16、罪の自覚
それは、とても大きな竜だった。
あらゆる世界、あらゆる宇宙に生きとし生ける者、全てが介したとしても、余りあるほどの広大な庭園。
その只中にあっても、巨体は臆面も無く、その存在を主張していた。
今は身を横たえ、とぐろを巻いているが、背筋を走る細かな突起まで含めれば、三階建ての館ほどもあるだろう。
全身を覆う鱗は、辺りを満たす柔らかな光に照らされ、精錬を重ねた純粋なる黄金にも似た輝きが放散されている。
四肢の筋肉は隆として、首も尾も、長く太く、たくましい。
たとえ巨人と組み合ったとしても、それを圧倒する威力を発揮するだろう。
折りたたまれた翼は、穏やかな肺の動きと共にかすかな伸縮を繰り返している。開けば百人を覆うほどの天幕のごとき面積があろうか。空を往く時には、大気どころか分厚い雷雲さえ引き裂いてゆくに違いない。
だが、それだけの威容を誇りながら、目を閉じて憩う姿には、こちらの心を和ませるような雰囲気が漂っていた。
鋭い二本の角、わずかに覗く鋭い牙、巌のような口吻。どれか一つを取ってみれば恐ろしい竜のそれだが、わずかに垂れた目じりや、少しばかり肥えて輪郭の甘くなった顎からは、どこか日向ぼっこをする老爺の趣を感じさせた。
「おや」
深い、通りの良い声が、世界を震わせた。
閉じられた双眸が緩やかに開かれ、金の竜眼がこちらに向けられた。
「新参の方かな、お嬢さん。見たところ、仮神の身より脱して、まだ日も浅いとお見受けするが」
これまで、自分は竜というものを、一度も見たことが無かった。
正確を期せば、狩り込められ、死骸となったものは幾度となく目にしている。
だが、知性を持ち、人の言葉を解するドラゴンと相対するのは、神として生きてきた年月の中でも、初めてのことだ。
「わ――私、は、サリアーシェ」
それでも精一杯の威厳を張って、サリアは名乗りを上げた。
「サリアーシェ・シュス・スーイーラ。星海万里は南の果、"緑成す"セイリアスより罷り越しました。晃神して間もなき若輩ですが、どうぞ良しなに」
「丁重な名乗り、痛み入る。では、儂も返報させていただこう」
憩いの形を解いて、長い首を持ち上げると、黄金の神竜は告げた。
「エルム・オゥド。余人は"斯界の彷徨者"とか"万涯の瞥見者"などと慣わす。長ったらしければ、竜神と呼んでくれて結構」
「竜神……」
不思議な響きだった。
確かに、辺境の小さな部族などでは、竜を神として崇め祭ることも多い。だが、その意に反して彼らは、信仰を必要としない。
ドラゴンとは自然の精髄であり、天地の運行すら自在とし、地上にあっても神の如き力を奮う。晃神して神籍を得るなどは二度手間にも等しい行為であり、神となった竜の存在など、これまで聞いたことがなかった。
こちらの疑念に気づいたのか、彼は口元をくつろげ、楽しげに談じた。
「少々、探し物があってな。儂の余命では足らぬと見えたゆえ、神籍を頂戴することにしたのだ。その片手間に、神々の相談役などさせてもらっておる」
「竜の長生を費やしてなお、探し遂せぬもの、ですか……」
おそらくそれは、通俗の竜が求めるような金銀財宝の類ではあるまい。齢数千を超えるであろう彼の生涯に、サリアは瞑目して慰労を口にした。
「長きに渡る踏査の御苦労、如何ばかりかと、慮ることすら出来ぬ身をお許しください。願わくば、多難なる探索の行く末に、幸いなる終幕が訪れますことを」
「実に優しき心馳、幾年の艱難も拭われる思いだ。では、お礼に諫言など差し上げようか」
その時の竜神の顔は、今でも鮮明に思い出せる。
まるで可愛い孫に言い聞かせるような、穏やかな笑みに満ちた表情を。
「いま少し、肩の力を抜いていかれよ。長い神生、気楽に過ごすが肝要ぞ」
「これが、私とあの方が最初に顔を合わせたときのことだ」
手にしたカードを切り混ぜ終えると、話の結びするようにテーブルへと置く。
自分たち以外には誰もいない、カードショップの一室。"刻の女神"の計らいで、合意がなければ、他の決闘者と出くわすことはない。
身支度を整えたあと、二人でここにやってきたのは、そろそろ腹蔵なく、秘密を語り合うべきだと考えたからだ。
その最初が、竜神との馴れ初めとは、思っていなかったが。
「思えばあの方は、最初から私を見抜いていたのだろう……どうにも融通の利かない……真面目一本槍の性分をな」
「それでお前、あいつと友達、なったか?」
「いいや。それからしばらく、私は神々の世界に赴くことはなかった。私は自らの星を兄に譲られ、主神として振舞うことになったからな」
兄神ゼーファレスは故郷を見限り、天界に没頭していった。勲功を立て、あまたの星々に己の名を知らしめるために。
「そのころ、私たちには養い親とも言うべき大神があってな、その方の庇護の下、兄は武神として身を立てようと躍起になっておられた」
「その大神は?」
「身罷られた。神魔の騒乱で、魔の者に討たれたそうだ」
柱石とも呼べるその大神が居なくなったことで、天界は乱れた。兄を中心とする大神恩顧の若き神々は、魔界に返報を与えるべく全面戦争を仕掛けるべきだと断じたが、古き神々はそれを良しとしなかった。
彼らの間に不和と軋轢が積み重なるのに、時間は要らなかった。
「だが、そんな状況になったというのに、私はただ、自らの星を守るということを、墨守してしまった。世界のことなど、知ろうともせずに」
思えばそのころからだったろう。兄と自分との、心の距離が離れたのは。
争いは世界に広がり、サリアの星にも難民とも呼ぶべき者たちが転がり込むようになっていた。その中には、魔の世界で虐げられている者たちも混じっていた。
「リンドルでのことを覚えているか? 竜神殿が、圭太殿をいさめた一件だ」
「……ああ
「私は、浅薄な義侠心と蒙昧な慈悲心から、その愚を犯したのだ」
争いで傷つく人々を見捨てるに忍びないと、人魔の隔てなく受け入れてしまった。
その頃から、サリアは天界に赴き、不戦を訴えるようになっていた。
「元々、顔見知りもほとんどない私の言葉など、受け入れるものは多くはなかった。それでも、思いを同じくする者たちの賛同を得て、私は争いをやめるよう働きかけた」
カニラと知り合ったのも、ちょうどその頃だったはずだ。彼女を通じて多くの神と知り合い、自分も何かが出来るのではと、思い始めていた。
だが、それはただの勘違いに過ぎなかった。
「ある時、私は天の庭に呼び出され……拘束された」
詰め掛けた神々は、サリアに不信と憎悪の目を向けていた。
彼らは口々に罪を述べ立てていた。
魔の者と通じた裏切り者と。
「私は必死に訴えた。すべては全くのでたらめであり、私に含むところは何一つないと」
「助けてくれる奴、いなかったか」
「兄上とカニラは……姿さえ見せなかった。竜神殿は……」
彼はただ、事の次第を背景のように見守っていた。
罵倒と非難の嵐が、サリアの周りで吹き荒れる最中にも、彼の透徹した視線は小揺るぎもせず、煌々と瞬く天の極星のように高みにあった。
「彼は別段、私と親しいわけでもなかった。助ける謂れなど、どこにもなかったのだ」
だが、そんな巌のような竜の顔色が、一瞬だけ揺らいだことがあった。
「私への糾弾が収まりもつかぬほどに高まったとき、ある小さな神がこんな提案をした。この騒乱を収める、良い方法があると」
サリアを発端とする神魔の騒乱、それをただ一度の勝負にて決する方法。
「神と魔、そのものの力では大きすぎる争いを、小さき器に収まる程度につづめて、奪い合うべき星の上でのみの決着に収束させる。そうすれば、破壊を求める心より、己の利を求める心が勝り、互いに益があろうとな」
「それが、はじめの遊戯、か」
その提案を聞いたとき、風景の一部であった竜の顔に、驚きが生まれていた。発言者たる小さな神に注がれた視線には、抑えられない疑念が吹き荒れていたように見えた。
「その神は、私と兄の間を取り持つ、連絡役のようなことをしていた。思えば……あの者も、何かの陰謀に関わっていたのだろう」
「そいつは?」
「彼も消えたと聞いた。遊戯に参加し、蓄えた神威をすべて失って」
その後のことは、サリアにとってはどうでもいいことに過ぎなかった。
亡失と零落、それ以外に語るべき言葉はない。
「その次に竜神殿と言葉を交わしたのは……おそらく、そなたと会う直前のことだ」
幾度目かの、滅び去った自らの星をさすらう道程の折、彼は自分の目の前に現れ、諭してくれた。
「そう言えば、あの時以来だったな。彼との交流が始まったのは。そなたの一件もそれを促進した一因だがな」
話し終えると、サリアは無言で詰まれた山札から自身の手札を取った。
それに習い、シェートも同じ行動をする。ここまでの流れは、指示しなくてもできるようになっていた。
とはいえ、これでもまだ足りないのだ。
このまま続けても、目の前の友人を苦しめるだけではないか。
手札から一枚切り出しながら、サリアはシェートに問いかけた。
「なぜあの時、竜神殿の言葉を止めた」
この遊戯を降りたくはないのか。勝ち目の見えない、無為な戦いを捨てる道を、選びたくはないのか。
絵柄を確かめ、幾度か使い方をつぶやき、シェートは対抗のカードと共に問い返した。
「お前、あきらめたくない、違うか?」
約束どおりに互いの札が処理され、盤面が落ち着く。
それを見計らい、女神は手札を傍らに置いた。
「なぜ、そう思う」
引き伸ばすのは無意味だと知りつつ、それでもサリアは問いで防御を重ねる。
他愛もない対抗呪文を、コボルトは微笑で打ち落とした。
「竜神、俺、遊戯降りろ言った。あの時、サリア、困った顔、した」
「そうか……そんな顔を、していたか」
「お前、遊戯、止めたくないか」
これ以上、偽っても無駄だろう。このわだかまりを吐き出さなければ、自分は前に進むことはできない。
「欲目、なのだろうな。竜神殿の勧めに乗れば、そなたを解放し、今後の身の振り方も、より良い方向へ導くことができただろう」
シェートは手札を脇にのけ、珍しい表情を見せた。
こちらを見つめ、思案する顔。目に見える難関ではなく、目に見えない概念に対して、彼が思考を絞る姿を、初めて見た気がした。
「領地、なくなるの、嫌か?」
「得た以上、治める責は負うが、できれば元の所有者に返したいと考えている」
「石になる、怖いか?」
「死という喪失を免れている神にとり、あれは眠りのようなものだ。復活を保障されている以上、恐れる意味もない」
「じゃあ、お前の欲、なんだ?」
自分の欲、その問いかけにサリアは瞑目した。
確かに自分は遊戯から降りるのを嫌だと感じた。それが何らかの欲によるものであるとも気づいている。
だがそれは、支配欲でも敗北を恐れたものでもない。
己を突き動かす根源とは、一体何か。
『過去ばかりを眺めて過ごすのは愚かなことだ。そなたも、先を見ることをはじめてはどうだ? 古を溜め込むばかりの竜が、言えた事ではないがな』
「竜神殿……」
「あいつ? あいつ、どうかしたか?」
「いや、そうではないのだ」
なぜ自分が幾年月もの間、古寂びた星の上で嘆き、暮らし続けていたのか。
あの時も彼は、新たな世界を約束し、協力を惜しまないといった。
有益な誘いを投げ捨ててまで、目の前の小さな魔物の命を救おうとしたのか。
そのすべての答え。
「私はきっと、いまだに遊戯が憎いのだ」
口にして、その思いが鮮やかに、磨き上げられていく気がした。
「これほどに勝ちを収め、他の神々からうらやまれる大神となった今でさえ」
シェートを助けるべきだという使命感も、勝ち上がり遊戯を破却するという目的も、この根源的な感情を、押しとどめることができなかった。
だからこそ、竜神の誘いを、二度も拒んだのだ。
「詮無いとは分かっていても、奪い取られたことを……その元凶を栄達の道具としている者たちさえも、許せないのだ」
焚き付けから薪が燃え上がるように、口にした憎しみが胸を焼いていた。
それまで押さえ込んでいた激情が、あふれ出す。
「私の振る舞いが愚かであったのは確かだ。しかし、その贖いに、何もかも奪われていい道理があるものか! その上、何の謝罪も弁明もなく、遺恨を忘れて先を見据えろという!」
知らぬ間に収奪され、喪失の悲しみも痛みも無視されて、事態はサリアという存在を置き去りに進んでいく。
その上、望まぬ闘争の勝利の果てに、手に入れた不相応な身分。失われたものの代わりに与えられた慰謝料とでも言うつもりか。
「大神の身分などで誤魔化されるものか! ならば、こんなものはいらぬから、今すぐ私の失ったものを、星の民達を、何一つ欠けることなく返してみるがいい!」
脳裏に浮かぶ過去の記憶に、サリアはわが身を振るわせた。
神はその長生に、星のすべてを身に刻むものだ。愛おしいすべて、失われたすべては、魂の内に刻まれたままだ。
だからこそ、負けたくなかった。
負けて、相手の原理を受け入れたくなかったのだ。
「……すまぬシェート。こんなことで、そなたに戦いを強いて良いわけがなかったのだ」
「いいぞ」
粗野で簡潔な答えが、切り札のように投げ出される。
視線を上げると、コボルトは頷いた。
「お前、初めの時、言ったな。みんな殺したいって」
この旅が、本当の意味での一歩を踏み出した夜、シェートは喝破してみせた。
サリアという神の中にある、根源的な憎悪を。
「お前、望むなら、俺……やるぞ。勇者、魔王、そこに神、入れる」
「シェート……」
途方もない言葉を、犬の口吻は驚くほど簡単に、つむぎ出した。
「俺、全部の神、狩ってやる」
これからいつもの猟行に出る、そんな軽さで告げられた言葉。
その平安さこそ、優秀な狩人である彼の、最も堅い約束の証だった。
「良いのか」
「俺、サリア、命救ってもらった。復讐、果たせた。俺、恩返す」
その言葉に、サリアは己の内にあった願いを思い出した。
世界の誰も分かろうとしなかった願い、竜神でさえ見落とした、サリアの本当の心。
同情でも、慰めでもなく。
道を示すことでも、希望を教えることでもない。
失ったことへの怒りと、過ちを悔いる悲嘆に寄り添い、受け入れてくれることを。
「シェート」
ようやく痛みが引き受けられたという安堵と共に、女神は自らの勇者に歩み寄った。
「ありがとう」
もう彼は、小さな魔物ではなかった。
一個の勇猛な、叛逆の徒と成った者を、そっと抱きしめる。
「サリア……俺、言いたいこと、ある」
「聞かせてくれ」
「俺な、ほんとは――」
恥ずかしそうに語られる言葉を、女神は黙って受け止めた。
コボルトの胸の内に秘めた、小さな隠し事を。
「なんだ、そんなことか」
「でも、お前……嫌、違うか?」
彼の言葉は意外ではあった。それでも、そのことを嫌というつもりもなかった。
なぜならそれは、自分たちに欠けていた物であったから。
「師、曰わく。之を知る者、之を好む者に如かず。 之を好む者、之を楽しむ者に如かず」
「そのむつかしいの、なんだ?」
「私だけでは届かなかった境地。そして、そなたが勝つための礎となるものだ」
成すべきことは決まった。
己の全力をもってシェートを『支える』ことだ。
そのための方法も、すでに見えている。
戸惑うシェートを引き連れると、サリアはカウンターへ向かった。
「まずは、新たにカードを買いそろえよう。話はそれからだ」
宿の戸口を抜けると、そこは異国の町だった。
土壁の家や石畳で舗装された道、空気の中に入り混じる酸っぱい臭い、くすんだ衣服を着た人々、伶也にとっての異世界が広がっている。
「こうしてみると、異世界って言ってもすごく地味っていうか、おおっ!? って感じじゃないよな」
「レイヤの異世界、いわば観光地ですね」
肩口に止まった極彩色の小鳥が、笑いを含んで言い添える。いろいろ話し合った結果、普段はこの姿で、お目付け役として行動を共にすることになっていた。
「以前、あなたたちやるゲーム、少しだけ見せてもらったことあります」
「で、感想は?」
「珍妙、ですね。こけおどしたくさん。逆に必要なもの、一つも無い世界でした」
彼の言わんとしていることは、なんとなく理解できる。確かにゲームの世界で描かれる町には、生活に必要なものが欠けていた。
例えば、目の前を通り過ぎていく汚物処理の車とかだ。
「うへぇっ、くっさぁ~。やっぱり下水が無いのって大変だよなー」
とても清潔とは言えない、ぼろに身を包んだ男が、いななく馬をせっつきつつ壷を満載した荷馬車を引いていく。周囲の人間も顔をしかめ、道の端によけていた。
「町の外れにある施設、持っていくですね。糞尿、そのまま畑撒く、できません。藁や枯葉、焼き灰などよく混ぜ、発酵させてからです」
「肥料って、そうやって作るのか」
「はい。あの人、身なり悪く見えます。でも、肥料作り、お金なるですね。あれで結構お金持ちですよ」
「へぇー」
しかも、肥料を作るギルドというものも存在し、汚物を集める縄張りが細かく決められているという。地味な見た目に隠された異世界の実像は、現代の日本しか知らない伶也にとっても、面白いものだった。
「向こうにいるときには想像もしなかったけど、こっちでもみんな、生きてるんだな」
「はい。みな、生きているですね」
臭いと共に荷馬車が去っていき、道に活気が戻ってくる。物売りの声や、連れ立って歩く人たち、騒ぎながら走り去っていく子供たち、家の前の陽だまりでくつろぐ猫。
建物や着ている物が違っても、それは伶也にも理解できる日常の世界だ。
「こういうのを守るのが、勇者の使命、って奴なんだよな」
「少々、寄り道しているですがね」
「寄り道、かぁ……」
ヴィースガーレに導かれてやってきたこの世界は、良くあるカードゲーム物の漫画やアニメほど、うまい具合にはいっていないらしい。
"愛乱の君"の神規によって、本来あるべき『剣と魔法の世界』に、強引にカードゲームのルールを押し付けているのだと聞いた。
「やっぱり、俺たちも参加したほうが良かったんじゃないかな。魔王軍討伐」
遊戯に参加したデュエリストが魔王軍に狩られるという事態が発生し、"愛乱の君"は緊急事態を宣言した。
そして、選ばれた精鋭による討伐部隊が結成されることになった、のだが。
「竜神、言ってましたね。未だ力、満たぬ者、来るに及ばずと」
「しょうがないじゃん! 俺、詰めデュエルとか苦手なんだってば!」
魔王軍討伐のメンバー選考には、時間省略のために竜神が用意した五問の詰めデュエルを解くことで行われた。結果、伶也は五問中ゼロ問という結果に終わり、残念賞のカードパックを貰って、おとなしくしている事になった。
「レイヤ、勝負勘鋭いです。でも戦い、理知無ければ、足元すくわれるですよ」
カードゲームは頭を使うもの、というのは良く分かっている。でも、自分は直感で選んだカードをデッキに入れて、実戦を繰り返して慣れるほうが好きだ。
「でもさ、複雑なシナジーとかコンボがいるデッキって、メタられると弱いからな。どんなゲームでも、速攻でモンスターをばーっと出して、一気に削るほうが強いんだよ!」
「"若鷹、嵐風に翼打ち折れず。ただ一帖の堅網にて、蒼空を失陥す"」
「意味はわかんないけど、力押しじゃ、勝てるもんも勝てないって言いたいのか?」
こちらの渋い返事に小鳥は目を細め、いかにも嬉しそうに頷いた。
「はい。レイヤ、本当に勘だけはいいですね」
「勘だけは余計――」
言い返そうと思った伶也の言葉を、視界に割り込んできたものが押しとどめた。
ごつい皮のマントと、腰に下げた矢筒、犬のような顔。初めて会ったときと同じ姿のコボルトの勇者。
だが、ひとつだけ違うところがある。
左腕にくくり付けられた、デッキケース。
「――へっ」
こちらの体も自然と闘いの構えを取る。
提げていたデッキケースを手に、すばやく左腕に装着。
「いいぜ、何度でもやってやる」
湧き上がる感情に胸を満たし、伶也は力強く叫んだ。
「決闘だ、シェート!」