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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~duelist編~
151/256

27、適者生存

 まるで弔いの空気だ、シェートは胸の内でうめいた。

 自分の時、あれほど騒いでいた観客が、小声で言葉を交わすだけになっている。うつろなしわぶきは、夜風にゆすられる梢のような音に聞こえる。


『じりじりと互いのターンを食いつぶすような展開から一転! 仮面のデュエリストが放った逆転の一手で、紫藤選手、一気に大ピンチ!』


 がなり立てる黒い小竜は相変わらずだが、見えない壁に吸い込まれるように、その声も大気に溶けていってしまう。

 その原因は、おそらくあの白仮面だ。

「なんなんだよ、このクソ重い空気は」

「さすがは魔王というわけか。たった一人で、この場をすべて手中にしておる」

 太った男の方は涼しげな顔で、事の成り行きを眺めていた。その目の輝きが、ちらりと伶也に向けられる。

「俺は、手札から《ルベド》をセット! 墓地から《フェニックス》を手札に!」

 見慣れた炎の鳥が手札に帰っていく。だが、彼の場には味方はおらず、自分と戦ったときの勢いはまったくない。

「なるほど。《タリスク》はゲーム外に除去され、《ディハール》は墓地か。頼みの綱の《不死鳥の呼び声》もおそらく不発。主軸が変わっておらぬなら、これはかなり手を焼いておるな」

「《おぞ気》に《絶望への拘引》と《暴露》かぁ……こりゃ、完璧にメタって来てるな……ほんと、やなヤツだぜ」

 ドラゴン二匹は、墓地のカードをあらためて状況の判断を済ませたらしい。シェートの方も、おぼろげに伶也の不利を悟った。

「でも、あいつ、まだやる気」

 手札を確認し、山札の上をアルコン能力でチェックする。自分と戦ったときと同じ、闘志を失わない目つきをしていた。

「俺はこれでターンエンド! さあ、どっからでもきやがれ!」

 吼える勇者に対して、魔王は涼やかに立つ。

 痩身の黒装束は、仮面の奥から静かに宣言した。

『俺のターンだ』



 風が、心地よかった。

 衆人のなぶる様な視線が、なんとも言えず魂に染みた。

 本来ならば許されぬはずの、居城よりの出座。あの人間たちは、この場に魔王オレがいるなどと、夢にも思っていない。

 そして何より、目の前の勇者いけにえが向ける視線が、たまらなく快悦だった。

『ドロー』


《記憶毟り》マグス。対戦相手一人を対象とする。プレイヤーはカードを二枚捨てる。


 手にした一枚を見て、声も無く笑う。そのための白仮面、そのための隠蔽工作ポーカーフェイスだ。

 喜色をもらさないよう、なるべく平板に言葉を継ぐ。

詠唱キャスト、《記憶毟り》』

「マジかよっ!」

 カードの効果が、無慈悲に勇者の手札をむしって落とす。

 これで相手の手札は残り一枚。防衛者もいない。

「だが、そんなものではあるまい?」

 その声は、わざと自陣のみに投げられた。背後で微動だにせず立ち尽くす黒い執事が、わずかに身じろぎした。

「あからさまな誘い、俺の手を待っている形だ」

 いいだろう、乗ってやるとも。

『六体のゾンビトークンで、攻撃アタック

 普通に考えれば、これで終わりだ。合計十二点のダメージで勇者は倒れる。

「まだだ! 俺は、【埋設】効果発動! 《再起への誓い》!」


《再起への誓い》ファストスペル 罠。

埋設(このカードをプレイするとき、裏側で場に伏せた状態でゲームから取り除く)

あなたが攻撃されたとき赤赤1を払い、このカードを唱えても良い。

あなたの墓地からクリーチャーカードを一枚選び、手札に加える。


 この試合、最序盤で使われた一枚のカード。シェートも使っていた罠カテゴリのそのカードが選び出す一枚は。

「俺は《灰燼を食むもの ディハール》を手札に――」

「そして」

「――そして、アルコン能力【神出鬼没ブリンキング】を使う!」

 力強く勇者が手にした一枚、それはすべてを焼き食らう巨大な竜のカード。

「むさぼる炎よ闇を払え! 腐敗の黒を白き灰に染め上げろ! 

 来たれ、《灰燼を食む者 ディハール》!」

 流れるような口上とともに、勇者の墓地が火炎の柱を吹き上げる。

 召喚に応じて現れるのは、貪婪な光をその目に宿した真紅の巨竜。

『【スタック】、起動、《墓場の尋問》、ゾンビトークン三体を《黒》に、残り三体をいけにえにして、三枚ドロー』

「それでも効果は喰らってもらう! 焼き尽くせ、ディハール!」

 竜を中心に炎の波が戦場を洗う。設置しておいた二枚のカードが砕け散り、無数の破片が体に突き刺さった。

 痛みを無視してカードを確かめ、そのうちの一枚を場に貼る。

『《黒》をセット。ターンエンドだ』

 こちらの宣言を受けて、勇者の表情がわずかに緩む。あれを出せばまだ状況を覆せると信じているのだろう。

「俺のターンだ! ドローして《赤》をセット! そして《フェニックス》を召喚!」

 巨大なドラゴンの隣に炎の鳥が舞う。必殺の布陣、確実にこちらを倒しきるつもりでいるらしい。

「行け! ディハール、フェニックス! あいつを攻撃だ!」

『【スタック】、詠唱キャスト、《冒涜者の嗤笑》、対象はフェニックス。追加コストに《常闇の皮翼》を捨てる』


《冒涜者の嗤笑》ファストスペル。追加コストとして手札からクリーチャーカードを一枚捨てる。

対象のクリーチャーかプレイヤーにX点のダメージを与える。Xは捨てたクリーチャーの攻撃力分に等しい。与えたダメージの分、あなたはライフを回復する。


 不死鳥の翼が叩き落される。

 死ねないがゆえに、幾度も幾度も悲鳴を上げる哀れな犠牲者。勇者の始祖たちが冒険を終えるまで、決して死なないのと同じ有様だった。

 そんな感慨を、竜の凶暴なあぎとが噛み砕いた。

『……っ!』

 残りライフが三点になり、痛みが体を貫く。限りなく鮮明に作り上げられたカードゲームの世界は、死から限りなく遠い死闘でもあった。

「ヴィース、【鷹の目】頼む!」

 ダメ押しとばかりに勇者は己のデッキを確かめ、満足してカードを一番上に戻した。

 その表情に抑えきれない確信が匂った瞬間、魔王は隠剣おんけんを、引き抜いた。

『それで、勝ったつもりか』

「まさか。アンタのライフをゼロにするまで、勝負は終わりじゃないさ」

『たとえそのドラゴンが敗れても、自分のターンになれば勝負は決まる。そういう顔だ』

 子供はひどく正直だ、こんなことで手の内をさらしてしまう。

 必死に顔色を戻してはいるが、その態度こそが明確な答えでしかなかった。

『永遠に届かない一ターンを、知っているか』

「……俺に、次のターンはない、そう言いたいのか」

『今なら、まだ間に合う。可能であれば、俺のライフをここで、削りきれ』

 短い絶句と、神とささやきあう姿に、魔王は確信した。

 連中にこの先はない。寄せ手は、完全に尽きた。

「ターンエンドだ! さあ、どっからでもかかってきやがれ!」

 答えは得た。あとはただカードを繰るだけでいい。

 そこにすべての答えが、示されているだろう。

『俺のターン、ドロー』


《血命の誓約》マグス。追加コストとしてあなたはライフを2点支払う。プレイヤー一人を対象とする、そのプレイヤーはカードを二枚引く。


『く……っ』

 体が震えた。

『くふっ』

 むずがゆい興奮が、突き走っていく。

『くは、くははははははははははは!』

 落ちないように仮面を必死に押さえ、それでも笑いがこみ上げて、しょうがなかった。

『くははははははははは、ははははははははははははは』

 快感だった、これほど面白い手札になるとは思っても見なかった。

 生まれて初めて、魔族である自分が、神に感謝したくなった。

 こんな数奇な盤面を用意してくれるとは。

「どうした、そんなに笑える手札だったのかよ」

『ああとも。これほどまでに良い一枚がくるとは、思わなかったのでな』

 仮面の奥でうっとりと笑いながら、魔王は宣言した。

詠唱キャスト、《血命の誓約》。俺はライフを二点支払う。対象は、紫藤伶也・・・・

 その宣言を、観客たちは理解しなかった。

 指名を受けた勇者は意味をつかみそこね、女神とコボルトは困惑していた。

 青い仔竜は、おぼろな予感にすくんでいた。

 竜神は瞠目し、すべてを了解して、こちらをにらみ付けた。

『どうした、せっかくの権利だ。存分に行使するがいい』

「なに……考えてるんだ、お前」

『勝つことを。完璧に、そして無慈悲に』

 うながされ、ためらいながら少年がデッキに手を伸ばす。

 まるで、それが自分にとっての激痛であるかのように、山札から一枚、そしてもう一枚引き抜く。

『あったのか』

「……なにがだよ」

『この瞬間、俺の命を削りきれるカードだ。それがあれば、お前は俺に勝てる』

 挑発ブラフではなかった。それはただの事実。

 二枚目のカードが一点以上のダメージカードであれば、自分は死ぬ。

「見せてみろ……お前の切り札」

 苦しげな勇者の返しに魔王は喉の奥で笑った。

『いいだろう。では、受けてみろ』

 その虚勢を、その胆力を、その意思を称えて。

『そして、絶望して、死ね』



 魔王の声が、シェートの耳をやする。

 城の中で散々思い知らされた、あの恐ろしい威圧が、闘技場の中に満ちていく。

「動けレイヤ! 今、何とかしろ!」

「多分、無理なんだ。だからあいつも、分かってて動けない」

 こわばったフィーの声が、苦しげに響く。口を閉ざして見つめ続けるサリアの隣で、竜神は冷たい助言を述べた。

「よく見ておけ。そして考えよ。かの勇者が暴く、魔王の力の片鱗を。それを打ち破る方法をな」


『――来たれ、異邦の祖神』


 まるで伶也の流儀に応えるように、かざした右手にカードを掲げて、魔王は誦じる。


『其は万民の主にして、万軍の王』


 限界までマナが搾り出され、漆黒の輝きがその手にまとわりつく。

 大気は震え、風は渦巻き、闘技場の砂がさざなみを起こす。


をば、ひとたび幕屋まくやと定め、忌み名にりて招来せん』


 カードが自然と手を離れ、空を目指して飛び上がる。

 その先に、ぽかりと開いた穴があった。

 見るものの視線を奪うほど、見通しの効かないくらあな


劫掠ごうりゃくせよ――汝、《嫉妬せし者 デミウルゴス》!』


 風が止まった。

 途方もない巨大なものが、穴を抜けてくる。それにもかかわらず、空気が少しも動く気配がない。

 音が遠ざかる。人々の叫びさえ奪われる。見るものの視線を釘付けにして、体を動かす自由さえ、何の遠慮もなくさらい取った。

 白い、巨大な人の像だ。

 その背中には無数の腕がでたらめに生え、長い衣が足元まで延びている。

 顔のあるべき場所は砕かれ、削られている。本来あったはずの表情は、憎しみから生まれた傷跡によって、めちゃくちゃに害されていた。

 だが、たった一箇所だけ、不気味なほどに形を保っている場所があった。

 何かを求めるように、感情に歪みきった口が、残っていた。

「やはりそれか。このお膳立てであれば、それしかなかろうよ」

『その通りだ、"斯界の彷徨者"。貴様は良く分かっている』

 意味を取ることのできない、不明な会話を終えると、魔王は伶也に声を掛けた。

『降参しろ、紫藤伶也』

「……嫌なこった」

『事ここに至り、貴様には万に一つの勝ち目も無くなった。苦痛を得るより、勇退を選ぶほうが、貴様の為となろう』

「俺は……決闘者デュエリストだ! 最後まであきらめない!」

 仮面をつけていても、その表情が見えるようだった。

 他者を虐げ、そこに愉悦を見出す、あの酷薄な笑いが。

『ならば、望みどおりにしてやろう。《嫉妬せし者 デミウルゴス》の効果、発動』

 巨大な白い像の腕が、矢のような素早さで伶也へと伸びる。その手に触れたカードが黒い炎を上げ、跡形も無く燃え尽きた。

「うぐああああっ!」

『《嫉妬せし者 デミウルゴス》が召喚された時、プレイヤー一人を対象とする。召喚したプレイヤーの手札が一枚も無い場合、相手の手札をすべて、ゲームから取り除く』

「レイヤ!」

 いきなりすべての手札を失い、それでも少年は顔を上げた。

 その姿を打ちのめすように、新たな白い腕が襲い掛かる。 

『《嫉妬せし者 デミウルゴス》が召喚されたとき、自身の場にこのカード以外が存在しない場合、対象となったプレイヤーの場のカードを、すべてゲームから取り除く』

「な……なんだって!?」

 無慈悲な一撃がドラゴンを貫き、絶叫と共にその体がへし折られる。あれほど巨大な威容を誇った存在が、壊れた人形のように打ち捨てられて消滅した。

「いくらなんでも無茶苦茶だ! なんだよおっさん、あのカードは!」

「"デミコン"」

 竜神の顔は、厳しく引き締まっていた。

 魔王の行動を見つめ、それを正確に評価しようとするように。

「デミウルゴス・コントロール。それが、奴のデッキの名だ。《嫉妬せし者 デミウルゴス》に搭載された"場に出たときの効果"を使いまわし、相手の手札、場のカード、山札を削って勝つ。通常は、墓地に落ちた《デミウルゴス》を、"釣って"機能させるのだがな」

「山札って……まさか!」

 白い手が、無慈悲に伶也のデッキへと殺到する。ごっそりと紙の束を掴んだ手の中で、カードが燃えていく。

『こちらのデッキより、相手のデッキのカードが多い時、上から二十枚のカードをゲームから取り除く』

 白い腕の暴虐が、波のように引いていく。

 後に残されたのは、何もかもを失った少年だけだった。

 それでも、その目は前を見据えている。

「どうした、それで終わりか!」

『……ほう』

「お前がやったのは、俺のカードを取り除いただけだ。まだ勝負は付いちゃいない!」

 巨大な白い像は、確かにぴくりとも動かない。

 魔王もそれを承知で呼んだのか、そっと肩をすくめると、宣言した。

『ターンエンド』

 その瞬間、おぞましい絶叫が、世界を満たした。

 音ではない、声でもない、それでも明確に伝わる意味ある波だ。

 顔の削り取られた巨大な像、その口が大きく開かれ、喚き散らすその感情は。


『スベテヲ、ヨコセ』


 持てる者への、限りない嫉妬心だった。

『《嫉妬せし者 デミウルゴス》、最後の能力。三つの効果がすべて発動した時、プレイヤーは追加の一ターンを得る』

 それまで、ただの石像でしかなかった姿が色を変えていく。あふれ出す漆黒の顔料で塗りたくられたそいつは、叫びもだえながら、どす黒い肉の塊に変わっていく。

 腕であったはずの触手を、でたらめに振り回しながら。

「そういう……ことか」

 悔しげに伶也がうめき、その体を守るように大鳥が立ちふさがる。

 巨大な化け物を前に、それはあまりにも儚い守りだった。

「そいつの能力を発動させるために、俺にカードを引かせたのか」

『理解したか。この世には、永遠に届かない物があるということを』

 それでも伶也は前を向いている。そこに敗北しかないとしても。

『もう一度言ってやる。降参しろ、紫藤伶也。貴様の闘志は、賛嘆に値する』

「何度でも言ってやる。俺は決闘者デュエリストだ!」

『良かろう』

 魔王の手が振り下ろされた。

 闇色をした、大木のような触手が降り注ぎ、少年と大鳥を飲み込んでいく。

 そして命運は、速やかに決された。



「ごめんな、ヴィース。わがままにつき合わせて」

 真っ先に口をついたのが、それだった。

 ぼろぼろになった翼を、おどけたように差し上げ、相棒は目を細めた。

「レイヤ、正しく勇者でした。私、誇り思います。ありがとう、わが英雄」

「うん。俺こそ、ありがとう」

「レイヤ!」

 すでに魔王の姿は消えていた。入れ替わりに走ってくるのは、犬のような顔をした、自分のライバル。

「お前! 降参、どうしてしない!」

「言ったろ、デュエルに背を向けるのは、俺の流儀じゃないんだよ」

 多分、自分もヴィースと同じぐらい、ぼろぼろなんだなろう。それでも、きっと向こうに帰れば、何もかも元通りのはずだ。

「あとは……あれだ。ライバルに後を託すなら、敵のデッキぐらい、暴いとかないとな」

「分かった! 俺、ちゃんと、あいつ倒す!」

「ああ。それなら……これも持っていってくれ、俺の代わりに」

 カードを手渡す手の輪郭が、次第に失われていく。

 入れ替わるように、思いがこみ上げてくる。

 この世界に来て、いろんなことがあった。その中で一番、うれしかったこと。

「お前に会えて、良かったよ」

 こんな言葉、シェートには告げるべきではないのだろう。

 自分の身内を殺した原因を、楽しもうとする自分ゆうしゃの存在は、決して許せるものではないはずだ。

 それでも、楽しいと言ってくれたから。

「じゃあな。俺の――」

 電源でも切るように、つながりが打ち切られる。

 聞こえただろうか。届いただろうか。

 かすかな心残りを覚えながら、紫藤伶也は風に消えた。


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