ」

「フィアクゥル君だけじゃありません、今まで戦っていた全てのデュエリストが、"愛乱の君"の幸運を、受けていたんです」

「つまり、あの見事にドラマティックな名勝負の数々は、この女神の演出・・によるものだった、というわけさ」

「あー、もう。どうしてあなたたちってば、そういう悪意的な解釈をしちゃうかなぁ!」

 あきれ果てたと言うように、大きく腕を振る女神。

 そのままフィールドの中心に立つと、全員の視線が集中するのを見計らって、堂々と台詞を述べ立て始めた。

「あたしの権能は、祝福を受けた者に等しく、幸運を約束するわ。その結果、望むカードを自由に引くことができる。でも、それは対戦相手も同じこと。あなたたちの戦いは、あなたたちが望む最高のパフォーマンスをぶつけ合ったから、そうなったってだけ」

『……そうか。俺たちは無意識に、積み込み・・・・をやってたんだな』

「ジャッジが合法と判断してるんだもの、その批判は無意味よ。だって、人は誰しも、よりよい明日を望むものじゃない」

 種明かしを聞き終えて、青いドラゴンはため息をついた。

 その目に、かすかな哀れみのようなものをにじませて、日美香に向き直った。

『あんたは俺のデュエルを見てた。だから、どういう風に対抗すればいいかを、思い描くだけでよかったんだな』

「さすがに、デッキのカードを書き換えるようなことはできないから、【七つの技芸よ蒙を啓けアルテス・リベラレース】も利用させて貰いました」

『最初は全力でカウンターの布陣、その後はコンストラクトと、必要なだけのカウンターを握る。本当に、正真正銘の必殺デッキだったんだな』

 このデッキを創るときは、彼の実力もアルコン能力も分からなかった。

 だからこそ、ここまで無慈悲な構築をしなくてはならなかったのだ。

「ついでに言わせてもらうとね、この大会にドラゴンの参加を認める気、なかったのよ」

『種族差別かよ! そういうのを無くすために企画したんじゃないのか!?』

「だって、あなたたちにあたしの幸運なんて、授けられるわけないじゃない。最高の計算能力に裏づけされた、きわめて精緻な未来予測を持つ種族よ? コインの裏表だけじゃなく、勝利まで確定させられたら、たまらないわ」

 それが、竜神とその仔竜を排除しようとした、本当の理由。

 カードゲームというフィールドで、彼らの能力は女神の加護と噛み合いすぎる。

 一歩間違えば、負けるのはこっちだった。

「さて、そろそろ解説はおしまいにしましょ。会場の皆さんも、物語の結末を待ちわびていることだし。ヒミちゃん、悪いけど勧告お願い」

「すみませんが、選んでください」

 苦々しい思いを隠すこともできず、日美香は対戦相手に告げた。

「降参するか、このまま終わりまで勝負を続けるか」

『なら、俺は!』

「言っておきます。私が《落丁》で捨てるのは、通常のマナカードだけです。使うのも、あなたたちに見せたカードのみ。私の勝利が確定するまで、それは変わりません」

 少しの抵抗も認めない。

 こちらのデッキの偵察さえ、許す気はない。

 敵をただの敗北者として始末する。

 それがこのデュエルの、残酷な根本原理だった。

『分かったよ』

 思うよりも穏やかな声で、青い竜は宣言した。

『俺の、負けだ』


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