22、周到な計画
シェートの一撃が決まった途端、周囲の観客がどっと歓声が上がる。人々は目の前で繰り広げられる試合を、食い入るように見入っていた。
「あいつもすっかり、いっぱしのデュエリストだな」
ガラス壁の向こうで展開する戦いに、紫藤伶也は感慨をもらした。選手用の観客席はコロシアムの東側に設けられ、豪勢なソファーやテーブルが用意されていた。
全面ガラス張りの外壁からは、こうして座っていても場の状況が良く見えた。
『俺、一枚、罠【埋設】する。ターンエンド!』
流れるように罠を設置、ターンを終えるコボルトの姿に、肩の上のヴィースも頷く。
「彼、とても落ち着いています。良いことです」
対する中年男は抵抗もないまま、ライフを削られ続けていた。例のアルコン能力でカードをサーチしているが、出すたびにシェートのカウンターを喰らい、思うように展開できていない。
「"カウンターウィニー"か。アルコン能力とカードの組み合わせって、ああいうのもありなんだな」
独り言のように事態を評したのは、小さなケモノ女神をつれた少年だ。足元にまとわり着いた毛玉のような神は、つまらなそうに頬を膨らませた。
「あれ、きっと竜神の切れ痔だったですか。よわっちコボルトとアホ女神に、考え付く間柄じゃなかったでした」
おそらく罵倒しているつもりなんだろうが、日本語がめちゃくちゃすぎて、怒るよりも突っ込みを入れたくてしょうがない。
「あれ、実際に戦うと相当大変だよー。俺カウンターとか苦手だし、勝つ自信ないなぁ」
「そういうことは、思っていても口には出すな。他の勇者もいるのだぞ」
もう一組のケモノ女神と勇者のコンビは、座席についたままカードをいじっている。一応礼儀として見ないではおいたが、テーブルの上に並べるのはやめて欲しい。
「見たところ、シェート様が優勢のご様子。このまま行けば、完封勝利ということも考えられますか」
などと言いつつ、黒い羊の執事はワゴンを押して、全員にお茶とお菓子を配り歩いていく。あれでも一応魔王の配下らしい。
『あのようなしょぼくれた中年男に、我が勇者が遅れをとるとは思わんが……カードゲームは何が起こるかわからんものだ』
そして、魔王その人は、手にしたカップから優雅に茶を飲んだ。
仮面を着けたまま。
(え、なに、外さないの? ってかどうやって飲んでんだよ!)
あまりの異常事態に凍りつく周囲を気にも留めず、白仮面は出入り口に振り返った。
『貴様はどう見る、"万涯の瞥見者"』
「そうさな」
竜神の化身は執事からお茶を受け取り、ガラス壁に歩み寄る。こっちは下の中年男よりもおしゃれ目のスーツを着ていた。その足元に、青い仔竜の姿はない。
『【盲目の時計職人】! さらに【階差機関】のコストに魔石二個使って、デッキトップに持ってきた《風向凧》をドロー、そのまま場に出す!』
中年男のターンが始まり、さっきと同じ動きが続く。それを眺めつつ、太った男は頬を緩めて感想を述べた。
「コンストラクト専用に設定したサーチとドローの能力、場の《魔力濾過器》、十中八九何らかのコンボデッキだ」
『勝ち筋は』
「分からぬ。儂なら最低二種類は用意する。その上、敵はカウンター使い、絡め手も盛り込まねばならんしな」
優しいまなざしで下の様子を眺める姿は、普通すぎるほどに普通だ。選手紹介のときの変身を見ていなかったら、彼が竜神であるとは信じられなかったろう。
「"虹の瑞翼"の勇者、紫藤伶也殿、だったな」
「え? あ、は、はいっ」
気がつくと、彼は伶也の隣に座って紅茶を含んでいた。重そうな体の割に、動きに鈍重さが全く無い。
「彼らがああして戦えるのは、そなたのおかげだ。礼を言う」
「俺は別に……あいつとは戦いたくて、戦っただけだし……」
「関係が近すぎると、出来ぬ役割もある。そなたの存在は僥倖であった」
神様というのは、みんなこういう物言いをするのだろうか。全く理解できないこちらに対し、肩のヴィースは訳知り顔で頷いている。
「そういえば、あの青いドラゴンは?」
「あやつもいろいろあってな。そんなことより、動くぞ」
そう言って太い指が指した先、中年男が新たな動きを見せようとしていた。
「ったく、俺の除去呪文はどこ行ったんだよ」
苦々しい思いを吐き出し、勇実は盤面を見据えた。
相手の手札は二枚にまで減ったが、その分クリーチャーが厚みを増している。一応、新たに引いてきた《風向凧》が守りについているが、こちらのライフは残り十三点、削りきられるのも時間の問題だ。
『愚痴を言っても始まりません。とにかく、引き続けることです』
「了解。俺は手札から《錬金術の金屑》をプレイ。もちろん、これもカウンターしないよな?」
ターン始めの通常ドローで引いた一枚を見せるが、コボルトはそっけなく先を促してくる。だが、そんな顔をしていられるのも今のうちだ。
「じゃ、もう一度【階差機関】を使うぜ。コストは《金屑》と《濾過器》だ」
こちらの動きに、相手は少なからず目の色を変えた。おそらくこちらの能力を見誤っていたといったところか。
「悪いな。俺の【階差機関】は、場にコンストラクトが増えれば増えるほど、ドローできる枚数が増えるんだ」
手札に加わった緑をそのまま場に出し、状況を確認する。
現在使えるマナは、緑が二点に赤が三点。そして、魔石が二個と金屑を含めれば、瞬間的には八点を生み出せる。
「とは言え、相手はカウンターを二枚も握り締めてるわけで」
『その全てが、カウンターに使用できない札である可能性もありますよ』
「あいつのデッキ、キーカードは一枚差しに近い構成っぽいしな」
伶也という少年と繰り広げたデュエルの情報は、こちらにも伝わっている。特に、あのコボルトだけが持つ、オリジナルカードには注意しないといけない。
『勇実殿、彼が例の星狼を所持している可能性は高いと推論します』
「根拠は?」
『場に出した《群れ成す狼》のカード効果です。七ターン目の戦闘フェイズ終了後、クリーチャー召喚前に、相談を行う様子が見られました。おそらく《軍令鳩》の攻撃によって入手したのではないかと』
その後、こっちが《風向凧》を召喚したため、《翻弄する古狐》のコンバットトリックを使い、こちらの凧を破壊する戦法に切り替えたというわけだ。
「じゃあ、カウンターは一枚きり、と考えてもよさそうだな。ついでに、お勧めの囮はどれだ?」
『現在の手札は《労働者製造機》《廃物反応炉》《自己解体修理者》《炎魔の剣爪》の四枚です。このうち、自身のクリーチャーに付与する《炎魔の剣爪》は、カウンターを誘う囮としては弱すぎます』
クリーチャーの攻撃力と防御力を上げ、【先攻】を与える力は魅力的だが、《風向凧》を強化しても、相手の鳩を倒すには至らない。
『《自己解体修理者》は、墓地に落ちたキーカードを拾う役割があるため、カウンターの脅威にさらす危険は冒せません』
「となると《労働者製造機》《廃物反応炉》のどっちかだな」
『《廃物反応炉》はマナコスト三であり、《自己解体修理者》による回収後、即使用することも可能です。相手がマナ能力を軽視し、カウンターされないことも考えられますが』
とはいえ、《労働者製造機》はこのデッキの最重要カードであり、使えるようになるまで公開する気はなかった。
「それじゃ、俺は《廃物反応炉》を使う。カウンターは?」
「ちょ、ちょっと待て!」
これまでとは打って変わり、コボルト陣営は真剣にこちらのカードを検討し始めた。
《廃物反応炉》は、手札を一枚捨てることで、三点の無色を生み出すことができる。必要な手札は【階差機関】で引っ張ってくればいいし、コンストラクトカードは基本的にマナの色を問わずに使うことができる。
「それ、使わせない。打ち消すぞ」
緑のマナカードが使用され、《廃物反応炉》が墓地に落ちる。その動きを見計らい、もう一枚のカードを切った。
「二マナ払って《自己解体修理者》をプレイ。カウンターは?」
「な、ない!」
動揺を隠し切れない相手の反応。それこそが、こちらの予想を強力に裏付ける態度に他ならなかった。
(見え見えだぜ、狩人さんよ)
勇実はにやりと笑い、湧き上がる嗜虐心を口にした。
「当然だよな。大事なお友達を使い捨てなんて、できるわけがないからな」
「な、なに?」
「お前が持ってるその一枚、《友なる星狼 グート》だろ?」
誰が見ても明らかなぐらい、犬の顔が驚きにゆがむ。安い口三味線にここまで反応してくれるとは、仕掛けたかいがあるというものだ。
『おおっと、ここで勇実選手、盤外戦術でシェート選手を揺さぶりにかかる! 山育ちの純朴な魔物に対し、陰険中年の容赦ない精神攻撃が炸裂だー!』
「おい、そこのクソデブ! 実況は中立を守れよ! こっちはこれでターンエンド!」
なんとか感情を抑えた相手は、こちらの様子を伺いながら次のドローを確認する。予想通りなら、このまま狼を出して攻撃を強めるところだが。
「俺、一枚埋める。今いる奴、全部で攻撃!」
総勢四体のクリーチャーに対し、こちらは二体。相手を破壊することが叶わない今、やるべきことはダメージを最小限に抑えること。
「《風向凧》で鳩を、《自己解体修理者》で《春告げるもの》をブロック! ブロック成立後に《修理者》生贄に捧げて《反応炉》を回収! 後は全部通しだ!」
狼と狐の一撃がこちらのライフを削り、残り十点となる。そして再び、手札にキーカードが戻ってきた。
「俺、ターン、終わりだ」
コボルトは手札一枚をキープしたまま、微妙な表情でこちらを伺っている。あの手札が狼であることは間違いないと思うが、それを出さなかった理由が気になった。
「これで、あいつの伏せたカードは二枚になった」
『はい。おそらく、彼が星狼をプレイしなかったのも、あのカードが原因でしょう。狼を出すより、埋設カードを常備することを選んだ』
「そもそも、俺のクリーチャーじゃ、あいつの一斉攻撃を止められないしな」
なるべくなら手札ゼロの状況を作らせたい。《廃物反応炉》はもう一枚入っているが、どちらも墓地に落とされれば、このデッキは機能不全を起こす。
「俺のターン」
なるべく気負わず、ゆっくりとドローする。焦るつもりは毛頭無いが、そろそろ渋い引きは終わりにして欲しい。
そして、引き当てた一枚に、勇実は会心の笑みを浮かべた。
「さて、こいつをそのまま使っても良いとは思うが、どうするかね」
『それ単体でも十分機能すると思いますが、できればもう一枚、欲しいところですね』
「ここまで結構山札をいじってきたが、あれを引ける確率は?」
機械の神はわずかな間を置いて、解答を示した。
『現在、あなたのデッキは初期手札七枚と十二枚のドローを経て、残り四十一枚。七ターン目における《魔鉱掘り》のリシャッフルの後、【盲目の時計職人】による二回のサーチでデッキの底に送ったカードは十五枚。その中に、該当カードは確認されませんでした』
「残り二十六枚から、二枚のカードを引き当てる確率……おおよそ七パーセントか」
そんなことを口にしながら、その数値に意味など無いことも、肌身に感じていた。
たとえ確率七パーセントを百回試行したところで、一枚も引けない場合もあれば、引きたいだけ引けることだってありえる。
所詮、確率計算はデッキ構築のときの目安でしかなく、あとは運が頼りだ。
「そういう運任せが気に食わないから、こんな能力を設定したんだけどな――【盲目の時計職人】!」
立て続けに数枚のカードがデッキの底に落ちていく。祈るような気持ちでめくり続けた先にあったものは、
「魔石二個で【階差機関】、俺はデッキトップに来た《火薬庫の番兵》をドロー。そのまま赤二点で場に出す!」
コボルトの毛がぶわっと逆立ち、こちらの挙動ににらみを利かせる。手にしたカードがわずかに差し上げられ、それでも無言で先を促した。
巨大な樽に頭と手足を付けたようなゴーレムが呼び出される。片手に槍を持ち、不恰好ながらも主人を守ろうとする姿は、実にユーモラスだ。
とはいえ、こいつに課せられた役割は、俺を守ることじゃない。
「よしよし、いい子だ。それじゃこいつはどうだ? 赤一点で《機工技師の裏技》! こいつは唱えるのに、コンストラクトを一個生贄に捧げる。追加コストに選ぶのは《火薬庫の番兵》!」
「【スタック】!」
たまりかねたように、コボルトがこちらの処理を一時停止させた。ここで相手がカウンターを使ってくれれば御の字、そのまま通してくれても、こちらには利がある。
女神とコボルトが相談を続ける間、MCの状況説明が場内に響いた。
『ちょっと分かりにくいんで、勇実選手の動きについて説明させてもらうぜ。《火薬庫の番兵》は、場から墓地に落ちたとき時、プレイヤーかクリーチャーに二点のダメージを飛ばすクリーチャーだ』
目の前の番兵はきな臭い香りを漏らし、ぎくしゃくと痙攣している。こいつに秘められた本当の機能が、今にも開放されてしまいそうな様子だ。
『そして、《機工技師の裏技》は、コンストラクトを一体生贄に捧げることで、プレイヤーかクリーチャーに三点のダメージを与える。ここまで言えばもう分かったよな?』
「付け加えると、コストとして支払った《火薬庫の番兵》は、《裏技》をカウンターしてもキャンセルできない。確実に破壊され、二点ダメージを飛ばすぞ」
このコンボを成立させたくなければ、最初に《火薬庫の番兵》をカウンターするしかないのだ。そして、《機工技師の裏技》を通せば、更に被害は拡大する。
数分の逡巡の後、コボルト陣営は決断を下した。
「通す!」
「それじゃ、全ての効果処理行くぜ。《機工技師の裏技》の三点は《軍令鳩》、《火薬庫の番兵》の二点は《春告げるもの》だ!」
「【スタック】、どっちも、生贄、する」
目の前で破裂した番兵の胴体から火球が吹き上がり、二つに分かれて鳩と精霊に襲い掛かる。そのどちらもが、ぶつかる寸前に虚空に消え去り、コボルトのライフと緑のマナに還元された。
「俺は《錬金術の金屑》と《魔力濾過器》を使い【階差機関】ドロー。赤をセットして、ターンエンドだ」
『勇実選手、二体のクリーチャーを除去して悠々とターンエンドを宣言。しかし、先ほどのやり取りで、除去できたクリーチャーは二体、しかもシェート選手の方はライフとマナを追加している。状況の不利は相変わらずだ!』
確かに、見た目にはこちらが劣勢だろう。だが、コボルトの方は追加ドロー権を持った鳩が失われ、精霊の打撃力も消えた。ダメージ源が少なくなれば、その分こちらが生きる可能性が増える。
「俺、グート呼ぶ! それから、狼、狐、攻撃!」
コボルトは新たに引いたカードを残し、予想通り星狼を場に出してくる。《風向凧》を犠牲に、狐か狼を一度なら止めることができるが。
「全部通しっ」
鈍い衝撃と共にこちらのライフが更に削れる。その様子に、コボルトは驚きの目でこちらを見やった。
残りは六点、下手をすれば次の相手ターンでこちらの負けだ。
だが、確信はあった。
ここまで引いていれば、後は自分に有利なカードが手に入るだけだと。
「俺の、ターンだ」
新たに引いたカードは、自分が期待していた一枚。明らかに、流れがこちらに来ているのを感じる。
その内容を確認したフェムは、霊感にも似た言葉を囁いた。
『勇実殿、行動開始の前に提案を』
「どうした?」
『アルコン能力は【階差機関】から使用することを推奨します』
すでに必要なコンストラクトはほとんどが揃っている。今必要なのは十分なマナと、相手のカウンターに対処するための魔法だ。
頼りになるアドバイザーの発言に、勇実は頷いて行動を宣言した。
「魔石二個で【階差機関】ドロー」
宣言と共に、山札から引き抜く。
その瞬間、巨大な歯車ががっしりとかみ合うような、手ごたえを感じた。
余計なことは何も考えず、手に入れた力を相手に突きつける。
「俺は、手札から《反応炸裂霊壁》を唱える」
「う、打ち消す……っ!」
コボルトが放った光の矢が、こちらのカードを墓地に叩き落す。
これで、相手の手札はゼロになった。
「【盲目の時計職人】起動、デッキトップは……《自己解体修理者》。そして、《錬金術の金屑》と、《風向凧》でドロー」
ブロッカーであるはずの凧が使われたことで、コボルトの顔が不安と疑念に揺らぐ。
だが、もう遅い。
「俺は赤三点と、《魔力濾過器》の一点で《暴走崩壊》を使う。コストは《風向凧》!」
それまで目の前に漂っていた凧の骨組みに、呪文の効果による亀裂が走る。そして、内側から発せられた膨大な力によって、強烈な爆風が吹き荒れた。
「ス、【スタック】! 俺、緑と白で、狐戻す!」
爆炎がフィールドを洗い、逃げ遅れた狼の体を粉砕する。
コンストラクト一個を生贄に、場の全てのクリーチャーを破壊する《暴走崩壊》によって、相手の場は一掃された。
『勇実選手、相手のカウンターを誘い、シェート選手のクリーチャーを排除! これで勝負の行方はわからなくなったぞ!』
とはいえ、こちらもほぼマナを使い切ってしまった。欲を言えば《廃物反応炉》を出しておきたいが、相手の手札に狐が戻っている以上、無理は禁物だ。
「ターンエンド。さぁ、勝負はこれからだぜ」
そう、ここからが本当の勝負。
自らのライフを守りつつ、相手のカウンターをかいくぐり、最後の一手を打ち込むための危うい綱渡りになる。
胃袋を炙る心地よい緊張感に、勇実は口元を大げさにゆがめ、相手を挑発した。
男の表情を見て、シェートが感じたのは、おかしみだった。
肉を喰らう獣の暴威ではなく、草を食む獣が見せる必死の威嚇。荒事に慣れない心の不安を、懸命に押し隠しているのが手に取るように分かる。
だが、ウサギの逃げ足は、いつもこんな空気から始まった。生きるために意志を奮い起こし、必死の抵抗を仕掛けてくるはずだ。
「サリア。あいつ、これから大きい力、使う思う」
「だが、彼の使っている"力"は、どれも単体では機能しない。アルコン能力、コンストラクトを触媒にする呪文、いわゆる"コンボ"というものを重視しているのだ」
伶也が使っていたカードは、それなりの協力関係にはあったが、それ一枚で強大な力を持つものが中心だった。
しかし、目の前の男は、徹底的に互いのつながりを重視して使ってくる。しかも、何がどう繋がるのか、知識の少ない自分では分からない。
「俺の、ターン」
新たに引いたカードは《開かれた霊域》、自分の場にあるマナの量と埋められたカードのことを思い返し、宣言する。
「俺、このカード、使う。これ、俺の山札、好きなマナ一枚、使用済みで出せる。それと一枚、カード引く」
新たに山札から手に入れたのは《勢子の追い込み》、正直、魔物をほとんど出してこない相手には、ほとんど役に立たない札だ。
「それはカウンターのためにとっておこう。相手のライフは六点、《翻弄する古狐》で三回攻撃すれば終わりだ」
「分かった。俺、狐出す! ターン、終わり」
狐にはマナを支払うことで手札に戻せる能力がある。常に打ち消すための札さえ握っておけば、なんとか切り抜けられるはず。
「俺のターンだ」
男は落ち着いた声音で自分の手番を宣言し、引いたカードを眺めやっている。顔つきも元通りの平静さに変わり、これから成すべきことを思い描いているように見えた。
「緑をセット。緑二点、赤三点で《労働者製造機》を唱えるぞ」
金属でできた無数の柱と、石の煙突が立ち並ぶ街が描かれたカード。それが、相手にとって最も重要な一枚であることは明白だった。
だが、こちらのカードは一枚のみ。これを打ち消すか、それとも。
「場のコンストラクトを生贄に、二点のマナを支払うことで、攻撃力ゼロ、防御力二のトークンを二体生み出す。あれが場に出れば狐の攻撃が通らなくなる」
「分かった。【スタック】、それ打ち消す」
再び、こちらの手札が空になり、男の口から安堵が漏れる。
背筋を伸ばし、手札を握りなおすと、彼はよく通る声で行動を宣言した。
「【盲目の時計職人】、俺がサーチしたのは……《錬金術の金屑》、《境界の魔石》二個を使って、【階差機関】ドロー、もちろんすぐにセットだ」
これまで飽きるほど続けられてきた手順。だが、その動きの全てが、己への自信と勝利の確証に満ちている。
「緑、赤、《魔力の濾過器》で三点出し、《廃物反応炉》……こいつもようやく、出番が来たってところか。そうそう、二枚の《錬金術の金屑》二個で、一枚ドローするぜ」
その一枚を引いた男の顔が、悪辣な笑みに歪んだ。
何かまずい事が起こる、そんな感覚が背中を走る。だが、その行為を妨害する術はすでに使い切った後だ。
「手札から《炎魔の剣爪》を捨てて、《廃物反応炉》で三点、更に《境界の魔石》二個を生贄にして唱えるのは――」
彼が力強くこちらに突き出したカードは、
「《労働者製造機》、だ」
「な……っ!?」
「残念だったな、こいつはついさっき引いた奴でね。遠慮なく場に出させてもらうぜ」
宣言に従うように、巨大な建築物が、地面から競りあがった。
無数の煙突は林のように突き立ち、吐き出す黒い煙が青空をどす黒く汚す。内側から聞こえてくるのは、金属の軋みや鎚で打つような響き。百の鍛冶場が一斉に動いている、そんな想像が湧いた。
「ターンエンド」
これまで汲々としていた相手の引きが、急激に良くなってきている。致命的な一撃を打ち込んでくるのも時間の問題だ。
「俺の、ターン! ドローッ!」
手の中に納まったそれを見つめ、シェートはわずかに迷った。
このカードは、埋設してこそ真の効果を発揮するものだ。しかし、いま手札が切れた状態を作れば、それが致命的な隙になるかもしれない。
「埋めるべきだろう」
サリアの声は緊張にこわばっていたが、迷いはなかった。
「次のターン、それさえ乗り切れば、そのカードは確実に助けとなってくれるはずだ」
頷き、なすべきことを宣言する。
「……俺、これ埋める! 狐、攻撃!」
狐の一撃が相手をよろめかせ、残す命は四点となった。
後は、成り行きに任せるしかない。
「俺、終わりだ」
自分の手番を迎えた男は、静かな面立ちで山札を見下ろしていた。
上から一枚、愛撫するように引き抜くと、二本の指先でくるりと回し、表側をこちらに向けた。
「《機械都市の連絡網》を、プレイ」
無言で先を促したシェートの目の前で、札の絵柄が世界に現出した。
林立する煙突の更に上、たまねぎのような屋根を持つ塔が浮かび上がる。底からは銀色の金属線が幾筋も降り注ぎ、金属の建物や魔法の道具に結びついた。
「ほんと、ギリギリで間に合ったな」
自らの成果を見回すと、男は傍らに置かれた奇妙な物体を片手で示した。
「俺がここまで苦労して何をしたかったのか、見せてやる。俺は《魔力濾過器》をアクトし、無色一点を出す」
それまで、ほとんど使われることが無かった魔法の道具が、小さなマナの輝きを空中に投げかけた。
「《機械都市の連絡網》をアクト。こいつは対象となったコンストラクトを待機状態に戻すことができる。俺は《濾過器》を待機にして、更にもう一点、マナを出す」
よどみない指示に、二つ目の光のかけらが、星のように彼を周囲をめぐる。その美しさとは裏腹に、相手の威圧感がひしひしと強まっていくのを感じた。
「そして、《錬金術の金屑》一つとマナ二点を使い、起動しろ《労働者製造機》!」
腹に響く地鳴りを生み出しながら、建物が脈動を始める。無数の鎚を打つ響き、鉄を削る悲鳴にも似た音、鎖がざらざらと鳴り、閉ざされた鉄扉が開かれていく。
その奥から現れたのは、人間の顔をした鋼の面。鎧のような胴体に細い手足を付けた、金属の人型だ。
「《労働者製造機》は、一個のコンストラクトを生贄にすることで、二個の労働者トークンを生み出す。そして俺は、一個目のトークンが生み出された時点で【スタック】! 俺は《機械都市の連絡網》のもう一つの効果を発動!」
その宣言と共に、天空の塔から無数の箱型が吐き出され、銀線を滑り降りて建物の中に入ってく。その途端、煙突から吐き出される煙が密度を増し、金属がぶつかり合う騒々しさが激しくなった。
「《機械都市の連絡網》は、コンストラクトが出た時、自動的に待機状態になる効果がある。そして、俺は再び《魔力濾過器》をアクト」
先ほどの光景がもう一度再現され、小さな光が彼の体にまとわりつく。男はいやな笑みを浮かべながら、シェートに指を突きつけた。
「さて問題です。俺はこれから、何をするつもりでしょうか」
「な……なに?」
「俺の場にはもう一体、自動人形トークンが生産される。そいつに【スタック】して、もう一点、無色を出す」
彼はすでに一点のマナを出している。
そして、彼の建物は一個のコンストラクトを生贄にすると、二体の金属人形を出すことができる。
「ま、まさか……」
「その、まさかだよ。俺は再び二マナを使ってトークン一個を生贄に、自動人形トークンを生産!」
頭上の《連絡網》が稼動し、再び生み出されるマナの光。
それを糧にして、続々と生み出される鉄の人型。その勢いはとどまるところを知らず、大群となって闘技場を埋め尽くしてゆく。
「自動人形トークン百体、生産完了」
男の言葉が区切りとなり、最後の一体が吐き出された。
重い鉄でできた人形たちは整然と列を整え、主人の命令を待っている。
彼は、わずかな沈黙の後、高らかに令を下した。
「【階差機関】! コストは――五十体のトークンだ!」




