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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~duelist編~
131/256

7、戦いの潮目

 どうしよう、それがシェートの気分だった。

 今の自分は両腕で煮込みの入った鍋を抱え、サリアも平パンと串焼きを手にしている。おまけに人間達もどんどん集まってきて、何が始まったのかと見物し始めた。

「聞こえてんのか? ってか、なんだよその格好。買い物中か?」

 そう問いかける少年の格好も、シェートからすれば大概な代物だ。

 盛りのついた鳥のように、ぴんぴんと逆立った髪の毛は様々な色に塗られ、仕立ての良さそうな服に、金属の鎖や丸い板の様なものが、ごちゃごちゃと付けられている。

 左腕に取り付けられた小さな箱は、おそらくカードを入れておくものだろう。いつでも中身を引きぬけるように手を添えていた。

「シェート」

 どうしようかと迷うこちらの耳に、サリアが囁きかける。

 その指示を聞き入れ、コボルトは勇者に返答した。

「俺、今忙しい。決闘、後にしろ」

「バ……バッカ! 何言ってんだ、デュエリスト同士が出会ったら、デュエルになるのが当然だろ!?」

「……俺、狩人、そんな変なの、違う」

 あえて勇者に背中を向け、サリアを伴って歩きだす。

「このっ! 待てって、言ってんだろ!」

 抜き放ったカードが、シェートの後頭部に向けて解き放たれる。その効果が、虚空で爆ぜて砕け散った。

 腰に吊っておいたカードの束、その一枚が、完璧に全てを遮っていた。

「……どうやら、設定されたルールは正常に機能している様だな」

 "愛乱の君"の遊戯において、決闘は『両者の合意の上』で行われる。

 本来なら格下からの決闘は断れないが、彼女の神規に従う限り、決して戦わないという選択もすることができる。どうしても面倒な時はごねて先送りにしろ、竜神がそう言っていたのを思い出す。

 安堵したサリアは勇者に向き直り、その背後へと目礼してみせた。

「あなたも参加なさっていたのですね、"虹の瑞翼にじのずいよく"殿」

「はい。私も遊戯、参加したですね」

 声とともに虚空から現れたのは、鳥と人が組み合わさったような神だった。

 顔立ちは鷲のように鋭く、両足の蹴爪と両腕にあたる部分に大きな翼が備わっている。

 羽毛は赤や緑、ところどころに青や黄色が混ざり、目の前の勇者を何倍にも派手にしたようないでたちだ。

「わたし、あなたに恨みないです。ですが、あなたの目的、見過ごすわけいかないです」

「それに、お前ものすごく強いんだってな! そういう奴と真っ向からぶつかって倒すのが、デュエルの醍醐味ってもんだ!」

「とはいえ、さっきの良くないです、レイヤ。決闘、礼儀正しく申し込むですね」

「……そうだな、ゴメン」

 物静かな鳥に比べて、少年の方はやけに口調が強い。とはいえ、お互い反目しているというわけでもなく、意志の疎通は出来ているようだった。

紫藤伶也しどうれいや、改めてお前にデュエルを申し込むぜ!」

「やだ」

 素っ気無く断ると、シェートは鍋を抱えて歩きだした。

「な、なんでだよ! 何で乗ってこないんだ!」

「……戦う理由、ない。俺、無駄な争い、しない」

「俺が怖いのか!? 逃げないで勝負しろ!」

 様になっていない挑発に、コボルトは皮肉に口元を吊り上げた。

「そうだ。俺、コボルト。弱い生き物、お前、怖い、だから逃げる」

「……っ! くっそおっ!」

 顔を真っ赤にして地面を踏みつける少年は、それでも何も言えないまま立ち尽くす。

 だが、その背後を守護する神は、もう少し挑発を心得ていた。

「今逃げる、それだけ"愛乱の君"、遠ざかるですよ、シェート殿」

 聞こえないふりをして歩み去ろうとする背中に、神はなおも声を掛けた。

「あなた、こういうゲーム苦手ですね。わたし、そう考えます。戦う機会逃す、あなた、その分弱くなるでしょう」

「……お前、そう思う、勝手。俺、仲間いる。修行、できる」

「あなた、弓使うとき、変な癖つけるな、言われましたか?」

 意外な指摘に思わず振り返ると、鳥の神は目じりを細めていた。こちらの狼狽と、顔色を、鋭い鷹の目が射抜いていた。

「無駄に強い弓扱う。同じ種類の矢羽だけつかう。こだわり、偏り作る、厳禁ですね。晴れの日、曇る日、雨の日、仲間いるとき、いないとき、いつでも狩れるの、大事です」

 昔、これと同じ事を"ガナリ"から聞いていた。腕のいい狩人は、その時に合った道具を使うようにするものだと。

「竜神殿、確かに強いです。でも、あの方とだけ戦う。きっと、嵐の日ばかり、狩り出かけるのと同じ。癖付いた弓、晴れの日、飛ぶ鳥、落とせないですよ」

「だから俺、そいつと戦え、言うか?」

「それ、あなたの自由ですね。逃げて、その分弱くなる、わたしたち、望むところです」

 守護神の話を聞いて少しは落ち着いたのか、勇者の少年は満面に笑みを浮かべて、親指で自分を指差した。

「俺はいつでもオーケーだけどな! デュエルすんのか!? しないのか!?」

 受ける理由は無い。さっきの発言は全て、あちらの都合に過ぎない。

 しかし、いつまでも戦わないままでは、"愛乱の君"との対決が困難なものになることも予想できた。

 やるべきか、それとも――。

「その前に、私達の都合も考えていただきたい」

 背後で話を聞いていたサリアは、落ち着き払って前に進み出た。両腕に肉とパンを抱えたままでなかったら、威厳を感じさせることもできたろう。

「我々は仲間に頼まれて、昼餉ひるげを整えるために出向いているのです。こうしている間にも串肉は冷め、煮込みの水面みなもには脂の塊が浮きましょう」

「では、食事終わるまで待つですね。その後決闘する、それでよいですか?」

「あくまで、決闘するか、しないかの回答をお持ちするとだけお考えください」

 鳥の神は頷き、勇者は不満そうにしながらも、決定を飲んだ。

 女神の手がこちらの肩を叩き、シェートは安堵しながらその場を立ち去った。

「ありがとな。助かった」

「伸るか反るかの選択を強いてくる相手に、そのまま従う必要は無い。一旦頭を冷やして対策を練ればいいんだ」

「そう……だな」

 その指摘は、耳に痛かった。

 どうしても自分は、土壇場の選択肢を迫られると、どっちがいいのかということしか考えられなくなる。さっきの一件だって、サリアが助言してくれなければ、即座に決闘すると言っていたかもしれない。

「やっぱり俺、腹芸、苦手だ」

「そのために私がいるのだ。本来ならこうして、神と勇者は協力するものなのだからな」

「サリア、ようやく役目、果たすか」

 こちらの揶揄に、女神は心底嬉しそうな顔で頷いた。

「ああ。久しぶりに、お前の力になれそうだ」



 食事の席は、"刻の女神"の意向で、酒場に設けられることになった。

 店主曰く、


『ショップ内への飲食物の持ち込みは禁じておりますので。特に、匂いのきついものは固くお断りしております』


 煮売り屋の店主から聞いた酒場に場所を移し、座を整えると、それぞれが食事に手を付け始めた。

「なんだったら、受けてしまえばよかったものを」

 木製のジョッキに注がれたエールを飲みつつ、竜神はサリアに向けて言い放った。

「習うより慣れろ、文字の読み書きを一から仕込むより、カードの図柄と効能を、決闘中に覚える方が早かろう」

「やっぱりそんなこと考えてたのか。まずは俺と模擬戦やる方が先じゃないか?」

 そんな事を言いつつ、フィーはパンに串肉を挟もうか、それとも煮込みに浸そうかと迷っていた。その隣に座ったシェートは、モツ煮を口に運びつつ、何かを考えている。

「いずれにせよ、彼らがいかなる理由で、私達を狙ったかが問題です。その意図も分からないままでは」

「難しく考える必要はない。勇者の方は単にゲームがしたいだけ、"瑞翼"殿の方も、概ね言葉通りの理由だろう」

「やはり、そうなりますか……」

 サリアとしても、それは十分に承知していた。高度な知識と心理戦を要求するカードゲームは、素朴で遊興などほとんど持たないコボルトには荷が勝ちすぎる。

 道すがら、シェートが不安そうにしていたことも、それが理由だ。

「雑魚との戦いはならいくらでも回避できよう。だが、"愛乱の君"から挑まれれば、受ける以外の選択肢はない」

「彼女の『決闘』を拒絶するなら、我々は神規の『庇護』から外されてしまう、と」

「そうなれば死、あるのみだ。向こうもぎりぎりまで、それはやらぬつもりだろうがな」

 ウィズのカードの中には『対象のクリーチャーを破壊する』と書かれたカードが、無数に存在する。

 同じ決闘者でなく、単なる処理すべき"クリーチャー"と見なされれば、シェートは抵抗する間もなく殺されるに違いない。

「神規とは、世界に『神の絶対法則』を打ち立てるものだ。その決を解除できるのは、同格の神威をってのみ」

「じゃあ、サリアの神威を使えば、"愛乱の君"のルールを壊せんの?」

「サリアに残された掛け金は、己の存在力だけだ。マクマトゥーナが『己の存在を掛け、サリアの神威を打ち払う』と令を放てばどうなる?」

 "知見者"との戦いの折、自分が魔の者と通じていないという証を立てるべく、サリア自ら星と命を使う加護は掛けないと宣誓している。

 神威の比べあいでは、初めから勝ち目は無いということだ。

「その縛りがあるんだったな……仕方ないとはいえ、結構きついぜ」

「すまない。私もその部分だけは、譲ることは出来ないのだ」

「気にすんなって。その分おっさんが働けばいいんだし」

 竜神はそれには答えず、黙々とジョッキを干した。そして、サリアに顔を向けた。

「今回、儂のことは当てにするな」

「……何言ってんだよ、いきなり」

「デッキも構築するし、知識も与えよう。だが、実際のデュエルでは、わしは一切助言しないし、"愛乱の君"を倒す策も出すつもりは無い」

「理由を、お聞かせ願いますか?」

 小樽から新たな酒を注ぐと、太い顎をぐびぐびといわせ、エールを飲む。中年男そのものの姿で竜神は、盛大におくびをもらした。

「第一に、カードゲームにおいて"必ず勝てるデッキ"というものは存在しない。それぞれのデッキには相性が存在し、他方に強くとも別のものには苦も無くひねられる」

「さっき散々喰らったから分かるよ。カウンターはウイニーに弱い、ウイニーは全体除去とでかいクリーチャーに弱い、ってな」

 うんざりした調子で仔竜がぼやき、両目をごしごしとこする。どうやら自分達がいない間に、相当鍛えこまれたのだろう。

「それに、どれほど優れたデッキを渡そうが、使う者の腕前が未熟では話にならぬ。シェート自身の能力が低いままなら、勝つことは難しいだろう」

「やっぱり俺、カード、やるか」

「そして、一番重要なのはサリア、そなたのことだ」

 竜神の言わんとしていることは分かっていた。この戦いは、あくまで自分達のもの、フィーを初めとする彼らは、助力をしてくれるだけだ。

「自分の意志で考え、シェートを助ける。そのために、安易な助力を求めない、そういうことですね」

「"知見者"の時の様なインチキは存在しない。マクマトゥーナの性格上、ゲームにいかさまを仕込むことも無かろう。おそらく、これまでで一番、真っ当な勝負だ」

「相手のルールを押し付けられてるんじゃ無かったらな」

 皮肉気に仔竜が最後を引き取り、それぞれが互いの意志を確認する。最後に、サリアはシェートに目をやった。

「どうする?」

 コボルトはすでに食事を終えていた。腰に下げたケースから紙片を抜き出し、その感触を確かめていく。

 そして、おもむろに顔を上げた。

「やろう」

「分かった」

 そして、皆は立ち上がり、店を出た。



 道の向こうから、見覚えのある姿がやってきた。

 小さなケモノの姿を筆頭に、その隣には女神が、後ろには最初の会場で見た仔竜と、竜神を名乗る太ったおっさんがついている。

「な、仲間つれてくるとか、卑怯だぞ!」

 そういえば、相手はあの竜神が付いているんだった。噂ではものすごく地球のゲームに詳しくて、確実に強いと聞いた。

「レイヤ、落ち着くですね。デュエル、あくまで一対一。竜神、手出しできないです」

「わ、分かってる。一応けん制って言うか、そういうやつだよ」

「お待たせして申しわけない。貴殿との決闘、受けさせていただこう」

 女神はすでに覚悟を決めているらしい。コボルトの方はどこか不安そうだが、初めてのデュエルで緊張しているんだろう。

 とはいえ、初めてと言う点では、自分もかわりないが。

「そっちはいいのか? 降参すんなら今のうちだぜ」

「俺、戦う、お前、ちゃんと勝つ」

「そうかよ! えっと、それじゃ、賭けの内容は?」

 女神が一歩進み出て、手の中に納まっていたカードをいくつか見せてくる。ウィズのカードはそれぞれの"エクスパンション"を示すシンボルマークに、レアリティを示す色が付けられている。

「全部レアか。んじゃ、こっちも出すぜ」

 こちらもあらかじめ用意しておいたカードを出し、相手に確かめさせる。その中の一枚を女神が指し示し、こちらも欲しいカードを決める。

「勝負の方法は?」

「まだるっこしいマネはしねぇ。ワンデュエルで勝負だ!」

 確実に勝ちに行くなら、三回一勝負のマッチ制を選ぶべきだが、カード資産が少ない状況では、敵の戦略にあわせたサイドボーディング (#1)も難しい。

 周囲には再び野次馬が集まり、何事かと見物を始めている。とはいえ、これだけギャラリーがいるってのも、悪くは無い。

「ここでは往来に迷惑になる、場所を変え――」

「おうおう! なんだ、ケンカか!?」

「綺麗な姉ちゃん、まけんじゃねーぞ!」

 女神が口を開くよりも先に、群集が面白がってはやし立ててくる。背後に立った神に振り返ると、ふさふさとした羽毛を揺らして、呆れた様子だった。

「決闘、特殊な場、創ります。皆さん、被害及ばないですね」

「よっしゃ! んじゃ、頼んだぜヴィース!」

 デッキとは別に、胸元に下げていたカードを取り出すと、天に向かって掲げ、叫ぶ。

「来たれ我がアルコン! "にじ瑞翼ずいよく"ヴィースガーレ!」

 人に似た姿をしたヴィースが、光と共に巨大な鳥型へと変わる。多分、大きさから言えば、向こうで見物している竜神の正体にも負けないだろう。

 見物人が悲鳴と歓声の入り混じった声を上げ、身構えたコボルトがカードを取り出す。

「来い……俺の、アルコン!」

 女神の姿が一瞬掻き消え、胸当てと兜を身につけた、戦乙女ワルキューレに似た姿へと変わった。

 胸がドキドキしてくる、異世界なんてものが本当にあって、しかもカードを使って冒険するなんて、最高すぎだ。

 腕に仕込んだデッキを叩き、虚空に手札を展開。コボルトの準備が整い、相手の手札も同じように宙に漂う。

 どこからとも無く、カードショップのお姉さんが現れ、伶也とコボルトの間に立った。

「決闘の儀、承りました。先手番はこちらのコインにて決定いたします。宣言は紫藤伶也しどうれいや様に」

 掌に乗ったコインが、音も無く放り投げられる。その軌道を目で追いながら、力いっぱい叫んだ。

「表!」

 土の往来に跳ねて転がったコインは、見慣れた百円玉の絵柄を上にして止まる。

 同時に、そこから光のさざなみが広がり、不思議な色合いの空間に変わっていく。結界が構築され、世界と隔絶された。

「よっしゃ! それじゃ先手、行かせてもらうぜ!」

 異世界に来てから、初めてのデュエル。

 手にしたカードを確かめ、伶也は叫んだ。

「さぁ、決闘デュエルだ!」



#1:サイドボーディング……トレーディングカードゲームにおける「控えのカード(サイドボード)」を使うこと。サイドボードには自分のデッキと相性が悪いデッキに対する対抗カードを入れるのが一般的。


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