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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~duelist編~
145/256

21、平衡

 どこで、どう間違ったんだ。

 流れすぎる英数字と記号の羅列を眺めながら、勇実は問いかけた。 

 この、どうしようもなく複雑に絡み合ったソースコードに取り組み始めてから、すでに二週間が過ぎようとしている。

 凝り固まった痛みが、こめかみと目じりをきりきりと締め上げる。すでに目薬は効き目を失い、温シップさえ一時しのぎにしかならなくなっていた。

 朝八時の出勤から終電間際まで時間を費やしてなお、目の前のシステムは、かたくなにエラーを吐き出し続けている。

 自分が求める正答など、どこにもないのだと、嘲うように。

「なんで……こんなことになったのかね」

 この仕事を任されていた前任者が、失踪同然に辞職したのが二週間前。

 その後を引き継ぐ形で強引にこの案件に関わらされ、気がつけばプロジェクトに参加していた他の連中も、今は別の仕事に回っていた。

 はっきり言って、このシステムはもうダメだ。

 すべて破棄してから、改めて組みなおしたほうがまだ目があるだろう。

 それでも、クライアントは頑なに、自社で使っているソフトとの連動を要求し、それを営業が安請け合いした結果、どこに出しても恥ずかしくない、スパゲティコードの塊が出来上がった。

 実際、部長からも適当にやっておけという指示が回っている。見栄えだけ整えて、後は"仕様である"との一点張りで誤魔化せばいい、というわけだ。

 それでも必死に喰らい付いているのは、不完全なものを出したくないという、個人的な意地に過ぎない。

 そもそも、この会社自体、存続が怪しいと囁かれていた。

 自分が入社したころは営業もまともで、先輩も有能な人間が多かった。それが、経営の悪化と共に人員が減らされ、取ってくる仕事の内容もきな臭いものが増えていった。

 プログラマの仕事を『机の前に座って適当にキーを叩いていればいい作業』としか見ないクライアントからの、安い賃仕事で食いつなぐ。職にあぶれた中途採用や、世間知らずの新卒を使い潰しながら。

 何もかもがやっつけで、その場しのぎに当てられたパッチだ。

 気がつけば、絵に描いたようなブラック企業に、肩まで漬かり込んでいる自分がいた。

 本当に、どこで間違ったんだろう。自分が望んでいた未来は、こんなものじゃなかったはずなのに。

 ここに至るまでに、選び取ってきた選択肢が、脳裏に浮かぶ。

 ゲームが好きで、なんとなく選んだ専門学校への進路。バブルが弾ける直前のIT企業への就職。なんとなく愛着がわいた会社への義理と、上がらない給料に寂しい懐具合で、ためらった再就職への道。

 だが、どれだけ最良解を求めても、出てくるのは行き詰った現実のビジョンだ。

 いつの間にか自分の人生さえ、見事なスパゲティコードと化していた。

 ただひたすらに、煩雑に絡み合った事情。これを解きほぐすのは、人の力を超えた何かが必要だろう。

「――"機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ"か」

 それは、古代の舞台劇で使われた、からくり仕掛けの"神"の名だ。

 劇中人物のバカ騒ぎが最高潮に達した時、事態を収めるために出現する、ご都合主義の体現者。

 彼の名の下に、全ては『めでたしめでたし』という結末へと集約されるのだという。

「もし、そんなもんが本当にいるならさ」

 それは小さな、やけくそのいたずら心に過ぎなかった。

 勇実の手が軽やかに動き、立ち上げたブラウザの検索窓に文字列を打ち込む。

"機械仕掛けの神_連絡先"

「今すぐ出てきて、このクソッタレな現実を、どうにかしてくれ」

 どこか祈るような気持ちで、エンターキーを叩いたとき、

『良いでしょう』

 それは勇実の前に姿を現した。

『その願い、聞き届けました』

 金属の半面とむき出しの配線が入り混じった顔。分厚いレンズでできた瞳が、こちらに観察するように輝いている。

 その異様な存在に、体がイスから飛び上がった。

 一体、これは何の冗談だ。確かな答えを求めて周囲を見回せば、そこはいつものオフィスではなく、見たこともない光沢の金属板で覆われた空間に変わっている。

 モニター越しに存在していたはずの物体は、ガラクタを積み上げたような巨体を現してこちらを見つめていた。

 幻覚、妄想、あるいは己の想像の及ばない、異常事態。

 それでも、目の前のそれが自分の願ったものであるという、奇妙な確信があった。

「あんた……"機械仕掛けの神"って奴か?」

『はい。あなたの認識で一番近しい概念はそれでしょう。尽きせぬ繁栄への願いと、鋼鉄の論理より育まれし、人類の守護者にして、最も新しき"神"です』

 神などと言う言葉は、自分にとっては最も縁遠い言葉だ。さっきの願いだって、どうしようもなくなった世界に対する、軽い愚痴のようなもの。

 それをさらいとって、願いをかなえようとは、どういうつもりだろう。

「悪いけど、奇跡の押し売りなら間に合ってるぜ。人の願いを叶えるとか言って、願った相手を不幸のどん底に叩き落す話なら、山のように見聞きしてるからな」

『やはり、"神去"の子らは、打ち捨てられた孤児のようですね。傷つき、疑念に囚われ、救いに手を伸ばすことを恐れる』

 それは機械神の、限りない嘆息だった。 

 表情を浮かべることさえできないはずの顔に、悲しみの影が差すように思えた。

『とりあえず、あなたを悩ませていたコードは再構築しておきました。差し出がましいようですが、こちらの誠意の証明とさせてください』

「な……に?」

 席に座りなおし、モニタに映し出されたコードを確認してみた。

 全ては驚くほどに美しく整えられ、行儀良く動作してくれる。複雑な機能が簡潔なコードで書かれ、その随所に適切なコメントが付けられていた。

 幾度か動作確認を行い、どっと息を吐き出す。

「これが、俺の妄想でなけりゃ、最高なんだがな」

『ご安心を。このプログラムは夢でも幻でもありません。私との契約を断ったとしても、正常に機能し続けるでしょう』

「契約、か」

 おいでなすった、という言葉が最初に浮かんだ。

 相手がどういうつもりであれ、真意を推し量る必要がある。勇実はわずかにいぶかしみながら、牽制を放った。

「そう来ると思ったよ。"無料の昼食は無いタンスターフル"が世の習いってね。それで? この奇跡の代償は?」

『そう身構えないでください。こちらから過分な喪失を要求することはありませんよ。こう見えて私、月の女神よりは慈悲を心得ているつもりですから』

「さすが機械の神様。古典SFもご存知か」

 相手の真意はわからないが、少なくともこちらの皮肉にジョークを返すぐらいの融通は心得ているらしい。幾分かくつろいだ気分になり、勇実は先を促した。

「それで、俺は何をすればいいんだい? まさか三十越えたおっさんに、魔法少女でもやらせるつもりじゃないだろうな」

『もしも私が、そうだ、と言ったら、どうします?』

「……マジで?」

 目の前の仕事が片付いたことには感謝するが、その代償が"ソレ"では、あまりに失われるものが多すぎる。

 軽く青ざめたこちらに、神は笑いにも似た音を漏らした。

『大丈夫。さすがにそのような破廉恥なことをさせることはありませんよ。あなたの自尊心を尊重する意味でも』

「……あんたが冗談を言えるのは分かったから、そういうブラックなのは勘弁してくれ」

『とはいえ、お願いすることは、それと大差ないかもしれませんが』

「おい?」

 神はこちらの突っ込みに取り合わず、虚空に映像を浮かべる。

 そこには、見ず知らずの世界で戦いを繰り広げる、少年少女が映し出されていた。

『あなたには、異世界の勇者をやっていただく予定です』

「えぇ……」

 勇実は顔面の筋肉をいっぱいに使って、渋い気持ちをあらわにした。

 確かに、異世界冒険の妄想を、頭の中で転がしたことが無かったとは言わない。ただ、それは中学生ぐらいの、いたいけな少年時代の話だ。

「一つ聞きたいんだけど、それって異世界転生込みの話?」

『そのような手間は取らせません。身一つで結構ですよ』

「三十超えのおっさんがそのまま異世界移動なんて、ディスアドバンテージの塊だろ。せめて可愛い幼女とか、不死の魔物とかに転生する権利を要求する」

 機械の神は少し沈黙し、それから当惑とも苦笑とも付かない身振りを示した。

『私は、この契約でもって、あなたの異世界における栄達を確約することはできません。行動の如何によっては、志半ばでこちらの世界に帰還することになりますので』

「いまどき珍しい話だな。って、俺が知ってるのは、ラノベとかのお約束の話だけど」

『その代わり、私のできる範囲で、こちらの生活を改善するお手伝いを約束しましょう』

 ずいぶん気前のいい話だ。異世界の勇者といえば、当然魔王がいて、そいつと戦わなければならないだろう。だが、その行動が途中で失敗に終わっても、契約金は払ってくれると言う。

「で、具体的には、何をすればいいんだ? 自慢じゃないけど俺、運動はからっきしだからな」

『エンジニアといえば、バールや工具でもって、ミュータントやエイリアンと戦えるくらいの体力はお持ちと思っていましたが』

「機械仕掛けの神だけに発想もゲーム脳ってか。戯言は良いから話を進めてくれ」

 勇実の揶揄を受けて、彼はその片手に一枚のカードを取り出す。その背に描かれた独特のデザインには見覚えがあった。

「ウィズのカード? ……って、まさか」

『その通りです』

 機械仕掛けの神は、その紙片を勇実に差し出した。

 まるで祭器でも捧げるように。

『カードゲーム"wizdom;the glorious"を用いた勇者たちの戦いに参加すること。それが私の側から提示する、あなたとの契約内容です』



 遠くから聞こえる喧騒を耳にしながら、シェートは机に並べられた札を見つめていた。

 今日の勝負のために用意してきた切り札たち。それを一枚一枚手に取りながら、入れ物に収めていく。形状こそ違うが、矢筒に矢を詰める作業になんとなく似ている気がした。

 そのうちの一枚に目を留め、傍らのサリアに問いかける。

「レイヤ、大丈夫、思うか?」

「魔王は異世界の理に通暁している。知識が遊戯の腕前に直結するとは限らないが、決して油断ならぬ相手だ」

 彼から受け取った札の一枚、その絵柄と効能を改めて確認し、それも"でっき"の中に収めると、準備は完了した。

「試合開始にはまだ間がある。何か口にしておくか?」

「いい。狩りの前、物食う、良くない」

 緊張感を切らさないためにも、動き出す前の食事は戒められていた。こうした教えを確認するだけでも、これから始まる戦いへの不安を拭うことができる。

 全ては狩りの一環。そう思うことで心は自然と落ち着いていた。

 その時、狭い控え室の扉を、何者かが叩いた。

「今、入ってもいいか?」

「――ああ」

 何気ない調子で入ってきたのは、伶也と彼を守護する神。小鳥の擬態ではなく、鳥人の姿で少年の背後に従っている。

「どうした?」

「一番手なんて、緊張してるかも、って思ってさ」

「いずれ戦う同士ですが、今はあなた、応援したいとレイヤが」

 気さくな少年の心遣いにシェートは笑い、空いている席を勧める。石壁で囲われた小さな部屋だが、歓談する程度の広さは備えていた。

「あのおっさん、どんなデッキを使ってくるか分からないからな。用心しろよ」

「ああ。俺、戦うとき、油断しない」

「俺のデッキと同じに考えんなよ? もしかすると、飛行持ちがぜんぜんいない場合もあるんだからな」

 どうやら、前回こちらの使う札が偏っていたことを心配しているらしい。面倒見のよさとお人よしな所は、こんな状況でも変わらないようだ。

「メタカードって別の対戦相手だと腐るからさ。いくらカウンターのコストに使えるって言ってもな」

「我々も汎用性を高めるよう、内容を変更してあります。それに、伶也殿にいただいたカードも、有効に活用させていただくつもりです」

「俺より、お前、もっと心配」

 少年の顔を見返し、シェートは思いを口にした。

 悪辣さを煮詰めたような魔王。それが、自分の顔見知りに当たることに不安を感じないわけにはいかなかった。

「あいつ、勇者の世界、たくさん知ってる。カード遊び、きっと俺より強い」

「そうらしいな。さっき"愛乱の君"からもそんな注意をされたよ」

「ただ、彼はあくまで魔王。王様、ゲームの腕前、強い必要ないですね」

 不安を和らげるように述べる鳥の神に、伶也は苦笑しつつ首を振った。

「俺の知ってる話なら、魔王ってめちゃくちゃ強いデッキを使ってくるもんだよ。ああやって出てくる以上、腕に自信もあるはずだ」

「あいつ、人の心操る力、ある」

 慎重に言葉を選びながら、シェートは相対した魔王の特徴を伝えていく。

「話す言葉、態度、そういうの、全部罠だ」

「心理戦とかブラフが得意、ってことか」

「幸いなことに、伶也殿は魔王にとっても未知の存在です。精神的な揺さぶりを掛ける材料は少ないでしょうから、ゲームに関する駆け引きが中心となるでしょう」

 伝えられた情報を飲み込むようにまぶたを閉じると、少年は両手で頬を叩いた。

「よっし! こうなりゃ当たって砕けろだ! まずはシェートが一勝、次に俺が魔王に勝つ。それで行こうぜ!」

 多分、彼自身も不安でしょうがないのだろう。それでも己を鼓舞しつつ、こちらも励まそうとしてくれていた。

『ご連絡申し上げます。DCE第一回戦、まもなく開始となります。観客の皆様は席にお戻りになり――』

 赤い竜の声が部屋の中にこだまする。

 シェートは"でっき"を片手に装着し、立ち上がった。

 伶也は何かを求めるように、こちらに固めた拳を伸ばしていた。少し考えてから、シェートも同じようにしてみせる。

「んで、こうするんだ」

 軽く腕を引き、少年がこちらの拳を小突いた。

「きっちり勝ってこいよな」

「ああ」

 開け放たれた扉の向こうにはサリアが静かにたたずみ、向かい合うようにして立つ鳥の神が、黙したままこちらをいざなう。

 拳のかすかな痛みと、胸を熱くする高揚感を感じながら、シェートは決闘の場に向かって歩みだした。



 どこか遠くで、奏でられるトランペットの音色。現地の人間にとっては耳慣れないはずのそれを、首藤勇実も同じような気分で聞いていた。

 楽隊はコロッセウムの東西に造られたボックス席にいて、そのどいつもが小さなドラゴンだった。ご丁寧にモールの付いた鼓笛隊の制服と、縦長の帽子までかぶっている。

「そういや、あのドラゴン連中は何者なんだ?」

『彼らは【竜洞】に仕える竜たち。その一匹一匹が、小神を凌駕りょうがする実力の持ち主ですよ』

 その実力者たちを、イベントのスタッフとして惜しげもなく貸し出したのが、さっきのとぼけたおっさん巨竜らしい。事前に話を聞いていなかったら、さっきの変身でこっちも腰を抜かしていたところだ。

 おそらく、競馬の重賞レースでも参考にしたのだろう。厳かなファンファーレを背に開始位置へ近づくと、対戦相手の姿がよく見えるようになった。

 小さな犬顔の獣人。選手紹介のときに身に着けていたマントは脱いでおり、草か何かで作った粗末な服と、首から下げた青い石が日に輝いてきらめく。

「なるほど。ファンタジーって奴だ」

 思わず口にした言葉に、目の前のケモノはちらりとこちらを見たが、気にする風でもなく静かに立ち尽くしている。

「お待たせいたしました。これより第一試合を執り行わせていただきます」

 審判の女神が虚空から姿を現し、BGMとして流れていたトランペットの音ががフェードアウトしていく。観客たちの声も静まり、冷気のような緊張と沈黙が満ちた。

「対戦は一回のみ。敗北した時点で勇者殿は元の世界へと送還されます。反則や度を越した遅延行為はペナルティの対象となり、看過できない場合は即時の失格を申し渡します」

「こっちは異存なし」

「俺もだ」

「今回は特にアンティルールなどは設けませんが、合意さえあればこの場でも、あるいは試合中、終了時点でも設定が可能です」

 この大会では、六十枚以下にならなければデッキに手を加えても構わないことになっている。勝ち抜けした相手に自分のカードを託す、ということもありというわけだ。

「特に問題がないようでしたら、このまま始めさせていただきますが」

 双方の合意を確認するように、女神が巨大な杖を高々と天に掲げる。その仕草を見て取り、勇実は背後に控えた機械の神に向けて、小さく合図を送った。

『失礼。闘技の前に、我が勇者の装束を調えてもよろしいか』

「お早くお願いいたします」

 軽く後ろに下がると、機械の体に背をあずけるようにしてもたれかかる。

 その途端、身に着けていた衣服が光と共に輪郭を崩し、瞬く間に別の形へと変貌した。

「いつまでも、ダサいカッコじゃいらんないからな」

 胸元を飾るネクタイを締めなおし、軽く手ぐしで髪を撫で付ける。磨き上げられた濃茶の革靴が石畳を鳴らし、糊の利いたシャツが肌をやさしく包む。

 紺のスーツは向こうの世界で着ていたものを、ほぼそっくりに仕上げてもらっていた。

 違うのは生地と仕立てで、吊るしとは比べ物にならない体へのフィット感は、向こうに持ち帰りたいとさえ思う代物だ。

『首藤選手、ビジネススーツを身にまとい、気合十分と言った顔! スーツは男の戦闘服とも言うが、こんな異世界に来ても社畜根性は健在なのかぁ~!』

「うっせ! こっちだっていい歳こいて、ファンタジーコスプレする気はないんだよ!」

 コボルトの方は、異様な風体になったこちらに目を白黒させている。こういう箔付けをして気を散らしておけば、多少の助けになってくれるだろう。

「それでは、名乗りの後、先攻を決定させていただきます。コールは首藤様で」

「オーケー。"護民官"フェム・ゲユーグル・ベファウ・ルージの勇者、首藤勇実」

「"平和の女神"、サリアのガナリ、シェート」

 互いにデッキを腕にセットし、身構える。何もかも奇妙なやり取りの中、女神の手によって見覚えのある百円硬貨が宙に舞い上がり、

「表!」

 澄んだ音を立てて転がったコインは、百の数を上にして止まった。

「じゃあ、俺、先攻する」

 手にした七枚の手札を一瞥すると、コボルトはアルベドを虚空に放り、さらりと言い放つ。

「《開墾》、山札から白、貰う。ターンエンドだ」

 本来なら異世界の知識であるカードゲームに、苦も無く対応している。街中で野良デュエルを繰り返しただけあって、進行にもそつが無い。

「この手のカードゲームだと、ケモノキャラっていやあ、片言喋りでクリーチャービート一辺倒って相場が決まってるんだが」

『サリアーシェ様のアルコン能力はカウンター、そう単純なものでもないでしょう』

 カウンター、実に嫌な響きだ。

 大抵のカードゲームにおいて、相手の行動を阻害するカードは忌まれる。特に、日本産TCGはクリーチャーによる"殴り倒しビートダウン"を勝利条件のメインにすえており、カウンターどころか、破壊や手札に戻す"バウンス"の効果さえ、簡単に運用できない傾向にあった。

 しかし、ウィズは『魔法使い』のゲームであり、その勝ち筋は多岐に渡る。相手に何もさせないカウンタースペルは、有効な戦術の一つとして地位を保っていた。

「対カウンターの戦略は、ハンドリソースの確保と運用タイミング、ってね」

 用心はするが、ためらいは禁物だ。

 適う限り、最善手を選び続けるしかない。

「俺のターンだ。待機なし、管理なし、一枚ドロー、メインに入るぜ」

 最初のドローであるルベドを確認すると、勇実は行動を開始した。

「赤をセット、コンストラクト《境界の魔石》をまず一個出す。生贄に捧げると無色エーテルのマナを出せるものだ。何か対応は?」

「それ、マナ使わないか」

「使用コストがゼロだからな。ついでに言うと、同じものをもう一枚出すんだが、それも対応なしで良いか?」

 コボルトは顔色も変えずに先を促す。手札から出された魔石のカードは、自分の指先を飾る指輪となって展開された。

 まずは第一段階。勇実は声を張り上げてアルコン能力を宣言した。

「俺はフェムのアルコン能力を使用する! 第一の能力【盲目の時計職人ブラインド・ウォッチメイカー】!」

 機械の神がその瞳を光らせ、腕に仕込んだデッキが一枚ずつめくれていく。マナや呪文がめくられるたびにデッキの底に送られ、一枚のカードで動きを止める。

「【盲目の時計職人ブラインド・ウォッチメイカー】は、俺のデッキトップからコンストラクトカードが出るまでめくり、出た一枚をトップに、残りを底に置く能力だ。今回出たのは《自己解体修理者》。そして、第二のアルコン能力発動!」

 手に付けられていた魔石を二つともひねると、デッキのトップに置かれたカードが手札に加わった。

「第二の能力【階差機関ディファレンスエンジン】、コンストラクトを二枚、アクトにすることで、カードを一枚ドローできる。俺のメインターン限定だけどな」

『勇実選手いきなり全てのアルコン能力を開示! その内容はコンストラクト限定のサーチ能力と、コンストラクトをコストにしたカードドローだ!』

 カードゲームに勝つ秘訣は、必要な一枚を引きたい時に引くこと。無論、そんな理想がまかり通るのは、アニメか漫画の世界だけだ。

 ならば、必要なカードを引けるまでドローし続ければいい。そうして構築したのが、このアルコン能力だった。

「ターンエンド」

「俺のターン、ドローだ」

 割と大きな身振りで、コボルトがカードを引き抜く。デッキのカードがこぼれやしないかとヒヤッとなるが、神様の力か何かで絶妙な固定が掛かっているらしい。

「俺、《スマラグディ》出して、《軍令鳩》呼ぶ。一枚引いて、ターン終わりだ」

『勇実殿』

 ターンが回ってくるのと同時に、背後のフェムが淡々と状況に注釈を入れた。

『彼のデッキが大幅に変わっているようです。既存のデータでは』

「あいつは緑を使ってなかった。二色混交……結構厄介かもな」

 とはいえ、こちらのやることが変わるわけでもない。新たなドローは赤のマナ、そのまま場に出すと、再び能力を起動させる。

「【盲目の時計職人】でサーチ、更に魔石二個アクトで【階差機関】ドロー。なにか対応は?」

「ない」

「じゃあ、【時計職人】でトップに持ってきた《魔力濾過器》を赤二点で出す、問題ないか?」

 事あるごとに対応を問いかけられ、コボルトの顔からわずかな苛立ちが匂う。パーミションデッキ使いがそんなことでどうする、勇実はそっと口元をゆがめた。

 相手の許可を得て、フラスコやビーカーなどがごちゃごちゃとくっついた、魔法の機械が自分のかたわらに鎮座した。

 準備は着々と進んでいる、あとはいかにキーカードを迅速に引き当て、守るかだ。

「こっちはターン終了。そっちの番だ」



 新たなカードをドローし、シェートは不気味にたたずむ男をにらんだ。同時に、新たに引いた一枚を確認する。

「シェートよ、彼のデッキはほとんどがコンストラクトで構成されているはずだ」

「あいつの能力、全部、関係あるしな」

 使うカードをある程度自由に手札に加え、有利な状況を作っていくアルコン能力。今は手札を溜め込むことに集中しているが、準備が整えば一気に攻めてくるはずだ。

「今回はカウンターを最小限に、一気に削りきるぞ」

「分かった」

 新たに白をセットすると、シェートは新たなカードを切った。 

「俺、緑、白、他一点で《威力偵察》、鳩に付ける!」

 緑と白の二つのマナを要求する混色のカードが、軍令鳩の体に変化を与える。翼が鋭く尖り、嘴の形も猛禽のそれのように太くたくましくなった。

「行け!」

『シェート選手、ここで軍令鳩に《威力偵察》の"ブレス"! 攻撃力と防御力を一点づつ上げ、相手プレイヤーにダメージを与えると一枚ドローする能力を与えるカードだ!』

 何の障害も無く、鳩の攻撃が相手に突き刺さり、新たに緑が手札に加わった。カウンターで消費しがちな手札を補充するために導入したカード。その効果の確かさにシェートは笑みを漏らした。

「やはり、緑を使ってよかったな。白のカードは、何かの行動と付随してでなければ手札を引くことができぬ」

「ああ。俺、ターンエンドだ!」

「こっちの番か。ワンパターンで悪いが、同じようにやらせてもらうぜ」

 相手は淡々と自分のターンを回し、先ほどと同じくアルコン能力を使ってカードを補充していく。その手札の中に入った一枚に、サリアは目ざとく注意を促した。

「今、彼が手に入れた《欲動の楔》は、対象となったカードを一枚、アクトにする。戦闘前に鳩を対象に取られると攻撃を封じられるぞ」

「じゃあ、次はあれ、打ち落とすか」

 確かに望む手札を手に入れる能力は厄介だが、それがどんなカードであるか、あらかじめ分かっていれば対処のしようもある。

 だが、こちらの意に反して、中年男は手札から、ずんぐりとしたドワーフの鉱夫を呼び出してきた。

『勇実選手、手札からスラマグディを出し、《魔鉱掘り》をプレイ。生贄に捧げることで、赤を使用状態アクトで場に出すことができるカードだが――』

「通す」

『シェート選手はこれをスルー。地味なおっさんにカウンターは割いていられないといったところか』

 例の黒いドラゴンは、こちらの行動を茶化すように喋りを入れてくる。遠目の観客にも分かるように実況を解説しているということらしい。

『さぁ、両者静かな展開のまま六ターンが経過。現在ライフ的にはシェート選手が若干有利、地道に手札を溜め込む勇実選手が、この後どう出るか』

 目の前の中年勇者は、何かを待つように手札を追加し、マナを溜め込んでいる。伶也のような行動の派手さが無いのも、相手の底知れなさを増強するようだ。

「俺のターン、だ」

 新たに白を引き当て、手札にあった緑を場に出す。次に何を出すべきか、その思案をさえぎり、サリアは場の鳩を目で示した。

「まずは鳩の攻撃を通してからだ。選択はその後でいい」

「分かった。俺、鳩、攻撃させる!」

 何の妨害も無く攻撃が通り、新たに手札に加わったのは、白い星狼のカード。

「よし。よく来たな」

 グートの絵をそっと指で撫でつつ、シェートは改めて状況を確認する。

 現在、使えるマナは白と緑が二点づつ。グートを呼び出すのには十分足りているが、それ以外にも使いたいカードはいくつかあった。

 場にほかの狼が出ていると、攻撃と防御が一点づつ上がる《群れ成す狼》、生贄に捧げることで、白か緑のマナを一枚場に出せる《春告げるもの》。特に《群れ成す狼》を先に出しておけば、次のターンにグートを呼んで強化できるだろう。

 それに、今手札に入っている"罠"を使うためには、最低五マナが必要になる。

「俺、白と緑で《群れ成す狼》呼ぶ! その後、《春告げるもの》だ。なんかするか?」

「いい。そのまま進めてくれ」

 茶色い毛並みの狼と、緑色の燐光をまとったおぼろな精霊が現れ、こちらの陣営が強化される。対する相手の場には、斧を構えたドワーフが一体のみ。

「よし。俺のターン、終わり」

「そのエンド宣言に合わせて【スタック】。《魔鉱掘り》を生贄に捧げて、赤を一点出させてもらうぜ」

 相手は自陣の防御を固めることより、マナを充実させることを選んだらしい。そのまま自分のターンに入ると、男は手札とこちらの顔を見比べ、動いた。

「まずはいつもの行くぜ。【盲目の時計職人】! 俺の次のドローは、こいつだ」

 山札の一番上に来たのは、木と布のようなものでできた巨大な凧。

「【階差機関】で手札に加えて……っと。さて、こっからお手並み拝見だ。俺は、赤と緑と《魔力濾過器》の一点で《反応炸裂霊壁》をプレイ!」

「あれを通すなシェート!」

 サリアの警告に、指先が手札を走る。この場で使うべき一枚が閃き、光の矢となって相手のカードを打ち砕いた。

「だよな。なら、お次は《欲動の楔》!」

「させない!」

 抜き放った白のマナが相手の動きを制し、効果を発揮することなくもう一枚のカードも墓地へと落ちる。

「あらら、やっぱりどっちも通しちゃくれないか。それじゃ、こいつはどうかな? 《風向凧》」

 無言で先を促すと、相手は肩をすくめつつ、虚空にカードを放った。

 マナを一切使わずに出せる奇妙な帆凧は、ふわふわとした動きで中年男を護るように空に浮いている。どうやらあれも、魔物の一種なのだろう。

『コストを支払うことで、自分の呪文に対するカウンターを打ち消す"フィールドリチュアル"《反応炸裂霊壁》。自身をアクトにすることで、カード一枚をアクトにできる《欲動の楔》。どちらもシェート選手のカウンターの前に叩き落されてしまった! 結局場に残せたのは、防御力二点の《風向凧》のみ! これは厳しい!』

 ドラゴンの実況とは裏腹に、男は顔色一つ変えず、現状を見つめている。

 おそらく、先ほどの二枚はこちらの妨害を誘うためのけん制だろう。相手の手札はアルコン能力で次々と手に入る。カウンターに頼れば、こちらの手札が先に尽きるだけだ。

「俺のターン、ドローだ!」

 そして、新たに入った一枚に、あらためて確信する。

 この戦いは守るのではなく、攻めて勝つべきだと。

「俺、白一点出す。それから鳩、春告げ、狼で攻撃!」

 命令に従って、場の魔物が一気に敵へと襲い掛かる。男は全てを見回し、口元を引き締めて対応を宣言した。

「《風向凧》で《軍令鳩》をブロック! 他は通しだ!」

「【スタック】!」

 手にした一枚が空を切り裂き、マナの力を得て虚空に踊る。白い輝きと共に、攻め込む狼たちの先頭に降り立ったのは、古びた毛皮をまとった一匹の狐。

「《翻弄する古狐》呼ぶ! こいつ出たとき、誰か一人、選ぶ。そいつ使う魔物、必ず攻撃する! その代わり、攻撃、防御、一づつあがる!」

 シェートの魔物全てが増強され、守りに入った凧が鳩の一撃で砕け散る。狼と精霊の一撃に、中年男の命が大幅に削れた。

 そうだ。相手が何をしようと、こちらはひたすら攻撃し続ければいい。

 確信を胸に、シェートは力強く宣言した。

「俺、一枚、罠【埋設】する。ターンエンド!」


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