13、嘘か誠か
コボルトがターンを終了を宣言し、伶也の晩になった。いつの間にか汗をかいた手をズボン拭い、状況を整理しようと頭を働かせる。
現在、ライフはこちらが六点、向こうが四点、互いに瀕死状態だ。
こちらの場に居るのは《かがり火担ぎのゴブリン》が二体と《熱砂のフェニックス》、《卑怯者のオーガ》がそれぞれ一体ずつ。
対する相手は、戦闘時に先にモンスターにダメージを与える能力"先攻"を持つ《北風の狼》、複数のモンスターではブロックできない"突破"を持つ《盲目的な猪》、"飛行"の能力を持つが、攻撃力、防御力共に一点の《渡り隼》が各一体。
《狼》と《隼》はそれぞれ攻撃力が一だが、《猪》は四もある。対するこちらは《オーガ》と《フェニックス》が二点、ゴブリンは一点しかない。
ウィズにおけるモンスター同士の戦闘は、攻撃側の攻撃力と、防御側の守備力を比べあい、同じか高い場合に撃破される。
こちらの陸のモンスターでは《猪》を倒せず、逆に《フェニックス》は、《隼》に対して一方的に勝てるというわけだ。
「レイヤ、とりあえず、次のドロー、見るですね」
「ああ。分かってる。アルコン能力発動!」
宣言と同時に次のカードが表示される。次のターンに引くのは、ルベドのマナ。
今の手札には三枚のカードがあるが、そのうち一枚はルベドだし、今使えるマナも五点と、ゲームから取り除くという選択をすることで、ニマナを生み出せる《精霊燐の花火》が出ている。合計、七点使える計算だ。
「……ヴィース、ここが勝負所だ。仕掛けるぜ」
「任せます。思い切りやるですね」
「分かった」
手順を思い描くと、伶也は行動宣言を開始した。
「俺は、《精霊燐》をゲームから取り除いて、三マナ出し、手札から《強盗団の家捜し》を発動!」
デッキから二枚のカードが飛び出し、手札に入る。その内容を見た瞬間、それまで思い描いていた戦略が一気に書き変わった気がした。
「……こういうことがあるから、カードゲームは面白いんだよな」
「わたし、ちょっとレイヤの気持ち、分かります。さあ、処理を続けるですね」
頷き、相手にもわかるよう、効果書きを説明する。
「こいつはデッキから二枚ドローして、手札の中の一枚を墓地に送る効果だ。俺が捨てるのは、ルベドのマナカード」
そして、
「バトルだ! 全員で行けぇっ!」
命令を聞き届け、伶也のモンスターがコボルトに突進した。
防御を省みない敵の行動に、思わずシェートは身をすくませた。その背を、サリアの手が無言で叩く。
「分かってる」
このゲームにおいて、宣言とは絶対の約定だ。一度放たれた命令は撤回できないし、逆に命令しなければ、死が迫る一瞬の光景ですら、先送りに出来る。
魔物同士の戦いは、攻撃側が戦闘に参加するものを選び、その後、防御する側が防御に回す人員を選ぶ形で進む。
自分の手札は、残り二枚。
一枚はアルベドのマナ、もう一枚は味方の魔物の攻撃力と防御力を二点上昇させる魔法だ。"瞬唱"の効果を持っているため、基本いつでも使うことができる。
場には八点のマナがあるが、この魔法は二点で使用できるため、あまり意味は無い。
こちらの命は四点、向こうは六点。今攻撃している魔物を全て素通ししてしまえば、こちらの負けだ。
「サリア、あいつ、何持ってる、思う?」
「勇者殿は《雷撃》のような、クリーチャーにも、こちらにも被害を与えてくる魔法を飛ばしてきている。《雷撃》は三点のダメージだ」
「うん」
おそらく相手が狙っているのは、《隼》が倒されるのを嫌い、ブロックしないことを決めた時だろう。魔物のダメージが入った後、相手は悠々と《雷撃》を打ち込めばいい。
だが、こちらには増強の魔法がある。火の鳥を防御しつつ、《隼》を強くしてやれば、一点の差でこちらが勝つ。
「でも魔法、遅出し、勝つ。俺、強くする魔法、使う。その後、かみなり使われる。鳥、助からない」
早い魔法の原則は"遅く出した方が先に解決される"ことだ。宣言できる期間は短く、火の鳥を使う勇者にとって、先に魔法を使う意味は無い。
「問題ない。今ならまだ、私の能力が使える」
「……いいのか?」
これまでずっと、使うのを控えてきた力。使う時の見極めが難しく、代償もそれなりに大きい。
「敵の出方次第だがな。とにかく全て防御だ」
「分かった! 猪、オーガ止める! ゴブリン、狼、火の鳥、隼だ!」
攻防の選択が成立し、シェートは手にしたカードを掲げる。
「【スタック】! 俺、これ使う!」
魔法の付与された《隼》が、二周りほど大きくなり、相手を圧倒する。その動きに対して、勇者は動かない。
戦いはあっけなく終了し、敵の魔物はなすすべも無く全滅した。
「バトルは終わったな。それじゃ、俺はルベドを出して、墓地から《フェニックス》を手札に回収……ターンエンド」
「な……なに?」
がら空きの場に魔物の影も無く、勇者は無防備な姿を曝している。
こちらのターンになったことさえ信じられない思いで、シェートはカードを引いた。
引いたのは、さっき使った増強の魔法。改めて場を見るが、やはり敵の姿は無い。
「見え透いた罠だな」
おそらく、こちらが攻撃してきたと同時に、何らかの魔法で妨害することを考えているのだろう。
「勇者殿のあれは、使えるマナを温存するためだ。大きな一撃がくるぞ」
「……どうする」
相手の手札は三枚ある。
内一枚は火の鳥で、こちらの手番では呼び出すことが出来ない。その他の二枚に、秘策が隠されているのか。
対するこちらは二枚、攻撃の増強とマナのカードのみ。
「攻撃を見送るのはなしだ。相手に攻撃用の魔法があれば、そなたに打ち込んで全てが終わってしまう。こちらを生き残らせ、敵を圧倒するほか無い」
「分かった。俺、全員、攻撃する!」
宣言と同時に魔物が動き出し、勇者に殺到する。
その瞬間、相手が動いた。
「ヴィースガーレの奥義発動! "神出鬼没"!」
マナが消費され、本来は出現できないはずの、火の鳥が具現化する。
「一回のデュエルに一回だけ、相手のターンでも召喚が可能になる力だ。俺はフェニックスで――」
「【スタック】!」
シェートの叫びが戦場に降り立とうとした鳥の姿を押し留め、手にしたアルベドのカードが投げつけられる。
ぶつかり合った赤と白は相殺し合い、跡形も無く消滅した。
「私のアルコン能力、"意志の力"です。その効果は、自らの手札をゲームから取り除き、対象の呪文を無効にする」
「まだだ! 三マナ使って《劫火の一撃》を《猪》に!」
「させない!」
とっさに放った妨害が相手の魔法を打ち砕く。勇者の動きが止まり、辺りに一瞬、静寂が訪れた。
相手を守る者は無くなった。先ほどの魔法で相手のマナは一点にまで減少し、手札は一枚のみ。あれがもし《雷撃》であっても、こちらの命は終わらない。
「……まさか」
そっとため息をつき、勇者はこちらを見た。
少年の表情に、シェートの背筋が凍る。
その目は強烈な闘志が輝き、凄絶な笑みが浮かんでいた。
「本当に来るとはな、カウンターが」
「――え?」
「前回から、そんな気はしてたんだ。お前の女神様にはカウンター能力があるんじゃないかってさ」
負け惜しみではない、勝利を確信した勇者の声が強く響く。
「もし、こいつも打ち消せるもんなら、やってみやがれ!」
勇者が大きく手を振り、まとわりついていたマナの輝きが、使い終わっていたマナカードもろとも虚空へと消滅して行く。
「燃え上がれ埋火よ。その灰燼さえも薪と化し、炎の矢となり敵を撃て! 《紅蓮の豪雨》!」
空に投げられた一枚が輝き、真紅の雨になって降り注ぐ、その一撃はシェートの全身を射抜き、残された命を削りきった。
「あ……」
「俺の、勝ちだぜ」
宣言が、耳の奥に響く。
決闘の座が解かれ、勝敗は決した。
だが、自分は生きている。そのことが、酷く気持ちをかき乱していた。
「なんで……分かった」
近づいてくる気配に問いかけると、勇者は少し口ごもり、それから答えを投げた。
「俺も結構カードゲーム長いからな。妨害する気満々の奴って、顔見れば分かるんだ」
「我々は、初めから相手になっていなかったと?」
「それ、違います。私達、あなた方同じです。レイヤ、これと違うゲームやってたです。ウィズ経験、ほとんど無いですね」
それでも向こうは、こちらに勝った。それはつまり、自分と他の勇者の間に、決定的な差があることを示唆していた。
「それに、最後はドローの差だったしな。いい勝負だったと思うぜ」
なんと言って返せばいいのか、分からなかった。
うつむけていた顔を上げると、相手は気遣うような表情でこちらを見つめている。勝った相手に同情されるなど、初めてのことだった。
「申し訳ない。我らはその、こうした戦いの結末に、慣れていないもので」
「承知しているですね。レイヤ、神々の遊戯、事情複雑です。彼、たくさん背負うものあるですね。あなたの理屈、当てはめられません」
「……勝負終わったら、全部水に流してってわけにもいかない、か」
名残惜しそうにしつつ、それでも勇者は賭けたカードをその手におさめた。
「俺が言うのも、なんか威張ってるみたいでなんだけどさ、生き残れよ。お前とのデュエル、面白かった。良かったらまたやろうぜ」
それ以上は何も語らず、少年は去っていった。
野次馬たちの喧騒は、勝負の結末を語り合いながら遠ざかり、屋台も店をたたんで町へと帰っていく。
審判の女神は影も形も見えない。勝敗の裁決を勇者が行ってしまったため、やることがなくなって店に戻ったのだろう。
そろそろと息を吐き出し、シェートは顔に手を当てた。
なんともいえない、どうしようもない気分が、重くのしかかってくる。
「なんという顔をしているのだ、そなたらは」
店じまいを終えた竜神が、側にやってきていた。傍らに付き添うフィーは、沈痛そのものの表情を浮かべている。グートは、ただこちらを見つめていた。
「カードゲームの勝敗など、時の運以外の何物でもない。勝つときは勝つし、負けるときは負けるものだ」
「それ、勇者の理屈!」
苦々しい気持ちが、言葉になって吐き出される。この協力者とやらは、いつまでこんな物言いを続ければ気が済むのか。
「俺、絶対勝ちたい! そういう方法、いる! 勝ちたい時負ける、そんなの、困る!」
「絶対無敵、最強のデッキなどは存在せん。あったとして、そなたの腕前が未熟では、操ることもままならぬだろう」
じゃあどうすれば、その言葉を口にすることは、できなかった。
そんなことを教えるような相手ではない。
「戦って経験を積め、とおっしゃるのですか」
「あの勇者連中は、暇さえあればカードゲームに時間を掛けてきた。それこそ何十、何百時間とだ。弓に触れたばかりの子供と熟練の狩人、勝負をして、勝つのはどちらだ」
サリアのすがるような言葉さえ、無下に切って捨てられる。竜神の示した事実は、努力や奇策では及ばない、絶対の隔たりを示していた。
「シェートよ、さっきの勇者殿、そなたに油断したところはあったか?」
「……なかった」
「この際だから、はっきり言っておこう。このままでは、そなたらは負ける」
今まで、自分は確かに弱いと思っていた。
己の弱さを理解し、それを埋め合わせることで、これまでずっと戦ってきた。あるいは敵がこちらを甘く見ることで、勝ちを拾った場面も少なくない。
ここに来て、そのすべてが封殺されてしまったことを、シェートは思い知った。
「他の勇者達にまぐれで勝てたとしても、日美香殿には通じるまい。まともに戦えば、敗北は必至だ」
では、どうすればいい。
その答えを見透かしたように、竜神は意外な言葉を投げた。
「もう、このあたりで終わりにせぬか、若きコボルトよ」
「……え?」
「そなたは十分、戦い抜いた。これ以上、苦しみを負う必要もあるまい」
「り……竜神、殿……?」
サリアに一瞥もくれず、太った男はシェートに顔を向けた。
そういえば、こいつから自分に話しかけてくるのは、これが初めてかもしれない。
「そなたは仇を討ち果たし、サリアは大神にふさわしい所領を得た。これ以上、無駄な戦いに身を投じる必要もあるまい」
染み入るような声は穏やかで、優しげなささやきが耳をくすぐる。
「そもそもこの戦いは、そなたには縁もゆかりもないもののはず。今すぐに抜けてなんの不都合があろうか」
それは確認だった。
他人の都合に巻き込まれ、己の生を賭けて戦わなければならない理不尽を、一度は呪ったはずだと。
「無論、敗退を選べば、サリアは石となる。だが、別に死ぬわけでもなし、己のものでもない領土を、わずかばかり失う程度の話だ」
「でも……俺、契約……」
「契約というものは、する者とされる者の合意があって成り立つ。そなたが嫌と言えば、取り消せぬ道理はない」
語る男の声は穏やかで、親しさを含んで微笑んでいる。
「そなたが望むなら、永遠に人の通わぬ山野に、新たな故郷を周旋してもよい。モラニアの山奥に逃れたコボルトの一党、彼らを呼ぶのもよかろうな」
提案は正しく、こちらの心に対する心配りが感じられた。
争いを忘れ、過去を癒す、希望に満ちた提案。
「降りてしまえば、ちんけなカード一枚に一喜一憂する必要もなくなる。下らぬ勝負も、うっとうしい悪餓鬼どもの相手も、もう十分であろうが」
シェートは、目の前の肥えた男を、始めて恐ろしいと感じていた。
見た目も、話し方も、種族さえ違うのに。
竜神の言葉は、魔王のそれに酷似していた。
たった一つ違うのは、圧倒的な善意から出たものであること。
「ここで脱落したところで、思い残すことはなにもない。そうではないか?」
本当に、そうだろうか。
助けを求めるように、シェートは視線をさまよわせた。
青い仔竜は、目をつぶって答えを待っていた。これ以上進めば、フィーを危険にさらすだろう。それは望まない。
白い狼は、ただこちらを見据えていた。グートは自分以上に遊戯と関わる意味がない。
そして女神は、女神サリアーシェは――。
「はいはい、そこまで。あたしのいないところで、勝手に話を進めないでよね」
まるで、世界そのものに付いた汚れを拭うような、たっぷりとした布がシェートの視界を横切る。
派手な衣装に身を包んだ"愛乱の君"は、こちらの都合などお構いなしに、高らかな名乗りを上げた。
「"愛乱の君"マクマトゥーナ、華麗に参上! で、なになに? あたしに黙って、シェート君を脱落させつるもり?」
「そうではないさ。単純に、本人の意思を確認する程度の話よ」
「あっそ。なら、この際だから、あたしからの提案も聞いてもらっちゃおうっかな?」
人懐こい笑みを浮かべて、童女のような女神はシェートに告げた。
「シェート君、今すぐ、あたしのものになりなさい」




