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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~archenemy編~
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22、迷路の終わり

 それは、星辰の彼方より招来された暴威だ。

 地に縛り付けられた常命には、夢見ることさえあたわず、魔の者さえ手を伸ばす事をいとい、神が禁忌として宇宙そらに留め置いた、必滅の精髄。

 九重ここのえの光が、視界一杯に広がっていく。

 誘導指向の力を与えられた八条の光芒。

 逃げ場を焼き潰しながら襲い来る、蒼い閃光。その力に触れた大気は、知覚を越えた速度で集散離合を繰り返し、紫電の帯を吐き散らす。

 その中央を貫く一条の光芒。

 虚空を渡り、全ての音を後に引きつれ、絶対の権威を以って覇道を歩む王の如く、まっしぐらに突き進む。

 引き伸ばされた時間の中で、魔王はその全てを魂に焼き付けた。

 恐怖は無かった、悲しみさえ感じない。

 あるのは圧倒的な歓喜と、怒りだった。

「負けるものかよ」

 自らに宿ったあらゆるくらき物に掛けて。

 背負わされた分ち難い宿業に掛けて。

 そして、己の傲慢と存在を賭したこれまでの生涯に掛けて。

「貴様らなぞに、断じて負けるものかよ!」

 纏った炎が吹き散れ、圧倒的な漆黒が身からあふれ出す。

 己の持てる一切を込めて、魔王は闇を解き放った。



 気が付けば、呆然とグートの背に座っていた。

 手にした神器の感触に、遅まきながら気が付き、ようやく視界が戻ってくる。

「……な」

 目の前に空が開けていた。

 重苦しく覆っていた外壁は姿を消し、数歩先のところで床石が途切れている。

 天井はすでに無い。この上にあったはずの謁見の間どころか、空を貫くようにそそり立っていた尖塔さえ無くなっていた。

 そんな異常極まりない空間、破壊の痕跡の中途、中州のように残った部分があった。

 何かを押し留め、遮ろうとするように突き出された片手。

 体に酷い焼け焦げを記しながら、それでも二本の足で立つ姿。

 その目に欲望の色を湛えた魔王は、ゆっくりと構えを解き、空を見た。

「ふ、はは」

 快活な、それでいてたぎるような笑い。

「はは、ははははははは、ははははははははははははははは!」

 万物を挑発し、嘲るような、心からの笑い。

「まったく、この世界ときたら、はは、はははははははははははは!」

 魔王は笑い、笑い、笑い転げた。

 部下も無く、身に纏う服も無く、備わっていた闇の力さえ剥ぎ取られ。

 それでも彼は、快く笑っていた。

「やはり、お前は最高だ」

 傷の痛みをものともせず、差し伸べてくる片手。

 まるで子供が菓子をねだるように。

「俺のものになれ、シェート」

 怒りは湧かなかった。

 呆れることさえ憚られた。

 だから、

「嫌だ」

 満面の笑顔と共に、拒絶してみせる。

 青年は肩を竦め、寂しげに笑った。

「良かろう。これより、お前と俺は敵同士だ」

 そう語る目には親愛があった。

「俺は敵と見なしたものを、決して許すことは無い。昼夜の分かち無く、お前は俺の配下に襲われるだろう。俺を倒さぬ限り、安らぎは訪れぬものと心得よ」

 淡々と語られる、決別の言葉。

「そして、青き仔竜よ。竜の神より遣わされし、空のくすしき色纏う者よ」

 シェートの背に寄りかかる仔竜に、贈られる賞賛。

「貴様こそ我が驚異、天よりもたらされし、慮外の打擲ちょうちゃく。ゆえに、この魔王より二つ名を贈ろう」

 その締めくくりに片手で天を示し、誉れを称えた。

「"青天せいてん霹靂へきれき"」

 仔竜が震えながら体を起こす。

「今代魔王の肉叢ししむらに、傷痕刻みしはなむけだ。有り難く押し頂くがいい」

 濃い疲労を浮かべながら、それでも口元には、不適に応ずる笑みがあった。

「だから……言、ったろ。余裕、こいてんな、って、さ」

「然り。全く、手ひどい教訓となったものだ」

 閉ざされていた世界が、シェートの周りで開けていく。

 それまで凪いでいた空間に、風が吹き渡り始める。

 外の匂い、大地と草原と、命の息吹の匂い。

「さて、名残惜しいが、そろそろお別れだ」

 悪童のような不吉な笑いを浮かべると、魔王は、令を放った。

「我が精兵よ! そこな勇者の一団を討ち取れ!」

 崩れかけた階段を駆け抜け、鎧姿のゴブリンたちが押し寄せてくる。シェートはそっとグートの背を撫でた。

「もう少し、頼むな」

 手綱を捌き、狼の鼻先を魔物の群れへ巡らせると、コボルトは魔王に暇を告げた。

「必ず、お前、倒すぞ」

「ああ。楽しみにしている」

 狼の脚力で、魔王との距離が瞬く間に広がっていく。

 奇妙な寂しさを覚えながら、それでもシェートは振り返りはしなかった。



 埃を舞い上げながら、広間を抜けていく一行を、魔王は眺めていた。

 それがやがて小さな点となり、荒々しい喧騒が姿を消すと、そのまま、どうと仰向けに寝転んだ。

「どうだ、貴様ら」

 傍らに現れたコモスと参謀の姿を見つめ、ニヤリと笑う。

「なかなかの魔王ぶりだったろう?」

「おそれながら、このようなお戯れは、金輪際控えていただきたく存じます」

 参謀の顔は酷い渋面で、思わず笑いがこみ上げてしまう。

「魔王様」

「そう言うな。全ては演習、英傑神の勇者を前に、俺自身も含めた、全ての者の力を試す必要があったのだからな」

「では、此度の引き分けもあくまで演出と?」

 面を付けぬまま、コモスが問いかけた。

「そんなわけがあるか! あの仔竜、恒星の炎を招来しおって、相殺するので手一杯だ」

「捕り手に、仔竜の必滅を命じておきます」

 しかつめらしい返答だ。

 自分の周りには冗談を解さない側付きが多すぎる、もう少し頭の柔らかいものが欲しいところだ。

「奴らも、引き際を心得ていたようだし、こちらも得るべき物は得た。それで良しとするべきだろう」

「城内の設備はほとんどが無事ですが、謁見の間を初めとする中央の城郭の修繕、消失した兵力を考えれば、安穏としているわけには行かないと思われます」

 全く釣り合いが取れない、そんな不平を言外にもらす参謀に、魔王は体を起こしつつ差配を告げた。

「それも含めて、後の事はお前たちに任せる。俺はしばらくここで休んでいくから、誰か係りに命じて――」

 思い直し、命令を変えた。

「――執事をここに呼べ。後は奴が良いようにするだろう」

「かしこまりました。失礼します」

「では、私も追討に」

 領袖の二名が去りゆき、ひととき、静けさが訪れた。

 燃え上がっていた怨讐の力も、凄絶な力比べの果てに休眠を余儀なくされている。

 それでも、心には満足があった。

「全く、どれほど数奇なのだ。この世の中は」

 中天の輝きが傾き、西の果てへの帰途に向かい始めている。それでも未だに空は青いままで、無窮の広がりがあった。

「サリアーシェ、か」

 その名に、眠りかけた怨讐がかすかにざわめく。

 どういう皮肉か。いや、むしろ都合がいいとさえ感じる。

「全ては貴様らの手の内か? それとも」

 益体も無い言葉が心に浮かぶ。

 そんなもの、俺には関係ない。例えそうだったとしても、それに抗うために、自分はここにいるのだ。

「運命など、クソ喰らえだ」

 背中越しに、魔王は静かに侍る黒い姿に問いかけた。

「そうは思わないか?」

「はい。然様でございます」

 両手に大きな籐籠を下げ、羊の執事は深々と頭を下げた。

「俺は疲れた。あとは良い様にしろ」

「かしこまりました」

 敷物を整え、日よけを差しかけると、執事は小さなコンロで湯を沸かしながら告げた。

「如何でございましたか」

「負けた」

 腹蔵無く、胸の内を明かす。

 過程がどうあれ、シェートは去っていった、それが事実だ。

「だが、楽しみが増えた」

「覇を競うべき者を見出したが故、ですか」

「いつか、シェートは再び、ここを訪れるだろう。俺を倒すために」

 夢見るように、未来を思う。

「きっと、勇者たちの世界をどれほど捜し歩いても、これほど珍奇な組み合わせが描かれたことはあるまい」

 小さなコボルトの勇者と、魔王の最終決戦ラストバトル

「どんな物語にも出てこない、俺だけの結末、俺だけの勇者だ」

 慈しむように、口にする。

 他の誰にも描けない、自分だけの未来。

「生き残れ、シェート」

 暖かな湯が、濃く深みのあるコーヒーの香りを引き出していく。

 その芳しさに浸りながら、魔王は去っていく背中を思った。

「そして、俺を殺しに来い」



 城内は驚くほどに静かだった。

 あれほど大挙して押し寄せてきた魔物たちも、いつの間にか姿を消している。

 警戒を緩めるつもりは無かったが、シェートはその異様さに、途中の十字路でグートの足を止めた。

「あいつら、どうした? 追っ手、いない?」

「いや、それ、たぶん」

 大儀そうにスマホを差し出し、フィーが画面を指し示す。

 この周囲の地図らしい絵が描かれているが、壁や仕切りが動き回って、敵らしい光の点を封じ込めていた。

「あのぶらぶらオヤジ、ようやく仕事したらしいぜ。後は向こうのナビにしたがって、のんびり行けばいいってことさ」

『誰がぶらぶらオヤジか』

 懐かしいとさえ言える声が、スマホ越しに届く。

『そちらの動きは把握しておるが、全員、大事無いな?』

「ああ。俺、フィー、グート、みんな無事」

 シェートの見ている前で分かれ道が塞がれ、一本の道に整形されていく。これまで堅く閉ざされていた脱出口が、姿を現していた。

『詳しい話はまた後でにするが、ともかくその道を真っ直ぐ行け。地上への転送用テレポーターがあるはずだ』

「そんなもん、俺らに、使えるのか?」

『いざとなれば儂が"書き換えて"やる。あまり時間が無い、急げ』

 グートが走り出し、行く手に光が見えていく。吹き込む風を感じる、長い虜囚の時が、ようやく終わる。

『……シェート』

 女神の声に、心が震えた。

 この城で数多くの経験をした。その間に、自分の中で変わったものがある。

『私には、何もできなかった』

 彼女に対しての見方も、きっと何かが変わったのだと思う。

『私は――』

「俺、魔王、契約しろ、言われた」

 少なくない衝撃に、息を飲むのが聞こえた。

「でも、俺、嫌だ、言ったぞ」

『そうか……』

「俺、お前、契約した。だから」

 自らの意思で選び、ここにいる。

「俺の神、お前だ。これからも、ずっと」

 言葉が途切れ、サリアが静かに哭していく。

 そして、グートの力強い四肢が、暗い迷宮の終わりへと皆を導いた。

『そこだ。その先に転送装置がある』

 目の前に開けるのは中庭に似た空間。

 はるか先に橋がかけられ、空中に飛び出すような形で小さな東屋が造られている。

 周囲は静かで、誰の気配も無い。

 東屋にも見張りはおらず、床面に複雑な紋様や宝石や輝石の類で飾られていた。

『では、後は脱出だな。全員その円の中に――』

「そうは参りません」

 誰もいなかったはずの庭に、参謀が現れる。

 その片手には、スマートフォン。

「貴方たちにはてこずりましたが、これで終わりです」

「このまま、見逃してくれるわけには、いかないかなー? なんつって」

 無表情であった女の顔が、ほころんだ。

 その顔に機械をあてがうと、冷たく宣言を放つ。

「刻の女神よ、竜神の領域侵犯を確認しました。直ちに竜洞の干渉を遮断してください」

『しま――』

「お、おいっ、おっさん!?」

 何かが切断される音と共に、フィーの端末の光が消える。

 神の声が途絶え、威圧を伴った笑顔で参謀が進み出た。

「それでは皆様」

 女の片手に現れる、赤い輝きを放つ魔剣。

 閃光と共に、切り飛ばされる橋のたもと。

 足元が、ずるっと沈み込んだ。

「なにしやがんだてめぇ、えっ、あっ、わああああああっ!」

 なす術も無く世界が傾く。

 急激に城の景色が遠ざかる。

 そんなこちらのうろたえぶりを冷ややかに眺め、

「ごきげんよう」

 参謀は鮮やかに一礼した。

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