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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~duelist編~
141/256

17、宿命の戦い

 戦いの場は、すでにおなじみになった旧市街に展開されることになった。

 あの時と同じように野次馬たちが集まり、あっという間に物売りや賭け屋たちが店を立てていく。

 その光景を、半ばあきれた気分で伶也は眺めていた。

「ほんとにこの連中、どこから集まってくるんだ?」

「レイヤの世界、娯楽たくさんですね。でも、こういう世界、楽しみ少ないです。私たちの決闘、それだけ見物する甲斐あるいうことです」

「素直に喜べないなぁ……」

 離れて向かい合うシェートの顔は、二度目の戦いのときよりも落ち着いているようだった。ひび割れた石畳の道に立ち、左腕にくくりつけたデッキの具合を確かめている。

 どうやらこれまでとはわけが違う、というところだろう。

 自然とほころんでくる顔を抑えることも無く、伶也は問いかけた。

「どういう風の吹き回しだ? そっちからデュエルしにくるなんてさ」

「俺、まだお前、一度も勝ってない。それと」

 答えを探すように言葉を切り、犬顔の魔物は背後の女神をちらりと見た。

「サリア、新しい力、試す相手。お前一番いい、言った」

「へぇ」

 新しい力、という言葉に、背筋を鮮烈な刺激が走った。

 それがどんなものかは分からない。分からないが、こいつは自分を倒すために、それを手に入れたのだ。その事実に、笑いが一層大きくなる。

「ますます気に入った。いいぜ……かかってきな!」

 シェートは一瞬、まじまじとこちらを見つめ、苦笑いを浮かべた。

「レイヤ……あれ、確実にあきれてる顔ですね」

「知るかよ。俺は嬉しいんだし、問題なし!」

 処置なしという風で器用に肩をすくめた小鳥が、すばやく肩から飛び去り、背後で巨大な本性を現す。

 同時に、コボルトの背後に立った女神が戦いの衣装に身を包んで、強い輝きを宿した瞳でこちらを見据えた。

 そして二人の決闘者を分かつように、黒い女神が中央に現れ、周囲に向けて優雅な会釈を巡らせる。

「それでは、"虹の瑞翼"ヴィースガーレの勇者、紫藤伶也と、"平和の女神"サリアーシェの勇者、シェートによる決闘デュエル

 白く細い指に挟まれた一枚の硬貨を弄び、刻の女神は力強く宣言した。

開始スタート!」

 硬貨が虚空に放り投げられ、伶也は叫んだ。

「裏っ!」

 澄んだ音を立てて硬貨が石畳に跳ね、わずかなみじろぎの後、百と書かれた側を上にして止まる。

「俺の先攻だ!」

 デッキケースから飛び出した七枚のカードを手に、すばやく最初の布陣を思い描く。このゲームを始めてからだいぶ経つ、何を優先するべきかは分かっていた。

「俺は、ルベドを一枚セット。それを使って、手札から《エーヴィスの伝令者》を召喚!」

 真紅の輝きがカードに宿り、長い槍を持つ、鳥と人間の合いの子のような獣人が姿を現す。はじめて見るモンスターにシェートが身構えるが、攻撃宣言がないのを見て取り、わずかに緊張を解いた。

「こいつは攻撃一、防御一の飛行持ち。ルール通り、攻撃は次のターンからだよ。あと、死んで墓地に行くと、カードを一枚ドローできる能力がある。俺は"狩する鷹の目バードビュー"を使って……ターンエンド」

 確認した次のドローは《熱砂のフェニックス》。マナは場に出してあるものと、手札の二枚をあわせて三点分確保できている。

「俺の番、だ」

 シェートの方も進行に戸惑いはなくなったらしい。アルベドのマナから狼を生み出してターンを終了させた。

 続く三ターン目。

「どうしました、レイヤ?」

 動きを止めたこちらに、ヴィースが問いかけてくる。まだ序盤のこの局面では、それほど考える必要もないと考えたのだろう。

「手札から、マナ出す。《卑怯者のオーガ》出して自陣強化する。違いますか?」

 順当に考えればそうだろう。シェートの狼はオーガには敵わないし、迎撃するときに増強の魔法を使ってくるなら、相手の手札を減らせる。

 だが、

「あいつの女神の能力って、手札をカウンターに変える奴だったよな?」

「はい。この前のデュエル、危うく負けるとこでした」

「じゃあ、今回はこうするぜ! 俺は《エーヴィスの伝令者》で攻撃!」

 命令に従って鳥人が突進し、シェートの体に槍を突き立てる。よろめいた体を後ろの女神が励ますように支えた。

「更に、ルベドを一枚場に出して、もう一体《エーヴィスの伝令者》だ!」

 次のドローを確認し、こちらのターンを終了させると、相棒の神は不思議そうに問いかけてきた。

「なぜレイヤ、同じモンスター、並べたですか?」

「俺の予想通りなら、すぐに分かるよ」

 シェートの方は、二マナを投じて《渡り隼》を呼び出し、わずかに迷った後、狼をこちらに差し向けた。

「そうくると思った! 俺は待機していたエーヴィスで狼を止めるぜ!」

 すばやい槍の一撃をかいくぐり、狼の牙が鳥人を引き裂く。カードに戻ったモンスターが捨て札置き場に落ちると同時に、手札に次のドローである《雷撃》が追加された。

「カード引くため、わざと"先攻"持ちの狼、受けたですか」

「カウンターしてくる相手なら、手札補充は欠かせないからな。それに」

 自分のターンが回ってくるのと同時に、伶也は勢い良くドローし、叩きつけるように手札のマナを出した。

「俺にはこいつがある! 来たれ――《熱砂のフェニックス》!」

 掲げたカードに三つの赤い光が結集し、青空に向かって炎が吹き上がる。

 中天に掛かった太陽よりも、赤く燃えた炎のおおとりが、フィールドを圧倒するように降臨した。

 


「俺、あいつ嫌いだ」

 燃え上がる大きな鳥を見つめ、シェートはうっそりと呟いた。

 魔法を打ち消す力を使って呼び出しを妨害しても、マナを出すだけで相手の手札に帰ってきてしまう。あれの顔を見ないで済むようにするためには、特殊な魔法を使わなければならないらしい。

「ぼやくな。とりあえず今は、あれは無視しろ」

「じゃあ行くぜ! 《フェニックス》と《エーヴィス》で攻撃!」

「俺、隼で鳥の人止める! 燃えてる鳥、そのまま通し!」

 宣言した途端、爆炎が全身を包み、激しい闘争の声をあげて隼と鳥人が弾け飛ぶ。周囲の観客が歓声を上げる中、シェートは首を振って衝撃の余韻を振り払った。

 自分の攻撃が通ったことで、伶也の笑みは更に深くなっている。対するこっちは、以前の決闘を再現させられているような気分だ。

「どうしたんだ? 新しい力、見せてくれるんだろ?」

「……まだ、戦い、最初だ! ちょっと待ってろ!」

「期待してるぜ。ターンエンドだ!」

 自分の手番になり、山札から一枚引くと、改めて手札を確認する。その中から白のマナを一枚選び、少し考えてからシェートは動作を開始した。

「俺、マナ二つ使う。それで、これ呼び出す! えっと」

「《軍令鳩》です。これの召喚に成功すると、山札を一枚引きます。そして、任意のタイミングで生贄に捧げると、ライフを二点回復させます」

 サリアの注釈に軽くうなづくのに合わせ、山鳩よりも一回り大きい姿が舞い上がる。そのくちばしが咥えていたのは、新しく導入したカードの一枚だった。

「サリア、これ」

 何度もその絵柄と効果は確認していたが、当然実戦で使うのは初めてだ。今すぐ使うべきか、それとも。

「今はまだいい。もう少し隠しておこう」

「わかった。なら、こっちだ! 《開墾かいこん》! それから、狼、攻撃しろ!」

 使われたカードにしたがって白のマナが手札に加わり、狼が少年に襲い掛かる。向こうもよろめいたが、それでも嬉しそうな顔は崩れない。

 あいつは本当に、このゲームを楽しんでいるのだろう。こちらがどう動くかを予測し、完璧に出し抜いてやろうという気構えだ。

 だが、それはこっちも同じこと。

「俺の番、終わりだ」

「よっし! 俺の、ターンッ!」

 空気さえ引き裂きそうな腕の振りで山札を引き抜き、それからちらりと、シェートの頭上に羽ばたく鳩を見た。

「物は試しだ。お前の動き、見せてもらうぜ。《フェニックス》で攻撃!」

「守れ、鳩!」

 燃え盛る翼を広げて襲い掛かる鳳の目の前に鳩が立ちふさがる。普通に考えれば苦も無くひねられるだろう、戦いにもならない戦い。

 だが、この場は魔法の力がぶつかり合う、不思議の空間だ。

「俺、【スタック】、する! 燃えてる鳥、止めたとき、鳩、生贄する!」

 シェートの宣言に鳩が消え、目標を失った火の鳥が戸惑いつつ動きを止める。同時に、こげつていたこちらの体が元通りになった。自分の命を示す"らいふ"が変化すると、見た目も変わるらしい。

 一連の流れを見ていた伶也は、感心したように頷いていた。

「その鳩、すげー便利だな。俺も鳥モンスター中心に使ってるから、アルベド入れる機会があったら、考えてみるよ」

「あ、ああ」

「俺は《卑怯者のオーガ》を召喚して、ターンエンドだ」

 いかつい筋肉の塊のような怪物が、火の鳥の足元に呼び出される。どうやら、完全に鳥ばかりというわけでもないようだ。

 それでも、さっきまで使っていた鳥人の存在は、以前は一度も見ていなかった。

「俺の番だ」

 静かに宣言すると、山札に手を掛け、一枚引く。

 その表側を確認したとき、シェートは思わず女神を振り返った。

「これ、もう使う。いいな?」

「よかろう。ちょうど良い潮だ。彼を驚かせてやろう」

 わずかに緊張する心を静めるように、深呼吸をひとつ。それから、新たに手にした一枚を地面に向けて放った。

「俺、このカード【埋設】する!」

 宣言と共に背の絵柄を上にしたカードが地面に刺さり、その形が溶けるように消えていく。決闘の空間では、全ての効果が凝った表現に置き換わるようだ。

「【埋設】……だって?」

「少々、説明させていただくが、よろしいか」

 驚いた対戦相手を諌めるように進み出ると、サリアはカードの消えた辺りを指差した。

「【埋設】は、手札にその効果を持ったカードがあるとき、自分の手番で使用を宣言できる能力です。そのカードは宣言と同時に場に伏せられ、ゲームから取り除かれます。そして、特定の条件でのみ発動が可能となります。その条件は――」

「相手のプレイヤー、この場合は俺が、何かの行動を取ったとき。だろ?」

 すでに伶也の顔に戸惑いは無い。それどころか、捜し求めていた獲物を見つけた、狩人のごとき獰猛な笑顔を浮かべていた。

「そうですか。勇者殿はこのカードの存在をご存知だったようですね」

「いいや。その【埋設】のカードは初めてだ。でも、すごく良く似たものは、嫌ってほど知ってるぜ」

「では、これ以上の解説は必要ないようですね。さすがに、どんなカードであるかは、言うわけには行きませんので」

 平静を装いながら、女神が後ろに戻る。だが、声の調子を聞けば、明らかに落胆、動揺していると分かった。

「やはり、こうした遊戯では、あちらのほうが一日の長があるな。この程度の工夫では揺さぶりにもならぬか」

「心配ない」

 シェートは手札のアルベドを場に置き、じっと相手の目を見た。

 少年の表情にあるのは、先ほどまでの歓喜だけではない。強い警戒心が、消えたカードの辺りで釘付けになっている。

「あいつ、ちゃんと気にしてる。あとは俺、うまく使うだけ」

 うまく使うだけ、その一言が、シェートの胸の中にすとんと落ちた。

 上出来の弦が使い慣れた弓に張られた時のような。新調した鞘に、山刀が隙無く収まった時のような、そんな感覚。

「俺の番、終わりだ!」

 心持ち力を込めて、シェートは手番の終了を宣言した。



 目の前で展開された状況に、伶也は戸惑いつつも笑みを消さなかった。

「レイヤ、私はあのカード、危険思います」

「そりゃそうだ。あれは……俺の攻撃に反応して発動するカードだからな」

 俺はあれを良く知っている。似たものを散々見てきたし、使ってきたからだ。どんな効果を持っているかは分からないが、確実にこっちの足を引っ張り、邪魔をする効果が詰め込まれているだろう。

「どうした。お前、順番回ったぞ」

「分かってるよ! 俺のターン……ドローだっ!」

 それでも恐れている場合ではない。むしろ、恐れよりもこれからやり取りされるカードの応酬を予想して、胸が高鳴っているくらいだ。

「《神秘の屑拾い》か……この局面なら、結構使い道がありそうだぜ」

 新たに加えられたカードを確認し、残りの手札を見比べる。本当なら、この中から使いたいカードを片っ端から場に出したい所だが、下手に動けば使う前から墓地に落とされるだろう。 

「ヴィース、ああいう伏せたカードに対抗する方法って、どうすれば良いか分かるか?」

「何か、良い手、あるですか?」

「あるんだよ。とびっきりの奴がな」

 伶也は大きく腕を振りかぶり、宣言した。

「《オーガ》と《フェニックス》で、シェートに攻撃!」

「なっ!」

「なにいっ!?」

 命令に従って巨躯の怪物が棍棒を振り上げて走り、不死鳥が長い炎の尾を引きながら突き進む。対戦相手のシェートと女神はもちろん、背中越しにデュエルを見守っていたヴィースさえ、驚愕の声を上げた。

「な、何やってるですかレイヤ! あれ、絶対に罠ですね!」

「だからだよ! さぁ、対抗してみやがれ!」

 喉の奥まで苦虫を突っ込まれたような顔になったコボルトは、それでもこちらと同じように腕を振り、対抗の叫びを上げた。

「【スタック】! 白二点で、《勢子の追い込み》使う!」

 伏せられていたカードが地面の中から飛び立ち、光を放ちながら効果を発揮する。太鼓や角笛を持ったコボルトの狩人たちが行く手阻み、二匹のモンスターは恐れをなしたように攻撃をやめて地面に伏せた。

「《勢子の追い込み》、魔物、動けなくする。次のお前の手番、起きてこない」

「攻撃ダメージをゼロにして、次のターンは攻撃も防御もできない、ってか」

「対象を二体までに増やせるのは【埋設】で起動させた時のみですので。念のために」

 役目を終えたカードが墓地に送られ、狩人の幻影が消える。【埋設】カードは基本的に使いきりで、手札から使うよりも伏せておいたほうが強くなるようだ。

「俺は、赤二点で《神秘の屑拾い》を場に出す。こいつは二マナ払って生贄に捧げると、墓地のマナカードかコンストラクトを一枚手札に加えるカードだ。何か対応は?」

 不信そうな顔を向けて、シェートは起動されつつあるカードに目を凝らす。女神のほうも眉間にしわを寄せていたが、あきらめたように処理を許可した。

 特殊能力を除けば、単なる飛行持ちの弱小モンスターでしかない《屑拾い》は、案の定打ち消されなかった。

「こんなもんに目くじら立ててられないってのは、良く分かってるよ」

「何か言ったか!?」

「俺はこれでターンエンド!」

 これでこちらの仕込みはあらかた終わった。後は、向こうの対応を待てばいい。

 対するシェートたちは、せっかく自分たちの罠が機能したというのに、神妙な顔で作戦会議を始めていた。

「それにしてもレイヤ、さっきのあれ、なぜ攻撃しましたか」

「ああするのが一番だったからだよ」

「無策の突進、ではないと?」

 カードゲームに疎いヴィースにはそう見えたかもしれない。だが、あの手の『用意された脅威』というのは、早めに使わせたほうがいいのだ。

「確かに、《勢子の追い込み》に引っかからないぐらい、大量にモンスターを出してからなら、攻撃自体は通るさ。でも、そのためにターンを先送りして、もっとやばい局面で必要なモンスターを止められたら?」

 そう言いつつ、手札の中の"とっておき"を指差す。こちらの説明に納得したヴィースは笑顔で頷き、そのカードを見つめた。

「確かに、彼の出番の前、余計な罠取り除く、大事ですね」

「だろ?」

「俺、《落穂拾い》使うぞ!」

 こちらのモンスターが脅威にならないと見たか、シェートはデッキからアルベドを一枚場に出すカードを使い、更にマナを増強していく。

 そして、

「俺、これ二枚、伏せる!」

 新たな【埋設】カードが、フィールドに設置された。

「お前の番だぞ」

 まるで、かかって来るなら相手になってやる、とでも言うように、小さなコボルトが身構える。先ほどまでのやり取りで分かったが、あのカードも結局、マナを使って起動させることには変わりないようだ。

 相手は使用可能な三マナに、いつでも手を伸ばせるようにしている。あそこまで見え見えだと、いっそすがすがしいぐらいだ。

 一枚ドローし、それが新たなルベドであることを確認すると、二枚のカードを摘み取って処理を開始した。

「俺は赤を二点支払って、《エーヴィス輜重隊》を召喚、したいんだけど、対応は?」

 こちらの問いかけに、コボルトは苦々しげに手元に視線を落とした。ここまでの行動で相手の手札は二枚までに減っていた。

「……いい。何もしない」

「よっし。それじゃ俺は、《精霊燐の花火》をセットしてターンエンド」

 こちらが順調にモンスターを並べていくのに対し、シェートの場は初期の三枚のカード以降、全くがら空きのままだ。

 おそらくドローが偏りすぎているんだろう。場に伏せた罠でしのぎつつ、対抗できるものを召喚したいに違いない。

「俺、白一点出す。それと、《異才の鷹匠》呼ぶ! 終わり!」

 皮鎧を着けた鷹匠と共に、飛行する鷹が一体おまけに付いてくる。鷹の方はカードの効果で呼び出されたモンスタートークンのようだ。

 ようやく新たな味方を場に呼び出し、どこかほっとしたような顔でシェートがターンの終了を宣言する。

 その手には、すでにカードは一枚しか残されていなかった。

「見えたぜ、あいつの弱点」

「弱点、ですか?」

「ああ」

【埋設】のカードは確かに面白い動きをする。いったんゲームから取り除かれるという性質がある以上、その瞬間になるまで除去も対処もできない。

 しかし、いつ使うかも分からないカードを埋め、相手の行動を待つだけではゲームに勝つことは難しい。なによりあれは手札を激しく消費する。

「俺のやってたゲームなら、モンスターの効果で新しいモンスターをデッキから呼び出したり、墓地から拾って場に出すんだけど、シェートはああやって、見かけの量を増やしてんだろうな」

 対処されにくい【埋設】のカードを使ってこちらの攻撃を防ぎ、小型軽量のモンスターを大量展開、後半余ってくるマナカードをカウンターに回す。

 理に適ったデッキコンセプトだし、機会があれば自分も使いたいぐらいだ。

「でも、今回は相手が悪かったな」

 デッキの上に手を当て、一呼吸置いてから、伶也はカードを引き抜く。

 その一枚に、軽く目を見開いた。

「このタイミングでこいつが来るか……もう負ける気がしないな」

 自分の手札は現在五枚、うち一枚はルベドで、場に出せば最大六マナまで確保できる。

 後は、どう動けば、相手の場を削りきれるかだ。

「場にはトラップが二枚。たぶん、この状況じゃ、どっちか一枚使うのが精一杯だろ」

「二枚とも使える可能性は?」

「《勢子》は二マナ払ってた。埋設するとその分コストも上がるはず、つまり、片方はブラフか、あらかじめ場に出しておきたかったか、だな」 

 そこで、伶也は手札に加わっていた《雷撃》を見つめた。

「これをおとりに使えば、あいつの最後の手札を使わせられるかもしれない」

「彼の場、鷹と《鷹匠》だけですね。あの鷹匠、"アクト"する、どんな鳥も攻撃力、防御力、一点づつ上げる力あります」

 ただ、その能力も、次のシェートのターンにならなければ使えない。召喚した時点では防御以外の行動は基本取れない決まりだ。

「――よし、決めた!」

 人差し指と中指で挟み込んだ《雷撃》を、勢い良くシェートに突きつける。

「俺は《雷撃》を、鳥トークンに!」

「う……っ」

 激しく葛藤していたコボルトは、ぐっと歯を食いしばり、苦しげに答えをもらした。

「通す」

 承認を聞き届けたように、空から稲妻が降り注ぎ、激しい光芒とともに鷹が打ち砕かれて消滅する。これで空路は確保した。

「それじゃ……エーヴィス輜重隊、オーガ、フェニックスで攻撃!」

 徒党を組んだ鳥人の部隊とフェニックスが、戦闘機の編隊のように空を行き、地上をオーガが驀進する。地上の敵は鷹匠か狼で抑えられるだろうが、空の守りはがら空きだ。

「……【スタック】! 《天然の矢狭間》!」

 シェートの叫びで埋め込まれていたカードが発動し、ごつごつした岩場が現れる。その向こう側にはコボルトたちが弓を構え、一斉に矢を射掛けた。

 空を埋めつくす矢の雨にエーヴィスの群れが一匹残らず叩き落され、カードに戻って墓地に送られる。だが、フェニックスとオーガの突進はとまらない。

「守ってくれ! 狼、鷹匠!」

 傷ついたオーガを二体のモンスターがブロックし、それぞれが共に打ち砕かれる。そして生き残ったフェニックスが、再びシェートの毛皮を焼いた。

「うぐううっ!」

 陸と空で入り乱れた戦闘の果てに、残されたのはこちらのフェニックスのみ。シェートの場は再び空になった。

「なるほどね。そんなカードが伏せてあったのか」

 埋設効果で発動させた《天然の矢狭間》は、攻撃してきたモンスターに一点づつダメージを与える。こちらが一斉に攻撃してきたのを見て、発動させたのだろう。

「《エーヴィス輜重隊》の防御力は一点。それに、オーガは三点だから、攻撃力一点の二体でブロックすれば、相打ちを取れるってわけだ」

「……そうだ」

 答えるコボルトの目には、意思がギラギラと輝いていた。あらん限りの手を使って、勝とうとする気持ちがにじみ出ている、そう感じた。

 だが、それはこっちも同じこと。

「俺は手札からルベドを出し、四点使って《戦の先導者 タリスク》を召喚!」

 天にかざされたカードが輝きを放つ。そこに描かれているのは、見事な翼と、鷲のような頭を持つ、筋骨たくましいエーヴィスの王。

 背景には槍を持った鳥人たちが付き従い、戦に赴こうとする一場面を写していた。

「もちろん、こいつをカウンターしても良いぜ。どうする!」

 こちらの問いかけに、シェートの顔が不安に乱れている。たった一枚残った手札、それをここで使ってもいいものかと。

 背後に立つ女神は、残されたカードを差して何事かささやき、対戦相手は歯を食いしばった。

「通す!」

「そうか、それじゃ改めて! 高き峰々の王国、蒼空を頂く玉座より来たれ! 舞い降りろ、エーヴィスたちの王《戦の先導者 タリスク》!」

 突然、高山の大気を思わせる一陣の風が、フィールドに吹き渡る。

 その冷たさを物ともせず、黒を基調にした翼を背負う、巨大な鳥人たちの王が、金銀で細工された手槍を右手に姿を現した。

「へへ……っ」

 本当に、このゲームは面白い。いや、カード自体も気に入ったが、こうしてモンスターを自在に操ることが、たまらなく快感だ。

 一部のカードゲームではVRなどの機能を使って、アニメや漫画でやっているようなデュエルを行えるように研究が重ねられていると聞く。

 それでも、この臨場感と興奮に追いつくには、途方も無い技術と時間がいるだろう。

 もっと、もっと楽しんでいたい。その思いを込めて、伶也は叫んだ。

「さぁ、ゲームを続けようぜ! 俺はこれで、ターンエンドだ!」


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