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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~duelist編~
149/256

25、恐るべき目覚め

 仔供というのは、大なり小なり癇癪かんしゃくを起こす生き物である。

 それが、"乱群の織り部"と呼ばれた神としての、サドゥルの見解だ。

 いかに心優しい性根の仔でも、その性質は少なからずあったし、ましてや相手は竜の仔であるから、粗暴な振る舞いは看過してしかるべきだろう。

「あのさ……サドゥル、もしかして俺、変なことやっちゃった?」

 不安そうにこちらを振り返る少年。神となって数百年、初めて雇い入れた勇者である彼に向け、ゆっくりと首を振る。

「あれはお前に怒っているのではない、自分自身に怒っておるのだ。気にするな」

「んー……何か、悩みがあるのかな」

「それも、お前が気にすることではない」

 なおも何事か思案する少年の肩を、そっとさすってやる。

 あの竜の仔と、まったく正反対の性質を備えたのが、このカイトという少年だ。

 神との契約も、カードを使って異世界にて戦うという事態も、ふにゃりと笑って承諾したものだ。もしかすると、頭がひどくゆるいのかも知れない。

「どうせなら、楽しくバトルできるといいんだけどなぁ」

「戦いは楽しいばかりではあらぬ。時として苦しみ、あるいは悲しみを負うこともある」

「でもさ、やっぱり笑っていられるほうが、いいよね」

 そう告げるカイトは、別段怒っている風ではなかった。相手に対する批難とも違う、悲しみによく似た感情を匂わせた。

「お前、この遊戯は好きか」

 仔竜は自分の手番を止めたまま、血走った目で札を食い入るように見つめている。

 その姿を目の端に留め、カイトはそれでも笑顔で頷いた。

「うん! 俺、ウィズが好きだよ!」

 そういうことか、サドゥルは得心した。

 この仔の癇癪・・は、こういう形なのだ。みなで楽しく遊ぶこと、そうできないことに対して、憤ってしまう心。

「では、せめて我らだけでも楽しもう。そうすれば、かの仔竜も気を変えるやもしれん」

「わかった!」

 その目に期待を込め、勇者は仔竜と向き合う。

 伸ばした背中と、素朴な喜びに溢れた顔。生まれたばかりの仔らが、春の草萌える平原で、まろび遊ぶ姿を思い起こさせた。

 これこそが、単なる権力闘争でしかないはずの遊戯に、神々が惹かる理由。

「なるほど。これはみな、熱を上げるわけよな」

 獣たちの母神は、心地よく笑んだ。



 余裕ぶりやがって。

 少ない手札で目線を隠しながら、フィーはそう毒づいた。自分の布陣が磐石なのをいいことに、向こうは笑いながらこっちを見ている。

 ターンの開始時に引いたカードは《緑》、かみ締めた歯がぎりぎりと音を立てた。

 残りライフは四点。手札三枚のうち一枚はマナで、残る二枚のカードも決定打にはならない。


《不審火》ファストスペル。対象のクリーチャーに二点のダメージを与える。このカードが手札から捨てられたとき、赤赤1を支払っても良い。全てのクリーチャーにに二点のダメージを与える。


《霊智都市 キサナド》コンストラクト。このカードが場に出たときカードを一枚引き、カードを一枚捨てることでこのカードを一旦除外し、また場に戻す効果をもつ。


 本来なら、もっと早い段階で《キサナド》を出し、相手の細かいクリーチャーを《不審火》で焼くというコンボを狙っていた。

 しかし、思うようにマナが伸びないまま、相手の手数に押し切られ、気が付けばこのカードで除去できる敵はいなくなっていた。

「俺は、緑をセット」

 あまり何もしないでいると、ペナルティーが科せられてしまう。時間稼ぎに使えるマナを合計六点に増やし、もう一度考える。

 このままでは、次の一撃を耐えられない。何らかの形で相手の攻撃をしのいでターンを稼ぎ、敵を排除しないとならない。

 一体どうして、ここまで追い詰められることになったんだ。フィーは必死に、過去のターンを思い出す。

 墓地にはライフ獲得やマナ獲得のコンストラクト、ブロックに使ったクリーチャー、除去に使った《雷撃》が落ちている。

 そうだ、相手は軽量クリーチャーに偏った殴り倒しビートダウンデッキ。スローペースのこっちのデッキでは、負ける可能性が高い相手だ。

 こういう状況に対抗するため、竜神のアルコンを設定していたはずだが、その協力はたった今断られた。

(おい、ちょっと待てよ)

 嫌な予感が背筋をなぶる。

 本当に、何をやっていたんだ俺は。くだらないことに気を取られて、目の前の勝負をおろそかにして。

(このままじゃ、本当に)

 たかだか、仲間が自分以外の奴と、仲良くしていた程度のことで。

(俺は――)

 無様に敗退するのか。


『この先、何があろうとも、そなたは動揺してはならん』


 暗くなりかけた意識を、言葉が繋ぎ止める 

 それでも、浮かんでくるのは苦痛のまとわりついた恨み言だった。

(そんなこと、できるわけ、ないだろ)

 廊下に出てきた二人が交わした、親しげな激励。その姿を見たとき、フィーの中で苦しみの炎が吹き上がっていた。


『その秘密を、サーちゃんやシェート君は、何も知らないんでしょ? そこのところ、どう思ってるのかしら』


 自分は嘘で練り固めた存在だ。姿かたちも、過去も偽って、シェートにとって憎い仇であるという事実を封じ込めて。

 どんなに親しげに振舞ったところで、決してあの鳥の勇者のようにはなれない。

(ああ、そうか)

 その答えにたどり着いたとき、フィーは息を吐いた。

(嫉妬してたのか、俺は)

 どうにもならない事を、どうにかしようとすることが愚痴なら、自分の心を悩ましているこれは、これまでで一番大きな、どうにもならないことだ。

 叶うことなら、過去の何もかもを消し去って、あいつの側にいたかった。

 そうであればどんなに、心安かっただろう。

「"青天の霹靂"様、そろそろ進行をお願いいたします。遅滞戦術も結構ではございますが――」

「今、やるよ」

 激高していた感情が引いていき、胸の中にぽっかりと穴が開いた気分になる。

 何もかも自分が悪いくせに、八つ当たりしても仕方がない。

「俺は、合計四点を支払って《霊智都市 キサナド》を場に出す」

 カードが展開し、自分の背景に石造りの城塞都市が出現する。たどり着くことさえ難しく、出ていくときには、体験したすべてを忘却すると言われた伝説の都市が。

 そして、定めに従って一枚のカードが手に入った。

「……!」

 苦い笑みを浮かべると、フィーは告げた。

「ターン終了。そっちの番だ」



「それじゃあ、いっくぞー!」

 駆斗かいとはデッキからカードを引き抜き、その一枚を確かめる。


《輪廻転生》リチュアル。クリーチャーが破壊されたとき、そのクリーチャーをゲームから取り除き、その攻撃力以下のクリーチャーをデッキから場に出す。


 このカードは、殴り合いのデッキと対戦した時の保険だ。もしくは、全体除去を使う相手へのけん制として使うつもりだった。

 元々自分は、ウィズの呪文スペルを使うのが得意じゃない。タイミングのルールを覚えるのは苦手だったし、クリーチャーで戦うほうが楽しいからだ。

 このカード自体、何度か対戦をした後で、サドゥルから入れるように言われたものだったりする。

「ま、いいっか。それじゃサドゥル、【疾風変身ワイルドビート】お願い!」

 女神が頷き、輝く腕を一振りした。

 光が自分の体を包み、まったく別の何かに作り変えていく。

 痛くはない、むしろぞくぞくするような快感が体を突き走る。

 

【疾風変身】"嵐群の織り部"のアルコン能力。自ターンに一回、プレイヤーを貫通を持つ3/3の狼男トークンに変える。除去されると耐久力分のライフを失う。


「ウオオオオオオオンッ!」

 一声吼えると、気持ちが前のめりになっていく。こうなると自分でも抑えがきかない、

あとは思い切り攻めるだけだ。

「俺はみんなと一緒に攻撃! そして【怒涛突撃ビーストアバランチ】発動!」


【怒涛突撃】"嵐群の織り部"のアルコン能力。【疾風変身】発動時、プレイヤー以外のクリーチャー一体につき、プレイヤーの狼男トークンに+1/+1する。


 狼になった自分は、思う以上に早く走れる。後からついてくる鳥や大猫たちよりも追いつけないほどに。

 標的の仔竜はこっちを見つめている。

 何かもめていたみたいだったけど、大丈夫なんだろうか。人間のときよりはるかに強くなった鼻が、悲しげな気持ちをかぎつけた。

「でも、ごめんっ」

 事情はどうあれ、ゲームには全力で勝つ。

 それが俺の――。

「【スタック】、詠唱キャスト《がけっぷち》!」

 鋭い宣言にカードが起動し、駆斗の目の前に目もくらむような断崖絶壁が出現する。

 気が付けば仔竜ははるか向こう岸、大猫は自分と一緒に急ブレーキで止まり、鳥は崖下から吹き上げた大風に巻き上げられて、攻撃を断念していた。


《がけっぷち》ファストスペル。このターン、あなたに与えられるダメージを0にする。あなたのライフは1になる。


「うっわー、あっぶな~!」

 思いもよらない奥の手。自分の残りライフと引き換えに、こっちの総攻撃をかわしたというわけだ。

「カイト、そのカードは使っておけ。次に備えるぞ」

「うん。《輪廻転生》を使うよ!」

 この場をしのいで、次のターンの引きに賭ける気だろう。こちらのクリーチャーを一掃するカードか、もう一度《がけっぷち》を引きたい場面だ。

「それじゃ、俺のターンは」

「【スタック】、手札を一枚捨てて《キサナド》起動だ」

 あの仔竜は、まだあきらめていないみたいだ。落ち込んでいた顔も、今は目の前の状況をなんとかすることに集中している。

「どうやら、ようやく炉に火が入ったようだの」

「うん」

 やる気になってくれたなら、こっちも嬉しい。

 この先どんなカードが出てくるのか、駆斗は期待をこめて仔竜を見つめた。



 相手の闘志を秘めた目を見ながら、フィーは静かにカードを一枚引いた。

 そこにあったのは、この場ではあまりにも役立たずのカード。


《爆発的励起》マグス。あなたの場のマナカードを全てゲームから取り除く。あなたは取り除いたマナカードと同じ色のマナを倍にした点数を得る。


 とはいえ、今この場で何を引こうが、結果は変わらない。

 たとえ相手のクリーチャーをすべて除去できたとしても、その行動をトリガーに《輪廻転生》が発動してしまう。

 あとは場に現れた新たな敵に、殴られて終わりだ。

 そもそも、相手のライフはまだ二十点残っている。一回も攻撃を当てることさえできずに、ここまで来てしまった。

 絶望的なライフ差、複数のカードを使わなければ覆せない状況。たった二枚しかない手札に、動かない竜神。

 素直に負けを認めて、降参するか。

 淡々と手番を終えて、相手に倒されるか。

 それとも、もう一枚のカードに望みを託すか。

 フィーは《キサナド》で引いておいた、そのカードに目を向けた。


《二律背反》マグス。カードタイプを選択する。あなたのライブラリの上から四枚を確認し、それがあなたの選んだタイプであるならば全て手札に加え、残りを墓地に置く。


 正直、使い方のよく分からないカードだった。上から四枚に指定したカードタイプがそろっているなら、いきなり四枚の手札が手に入る。

 しかし、一枚もかすらなければ、山札から墓地へカードを捨てるだけだ。普通に考えれば、単純なドロー用の呪文を使ったほうがいい。


『そう思うのは、そなたが見た目の利得に囚われておるからよ』


 言葉こたえは、過去にあった。

 説明されていたはずだ、このカードが持つ意味を。策謀とは、あらゆる状況に対して行われる、無限の布石だと。

 そして、この状況で勝ちにいけるカードが、一枚だけあった。

「ちょっと待ってくれ。墓地を確認すっから」

 はやる気持ちを抑えて、墓地に落ちたカードの種類を確認する。

(コンストラクトが四枚の、ファストスペルが六枚……いけるかどうかは、ぎりぎりか)

 うまく行く保証は無いに等しい。

 そのカードが引けるかは分からないし、引けても準備不足では効果を発揮できない。

 何もできず、不発に終わるかもしれない手だ。

 だからといって、何もしないで負けるのはもっと嫌だった。

「後は野となれ、山となれってな! 俺はすべてのマナを取り出して、《爆発的励起》をキャスト!」

 フィーを取り巻いていたマナの輝きが一斉に破裂、強く輝く星になって空に舞う。

 使用された三点を除く赤六点、緑九点のリソースを確認し、続けざまにカードを使う。

「赤と緑を使って《二律背反》! 指定タイプは"マグス"!」

 引かれた四枚のうち二枚が手札に、残りは墓地に落ちていく。そのカードタイプに、フィーの目が輝きを増した。

(コンストラクトが二枚落ちて、これで合計六枚)

「赤と緑二点で《力の抽出》をキャスト! 《キサナド》を破壊して、無色のマナ四点に変換!」

 

《力の抽出》マグス。対象のコンストラクトを生贄にする:生贄に捧げたコンストラクトのプレイヤーはマナコスト分の無色マナを得る。


 対戦相手が驚いて声をあげる。気持ちはわかるが、今はドローソースよりも、キサナドという"コンストラクト"が墓地に落ちたことが重要なのだ。

「そして俺は……《才気煥発》をキャスト。起動に緑を二点、そして追加に無色四点でカードを四枚ドロー!」


《才気煥発》マグス。対象のプレイヤーはX枚のカードを引く。


 本当なら、《才気煥発》でありったけのマナを注いでドローしたかった。それでも、逆転の一枚をこのターンに使うならマナを残す必要がある。

 祈るような気持ちで、フィーは一枚目の山札を引き抜いた。

「……っ」

《緑》はお呼びじゃない、それでもこのタイミングで余剰マナはありがたい。

「二枚目……っ」

《錬金術の金屑》、これでほぼ勝利のためのマナは問題なくなった。後はあのカードを引ければ。

「三枚目!」

《蜜酒の杯》、息が詰まりそうな気持ちで手札に加える。

 残り一枚、ここで引き当てられなければ、自分は確実に負ける。

(本当に、なにやってんだ、俺は)

 竜神の力を使えば、こんな危ない橋を渡る必要はないはずだった。

 勝手に戦い、勝手に空回って、勝手に追い詰められた。そんな自分が、バカみたいに思えた。

 

『困難に際して動揺し、思い惑えば、その分手が遅れる。恐怖や迷いを制し、あらゆる場面で最良を思考することだけに注力せよ』


 その通りだ。

 そうでなければ、シェートたちの助けになるなど夢のまた夢。

 なら、この一枚に全てを問う気で引く。

「四枚目……っ!」

 手にしたカードを裏返し、その表をあらためる。

 そして、フィーは宣言した。

「俺は、赤と緑を三点づつ支払い《竜血覚醒》をキャスト!」

 カードが閃光を放ち、視界がホワイトアウトする。

 同時に、仔竜の体が猛烈な勢いで変化を始めた。

 飛行しているはずの両足が大地を踏みしめ、強烈な重力が掛かる。尻尾の感触が延長され、地面をこすりながら力強くのたうつ。

 薄い胸に筋肉が盛り上がり、肺を支える肋骨が、長く伸びる首が、逞しい背骨が、急激に生成されていく。

 口吻はいかつく盛り上がり、ささやかな八重歯は太い槍の穂先のような牙になり、頭の角も天を貫く剣のごとく鋭く尖る。

 そして、巨大な天幕のような一対の翼を大きく打ち振るい、紺碧の鱗をまとった、巨大な成竜が出現した。

「……な、なにあれ!?」

「あれもカードの力だというのか!?」

 十倍以上に膨れ上がった体をもてあましながら、それでもフィーは、口元を歪めて笑いかけた。

『《竜血覚醒》は、プレイヤーをドラゴンに変えるカード。お前のやった【疾風変身】と同じだ。俺の場合は、成長した姿ってことになるのかな』

「なにそれ、すごくカッコイイ! いいなぁ、俺も使ってみたい!」

『あ……うん。ありがとな……って、そーじゃなくて!』

 本当にこいつは何を考えてるんだろう。もしかすると、あの鳥の勇者と同じように、カードゲーマーは、みんなこんな感じなのかもしれない。

『喜んでくれてるとこ悪いけど、これで終わりだ。一気に勝負、つけさせてもらうぜ!』

 このカードは、単にプレイヤーをドラゴンに変えるだけじゃない。もう一つの能力こそが、このデッキの勝ち筋。

『俺は《錬金術の金屑》《蜜酒の杯》をいけにえに捧げて、さらに《緑》を一点!』

 手札を全て使い切り、全てのマナを搾り取る。

 それでもなお、竜の貪欲にしたがって宣言を重ねる。

『《竜血覚醒》の効果、墓地にあるコンストラクトをゲームから取り除き、赤と緑を一点づつ得る! もちろん取り除くのは、墓地にある全てだ!』

 大地にかざした片手が、金銀の財宝の山を出現させる。

 その全てが唐突に燃え上がり、膨大なマナの本流になってフィーの翼に宿った。

『そして、もう一つの効果! 赤と緑を支払い、マグスかファストスペルをゲームから取り除き、対象に二点のダメージを与える! 十枚のカードを、ゲームから取り除く!』

 宝の山が燃え尽き、灰の中から現れたのは英知を記した石版カード。その全てが粉々に砕け、翼に宿った炎にくべられ、燃え上がる。

 いまやフィーの背中は、太陽と同じ光輝を宿していた。

 それは魔王の城で生み出した星辰の炎セイリオスに匹敵する、暴虐の力。

 決してたどり着かないはずの未来、フィアクゥルという・・・・・・・・仔竜・・が、成長の果てに手に入れる神の竜としての一撃。

 開いた口の中で、無数の紫電が帯を引き、まばゆい光の玉が膨れ上がる。

『これで……終わりだぁっ!』

 そして破滅が、叫びと共にほとばしった。

 光が、熱が、音が、あらゆるものを飲み込み、喰らい、滅ぼしていく。

 大気と大地が、意義と意味を引き剥がされ、消失し――。


「そこまでだ」


 まるで落ちかかった崖から体を引き戻されるように、フィーの意識が現実に還った。

 目も角も、しばらくは意味を伝えなかった。

「あ……?」

 ようやく認識が体と連動した時、仔竜の中の魂は震えた。

 黒々と焦げた、深くいびつなクレーターが目の前に広がっている。その中心には、今にも崩れ落ちそうな状態で残った島が一つ。

 足元で気絶している少年をかばうように、片手を上げてこちらを睨む半獣の女神。

 気が付けば、実況席に座っていた小竜たちも、席の上で両足を踏ん張り、両手で何かを支えるように構えていた。

「集中しすぎだ。もう少し加減せよ、馬鹿者」

 とぐろを解いた竜神が、器用に指を鳴らす。途端に目の前の深い穴が埋まり、何もかも元通りになった。

「さて、少しばかり荒れた試合ではあったが、"審判"殿よ、判定はいかに?」

 今までどこに隠れていたのか、涼しげな表情を崩しもせずに現れた"刻の女神"は、高らかに宣言した。

「ただいまの決闘、"青天の霹靂"フィアクゥル殿の勝利です」 

 全身に安堵が溢れ、拡充していた体が急激にしぼんでいく。

 元の仔竜になったフィーは地面に背を預け、見下ろす竜神に向けて言った。

「勝ったぞ、おっさん」

「ひどく無様ではあったがな」

「悪かったよ」

 体は芯から疲れ、頭の中もいまだに煮えたぎっている。

 その全てが、心地よかった。

「そういえば……これが初めてか」

 ほのかな喜びと自嘲を込め、仔竜はつぶやいた。

「"遊戯"で勝つのは」

 遠くで結果をがなるアナウンサーの声と、遅れて騒ぐ観客たちの喧騒にのまれ、述懐は誰に聞かれることもなく、溶けて消えた。



 駆斗が片手を差し出すと、仔竜は少しためらいながら、それでも握り返してきた。

 青い手は意外にあったかくて、少しごつごつしている。

 嬉しくなって思わず笑ってしまうと、相手は目を伏せて謝ってきた。

「悪かったな。こっちの都合に付き合わせて」

「別に気にしてないよ! 最後はすごいもの見れたし! いいよなー、あのカード」

 あのカードは、自分がウィズをはじめるよりも前に出たものだそうだ。昔のカードはそれなりにプレミアがつくから、手に入れるのは難しいかもしれない。

「ならば非礼の詫びに、儂から一枚贈らせてもらおうか」

「え!? でも、すごく高いんじゃない?」

「遠慮せずもらっておくが良いぞ。優勝できなかった残念賞というところだ。それと」

 背中に立ったサドゥルが、少し怖い感じで言葉を続けた。

「私の勇者を危うい目にあわせたのだ。そのぐらいの手当て、あってしかるべきよな」

「そういうわけだ、遠慮せずに受け取るが良い」

 竜神から差し出されたカードを取り、自分のデッキケースにしまう。それと一緒に、自分の手足が光の粒と一緒に消え始めていた。

「もう少しここにいたかったけど、負けちゃったらしょうがないよね……えっと、また一緒にデュエル! ……も、ダメかぁ」

 本当に、何もかももったいない。負けたのは悔しいが、それ以上にこんな経験をここで終わらせるのは、残念でたまらなかった。

「折角だ。私もカイトと共に、暇乞いを告げようぞ」

「サドゥル……」

 振り返ると女神は笑っていた。ふわふわした毛の生えた手を、こっちの肩に乗せて。

「ごめんね。俺……負けちゃって」

「後悔はない。お前と共に駆けた日々は、我が宝だ」

 そこでサドゥルは、青い仔竜に声を掛けた。

くすしき竜の仔、"青天の霹靂"殿よ。その猛る力に、飲まれることなきよう」

「分かった。それと、ごめん」

「良い仔だ」

 景色が、次第に遠ざかって行く。

 見知らぬ世界の人々が、生まれて初めて見たドラゴンたちが、自分をここに連れてきてくれた神様が消えていく。

 天羽駆斗の冒険は、そうして終わりを告げた。

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