12、勇壮な対決
伶也が決闘の場所に選んだのは、町外れの廃棄区画だった。
飲用水を組み上げていた井戸が枯れ、生活の中心が移動したために寂れてしまったその場所は、決闘という行為を行うにはおあつらえ向きの場所だ。
「くるよな、あいつら」
伶也の心情としてはあの二人組に来て欲しいが、それもあくまで相手次第だ。
連れのドラゴンに戦わせるか、自分と戦うのを避けて逃げるということも考えられる。
「例え来ないとして、私、レイヤの振る舞い、正しい思います」
すでに大鳥の姿になっているヴィースは、見た目とは裏腹な優しげな声で諭した。
「遊戯、大きな犠牲、払って行うものですね。卑怯な振る舞い、数多の信者統べる神、ふさわしくないです」
神々の遊戯というこの戦いには、色々な制約や、掛けるべきものがあるらしい。今回は特例なのだそうだが、普段は自分の信者や星を丸ごと賭けるとも聞いていた。
「だよな! 大体こういうで、勇者っぽくない行動する奴は、主人公のかませって相場が決まってるもんな!」
折角、異世界に来て勇者と呼ばれる存在になったのなら、それにふさわしい行動をするほうがいい。そのほうが気分もいいし、かっこいい。
「ですがレイヤ」
こちらの軽口を払い飛ばすように、ヴィースは市街の方からやってくる人影を指した。
白い狼を傍らに、女神と共に歩み進んでくる犬顔の魔物。
二人の視線に迷いは無く、しっかりとこちらを見据えている。
「彼ら、歴戦の勇者ですね。負けて、再起するもの、以前より強くなる。あなた方、良く好むお話です」
「向こうも主人公補正は十分って訳か」
たっぷり十歩の距離を開けて、コボルトは伶也と対峙する。
それから、腰のデッキを軽く示し、こちらに頷いて見せた。
「ルールの変更は特に無い。アンティもこの前と同じだ」
「分かった。……それと、お前」
魔物は少し口ごもり、それからまっすぐこちらに視線を合わせると、尋ねてきた。
「お前、名前、なんて言う」
「……紫藤伶也、この前言わなかったか?」
「そうか」
酷く素っ気無いやり取りが終わり、コボルトは身構えた。その姿勢から、前回の様な無様はしないという意気込みを感じる。
「いいね、そう来なくっちゃな!」
こちらもデッキをかざし、戦いの姿勢を取る。後は、カードで語ればいい。
黒い女神が虚空から現れて、巨大な杖をかざす。彼女は意味ありげに目を細め、伶也を声を掛けた。
「このたびの決闘には、引き分けは無いものと思っていただきます。先だってのことはあくまで特例、ということで」
「無駄な心配だぜ。俺も、今回は手加減する気、ねぇからさ」
「結構。それでは始めましょうか」
虚空に銀色の硬貨がひらめく。
宣言するのは自分、口にするべきことは一つ。
「表!」
澄んだ音が鳴り響き、石畳に百円が飛び跳ねる。
桜の花びらを上にして、動きが止まった。
「いくぜ……デュエルだ!」
淡く輝く手札が虚空に舞い、自らを守る壁のように整列する。その内容を確認すると、伶也はにやりと笑った。
「そうか、お前も早く出たいって言ってんだな。なら、行こうぜ!」
望む一枚を引き抜き、伶也は自らのターンを開始させた。
「俺はマナカードとして《精霊燐の花火》を場に出す! そのあと、コンストラクトカード《蜜酒の杯》をセット!」
自分だって、漫然と一週間を過ごしてきたわけでは無い。手持ちのいらないカードを売り、新しいパックを買い揃え、自分なりにデッキを調整してきたんだ。
だから、
「見て驚けよ」
それぞれの効果と手札を確認し、行動を続ける。
「《精霊燐の花火》をゲームから取り除き、ルベドをニ、《蜜酒の杯》を生贄に奉げて好きな色のマナを一点出す。これで合計三マナ!」
必要なコストがそろい、手札の一枚が輝きだす。抜き放ち、虚空に放ると、その名を高らかに宣言した。
「炎と大地に育まれし、飛翔する魂よ、赤き力に導びかれ、ここに新生せよ! 舞い上がれ《熱砂のフェニックス》!」
コボルトが驚きに目を見開き、振り返る。ゆっくりと首を振る女神に、相手は落ち着きを取り戻して事態を見守った。
「対応なしか。それならいくぜ! フェニックスで攻撃!」
真紅の帯を引きながら鳥が虚空を舞い、コボルトに襲い掛かる。その一撃が相手のライフをわずかに削り取り、観衆がどっと沸き立った。
気が付けば見物人が集まり、食物の屋台や勝負の行方を賭ける者でごった返している。
「いつのまに……」
「レイヤ、あそこ、見てください」
ヴィースに言われた方を見ると、例の青い仔竜と太ったおっさんが、金と引き換えに木札の様なものを手渡していた。胴元をやって一稼ぎ、というつもりなのだろうか。
「マ、マジかよ。自分の仲間のピンチなんだぞ?」
「"斯界の彷徨者"ああいう方ですね。"愛乱の君"、負けないほど、享楽好きです。あと、あの方ドラゴンですね。お金儲け、好きです」
コボルトたちの方も酷く渋い顔で、仲間の行動を眺めている。おそらく向こうも、このことは聞かされていなかったに違いない。
「……なあ、お前」
伶也は思わず同情を口にしていた。
「色々、大変だな」
「気にするな。お前、終わりか?」
気を殺がれるような状況にも関わらず、コボルトは続きを促す。こちらのマナは全て無くなり、手札も消費した。だが、こういうときは恐れずに攻めるのが常道だ。
「まだだ! 俺はヴィースガーレのアルコン能力"狩りする鷹の目"を発動!」
宣言に従い、自分のデッキの一番上がレイヤに示される。そのカードの内容を確認すると、そのままデッキに戻した。
「ヴィースの一つ目の能力だ。カードを引くことは出来ないけど、次のドローをチェックできる」
「そうか……ありがとな」
「いいって。説明もなしに使って、インチキ効果だ、なんていわれたらたまんないしな」
ここまでの流れで、コボルトは特に取り乱した様子は無かった。一応、ゲームの流れは飲み込んできたらしい。後は、どこまでこのゲームを理解したかだ。
「俺はこれでターン終了。そっちの番だぜ」
「そうか、俺の"朝"だな」
不思議な響きを持つ言葉を口にすると、コボルトは手札を確認し、宣言した。
「次、俺の番だ!」
女神の視線を背中に感じつつ、シェートは呪文の様な言葉を口にした。
「"朝、皆起きる"」
別にそれで何が変わるわけではない。それでも、落ち着いて続ける。
「"飯時、餌やり、ねぼすけ、起こす"」
腰に下げたカードの束に手をあて、軽く叩いた。
「"皆集まる、仕事、相談する"」
手にした一枚を確認すると、シェートは自分の手番を移行させ、手の中の白いマナを放った。
「俺の"昼間"、なる。"作付け、一日一度"」
それから、手札の狼に目をやり、女神に問いかけた。
「なぁ、サリア」
「どうした? 何か気になることでもあるのか?」
「魔物出す時、あいつ、変なこと、言った」
あんなのは打ち合わせには無かった。もしかすると、あれもやっておくべき作法なのだろうか。こちらの不安に気がついたのか、サリアは笑って否定した。
「勇者殿のこだわり、という奴だ。不正が無ければ、そのまま使ってよい」
「良かった。俺、"仲間、呼ぶ"!」
驚くほどすんなりと、狼が目の前に降り立つ。それを見た敵の目が、少し強まった。
これでこちらに出来ることは終わった。
「"片付け、後始末"、"帰って寝る"、自分の番、終わり。次、お前の"朝"だ!」
「……なんだか良くわかんねーけど、俺のターンでいいんだな!」
敵の勇者はそれまで以上の喜色を浮かべて、自分の手番を開始する。以前も感じたが、勇者の中にはああいう手合いが時々出てくるらしい。
「どうやら、問題ないようだな」
カードを繰る手際を見たサリアは、安堵と共にこちらの態度を評価する。これまで二人で練習することはあったが、こうして対手を交えたやり取りは初めてだったから、シェート自身も不安があった。
「サリア、俺、わかるようした。そのおかげ」
「"概念の置き換え"、こんな簡単なことで、と言ってしまえばそれまでだが、ウィズのルールの複雑さが、うまく働いてくれたというところだろう」
与えられた猶予期間の間、二人がやったことは、ウィズというゲームをコボルトの実感できる事柄に置き換えることだった。
ターンやフェイズといった『意味の分からない言葉』をそぎ落とし、自分の手番を集落での一日に置き換えた時、習得は加速した。
「俺は手札から、《かがり火担ぎのゴブリン》を召喚! 二体でアタック!」
新たに呼び出された敵の魔物は、どちらも呼ばれてすぐに行動できるもので構成されているらしい。
「シェート、我がガナリよ」
襲い掛かる二体を睨み、サリアは厳しい声音で告げた。
「お前の腰に下がっているものは、そなたの"群れ"だ。その生き死にを決めるのも、そなたなのだ」
群れ、という言葉が、すとんと胸の奥に落ちた。
今まで霧の中に漂うようだった目前の光景が、鮮やかに色づいていくのを感じる。
「全て、そなたに任せるぞ」
「分かった」
迷いは無く、恐れも無い。
シェートは目の前の狼を見つめ、宣言した。
「守れ! 狼!」
ゴブリンの手にした刃がひらめくより早く、狼の牙がその喉を噛み裂く。その身に備わった"先攻"の能力により、傷一つ無い姿が残った。
同時に、狼の頭上を抜けた火の鳥が、シェートの体を焼いた。
「っぐ!」
「気を散じるな! それはあくまで見せ掛けの傷痕に過ぎん!」
「分かってる!」
とはいえ、実物と変わらない迫力で襲い掛かってくるものに、恐れないわけにも行かない。下腹に力を入れて、ぐっと身構える。その間にも敵はカードの一番上を確認し、手番をこちらによこした。
「"朝"、"飯時"、"相談"、"昼"っ!」
白いマナを"作付け"し、準備を整える。考えてみれば、一匹のコボルトに耕せる畑などたかが知れている。マナもそれに倣うのは当然かもしれない。
「でも、仲間呼ぶ、手、借りる。畑、増やせる!」
決められたルールを破って勝つのがこのゲームなら、自分だってそれをやって悪いわけが無い。シェートはそのカードを差し上げた。
「俺、これ使う!」
腰のカードの束から新たなマナのカードが現れ、白い光となってまとわり付く。カードを使って、本来は一枚づつしか出せないマナを出す。
その余剰を使って、新たな狼を呼び出し、もう一体に指示を出す。
「あいつ、攻撃しろ!」
灰色の毛皮が地面を駆け、敵の体を噛み裂く。だが、その牙は最後まで通らず、敵の体から吹き飛ばされる形で、狼はこちらの陣地に戻ってきた。
「戦闘行為も問題は無い。さっきの《耕し》も、よく気がついたな」
「畑起こす、弓弦作る、仕事、先考える。余裕作る、大事」
「……そうか」
「大丈夫だ、サリア」
これまでと同じだ。自分達は相手のルールを見極め、それを利用しながら、最後には勝利してきた。
「お前、俺、教える。俺、考えて、狩る」
「そうだ。いつも通りの我らで、勝とう」
一向に笑顔の絶えない勇者に向けて、シェートは口元を獰猛に歪めて笑った。
「次、お前の番だ!」
輝く結界の向こうで繰り広げられるバトルに、フィーは興奮していた。
シェートのカード運用も、以前とは比べ物にならないスムーズさ、正直別人とすら思えるほどだ。
「おい、見ろよおっさん! あいつらすげーぞ!」
「やれやれ、ようやっとエンジンが掛かってきた、と言ったところか」
掛札と金を集計しながら、竜神はつまらなそうな顔で、事態を評した。
「魔将も言っておったが、シェートというのは元々保守的で、争いを好まぬ性格だ。目の前の新たな事態に好奇心ではなく、不信と懐疑でもって接する。カードゲームなど、本来習得できるようなタイプではないのだ」
「……まあ、なんとなく分かるよ。でも、ああしてちゃんとやってるじゃんか」
「浅い」
厳しい口調でこちらの判断を否定すると、大きな布に木炭で投票の結果を記していく。
「シェート二十三に対し、勇者殿百四、か。まあ、正当な評価だろう」
「へっ、うちの勇者様は大物食いが得意なんだ。あっちに賭けた奴、大損してしょっぱい顔しやがれ」
「そなたが言うと、大分説得力があるのう」
「……う、うっせぇよ」
嫌な記憶をつつかれ、それでも視線は盤面に収束する。
勇者は手にしたクリーチャーを次々に召喚し、数で圧倒しようとしている。シェートも同じ動きだが、熊やイノシシなどの大きな動物が目立ち始めた。
「勇者殿の『バーンアンドウィニー』に対し、シェートは『ビッグクリーチャー』か。儂のチューニングに少々手を入れたようだが」
「あれ、おっさんの奴をそのまま使ってんじゃないの?」
敵のクリーチャーをダメージ呪文で『焼き』、小型軽量のクリーチャーで仕留める勇者に対し、シェートは攻撃力と耐久力の大きさに物を言わせて攻め切るデッキだ。
「シェートの理解が及ばぬだろうと、《耕し》の様なカードは抜いておいたのだ。どうやら、うまい具合に説明してのけたようだな」
「やるじゃん、サリアの奴」
「だがな、フィーよ」
太った賭け屋の男に身をやつした竜神は、鋭い視線を決闘者たちに投げた。
「この程度の"概念の置き換え"など、儂が叱責する前にできていて当然なのだ」
「なんでそう言い切れるんだよ」
「あれは、そなたを破った時に行った思考の飛躍を翻案しただけのこと。あの二人は追い詰められてようやく、そこに立ち返ったにすぎん」
言葉ににじむ竜神の苛立ちが、フィーの角にも染みこんでいた。
漠然とした不安。うまく行っているはずなのに、危ういつり橋の上に立っているような気分が沸き起こる。
「これでもまだ足りないって言うのか?」
「使い古した必殺技は、破られるのがお約束であろうが。儂にとって、この盤面は期待外れもいいところだ」
竜神の視線は、相変わらずこちらの理解の外を見つめているようだった。魔物たちがしのぎを削り、勇者達がせめぎあう決闘さえ通り越していた。
「例の件、そのまま推し進めるぞ。準備しておけ」
甘さのひとかけらもない命令。
いつからだろう、こちらに投げられる言葉から、容赦が綺麗さっぱり消えていた。
思い出すのは、真っ白な空間で行われた神秘の教示。
たぶんあの時から、自分は子ども扱いをされなくなったのだ。
「これからの試練、か」
腰にくくりつけたデッキケースに触れると、フィーは移り変わる決闘に視線を戻した。