30、怨恨
繰り広げられる戦いを見つめながら、日美香は小さく嘆息した。
この大会は、本当に面白い。
各勇者が使う能力の原型、アルコンカードはすでに忘れられたルールだ。公式大会は本家のアメリカで数回行われた程度で、日本では一度も使われていない。
ましてや、各デッキのコンセプトにあわせて専用の能力を設定する自由度など、あるわけもなかった。
「しかし、あの子があそこまでやるとはねー。あの勇者の子とよっぽど相性が良かったのかしら」
バーカウンターから戻ったマクマトゥーナが隣に座り、上機嫌でグラスに口をつける。
昔から目をかけていた子なの。試合を見る前に、彼女はそう告げた。
初期の遊戯でひどい裏切りに合い、消えかけていたところを救ったと。
「やっぱり、あの神様に勝って欲しい?」
「そりゃそうよ。うちのかわいい子だもの。でも、勝負は勝負だから」
『俺のターンです! 俺は、手札から《若き勇士 アルゼル》を"プロモーション"!』
海藤選手の宣言に、それまで小さな剣士だった姿が、立派な鎧を身にまとった青年の騎士に変化した。
「あれ? あのカード、何でシェート君カウンターしなかったの?」
「"プロモーション"は対象のクリーチャーの上に重ねて使う効果なの。だから、カウンターじゃ妨害できないんだよ」
『《若き勇士 アルゼル》と《貫くもの パーサズ》で攻撃!』
『させない! 罠カード《岩塊呑みのワーム》! アルゼル、壊す!』
岩塊呑みのワーム クリーチャー 罠
貫通
埋設(このカードをプレイするとき、裏側で場に伏せた状態でゲームから取り除く)
対戦相手があなたに攻撃してきた場合、あなたは白白3を払い、このカードを表側表示で場に出してもよい。
岩塊呑みのワームが場に出たとき、攻撃クリーチャー一体を対象とし、それを破壊する。
そのクリーチャーの防御力分、岩塊呑みのワームに+1/+1カウンターを置く。
シェートの動きも、すでに素人の域を脱していた。
度重なる鳥の勇者との戦いで、彼のデッキは進化し、本人のプレイスキルも目を見張るほどに上達している。
だが、それでもまだ甘い。
『【スタック】宣言! 《献身的な盾持ち》を、"瞬招"で場に出します!』
《献身的な盾持ち》クリーチャー 聖騎士
瞬招
献身的な盾持ちが場に出たとき、呪文か能力一つか、クリーチャー一体を対象とする。その効果をこのカードに移し変える。
一瞬迷ったシェートは、カウンターせずに対応を終了させ、アルゼルともう一体の騎士の攻撃を、二対のクリーチャーを犠牲にしてブロックする。
「なんかさっきから、シェート君たちの動きが鈍いみたいだけど、あのカードをカウンターしなかったのも、何か理由が?」
「場に出ている、《賢王の禁令》のせい。あれがあると呪文に余計なコストがかかるから、カウンターしにくいの」
《賢王の禁令》
リチュアル(場)
伝承(あなたの場に英雄が一枚以上ある場合、伝承の効果を適応する)
全てのプレイヤーは召喚以外の呪文を唱えるとき、追加に2点を支払う。
このカードが伝承として唱えられた時、ターン終了まで召喚以外の呪文は2点を支払う。
『こっちはこれでターンエンド』
『【スタック】! 二点払う、《落穂拾い》捨てて、その邪魔、壊す!』
解説しているそばから、シェートの一撃が《賢王の禁令》を打ち払う。それでも、先ほどの展開で、勇者たちがアドバンテージを取ったのは明白だった。
「ドラゴンさんが解説してたんだけど、サリアさんのアルコン能力って、持ってるカードを『カウンターや破壊のファストスペルに置き換える』ものなんだって」
「なるほど。だから、カードのルールに従って妨害ができるのね」
「神規を変換するコストが、安くて済むんだって言ってた」
そこで日美香は、あの俊之というプレイヤーの意図に気が付いた。
カウンターできない《吟遊詩人》のようなクリーチャーに、召喚ではない"プロモーション"による強化。そして、ファストスペルや"埋設"カードを妨害するリチュアル。
完全な、シェートに対する『対抗手段』だ。
「……なるほどねぇ。あれはクーリの仕業か」
日美香の考えを聞いた女神は、何かを見通すように目を細めた。
「でも、マーちゃんは、あの神様にカードゲームなんて無理だって」
「もちろんその通り。でもね、あの子の差配が、あのデッキを作り上げたのも事実よ」
少しだけ悪そうな笑みを浮かべながら、"愛乱の君"は呟いた。
「そのこだわりが吉と出るか、凶と出るか。とくと見せてもらうわよ、"八瀬の踊鹿"」
『すまぬが、少しばかり所領を融通してはもらえまいか、"八瀬の踊鹿"殿』
思い起こせば、目もくらむような馬鹿げた頼みだった。
その頃のクーリは、いくつかの所領を持ち、大神とまでは行かなくとも、安泰な暮らしをしていたものだ。
神々の遊戯など、有象無象が騒ぎ立てるちんけな祭り、そういう気分でいられた。
だからこそ古い顔なじみに、何気なく自分の世界を用立ててしまったのだ。
それが全ての、間違いの始まり。
『"八瀬の踊鹿"さま、申し訳ございませんが、これも約定でございます』
"刻の女神"の薄ら笑いは、今思い返しても腹が立つ。天界では影の薄い存在として見向きもされなかった、時間をつかさどるという小神。
それが今や、神々の遊戯に隠然たる発言権を持つ、大神に比する存在になっていた。
それに引き換え、自分はどうだ。
遊戯に敗退した愚か者の借財として、自分の所領は新参の神に奪われ、日を追うごとに威光も磨り減っていくばかり。
もしあの時、"愛乱の君"に助けてもらえなかったら。
『この試合、当方が敗北せし時、わが存在そのものを、"八瀬の踊鹿"殿に譲渡いたしたく思います』
ふざけるな。
たった一度の奇策がはまり、竜神にすがって薄い勝ち目を拾い続けただけの、廃神風情が何を抜かす。
お前がいらないと言うその立場を、その勝利の機会を、死ぬほど願い続けたこの私に対して、まるで犬に残飯を投げ与えるように、勝ちを拾えたらくれてやる、などと。
「ちょ、ちょっとクーリ、聞いてる? 墓地のカードを」
「聞いてるでしたか。ちょっと待つだった」
墓地に落ちたカードを引き抜き、それを勇者の山札に入れる。
これは私だ。
私がこぼした未来、なくしてしまった過去だ。
それを拾いあつめて、積み上げて、勝つ。
『じりじりと試合は進み、現在十五ターン目。シェート選手残りライフ十八に対し、海藤選手の残りライフ十九。この大会では珍しい拮抗状態が続いているぜ! この状況、解説のソールさんはどう見る?』
『接戦になったというより、接戦に持ち込んだ、というほうが正しいでしょう。海藤選手のデッキ構築とプレイングが、シェート選手を抑え込んでいる状態です』
そうだ、これはお前のための罠だ。
往来で耳にした、コボルトと"虹の瑞翼"の勇者との戦いから、相手のアルコン能力のことは知れた。それを勇者に教えて、破る方法を考えさせたのだ。
『アルコン能力とデッキのかみ合いかたから見て、あれは手札破壊やクリーチャー除去、カウンターへの強力な耐性を有しています。勝ちに行く目が薄い代わりに、簡単に負けを取らない。それがあの"改良型聖騎士デッキ"の正体です』
「勘違いするな、ポンコツ竜」
気づかれないよう、小声でクーリは笑った。
「ちゃーんと、勝ち目はあるだった。それを、これから見せるでしたから」
「こっちはターンエンドです!」
「って、もう終わっただった!?」
「それじゃ【スタック】! 《夜襲の収穫》!」
「あっちは始まる前に始めるだった!?」
どうにも、この戦いは自分の肌に合わない。
勝負の駆け引きはトシユキに任せきりだし、能力を使っているというより、勇者に使われているという感じがぬぐえなかった。
「罠カード、置く。それから《狩人の妙技》、使う。手札、罠にする。それで、終わり」
《狩人の妙技》マグス
あなたの手札からカードを一枚指定し、埋設を行う。(埋設されたカードは罠の能力語が与えられ、そのカードに指定されたマナコストを支払うことで表側表示で唱えることができる)
その後、このカードをゲームから取り除く。
コボルトの手札が二枚、場に伏せられ、こちらに主導権が移る。
クーリの首筋は、嫌な予感にぴりぴりと逆立っていた。
「ちょ、なんでしたか、さっきのカード! 私知らないだから!」
「うん……ちょっとヤバいかも」
「ト、トシユキ!? あれなんかまずいだったか!? 私、何かするか!?」
せっかくこちらが心配しているというのに、勇者はカメムシでも食ったような顔で、丁寧に状況説明をはじめた。
「あれは、罠でないカードを罠にできるんだ。つまり、俺たちが対策を練ってきたカードじゃないものが、伏せられた可能性がある」
「カノウセイ、つまりカノウジャナイセイもあるでした」
「……そうだね。ただのブラフ、だったらいいね」
そう言いながら、勇者の引き抜いたカードに、クーリは目を見開いた。
「きた! 切り札来たでしたか! これでかつるでしょう!」
「……俺は手札から《聖なる王 アルゼル》を"プロモーション"します」
それまで徒歩だった騎士が、立派な馬に乗って槍をたずさえた姿に変わる。これがこのデッキの最強クリーチャーであり、トシユキの切り札の一つ目だ。
《聖なる王 アルゼル》 クリーチャー 英雄 聖騎士
聖なる王 アルゼルはその下に置かれたプロモーションカードの効果を使用できる。
このクリーチャーが場にあるとき、あなたに与えられるダメージ一点に付き、その点数と等しいカードをデッキから墓地に送る。
プロモーションされたカードを一枚ゲームから取り除く:ターン終了まで不朽を得る。
聖なる王 アルゼルが攻撃に参加したとき、デッキトップから二枚までカードを捨ててもよい。
聖なる王 アルゼルが場にあるとき、これ以外の聖騎士を+2/+0する。
王の周囲には、呼び出しておいた配下の聖騎士が一体。対するコボルトのほうには、呼び出された"星狼"のカードと、弓の神器が装備されている。
「やっちまえでした! こっちも神器を使うでしたから!」
「そうだね。出し惜しみしてもしょうがないか。手札からコンストラクト《祝福されし剣 コルブラン》を場に出します!」
《祝福されし剣 コルブラン》コンストラクト 神器 (神器は破壊されない)
このカードは打ち消されない。
このカードはアルゼルという名前のカード以外に装備できない。
場にアルゼルと名の付くカードがあった場合、このカードを装備する。
祝福されし剣 コルブランを装備したクリーチャーは+5/+5され、先攻、貫通、保護を得る。
祝福されし剣 コルブランを装備したクリーチャーが戦闘でクリーチャーを破壊した時、墓地に置く代わりにゲームから取り除く。
トシユキの投げ渡したカードが、輝く刀身を持つ一振りの剣に変わり、馬上の騎士王の手へと吸い込まれた。
燃えるような光の剣が掲げられ、付き従う騎士が剣をささげて礼を取る。
それは、奇跡の力を手にした、聖なる王の降臨だった。
「見たでしたか! これがトシユキの切り札! 決め手が無いとか言わせないだった!」
『本来の聖騎士デッキに"プロモーション"カードは入りませんからね。《コルブラン》も無駄になりやすいので、大体抜かれてます』
「う、うるさいでした赤トカゲ! 皮むいて干し肉にしてやるだったから!」
とはいえ、出してしまえばこっちのものだ。
あの剣を装備したアルゼルは、攻撃力、防御力ともに十という数値を誇る。その上、最初に《勇猛な槍兵》の効果で増強した分も含めれば十一点。
一撃当てれば、あのコボルトは瀕死になるだろう。
「って、何しているでした、トシユキ。早くアタッシュするだった」
「……ごめん、今はちょっと」
「だから! 今がジャンプでしたから!」
「いいから黙って!」
見えない何かを見据えるように、勇者の横顔が引きしまる。小声でつぶやき、何度も相手の場のカードを確かめる。
「……《水攻めの計略》白、緑、二点……《飲み込む虚穴》白、緑……」
自分には駆け引きは分からない。だが、神の端くれとして、記憶することに関してはこの勇者にも引けは取らない。
「あの一枚、あれが破壊系として《神域の猪》? 《不穏な茂み》を通さずに出すなら」
だからこそ、勇者が何を言っているのか、理解できた。
コボルトがこちらの陣容を破壊することを、想定しているのだ。
ほんのわずかな時間、目を閉じて考えをまとめた勇者は、宣言する。
「……戦闘フェイズに移行。俺は《竜殺しのリスタン》と《アルゼル》で、攻撃!」
「アレだけ悩んで無策でした!?」
「除去が伏せられているなら使わせる! ここからはリソースの削りあいだ! 攻撃時に《アルゼル》の効果を発動! デッキの上から二枚を墓地に!」
輝きながらデッキのカードが宙を舞う、その一枚を勇者の指がさらい取る。
「俺はデッキから落ちた《水の騎士 ラント》を"推参"コストを払って場に出す!」
《水の騎士 ラント》クリーチャー 英雄 聖騎士
先攻 瞬招
推参(水の騎士 ラントがデッキから墓地に送られたとき、場にアルゼルと名の付くカードがあった場合、白黒1を支払ってを支払って場に出してもよい)
水の騎士 ラントが推参コストによって場に出たとき、墓地にあるカードを一枚、あなたのライブラリの底に戻す。
0:聖騎士一体を対象とする。ターン終了時まで、このカードは対象となった聖騎士のコピーであるとともに、水の騎士 ラントの能力を持つ。この能力は各ターンに一度だけ使用できる。
「さらに、場に出た《ラント》の効果で、墓地のカードをデッキに! 《力の騎士 ウェイン》指定!」
『海藤選手、アルゼルの効果と"推参"持ちのクリーチャーでデッキを更に最適化! 時間を与えれば与えるほど、彼のデッキは面倒になっていくぜー!』
『俗に言う《ターボアルゼル》ですね。本来はライブラリ調整のためのカードが必要になるんですが、アルコン能力のおかげでそれも不要になっています。はっきり言ってインチキ臭いです』
何を今更、クーリは鼻で笑う。
"神々の遊戯"とはインチキの塊だ。それぞれの神が、それぞれの都合を押し付け合い、奪って勝ち抜くものだろうに。
ひづめの音も高らかに、騎士の王が犬コロに向けて突進していく。相手を守るのは弓の神器を咥えた星狼のみ。
「【スタック】《霧中の行軍》!」
コボルトの宣言に、戦場が霧に包まれる。忌々しい罠が、相手の命を一ターン守った形になった。
「クーリ、【失せ物探し】と【物惜しみ】よろしく。《白》を俺の手札に」
「了解でしょう!」
手際よく己の仕事をこなし、ターンが終了される。
こちらは騎士の王と、それを守るものが二人。しかも、今後もどんどん増えていく。
多少の罠で攻撃をかわしても、こちらには無数の軍勢が控えているのだ。
「はっはっは! バカ犬とバカ女神! いい加減、無駄な栄光はあきらめるだった!」
「俺、《砕けぬ意思》、神器、つける!」
「む……っ!」
《砕けぬ意思》ファストスペル
対象の場のカードにターン終了まで不朽を与える。
カードを一枚引く。
「……あの弓に貼ったカードは使いまわせる。マナがある限り狼は破壊できない、か」
「抑えられるの、一体だけでしたから。もっと仲間呼ぶ、数で押し切れば……」
「俺、また【罠】、一枚伏せる」
「うがっ! ほんとうっとしいでした! もうそれ、やめるでしたから!」
コボルトはそっけなく手番を回し、今度もトシユキは長考に入った。
本当にじれったい。
だが、相手は毎ターン、何かしかの罠を張ってこちらの隙をうかがっている。うかつに動けば相手の思う壺だ。
コボルトは平然とこちらを見つめ、"平和の女神"も静かにたたずんでいる。
「トシユキ」
「……何?」
「わたし、この戦い、勝ちたい」
今まで自分は見ている側だった。祭りから遠ざけられた傍観者、指をくわえてご馳走のやり取りを見せ付けられる、のけ者にすぎなかった。
だが今、こうして願い続けた場に立つことができた。
「頼む、トシユキ。わたしに勝利を」
見つめた少年の顔は、少しこわばっていた。
それでも、口元を不器用にゆがめて、笑った。
「負けるつもりで、戦うやつなんて、いないよ」
「その意気でしたから! さあ、いつものいくでした!」
「【失せ物探し】と【物惜しみ】を使用。手札に《白》を!」
使える力を充足させ、一呼吸置くと、少年は宣言した。
「俺は、全員で攻撃します!」




