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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~duelist編~
147/256

23、狡猾な一撃

 ガラス壁の向こうで展開する光景を、伶也は食い入るように見つめた。

 黒煙を上げる工場から、続々と吐き出される鋼鉄の人形たち。少しの乱れも無い、刻むような行進で、中年男の脇に長大な行列を生み出してゆく。

 金属鎧がそのまま兵士になった形状だが、その手に武器は無い。あくまで工場で働く労働者の代わりなのだろう。それでも、次第に数を増やしていく機械たちから感じるのは、無言の威圧感だ。

 コンストラクトに特化したカードサーチとドローの能力を背景に、無限にマナを生み出すコンボを構築し、トークンを生み出す。

 その全てを見守るように、機械神は工場と半ば一体化し、機械たちの守護神のごとく男の背後にそびえ立った。

「ウィズって、こんなこともできるのか」

『だが、種が割れてしまえば、迂遠うえんな感は否めんな』

 感嘆を口にした伶也の右隣に、いつの間にか白仮面の魔王が並んでいた。身長はこちらよりも頭一つ分高いが、マントを脱いだ体は細く頼りない。

『コンボ成立に時間が掛かりすぎだ。俺なら、あんなデッキは使わない』

「そうは言うがな」

 今度は左手側、背丈も体の厚みも伶也の三倍はありそうな肥満体が場所を占める。竜神は片手で顎をしごきつつ、眼下の光景に笑みを浮かべた。

「相手がシェートであったればこそ、これだけの時間が掛かったのだ。無数のカウンターをすり抜け、自らのコンボを成立させたタクティクスは賞賛に値する」

『よくも抜け抜けと。シェートらに力を授けてやったのは貴様だろう』

「儂が手を出したのはアルコン能力の設定までさ。それ以外は、あの二人の手柄だ」

 二人の言葉には、何の緊張も無い。

 世界を滅ぼす魔王と、天界一の実力者である竜神であることが信じられないほどに、穏やかで楽しげに語らっている。

『自動人形トークン百体、生産完了』

 宣言と共に工場の稼動が止まった。鉄の軍団は身じろぎもせず、対するシェートたちも緊張を浮かべ、相手の出方をうかがった。

『だが、奴のトークンは攻撃力を持たない。そのままではただの壁役でしかない、が』

『【階差機関ディファレンスエンジン】! コストは――五十体のトークンだ!』

 魔王の問いかけに答えるように、おなじみの効果が、これまでとは桁違いの規模で実行された。

 デッキから引かれる、二十五枚ものカード。持ちきれない手札が虚空に投げられ、男の眼前に紙片の壁が形成されていく。

「勝利の方程式を導き出す、機械仕掛けの神の奇跡。なるほど【階差機関】とは、言い得て妙な呼称よな」

『二つのコンストラクトという能力の縛りは、歯車がかみ合い、無限の力を生み出していく様をも示していたわけか』

 自分の欲しいカードを必ず引くことはできない。ならば、それが引けるまで徹底的にドローできる仕組みを作ればいい。

 傲慢と紙一重の、強固な理屈によって生み出された、鋼鉄の相互作用シナジー

「これが、あのおっさんのデッキか……」

 満足げに手札を吟味し、そのうちの一枚を、男は手に取った。

『さて、ここらで幕引きにしようか』

 確信に満ちた表情には、それまでの冴えない中年の雰囲気はどこにもない。あるのは自分の勝利を決定しようとする意志。

 対するシェートには、一枚の手札も無い。埋めた三枚のカードのどれかが、逆転の鍵になると信じるしかない。

「大丈夫だよな」

 ガラス壁に額を押し当て、伶也は祈りにも似た声を絞り出した。

「絶対に負けんなよ、シェートっ」



 静かに息を吐くと、勇実はようやく手にした一枚を指で挟み、切っ先のように相手に突きつけた。

「散々邪魔してくれたが、こいつで終いだ」

『大量ドローコンボを成立させた勇実選手! ここで力強い勝利宣言。シェート選手、絶体絶命のピンチをどう覆すのか!』

「だから、実況の公平性ってもんを守れよクソデブが」

 苦笑しつつ、傍らに浮かぶ二十四枚のカードを改めて確認する。これからの行動に必要なのは手の内の一枚だけだが、ある種の予感があった。

「これからのコンボに使うべきなのは?」

『光点で示したカードを使ってください。残すべき手札は、調整フェイズになってからお伝えしますよ』

 意外なことに、機械仕掛けの神も、こちらと同じものを見ているようだった。むしろ、可能性を考慮している、と言ったところか。

「とはいえ、こいつで決着がついて欲しいね」

『あなたは希望を抱いてください。私は現実を踏まえます』

「ありがとさん――俺は、手札から一枚カードを捨て、《廃物反応炉》から三マナ出す。そして、そのマナで、《労働者製造機》を起動!」

 手になじんだコンボが再開され、コボルトの視線が《魔力濾過器》に吸い寄せられる。 

 だが、

「違うぜ! 今回、指定するのは《廃物反応炉》! そして、そのコンボを十枚のカードを捨てて連続起動だ!」

 工場がフル回転し、トークンが湧き出す。同時に《廃物反応炉》で生み出した余剰のエーテルが、輝く星の群れになって勇実の体を輝かせていく。

「生み出した無色は、合計二十三! そのうち二十二点と、場の赤を二点使って……こいつを唱える!」

 指に挟んだ一枚を、くるりと回転させる。

 その表に書かれた効果を、勇実は力強く宣言した。

「《火砕流》! こいつはつぎ込んだマナの分、相手にダメージを与えるマグス。もちろん対象は、お前だ!」

「【スタ――」

「おっと、効果書きに気をつけろよ! こいつは打ち消されない!」

 動きかけたコボルトに、すかさず"カウンター"を浴びせる。

 打消しの呪文と効果の対象にならない、ダメージ変動型の呪文。これこそが、全てのカードを打ち消すことができるアルコン能力への、最良解の一つ。

「理解したか? なら、喰らって灰になれ! 《火砕流》をプレイ! 対象は、コボルトのシェート!」

 掲げたカードに白い光が集い、炎となって燃え上がる。

 その熱と脈動を、勇実は一気に解き放った。

 雪崩落ちていく爆炎の波を前に、コボルトは成す術も無く立ち尽くし、

「【スタック】!」

 そんなこちらの甘い夢想を打ち砕いて、犬顔の魔物は対抗を宣言した。

 魔物の周りで魔力の光が弾け、埋められていたカードが力を解放する。

「《飲み込む虚穴うろあな》! お前の魔法、これで消す!」

「そ、そのカードは……っ」

 それまで燃え盛っていた炎を喰らい尽くすように、コボルトの目の前に、果ての無い暗闇が生み出される。気圧が急激に変化し、熱と光もろとも、炎が吸い込まれて消滅してしていった。

 後に残されたのは無傷のコボルトと、勇実の周囲をめぐる小さなマナの星のみ。

「《飲み込む虚穴》は、発動させたタイミング以前に唱えられていた呪文を、全てゲームから取り除く効果があります。《虚穴》自体もその効果で消滅しますが、打消しを無効にする呪文でも対応が可能です」

 それまでの高揚していた気分は消え、相手の説明が耳をやすっていく。いくら予想していたとはいえ、渾身の一撃をかわされたことは事実だ。

『勇実殿、ゲームはまだ続いています』

「分かってる……じゃあ、プランBだな」

 計画が失敗しても、リカバリすればいいだけのこと。自分を奮い立たせ、残ったカードをまとめて掴み取る。

「俺は《錬金術の金屑》二枚と《境界の魔石》を一枚、さらにスラマグディをセット。《魔石》を生贄に捧げ、残っていた無色と緑を加えた三点で《真鍮の魔力弁》!」

 投げ放ったカードが工場の近くに突き刺さり、巨大な水門のような構造物が新たに生み出される。鈍い金色に輝く門の上には、巨大なハンドルが付けられ、開閉を制御できるようになっていた。

「このカードが場にある限り、お互いのリフレッシュフェイズに、マナが待機状態になることはない。次のターン、お前は今あるマナでどうにかするしかないわけだ」

「それ、お前同じ。違うか?」

「同じじゃないさ。こっちのコンボを忘れたか?」

 コボルトはむっつりと黙り、それ以上の反論を控えた。何かを待つようにこちらの動きをうかがい、気持ちを静めているようだった。

「さっきの《虚穴》、まだあると思うか?」

 手札を確認するふりをして、勇実は背後の神に問いかけた。

『その可能性はありますが、《真鍮の魔力弁》によるロックのために、彼は自由に動くことができない』

「《虚穴》を使うには緑二点と白一点が必要。効果が高い分マナ拘束もきつい。つまり、あいつはこれ以上、新しいカードを使えないと見ていいわけか」

『デッキには《火砕流》が後一枚残っています。相手のターンで《魔力弁》をトークン生産のコストに変換、こちらはマナを回復させて』

「再びドカン、か」

 計画としてはそんなところだろう。もう一つ、奥の手を残してはいるが、今後のことを考えれば、そちらはうかつに見せないほうがいい。

「よっし! 俺は、七枚になるように余剰のカードを墓地に捨てて、ターンエン……」

「【スタック】!」

 さえぎるように突き出された腕と、噛み付くような言葉。

 強烈な意志に瞳を輝かせ、コボルトは己の行動を宣言した。



「俺、埋めたカード使う! 《夜襲の収穫》!」

 伏せてあったカードがシェートの前で開放され、その絵柄が明らかになる。

 夜の闇に紛れ、敵軍の天幕から武器や食料、財宝を盗み出していく男たちの顔が、虚空に浮かび上がった。

「これ、自分の持ってる札、相手より少ないとき、相手の番、終わるとき使える! カード、二枚引く!」

 こちらの行動に男は絶句し、背後の金属の神にさえ驚愕が浮かんでいた。

 相手が使った魔法の道具によって、こちらのマナは普通の方法では回復しない。それを承知で、シェートは伏せたカードを使った。

「割り込み、終わった。お前、終わりでいいな?」

「……ああ」

 それまで余裕を見せていた相手の顔に、強い警戒が浮かび上がる。その時、背後のサリアがわずかに安堵をもらしたのを、二つの耳は聞き逃さなかった。

「サリア、そういうのやめろ。あいつら、気づくぞ」

「……すまぬ」

 引いた二枚のカードに《飲み込む虚穴》はない。実際には《虚穴》自体、一枚しか入れていないのだ。

 それでも《夜襲の収穫》を使ったのは、少しでも多くの手札が必要だから。

「俺の、ターン!」

 更に山札から引き抜いた一枚を確認すると、シェートは深く息をついた。

「次にあのコンボがくれば、我らにはなすすべが無い」

「あいつ使った技、よく分からない。やっぱりこのカード、むつかしいな」

 それまでちまちまと追加を引いていたと思ったら、いきなり大量に札を引き始め、その上あんな魔法を飛ばしてきた。偶然にも《虚穴》を埋めていたから良いものの、あれがなければ確実に負けていただろう。

 手札は三枚ある。そのうち一枚は白、もう二枚は伶也から貰ったカードだ。

「サリア、あれ、どうすればいい」

「……そうだな」

 先ほどまでとは違い、女神の言葉に不安は無かった。何かを確かめるように、小声で手順を呟くと、そのままこちらの肩に手を置く。

「私の想像した通りなら、彼らを打ち破ることは可能だ。彼らのターンが始まったとき、私が合図を送る。その時に――」

 悟られないようにするためか、サリアはこちらの耳に口元を寄せて、手順を囁いた。

 連中に、確実に勝つための方法を。

「……分かった」

 手札の中の一枚を引き抜き、シェートは静かに虚空へと放った。

「俺、これ一枚、埋める。ターンエンド」

「え? あっ、ス、【スタック】!」

 そっけないこちらの宣言を予想していなかったのか、彼らはあわてたように身振りを交えて処理を停止させた。

「そっちのエンドフェイズに、俺は《錬金術の金屑》を二個使って二マナ出し、《真鍮の魔力弁》を生贄にしてトークンに変換!」

 新たな鉄人形が生み出され、巨大な門が溶ける様に消え去る。

 己の手番になり、自らのマナだけを回復させた男は、口元に悪辣な笑みを浮かべた。

「ったく、危うくタイミング逃すところだったぜ。とはいえ」

 だが、新たな手札を引こうとする視線が、わずかに揺らいでいた。

 先ほどの派手な引きで、相手の山札はあと三枚にまで減っている。自分の手番に山札が引けなくなった者は敗北する、ウィズに定められた条件の一つだ。

「そっちが使えるのはわずか二マナ。それじゃ《飲み込む虚穴》は使えないな」

「そうだな」

 なぶるように放たれた一言を、やんわりと受け流す。男は何かに気がついたように表情を引き締めると、己の手の内を検討し始めた。

 こちらに気持ちを悟らせないよう、手札で顔をさえぎり、同時に埋められたこちらの罠を見比べる。背後の神とも、複雑なやり取りを続けているようだった。

「長考だな」

「ああ。あいつ、迷ってる」

 それは、追い詰められ、道を失った獣の顔だった。

 こちらの泰然とした態度に、別の罠が隠されているかもしれないと、用心をする顔。

 これまでの動きを思い描いて、出し抜いて逃げようとする獣の姿。

 正直、自分は賭け事が苦手だ。

 ベルガンダの砦にいたとき、無理やり博打の席に座らされたことがあるが、何がなんだか分からないうちに負け続けた。

 それでも、こと狩りの場において、獲物との駆け引きに関しては絶対に近い自信を持っていた。

 このゲームでならば、その狩りの技と勘を存分に発揮できる。

「待たせたな」

 その声は硬く、ひび割れていた。

 疑念と不安を打ち破ろうとするように、絞った響きがあった。

「俺は」

「来るぞ、先ほどのコンボが」

「俺は、手札から、こいつを唱える! 《機工兵の武装》!」

 捨てるのではなく、唱える。手にした魔法は輝き、シェートの視界にはそれが打ち消し可能であるという印が見えた。

「打ち消せるもんなら、打ち消してみやがれ!」

「シェート!」

「――【スタック】」

 手札から引き抜き、構えたのはアルベド

 その一枚を、シェートは投げ放った。

「俺、このカードで、お前の《連絡網》……壊す!」

 銀の光が一条、空を切り裂いて駆け抜ける。

 その一撃は男の頭上を跳び越し、巨大な鉄の建物の上にそびえた、くもの巣の中心を正確に射抜いた。

「な、なんだとおっ!?」

 金属の糸でつながれていた全ての機構が動きを鈍らせ、上り下りしていた小グモたちがみな砕け散っていく。それと同時に、男の手の中のカードが効果を発揮し、全ての鉄人形たちが槍を手にしていた。

『……シェート選手! 手にしたカードをカウンターではなく、コンストラクト破壊に使用! これは一体どういうことだ!』

『本人が開示したので、もう良いでしょう。あれは、女神サリアーシェのアルコン能力、【奇跡の破砕】です』

 それまでむっつり黙っていた赤い小竜が、淡々と説明を繋げた。

『これまで使っていたのは、手札をゲームから取り除き、発動するカウンター能力【意志の力】。先ほどのが、手札を捨てることで発動し、場にあるコンストラクト、あるいはリチュアルを破壊する【奇跡の破砕】』

『この大会、各神々は最大二つのアルコン能力を設定できることになっているが、まさかの隠し玉、ここに来て大逆転の一手だ!』

「ま……まだだ!」

 苦境を押しのけるように男が叫び、居並ぶ兵士に手を振りかざした。

「俺は、百体の兵士トークンで、シェートに攻撃!」

 命令に従い、地響きを立てて兵士たちがこちらに突進を仕掛けた。疲れを知らず、恐れを抱かない、命の無い魔法の兵士たちが。

『勇実選手! 玉砕覚悟で攻撃命令! だが相手の手札にはカードが一枚! 【奇跡の破砕】でフィールドリチュアル《機工兵の武装》を壊されればおしまいだぞ!』

「違う」

 誰に言うでもなく、シェートは口にしていた。相手はそれを狙っている、こちらの手札を減らして、次の手番につなげる気だ。

 だから、

「【スタック】! 埋設カード《霧中の行軍》!」

 唐突に、辺りを濃密な霧が覆い、視界を閉ざしていく。鉄の兵士たちは道を失い、攻撃の手を緩めて無様に辺りをさまよい始めた。

「このカード、相手の攻撃、なしにする。そして、カード一枚引く!」

「くっ、くそおっ!」

 戦場から霧がゆっくりと晴れてゆき、露を浴びた兵士たちが、力なく主のもとへ帰っていく。男は信じられないという面持ちで、こちらを見つめていた。

「お前、もう終わりか」

「……っ」

 彼は手札を見つめ、場を確認し、逃げ道を探すように視線をさまよわせた。

 だが、自らの"でっき"の重要な部分が破壊された今、それを立て直せたとしても、こちらを焼くほどの火力を生み出すことはできない。

 サリアの指示――相手が何か行動をした時、割り込みを掛けて《機械都市の連絡網》を破壊しろ――は、見事に急所を貫いていた。

「おそらく、彼はこちらの行動に《虚穴》以外に火力呪文をよける方法がある、と考えたのだろう。ゆえに、そのありもしないカードを誘い出すべく、己の兵士に力を与えるフィールドリチュアルを使ってしまった」

 彼は想像もしなかったのだろう、こちらの狙いは始めから、彼の心臓とも言うべき部分を射抜くことであったと。

「……俺は、もう一度《真鍮の魔力弁》を」

「【スタック】それ、もう出させない」

 片手を振るい、引いてきた白で相手のカードを叩き落す。

 あらゆる行為を打ち破られ、相手は唇をかみ締めながら行動を終了させた。

「俺のターン」

 静かに一枚引いて、自分と相手の場を見回すと、シェートは宣言した。

「ターン、終わり。お前の番だ」



 すでに、趨勢は決したようなものだった。

 相手の出方を見るという名目で出した《機工兵の武装》は完全に裏目で、こちらのキーカードをことごとく抜かれてしまった。

 たとえあの場で《連絡網》を出そうとしたところで、カウンターを食らうのがオチ。ならば手札を減らさせようとすれば、攻撃はふいにされて、手札まで増やされた。

《真鍮の魔力弁》によるソフトロックも崩壊し、伏せられたカードと二枚の手札を背景にして、コボルトは悠然とこちらの動きを伺っている。

「……どこで、間違ったんだ。俺は」

『おそらく、間違いは、無かったと思われます』

「根拠は」

 鋼鉄の神は、その姿に似つかわしくないほど、恐縮を表していた。これまでの全てが、自分の計算違いであると言わんばかりに。

『サリアーシェ様が、あのコボルトの勇者に与えた能力に「破術」があります。相手の魔法を打ち消し、破壊する力です』

「つまり、あいつのアルコン能力は、元々持ってた能力を転用したってことか」

『打ち消し能力を見た時点で、予想してしかるべきでした。とはいえ、分かっていたところで、こちらが圧倒的不利であることに変わりはなかったでしょう』

 分かっている。

 複雑なコンボデッキを組んでいる自分にとって、カウンターは天敵だ。

 その上、こちらが展開したコンストラクトもリチュアルも、あいつにとってはいつでも排除できる障害に過ぎない。

 むしろ、ここまで拮抗できたことが奇跡だった。

『彼と戦ったヴィースガーレ殿の勇者は、彼の能力で打ち消したり、破壊したりできるものを活用していませんでした。それも、こちらの計算ミスにつながった要因です』

「で、ここで白旗を上げて、私の負けですって降参でもするか?」

『いいえ、勇実殿。逆転の目は、まだあります』

 神の声は、こちらの気持ちを晴らすほどの清冽さで、胸に届いた。

『これまで引けていなかった、二枚のカード。あれを使えば、少なくとも勝負を五分に戻せる可能性があります』

「つまり、このターンで、全部引ききれってことか」

 自分の残りデッキは三枚。ターンを進めれば一枚ドローされ、残りは二枚となる。

 逡巡する贅沢など、元よりなかったのだ。

「オーケー、その勝負、乗ったぜ」

 すでに気合も祈りも無い、カードを引ききり、敵を倒すのみ。

「俺のターン!」

 引き抜いたカードを確認もせず、勇実は能力を起動させる。

「【階差機関ディファレンスエンジン】! 残りの二枚をドローッ!」

 手札を確認し、自分が欲しかった二枚を目の端に留めると、わずかな間を置いて宣言を放った。

「俺は、全ての兵士トークンで、シェートにアタック!」

 兵士の突進が大地を揺るがし、闘技場に土ぼこりが上がる。埋められたカードは一枚、あれさえしのぎきれば。

「【スタック】! 埋設カード《水攻めの計略》!」

 飛び出したカードは、土石流によって押し流されていく兵士と野戦陣の図柄だ。あれと同じように、こちらのトークンを全て押し流す気だ。

「絶対に通させるかよ! 【スタック】、手札から緑一点で《計算違い》! 《水攻めの計略》を打ち消す!」

 この瞬間まで、決して引くことができなかったカウンター呪文。【盲目の時計職人】の効果で、底に落ちていた呪文殺しが、相手の秘策に突き刺さる。

「させない!」

 敵の手からカードが取り除かれ、こちらの意図を砕こうと襲い掛かった。

「やらせるかよ! もう一枚《計算違い》!」

 これで、こっちのカウンターは全て使い切った。

 相手はもう一枚の手札を使って、確実に全体破壊を通してくるだろう。だが、そうなればこっちのものだ。

 手札には墓地のカードをデッキに戻すことができる《先進的公文書館》がある。

 それを使って《火砕流》を戻し、敵のクリーチャーを丁寧に焼いていけば、まだ勝機は残って――

「【スタック】」

 コボルトの口から発せられる割り込み宣言。

 だが、その行く先は、思いもよらない方向に向かった。

「俺、《砕けぬ意思》、狐に使う!」

 放たれた光が、半ば忘れ去られていた狐にまといつき、同時にコボルトの手に新たなカードが握られた。

「これ、俺、使う魔物、壊れなくする。そして、カード一枚引く! 引いたカード、お前の魔法」

「や、やめ――」

 思わず伸ばした手、そんな抵抗を物ともせず、魔物はカードを打ち振るった。

「打ち消す!」

 飛来したカードが巨大な犬顔となり、こちらの打ち消し呪文を噛み砕く。その表に描かれていたのは、額に銀の星を宿した狼。

 そして、全ての処理が一度に行われた。

 こちらの魔法は全て砕け散り、闘技場に泥水と巨石、大木があふれ出す。攻撃に参加していた兵士は元より、工場も反応炉も、全て濁流と共に砕け散った。

 後に残されたのは、穢れを知らぬ金色の毛皮に身を包んだ、老練の狐のみ。

「……分かったよ」

 肩を落とし、深く息を吐くと、勇実は両手を上げた。

「俺の負けだ」

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