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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~duelist編~
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32、血のたぎり

『DCE二回戦! 波乱の第一試合の後は、これまた注目のカード! ってか、もう注目するとこしかないんだけどな!』


 すっかりアナウンサーが板に付いた黒竜を眺めながら、竜神は口元をくつろげた。

 相棒の赤竜のほうは、相変わらずのしかめ面。もう少し肩の力を抜けばいいだろうに、あの真面目さは、百年経とうが変わらない。

 そして、胸元辺りに浮かぶ青い仔竜に、声をかけた。

「体調はどうだ」

「どーもこーも。ドラゴンになってから病気一つしてないんだ。今日も絶好調だぜ」

 だが、その魂は明らかに変調している。

 すでに人間としての輪郭は崩れ、ドラゴンの体になじみつつあった。何の処置もなしに元の体に戻せば、重篤な疾病で命を落とすか、人ならざる怪物に変異するだろう。

「まあ、あいつを目の前にすると、ものすごく体調が悪くなってくるけどな」

「なるほど、さもありなん、と言ったところか」

 相対する白仮面は、何気ない風を装ってたたずんでいる。

 だが、その充溢する気勢は、世界のあらゆるものを呑み込み、穢し尽くしたいという邪悪な意志に満ちていた。

 複数の意識、怨念と妄執の塊を、百は住まわせているだろう。盲目的な憎悪たちは、昼夜の分かちなく、魔王の心を責め苛んでいるはずだ。

 それでもなお、平然と立ち続けられる意志力は驚嘆に値した。

 だが、個人の評価は別として、やっておかねばならぬこともある。

「なるほど。そなた、造られしモノか」

 無造作に秘密をはぎ取りに掛かると、魔王は幾分か、驚いたように姿勢を崩した。

『貴様にしては無粋な一手だな、"斯界の彷徨者"』

「元々、儂はこういう性格さ。ただ、いささか大きくなりすぎたゆえ、ちまちまと策謀を練らねばならなくなっただけのこと」

『貴様のかわいい仔竜をなみされたのが、よほど腹に据えかねたか』

「質は良くないな。数打ちの量産品、魔界の錬金師が、戯れに生み出した人造生命ホムンクルス、と言ったところか」

 相手の気配が、明らかな憤怒と憎悪に染まる。

 突然の正体の暴露に、仔竜は驚いたように顔を上げた。

「あいつのこと、知ってるのか?」

「いいや。一切知らん。儂は目に見えるモノを語っただけのこと。自分のことを、秘密めかした恐怖の大王と勘違いしている、小賢しい魔王づれの正体をな」

『忘れていたよ。ドラゴンとは傲慢なるモノ。全てを見通したつもりになり、一切を手の内で転がせると勘違いした、長命だけが取り得の古蜥蜴だとな』

 こちらの視線を真っ向から受け止め、魔王は芯からの怒りを燃やしていた。

 悪逆の相。

 怨念をすすり、憎悪を喰らい、己に降りかかるあらゆる悪因と不遇を、怒りをもって笑い飛ばす、破壊と破滅をもたらす者の顔だ。

 ある意味、サリアの反転した存在と言えた。

 その想像に思い至ったとき、竜神は笑みを浮かべて喝破した。

「貴様の肉体の原型、心当たりがあるぞ。魔の者よ」

『そう思うなら好きに語れ。俺は、その想像を、遥かに超えた場所にある存在だ』

「で、あろうな。この推論には嵌らぬピースがいくつかある。別の場所でヒントを手に入れないと解けぬ類の謎だ」

 問いを打ち切り、仔竜の肩を軽く叩く。

 これ以上続けても、ただの水掛け論に終始するだろう。踏み込めば、のらりくらりと言葉でかわされるだけだ。

「まあ、そんなことはどうでもよいか。貴様はここで敗れ去る。とっとと帰って布団にこもり、運命の時を震えて待つがよい」

『確かにどうでもよいことだ。ここで物言わぬ石となり、贅沢にたるんだ腹を見世物にさらすことになる、貴様にとってはな』

 啖呵を切りあい、相対するべき位置に立つ。

 審判の女神が黒い姿を現し、実況のグラウムがじれてぼやきを上げた。

『なにやら剣呑なやり取りを終えて、ようやく両者開始位置に! ってか、そういう会話は客には聞こえないんだから、さっさと試合してくれっての!』

「注文のうるさいやっちゃなー。儂にもちょっとはかっこつけさせんかい」

『どうせ勝つ試合だ、だらだら流すぜ。勝利を頼むわ主様。サイズは超LLで』

「トッピングは、こなごなに砕いた白仮面だな」

 緊張の解けたフィーの軽口に笑い、一気に真の姿を解き放つ。

 遥か下に魔王を睥睨した竜神は、一呼吸置いてから、仔竜に告げた。

「イメージしろ、フィー」

「……は?」

「聞こえなかったか? イメージしろ、と言ったのだ」

 まるで、ジョッキ一杯のワインビネガーでも飲んだような顔で、仔竜が振り返る。

「具体的に言ってくれ。さすがにそれじゃ分からん」

「渾身のネタだったのだが、素の反応とか……まあ、よいわ」

 仕切り直し。

 今度は一切の遺漏なく、実現させるべき未来を、言霊として練り固める。

「かの魔王は相手の手札を削りながら、己の住む泥沼に引きずり込んで勝つという、陰険で面倒くさいデッキを使う。地獄の亡者のような奴だ」

「そうだな。あんなめんどいのに加えて《デミウルゴス》が来たら、勝負投げるわ」

「ではフィーよ。そなたが先行を取ったとき、あのものに一撃も許さず、勝つことができる試合は、どんなものであろうな?」

 この少年は筋がいい。

 自分では頭が悪いと言っているが、それは勘違いだ。

 好奇心が強く、きっかけさえあれば自身の見ている世界を、自在に広げられる柔軟性を持っている。つまり、十分に頭がいいのだ。

「ふっつーに考えれば、まずないよ。百回に一、二回、千回やって十回あるかぐらいだ」

「そこで、儂の【アルコン】を加えて再計算すると?」

「……なくは、ない。くらいには」

「ならば、イメージしろ。その可能性を、未来をだ」

 見えざる手によって、デッキがシャッフルされていく。この神規において、デッキシャッフルは人間の手では行われず、最後のカットだけが任意で選択できた。

「要するに、お祈りゲーかよ」

「そう言うな。ある異世界において、最強のデュエリストとは、ドローカードさえ自身の意志で創造する者だと聞くぞ?」

「デッキに入ってないカードをか? だったら俺、光のスピードでジャッジ呼んで反則取るわ」

「うむ、フィーは賢いな」

 馬鹿話の終わりと共に、"刻の女神"が進み出る。

 すでに見慣れたが、片手に百円玉を乗せる彼女の姿は、なかなかにシュールだった。

「コールはフィアクゥル様でお願いします。それでは」

 促され、互いに構えを取る。

 黒い執事はフィールドの端へと下がり、竜神は全てを見通すように、高く首を上げた。

『……デュエリスト『D』、貴様らを蹂躙する』

「竜神エルム・オゥドの仔竜、フィアクゥル! 蹂躙されんのはそっちだぜ!」

 コインがひらめき、いくつもの視線が、その軌跡に運命を追う。

 だが、仔竜の目は祈っていない。

 その運動エネルギーを、地面に落ちた場所からの反発の軌道を、そしてどちらの側を向けて止まるのかを、無意識に予測計算している。

 本人の意識せざる部分で、逸見浩二の脳力・・は、加速進化アクセラレイトされていた。

「表だ!」

 ぴたりと、答えがはまる。

 こんなもの、よく育ったドラゴンには児戯以下の話だ。視界を封じ、角を封じ、皮膚感覚での知覚のみを許すぐらいであっても、外すことはないだろう。

 風を切る音と共に、デッキからカードが飛び出し、仔竜がその並びに目を見開いた。

「なあ、おっさん」

「なにかな、我が仔竜よ」

「俺って案外、最強だったりしてな」

 その顔に迷いはない。

 勝利の方程式はすでに揃ったと、表情が語っていた。 

「俺のターン! まずはこれだ! マナカード《時間鋼の欠片》、《蜜酒の杯》を二枚、《錬金術の金屑》をセット! 途中で対応はあるか?」

『……こちらには手がない。そのまま続けろ』


《時間鋼の欠片》マナ

時間鋼の欠片を生贄に捧げる:時間鋼の欠片をゲームから取り除く。あなたは緑緑を得る


 マナを出すためのカードがずらりと並び、手札は残り三枚となる。

 そのうちの一枚を、仔竜は投じた。

「《蜜酒の杯》を一枚いけにえに、俺は緑一点で《Septem Sigil》をセット!」


《Septem Sigil》 リチュアル(場)

あなたの管理フェイズに封章シーリングカウンターを一個置く。このカードの上に七つ目の封章シーリングカウンターが置かれた場合、あなたはこのゲームに勝利する。


 カードが放たれ、魔王の足元に魔方陣が描かれる。

 それは来るべき時を待つように、暗く沈んだ光を明滅させていた。

「さらに、《金屑》から赤、《杯》から緑を出し、《神霊の領域》をセット!」


《神霊の領域》 リチュアル(フィールド)

全てのプレイヤーは、通常のセットにくわえてもう一枚、マナを置く事ができる。

マナカードを一枚生贄に捧げる:ライブラリから通常のマナカード一枚選び、手札に加える。


 残る一枚を人差し指と中指でつまみ、青い仔竜は刃の鋭さで、魔王に突きつけた。

「《時間鋼》をいけにえに、緑二点で詠唱キャスト、《Magnum opus》!」


《Magnum opus》 マグス

あなたは追加の一ターンを得る。


 それは魔術マグスの究極の奥義。

 ウィズにおける"マグス"とは、時間操作を指し示す言葉だった。そんな世界設定を体現する、余りにも無体なレアカード。

 魔王の白仮面が驚きと、それとは別の感情に揺れ動いた。

『そうか。つまり、貴様は、そういうつもりなのか』

「ああ。おっさんも言ってたろ、とっとと家に帰って震えてろ、ってな!」

『だが、たった一ターンだ』

 負け惜しみではない、挑戦の言葉が放たれる。

 挑みかかる気迫が、仮面の奥から押し出された。

『やれるのか、貴様に。この俺を!』

「やれるさ。俺は、フィアクゥルだからな!」

 仔竜は気勢を上げるように、大げさに息を吐く。

 そして、右手をかざし、令を宣言した。

「竜神エルム・オゥドのアルコン、第一の能力、発動! 【七つの技芸よ蒙を啓けアルテス・リベラレース】!」

 仔竜と魔王のデッキが輝き、手札と墓地にあったカードの一切が、デッキに込められ切り混ぜられる。

 そして二人の手には、再び七枚のカードが補充された。


七つの技芸よ蒙を啓けアルテス・リベラレース

エルム・オゥドのアルコン能力。全てのプレイヤーは墓地のカードと手札をライブラリに戻し、切りなおして七枚引く。自分のメインターンかつ、一回のデュエルに一度のみ。


『わかっちゃいたが、なんともインチキ! 竜神の使う第一のアルコン能力、地味に見えるが、異常に凶悪な能力だぜ!』

『自身のターンでカードを使いきっても、ノーリスクで補充が可能なわけです。ほんと、こん畜生って感じですよね』


「相手にも同じ効果を許しておるのだ、それなりに有情ではないかなー」

 新たなカードを手にしながら、仔竜はこちらの抗議を鼻で笑った。

「たわ言はさておき、まだ俺のターンは終了しちゃいないぜ! 《緑》《錬金術の金屑》《蜜酒の杯》をセット」

『通しだ』

「ありがとよ。ならこいつも通してくれるよな? 緑一点で詠唱キャスト、《秘奥の口伝》! 対象はもちろん《Magnum opus》だ!」


《秘奥の口伝》 マグス

あなたのデッキから好きなカードを一枚探し出し、ライブラリのトップに置く。

 

『うちの仔竜も主様に負けじと鬼畜の所業! 更なるターンの確保を宣言したぞ!』

『大変ドラゴンらしい、強欲な行動だと思います。まさに、ずっと俺のターン』

 ここまでの暴虐を見せ付けられながら、魔王の意志は萎えるということをしなかった。

 むしろ仔竜の行動が、あれの心に膨大な燃料をくべているようにさえ思えた。

「そんな目つきしたって無駄だ。止められるカードがないなら黙ってみてな! ターン終了、そして、俺のターンッ!」

 宣言と同時に、魔王の目の前に光の柱が突き立つ。地面の魔方陣に輝きが戻り、脈打つように燐光を散らし始める。

「マナカード《精霊燐の花火》をセット。そして俺は――」

「フィーよ。そこはもうちょっと、欲張りに行こうではないか」

 時間操作に手を掛けた仔竜を、竜神は笑顔で制した。

「もしかするとアレがくるかもしれん。ちょっと三枚ほどドローしてみてはいかがかな」

「……おっけー。んじゃ、おっさんの第二の能力、発動! 【三つの秘蹟トリス霊智を囁けメギストス】!」


三つの秘蹟トリス霊智を囁けメギストス

エルム・オゥドのアルコン能力。デッキから三枚ドロー。一回のデュエルに一度のみ。


 まったくの無償で三枚のカードを手札に加え、仔竜は満足げに宣言する。

「今引いた追加の《緑》をセット、《Magnum opus》を詠唱キャストする! んで、その行動に【スタック】、追いかけて《鏡像唱和》だ!」


《鏡像唱和》 ファストスペル

あなたの呪文一つを対象にする。あなたはその呪文のコピーを唱えても良い。


『はいはい俺のターン俺のターンと言わんばかりのカードの暴力! これでフィーの追加ターンは二回が確定! この動きができたら一回戦の無様はなかったよなー!』


「う、うるさいな! あれはちょっと調子が悪かったんだよ!」

 もちろん、そんな行為は許すつもりはなかった。

 最初のデュエルは《竜血覚醒》まで、おそらく魔王との戦いになるこのタイミングでのみ、このコンボを解禁するつもりだったからだ。

 それが、こちらの手助けなしで、ああいう結末を迎えたのは、嬉しい誤算だったが。

「どんどん行くぜ俺のターン! ドローして《赤》を二枚セット。そこから赤赤緑で《知恵の火花》! もちろん二枚ドロー!」


《知恵の火花》 ファストスペル

あなたはカードを二枚引くことを選んでも良い。選ばなかった一枚につき、対象のクリーチャーかプレイヤーに一点のダメージを与える。


「更に《金屑》の赤と、場の緑を一点使い、《漏刻を手繰るもの イスフ》を召喚!」


《漏刻を手繰るもの イスフ》 クリーチャー エレメンタル ドラゴン 英雄

飛行

アクト:対象のカードに置かれたカウンターを1増やす

アクト:対象のカードに置かれたカウンターを1減らす



 カードから生み出された幻影は、南の海に住むタツノオトシゴのような姿に似ていた。

 羽衣のようなひれをひらめかせて、ゆったりと空中を泳ぐ。

『なるほど。漫然とターンを進めるのではなく』

「《イスフ》の効果でカウンターを増やすんだ。対応は?」

『ないと言っているだろう。続けろ』

 本当にないのか、あるいは何かを隠しているのか。

 そう思わせるだけのたたずまいを、魔王は一切崩さない。内心は煮えたぎっているだろう苛立ちを、ここまで隠し通せるというのか。

 この胆力には、何かがある。

 単純な怒りや憎しみではない、この男をここまで押し上げたのは、何か。

「……そなたの後援者、もしや『万能無益』、あやつではないか?」

『デュエルの間に会話を設け、相手を揺さぶるのは負けている側の特権だぞ。貴様がこれほど無粋とは思わなかった』

「揺さぶるのは好きだが、揺さぶられるのは大嫌いか。儂と貴様は、ほとほとよく似ているようだな」

 言いながら、竜神は思い出していた。

 黒竜グラウマグリュスを見物に、魔界に下りたときのことを。そのときに知り合った、闇の底深くに座していた、あの異形のことを。

「世界の創造者にして世界の破壊者。指一つで天地を創造し、瞬き一つで全てを滅ぼしうるモノ、などとうそぶきながら、自身は一歩も動かず、闇の奥にてまどろむ者」

『価値ある物を遠ざけ、ガラクタのみをその手に握る。貴様とよく似ているな、あの数寄物の御仁は』

「『万能無益』のジョウ・ジョス、やはりな」

 その名前は、すでに滅びた星の民の言葉で『道具』と『ガラクタ』を意味する。何もかもが酔狂、その一切が刹那の興味で動く者だ。

『ずいぶん懐かしい話してんなぁ。あのヘドロ爺、まだ生きてたか。あの時、あいつを喰い損なったの、マジで後悔してたんだぜ』

『そのおかげで、俺はかの御仁のガラクタとしてここにある。まったく、貴様らにかかっては、隠し事の一つもできぬようだ』

 それで合点がいった。

 目の前にいる男は、魔界の風狂人に認められるぐらい『壊れている』ということが。

「……その昔話で、何か分かったのか?」

「こやつには絶対、気を許すなということだ。常識を食い破るためだけに、己の命を笑いながら捨てられる男だ。それを忘れるな、フィアクゥルよ」

「言われなくともって奴だぜ、おっさん! それじゃ、俺のターンが終わって、更に俺のターン! めんどくさいから、一気に行く!」

 三本目の光の柱が灯り、さらに《イスフ》の力でもう一本の柱が追加される。

 必要なカウンターは、あと三つ。

『だが、これではまだ届かないな。俺に一ターンでも与えてみろ、そうなれば』

詠唱キャスト、《黙殺》!」


《黙殺》 マグス

対象のプレイヤーの次のターンを飛ばす。


『ほんっと、マジでえげつないなフィー! 自分のターンを増やすんじゃなく、相手のターンを消し飛ばしての時間稼ぎ! さすがの俺もこれには引くわー!』

『あのデッキの中には、かなりの数の時間操作ターンコントロール系が入っているでしょう。本当に何もさせないで勝つデッキ。正直、私も薄ら寒いです』

 ぼやく部下たちの前で仔竜はターンを終了し、五回目のターンを進めていく。六つの光が灯り、魔王の命は風前の灯となった。

『だが、これが勝負所だ。殺しきれるか? この俺を』

 こんな状況になってもなお、魔王は姿勢を崩さない。

 たとえ死の間際にあろうとも、この男は勝利のために動き続けるだろう。

「止めを、フィー」

「分かってる。こいつは中途半端じゃ、だめだ」

 引き当てたカードを掲げ、仔竜は宣言した。

詠唱キャスト、緑赤で《二律背反》。指定は、"マグス"」

 落ちていくカードの中から、青い指がそれを拾い上げる。

 その文言を確認し、最後の一手が繰り出された。

「《神霊の領域》起動。赤と緑をいけにえにして効果を起動。デッキから《赤》を二枚出して場に。そして、俺が唱えるのは、こいつだ」


《大一番》マグス

あなたは追加の一ターンを得る。追加ターンの終了時にあなたは敗北する。


「くふ……っ」

 己の敗北が確定した瞬間を、男は笑っていた。

「くふっ、くは、くははははははは、ははははははははははは!」

 それは、苦しさや悔しさとは無縁の、笑いだった。

「お前は、お前はまたしても、またしても、俺を阻むか! ははっ、いいぞ、いいぞフィアクゥル! 俺はお前に、恋をしてしまいそうだ! あはははははははははははは!」

「俺のターン」

 その狂態さえも黙殺・・し、仔竜は止めを放つ。

「おまけに持ってけ、《イスフ》の効果でカウンターを八つに! そして俺の勝ちだ!」

 七つから八つに増えた光で、描かれた魔方陣の形が変わる。

 カード名の七芒星セプタグラムから、八つの角を持つ八芒星オクタグラムへ。

 輝く封印が、魔王の姿を完全に閉じ込めていた。


『決まったぁっ! 余りにもご無体なコンボで、対戦相手を完全封殺! 要した時間はたった六ターン! 竜神・フィアクゥル組の勝利だぁっ!』


 まるで武術の残心でもするように、深く息をつきながら、仔竜は構えを崩さない。

 光の向こうで、魔王は笑っていた。

 そして、ゆっくりと、面を取った。



「負けてしまったか」

 つぶやきの意味とは真逆の、甘露に酔う心持が満ちていた。

 声もなく執事がこちらに寄り添い、帰還に備える。

 残された刻限は短い。面を外し、竜神の顔をつくづくと眺めた。

「貴様の丹精せし仔竜、見事だ。俺の覇道を飾るにふさわしき、鮮やかなりし蒼き薔薇ブルーローズ

「そなたの立ち居もまた、むべき覇者の在り様であったぞ。創り手知らずの逸物オーファン・ワークスよ」

 それは竜神の賛辞であり、自分への褒美だった。

 創り手のいない被造物、その概念のいびつさが、心地よかった。

「感謝しよう、"万涯の瞥見者"。その、終生の誇りとせん」

 だが、自分は魔王だ。

 その在りようは、曲げるつもりはなかった。

「持っていけ」

 その一枚を放ると、青い仔竜はその表を確かめ、露骨に嫌そうな顔をした。

「こんなもん、うちのデッキに入るわけないだろ。何の嫌味だ」

「それは貴様にではない、下膨れの老竜への嫌味だ」

「……なんだと?」

 竜神の瞳が見開かれた。

 当惑、疑念、そして誰何すいかの感情が、激しく燃え上がっていく。

「それは貴様の旧友。その貶められし成れの果てだ。よもや、忘れたとは言わせぬぞ」

「貴様……っ!?」

 その時初めて、黄金神竜の表情が、ひび割れた。

 分厚い鱗の下の、更に厚い皮膚でよろった柔らかな心が、むき出しになっていた。

 すばらしい成果だ。

 その反応が、見たかった。

「では、さらばだ。汝らの行く末に、混乱バラルのあらんことを」

 とどめの一言が黄金の竜をき、怒りと疑惑に乱れた瞳がこちらを射殺すように向けられる。

 その感情の奔流に押し出されるように、魔王は己の城へと帰還した。

 仔竜の手に握られた、《デミウルゴス》のカードを思いながら。


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