プロローグ:劇的な入場
毎週金曜日、駅前通りにあるファーストフードに寄るのが、海道俊之の日課になっていた。
安いハンバーガーとドリンクのSを買い、店内を見回す。窓際にあるカウンター席は全て埋まり、いくつかの狭いテーブル席がところどころ空いている。
トレーを手にめぼしい場所に歩き出すと、ブレザーを着た二人組の高校生が、何事か話し合っているのが聞こえた。
「そういや、お前も来いよ。うちの部活」
「け、剣道かぁ……なんか、きつそうだね」
「大丈夫だって。先輩もみんな面白いし、部活の間にあっちの話とかできるじゃん」
運動部、聞いただけでうんざりする言葉だ。体育の授業だってかったるいし、夏のプールも、子供のころよりは楽しいとは思えなくなっている。
あまり耳に入れたくない話題から素早く遠ざかると、壁際の角にある席に座り、さっさとハンバーガーを食べきってしまう。
トレーをどかし、空いたスペースに小さなプラスチックのケースを置いた。
ぱちりとボタンを外し、中から取り出したのは、手に収まるほどのカードだ。
背は茶色に染められ、三角と巴紋を組み合わせたような記号が中心に描かれている。その表には、色とりどりのイラストと、細かな文章が載っていた。
「ちゃんと調整したのになぁ……」
なんとなくカードの種類と効果を区別し、小さな山として振り分けていく。すでに手癖になった作業だが、今はどこかむなしかった。
「あそこで、あんなの引くか普通……いくらなんでも、できすぎだろ」
最後の勝負を思い出し、気持ちが暗くなる。満を持して繰り出したカードは、あっけなく敵の切り札に打ち砕かれた。
その結果、総合ポイントで三位に落ち、優勝は自分に勝った少年のものになった。
「やっぱり、運命力って、あるもんなのかなぁ」
弱音と一緒にため息を漏らすと、ジュースをすする。エアコンが効いているとはいえ、夏の気温で少し汗をかいた蝋引きの紙カップから、水滴がこぼれた。
「あ、やばっ」
あわててナプキンで湿気を取り、カードからカップを遠ざける。いくらスリーブで保護しているとはいえ、隙間から入り込むことがあるから――。
「わんばんこ」
いつのまにか、テーブルの近くに女の子がいた。
むしろ幼女、と言っていいだろう。
大きなくりっとした目と、ふわふわとウエーブが掛かった、ボリュームのあるプラチナブロンド。肌は浅黒く、笑っている口元からは、少し長めの八重歯が見えている。
馴れ馴れしくテーブルに載せた両腕には、夏だと言うのにふわふわした毛皮の様なもので覆っている。ただ、見える限りでは上着らしいものは着ていない。
「どうかいたしたですか? 間抜け面であたしを見やがりましょう」
「えっと」
口の減らないガキ、そんな言葉が真っ先に思い浮かんだ。顔立ちはかわいらしいが、言葉遣いも態度もめちゃくちゃだ。
「……君、お母さんとかお父さんは?」
とはいえ子供を相手に怒っても仕方ない、ここはなるべく穏便に済ませよう。
だが、こちらの思惑を裏切り、少女は呆れたように鼻を鳴らした。
「お前も、見た目で判断するバカしょう。"神去"の人間、鈍感で恐れ知らないでした」
「……あのねぇ、どこのアニメで覚えたかしら無いけど、君はただのにんげ――」
俊之の否定は、それ以上続けられなかった。
辺りは一瞬で真っ白な空間になり、安っぽいファーストフードの机と椅子と、少女と自分だけが残された。
「な……なんだこれ!?」
驚くこちらに満足すると、少女はテーブルの陰から出て、その全身をあらわにした。
腰周りや足にも、腕と同じ毛皮がついている。背後からちらちらと覗くのは、ふさふさとした尻尾。よく見れば、耳も人間のそれではなく、長く尖った動物の様なデザインだ。
まるで、何かのゲームに出てくるケモノ娘。そういえば、虹彩の形も、今は針のように細まっている。
「耳の裏じっくりほじって聞くですか人間! 我は"八瀬の踊鹿"クーリ・スミシェ!」
軽く胸をそらし、指を突きつけると、少女は八重歯ではなく、ささやかな牙をむき出しにして宣言した。
「"神去"の地が愚民、カイドートシユキ! 我に従い、我が勇者となるがいいですか!」
少女の宣言を聞き、最初に俊之がやったのは、深呼吸をすることだった。
それと同時に相手の異様な風体と、この異様な空間と、異様な提案とが、脳の中で急速にブレンドされていく。
飲み物をすすり、今までの人生で得た様々な情報を参照して、答えを口にした。
「絶対に、嫌だ」
「うむ。いい返事でしょう。"神去"の子供はバカで考えなしだと聞いたでしょう。おっとりだったなで首を縦に……」
そこまで言って、ようやくこちらの解答を理解したらしい。
クーリと名乗る異形の存在は、その顔を真っ赤にして絶叫した。
「なんで断るですかぁあああああっ!」
「それじゃあ聞くけど、なんで断られないと思ったわけ」
「だって、勇者ですか! なりたくないでしょう!」
「うん」
「あ……いやっ、そうじゃないですか!」
涙目になりながら、ケモノ娘は首をぶんぶん振った。どうにも感情と行動が常に一致してしまうタイプらしい。
「勇者、それは人類に残された、最後のアフリカでした、違うですか!」
「どっから突っ込んでいいか分からないけど、確実に違うよ」
「ああもう! 人間の言葉! 神去の言葉! 難しい! わたし、ちゃんと言えない!」
見た目は人間ぽい姿をしているが、中身は本当にケモノか何からしい。これはいよいよ子供に接するようにしないとダメかもしれない。
「確実に、分かる言葉で言ってよ。片言でもいいから」
「……わたし、神様。勇者呼ぶ、魔王倒させる、世界平和にするですか」
「うん。まあ、そんなところだろうね。予想はしてた」
こんな異界に人を放り込んで、勇者になれとか言うのは、基本神様か、神様の皮をかぶった悪魔と相場が決まっている。どちらにしたって大した違いは無いだろうが。
「で、君はたくさんいる神様のうちの一人なわけか」
「何でワカルですか!? さてはお前、ジャスパーでしょう!」
「誰だよジャスパーって。別に、エスパーでなくても、そのぐらいわかるから」
これ以上、こいつに喋らせていると余計な時間が増えるばかりだ。俊之は自分の想像を交えつつ、状況を整理した。
「どう見ても君、弱い神様っぽいし、他にも神様がいないと、魔王に負けっぱなしだろうからね。あと、最近の流行は複数の神様が、それぞれ勇者を召喚するって聞いた」
「……神去の子供、若年寄聞いたですか。悔しいけど……全部あってるでした」
「じゃあ、なおさら嫌だよ。弱い神様について、現代知識で無双する話もあるみたいだけど、俺、勉強も苦手だし、得意なものなんて」
「あるでした! わたし、それを煮込んで、トシユキを勇者にするでしょう!」
クーリの言葉に俊之は当惑し、それからテーブルの上に視線をずらした。
ファーストフードの店内で、自分がいじっていたものへと。
「見込んだって……まさか」
女神を自称するケモノ少女は、ひょいっとテーブルに飛び乗り、再び宣言した。
「トシユキ、そのカードで、私の勇者になるですか!」
再始動となりました、かみがみ六章、デュエル編です。
前回書けなかったエンディングまで、今回は一気に走り抜けます。
内容的には前回と変わらないと思いますが、それでもよろしければ
お付き合いください。