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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~archenemy編~
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エピローグ、聖なる報復者

 鼻を貫く異臭が、平原を渡っていく。

 その源は無数の屍。日に曝されて腐敗し、崩れかけ、黒い霧のように漂う蝿の一群が、耳障りな羽音を立てていた。

 大地には、折れた剣や泥と血で穢された戦旗バナーが突き立ち、弔うものさえいなかった死者たちの、墓標代わりとなっている。

 おびただしい人馬の躯に混じり、酷く損壊した魔物の屍骸も見受けられた。

 互いを武器で貫きあい、あるいは肉を毟りあう姿のまま、永遠に死の瞬間で静止した者たち。胸を塞がれるような、惨劇の彫塑が無造作にばら撒かれていた。

 そんな地獄の光景を、馬は静かに進んでいった。

 危険だからと、同行を求めた騎士団を周囲の警戒に当たらせ、供回りには馴染みの仲間を二人だけ連れてきた。

 彼らもまた、惨状を言葉を奪われたように、付き従っている。

 信じられない思いだった。

 以前、ここに小さな村が営まれていたことも。それが一夜にして戦場になり、神と魔の軍によって、酸鼻を極める業苦の坩堝るつぼと化したことも。

 やがて一行は、うずくまる女性の前で、歩みを止めた。

 そこは戦場の外れにあたる、少し開けた草原。男の亡骸を抱き上げ、乱れた姿を整えてやっている。

 包帯をあてがわれ、少なくない傷を負いながら、少女が流しているのは、悼むための涙だった。

「見てよ」

 腐りかけた躯を労わる手を止めると、そばかすの残る顔立ちを上げた。

「数えてみたら、十本も刺さってたよ」

 錆びた小刀や小さな槍が、抜き取られた跡も生々しく、側に転がっている。

「……ほんと、見ていて心配になるぐらい、小心な隊長でさ」

 すでに鼻も欠け落ち、面相さえまともに分からないほどの男を横たえてやりながら、切々と思い出が語られる。

「それなのに、あたしらの前では必死にかっこつけるんだ……あの時だって、あたしのことなんて……見捨てていれば……」

 ゆっくりと馬から降り、歩み寄る。

 篭手を外し、剣帯に掛けると、そのまま彼女の頭を抱いた。

「あなたの命を、この方は守ったのですね」

「……うん」

「勇敢なこの方の魂が、安らぎ憩えるよう、然るべき場所に弔ってさしあげましょう」

「ああ……分かってる、分かってるよ」

 こちらの体を包む鎧に阻まれながら、それでも彼女は両腕を回し、静かに泣き始めた。

 やがて、気を取り直した彼女が男手を借りに場を立ち去る。

 残された自分の口元から、悔悟がこぼれた。

「これも私の罪、なのですね」

「そなただけの罪ではない」

 鎧姿の居丈夫は、同じぐらいの苦渋を浮かべ、傍らに立つ。

 その片目は矢傷によって潰れていたが、残された右目には力強い意思が宿っていた。

「これは我らの罪なのだ」

「とはいえ、まさかこんなことになるなんて、夢にも思わなかったよ」

 赤毛の女が男の反対側に立ち、自分を挟む形で惨状に相対する。

「勇者が負ける、ってのがどういうことなのか、あたしらは軽く考えすぎてたのかもしれないねぇ」

 ほんの数日前まで、この地には神の力を宿した軍勢が居た。

 しかし、その力は地上から消え去り、各地に残されていた精強な軍、であった烏合の衆が、各地で問題を起こしているという。

「神々が覇を競い、その過程であまたの勇者が敗れゆく。それは、魔王を討つために必要な切磋琢磨であると、聞き及んでいました。ですが」

 しかし、現実に起こった悲劇が、それが欺瞞であると雄弁に語っていた。

 神の軍勢が消え去った後、残されたのは魔王という脅威。内輪の争いなどにうつつを抜かして勝てる相手ではない。

「これ以上、神々の争いが続くようでは、その隙を魔王に食われるのは必定です」

「何より、この災禍の源を創ったのは、我々だ」

 あってはならない敗北が、世界の混乱を招いたのなら、その罪をすすぐためにも、自分たちは進まねばならない。

「それで、例のコボルトを目撃したという商人は?」

「詳しい話を聞いたけど、要領を得なくてね。魔王の城に連れて行かれたのを見たって奴もいる」

 女神の加護を受けたという魔物。

 百人の勇者を喰らい、魔王軍に加担し、あまたの民草を殺した存在。

 この世に災禍を撒き散らす、恐るべき世界の敵アークエネミー

「なんとしても、あれは私たちの手で、倒さなくてはなりません」

 腰に下げた剣を、抜き放つ。

 その刀身から、すでに神秘は失われていた。

 美しかった象嵌はところどころ剥落はくらくし、刃にはこぼれが目立つ。研ぎに出しても、以前のような輝きを取り戻すことは無い。

 今や鈍い輝きを放つばかりになったそれを、それでも恭しく奉げると、祈りを込めて西に切っ先を向ける。

 その先にある魔王の城と、憎むべき仇の居る方角に向けて。

「勇者様」

 リミリス王国はフリグリッド伯が第三公女、リィル・ユル・フリグリッド。

 "審美の断剣"ゼーファレスの勇者、逸見浩二の元従者は、力強く宣言した。

「あのコボルトは必ず、私が討ち果たしてみせます」


読了、お疲れ様でした。これにてarchenemy編、終了となります。

この話は、いわば後半戦の始まりであり、第一章の「裏ステージ」のような位置づけです。

今回のフィーの行動を踏まえて、第一章を読み直してみると、また味わいが違ってくるかもしれません。

なお、現在一二三書房様より、かみがみ~最も弱き反逆者~が絶賛発売中ですので、興味をもたれた方はご購入の検討などしてみるとよろしいかと存じます。

続きは今年中に必ず出しますので、一月ばかりはお待ちください。

では、また次回お会いしましょう。

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