14、神を咬むもの
東屋からサリアが進み出ると、ざっと道が開いた。
それぞれの顔に浮かぶのは、好奇、嫌悪、畏怖、あるいは侮蔑。そのどれも無視して、歩み進む。
「すばらしい戦いでしたな」
エルフの青年は、心持ち顔を緩めて近づいてきた。
「そのように見えられたか? 見苦しいばかりの戦であったと思うが」
「ご謙遜を。ただ、斯様な戦いを為される御積りであったなら、我が眷属に一声掛けていただければよろしかったものを」
「……なるほど、森の民であれば、確かに我が配下と同じか、それ以上の狩りを行うことが出来たでしょうな」
こちらの言葉に軽く顔をそびやかすと、彼は耳打ちをするように顔を寄せてきた。
「如何でしょう。此度の戦い、我が眷属に配下を切り替えられては」
「ほう?」
「確かにあの魔物も見所は在るかと思われますが、なにぶん下賎で下位の蛮族。御身にはそぐわぬかと、その点我が眷属であれば」
「見た目美々しく、弓の腕も森での狩りも一流と、そう仰られたいか」
「差し出がましいかとは存知ますが、御一考をと」
分かりやすい売名、そして下心。その全てを見透かして、サリアは頷いた。
「だが、そなたの配下に、あの勇者に面と向かって戦う勇がおありか?」
「なんとなれば、あのような張子を恐れるものなど」
「では一つ、お教え願いたい、"万緑の貴人"よ。なぜ我が遊戯に名を連ねたる折、その眷属を貸し与えては下さらなかった?」
「いや! それは……その……」
「言葉は選ばれよ。そして身の程を弁えられるが宜しかろう、"木陰の蒿苣"よ」
ある意味かわいらしいやり取りを終えると、サリアは神々の列の末尾に控えた、竜神に歩み寄った。
「此度は、多大なるご助力を頂き、感謝のしようもありませぬ」
「構わんぞ。儂はただ、面白いものが見れた、それだけで満足だ」
「それと、お申し出をお断りして、申し訳なく」
「ふ。まぁ、いずれな。それより、もう行くが良い。この場にあってもつまらぬことにしかならぬだろう」
そう言う竜神の視線の先、東屋に集う神々が見える。常に遊戯の上位に在り、場にいる全ての神々に強い影響を与えるもの。
そして――
「どうした?」
「いいえ。それでは、私はこれにて」
挨拶を残し、背を向ける。背中に突き刺さる視線、その中に混じる仇の物であろう意識を粟立つ肌に感じながら。
『傷は大丈夫か、シェートよ』
何をするでもなく、大岩の傍らで川面を眺めていたシェートの耳に、女神の声が届く。
「もう平気」
『待たせてすまなかったな』
「ああ。それと、一つ聞きたいこと、ある」
コボルトはさっきまで死体のあった場所を指差した。そこには血溜まりと鎧の残骸だけが残り、勇者の体は跡形もなくなっていた。
『異世界から召喚された勇者は、遊戯に負けると元の世界に送還されるのだ。ひところは単なる使い捨てだったのだが、色々と障りがあるとわかってな。ゲームが終われば何事も無かったように、来た世界に還ることになっている』
「そうか」
なんて馬鹿馬鹿しい話だろう。殺されるこっちにとっては紛れも無い現実なのに、勇者達にとっては、どこまで行ってもゲームなのだ。
「結局、俺たち、遊びの駒か」
『そうだな。こちらにしてみれば、実にいい迷惑だ』
「ホントだ」
ぽかっと口をあけて、シェートは空を見上げた。
「それで、話、なんだ?」
『ああ。遊戯のことだ』
「……俺、あの勇者殺した。この遊び、続ける意味、もうない」
『その通りだ。実は先ほど、ある神から打診があってな』
サリアの言葉に、コボルトはそっと鼻を鳴らす。風の中に濡れた鼻先を突き出し、彼女の心を待った。
『自分の眷属を貸しても良いと、言ってくれるものがあったのだ。もしそなたが、これ以上の戦いを望まぬのなら』
「お前、嘘も下手」
『な……何を』
「匂い、湿っぽい。お前、そいつのこと嫌い、違うか」
かび臭い、きのこのような匂い、風の中に漏れた不満を嗅ぎ取ったこちらに、やがて女神は笑い出した。
日向の、暖かい匂いが辺りを包んでいく。
「俺、言ったぞ。勇者、魔王、神、みんな殺す」
『辛い戦いになる。道半ばで倒れるかもしれん』
「そうだな。でも、今は、それでいい」
そのまま、背後の岩に背を持たせかけた。
「俺、疲れた。少し寝る」
『見張りは任せよ、ガナリよ』
「それ、もうやめろ。狩り終わった。俺、ただのシェート」
『なんの、狩りはまだ続くのだぞ? 起きれば、また次がある』
なんてコボルト使いの荒い女神だろう。シェートは苦笑すると、目を閉じる。
そのはるか上、主を失った一振りの剣が日に輝く中、英雄殺しの小さな魔物は、その偉業を顧みることもなく、静かに安らいだ。
どうも、最後までお読みいただき、ありがとうございました。
作者の真上犬太です。
これにてシェートとサリアの物語は、一旦終了となります。
が、この続きもすでに書いてありますので、また明日から、続編を投稿していきたいと思います。
よろしければ、そちらの方もご愛顧を賜れば幸いです。
あまり飾り気の無いご挨拶ですが、ひとまずこれにて。
では、次のかみがみでお会いしましょう。しーゆー。