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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~archenemy編~
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7、反逆の行動

 一体どのくらい歩いたのだろう。

 シェートはうんざりしながら、来た道を振り返った。

 十字路はかなたにかすんで、まったく見えなくなってしまっている。進むべき先も遥か遠くまで伸びており、終わりが見えない。

 何より辛いのは、周囲の景色がまったく変わらないことだ。

 壁の装飾も、天井の意匠も、等間隔についている扉さえ、まったく同じ。

 ひたすらに単調で、まともに進んでいるのかも疑わしい。

 整いすぎた異常、としか言いようの無い光景。

 主の性根を、そのまま形にしたかのようだ。

「魔王の、城か」

 休憩代わりに立ち止まると、自分をここに捕らえた存在について、考えをめぐらせた。

 あいつはいったいなんだろう、魔王とはいったいなんだろう。

 この数日間、あいつはこちらを観察し続けた。シェートも相手を見続けた、と思う。 

 それでもまったく答えは出ない。

 初めに感じた威圧と恐怖、だけではない。上機嫌に自分の全てを開示し、惜しげもなく与えてくる姿を思い出す。

 そして、唐突に会合を打ち切る気まぐれさは、本当につかみ所が無い。

 物思いに区切りをつけるように、シェートは再び歩き出す。やがて行く手には、右に折れる角が見えてきた。

 やっと、少しは景色の変化が出る。ほっとした気分に浸りながら角を曲がると、通路は同じように、まっすぐ伸びていた。

「こっち、何も無いか?」

 先ほどまでと同じように、等間隔に扉が付いている。どうやらこの辺りは、客間か何かとして造られているのだろう。

 うんざりするような道を、コボルトは歩き続ける。

 扉の向こうには何があるのだろう、やはり豪華な寝台や家具が置いてあるのだろうか。

「何のために?」

 疑問が口を突いて出る。さっきから物音一つしないせいか、耳が自然に刺激を欲しがったのかもしれない。

 客間は客を迎えるための部屋。その客とは、おそらく他の勇者に違いない。

 城に招くか、あるいは侵入してきたものをもてなすために。

 敵である勇者を遇するというのは、考えてみれば奇妙な話だ。とはいえ、今回の魔王は勇者のことを知り抜こうとしている。むしろ手元に置き、よく観察したいと思っているのだろう。

 もしかすると、今もこうして歩いている自分を観察しているのかもしれない。

「お前、ほんと変だ」

 魔王に悪態をつくと、シェートは再び歩き始めた。



 白い壁がどこまでも続く通路を、フィーは移動していた。

 現在はベーデの背負った袋の中から、首だけを出して辺りを見回している。  

 壁紙や天井の装飾、ドアの位置に至るまで、全てが均等に作られている。目印にできるものが何一つなく、同じところを歩いているような錯覚を覚えた。

「こんなんでお前ら、よく迷わないな?」

「俺達、スマホにマップ入ってる。あと、用事ない場所、絶対行かない」

「これでテレポーターでもあったら、マジでどこにいるかわかんなくなるな」

 そんな感慨に浸っていたフィーの角に、別の足音が届いた。

「衛視が来たぞ」

 短く警告すると、ベーデは首の飾りに囁いた。

「"透解"」

 やや遅れて、目の前の曲がり角から皮鎧を身に纏ったホブゴブリンが現れる。

 しかし、こちらには気づかず、そのまま脇を通り過ぎていった。

「残り時間あと四分、近くの空間には誰もいないぞ」

「分かった」

 五分弱しか使えない透明化の神器、普通に使えば頼りないことこの上ないが、こうして自分が周囲を警戒し、衛視の目に付かないように使っていけば、何の問題もない。

 あくまでベーデは"数分トイレに席を立った"だけだ。その体裁を整えるためなら、この程度のごまかしで十分通用する。

「それにしても、あんまり警備の連中を見ないな」

「今、警戒レベル四だ。これ、三になる、もう少し増える」

 緊張をほぐすためなのか、ベーデはこちらの質問に無防備で答えてくれる。その顔はこわばって、これから行う違反行為に恐怖を抱いているのが見え見えだった。

「安心しろ。いざとなったら、俺の持ってる情報を全部差し出して、許してもらえ」

 もちろん、そんなことになったら自分は終わりだ。できれば何事もなく、今回の情報収集を終えたい。

 脱出計画はこの次、二回目の動画アップロードの時に行うつもりだ。

「着いたぞ。あそこ、研究所だ」

 遮るもののない廊下の果て、大きめの鉄の門が見える。両脇には守衛らしい連中が二人立っていた。

「あそこはどうやって突破するんだ? 姿消して、誰かと一緒に入るのか?」

「大丈夫だ。俺、借りた本、返しに行く。お前、空いているブース、置いて行く」

 用意のいいことに、ベーデは懐から一冊の本を取り出した。

「マジでラノベがあんのかよ」

「必修科目だ」

 それから、ゴブリンは緊張した面持ちで首飾りをはずし、袋の中に押し込んでくる。

 こちらが受け取ったのを確認すると、そのまま扉へと歩き出す。フィーは袋の中、息を詰めて体を小さく丸めた。

「どうした、何か用か」

「番衛視ベーデだ。その、本、貸し出し期限、切れたやつ、返し来た。便所のついで」

 声が緊張でがちがちに固まっているのが分かる。

 心細さと恐れを必死に押し込めた声は、あまりに頼りなく聞こえた。

「分かった。通れ」

「あまり遅くなるな。捕虜、逃げ出す隙、作るぞ」

「あ、ああ。分かってる」

 バカ、そんな震えた声を出すな。

 思わず叫びそうになる口を必死に抑え、早く終わるようにと祈った。

「その袋、中を改めるぞ」

「ああ……わかった」

 フィーは首飾りを握り締め、コマンドをつぶやいた。

 背中の方で世界が開き、二つの視線が"空っぽ"の袋を眺めているのが分かる。守衛は不審そうな鼻息を漏らし、それから袋を閉じた。

「本もいいが、仕事を忘れるな」

「す、すまない」

「次の試験は一月後だな。まあ、がんばれ」

 なぜか好意的な声が掛けられ、そのままベーデは入出を許された。さまざまな疑問が渦くが、ここからは慎重に事を運ばなければならない。余計な詮索は禁物だ。

 周囲には百を超える気配があり、馴染み深いキーボードを叩く音や、ゲームのBGMらしいものがあちこちから聞こえてくる。

 しばらく部屋をうろついた後、ベーデは急に音の詰まった空間に入り込んだ。

「出ろ」

 ほっと息をついて首を出す。そこはどこかのオフィスにも似た、小さなパーティションの中だった。

「ここ、資料の映像、見るところ。DVDとか流せる」

「……もう、何が来てもおどろかねーからな」

 安っぽいパソコンデスクに、一台のデスクトップとモニターが置かれていた。地球を旅立って以来、久しぶりに見た代物だ。

「早く動画落とせ。俺、すぐに資料室行く」

「ちょ、ちょっと待てよ。ケーブルがないと無理だぞ?」

「あ……クソ……お前、スマホ、俺のと同じか?」

 フィーはすばやく互いの端子を確認し、無言で頷く。

「すぐ借りてくる。その間、落とせる準備しとけ。大きな音、立てるな」

 大慌てで、ベーデはパーティションを出て行った。周囲にはあまり人気はなく、多少の操作音がしても問題ないだろう。

 パソコンの電源を入れ、馴染み深いOSの起動画面を見た途端、一瞬ここがどこなのかを見失いそうになった。

「まさかファンタジー世界に来てまで、パソコン使うとはね……って、IDとパス!」

 表示されたログイン画面を、歯軋りしたい思いで睨み付ける。そこに、軽い足取りと共にベーデが戻ってきた。

「ログインできねーから、電源入れただけだぞ」

「そうか。ちょっと待て」

 ゴブリンがキーボードの前に陣取り、軽やかにキーを叩く。

 その全てを、フィーは"視た"。

 同時に、ベーデの動きが脳裏に再現され、IDとパスワードを完璧に読み取る。

「動画ファイルの落とし方は?」

「大丈夫、こっからなら俺一人でもやれる。ただ、ファイルサイズがでかいから、全部落とせないかも知れないぞ」

「……分かった。俺、新しい本、選ぶふりする。三十分ぐらい稼ぐ。出来るだけ落とせ」

 再びベーデは外に出て行った。

 これで約三十分、異常がなければ、誰にも邪魔されずに調査が出来る。

 でも、いったい何を?

「とにかく、まずは動画をあげるか」

 適当に小さめのファイルを選び、転送を開始する。それから、モニターを眺めた。

 ベーデのデスクトップは、フォルダやショートカットが整然と並んでいて、いかにも使い込んでいるという感じがした。

「ほんとにあいつ、牢番じゃなくて、デスクワークの方がいいんじゃねーかな……」

 適当にマウスを動かしていたフィーは、アイコンの一つに釘付けになった。

「これ……ブラウザ、だよな?」

 インターネットのないこの世界では、必要のないソフト。OSに同梱されているケースもあるから、インストールされて放置された可能性もある。

 だが、別のブラウザも表示されているということは、何らかの形で外部と繋がっているかもしれない。

 文字通り、この世界の「外」と。

 ダブルクリックしてブラウザを起動させる。

 祈るような気持ちで見つめた画面は、

「や……った」

 ほぼノータイムで、検索エンジンのトップページを表示した。

 とにかく、これが本当に「地球」と繋がっているかどうかを確かめたい。もし想像通りなら、ネット経由で連絡を取れるはずだ。

「どうする……どうする?」

 とはいえ、これはあくまで借り物のパソコン。閲覧履歴などはすぐ消すつもりだが、あまり派手なことは出来ない。時間だって無い。

 竜神がすぐ目にするであろう場所はどこだろう。そして、こんな異常な状況を書き込んでも、問題のないネットのサービスと言えば。

「えーっと……【勇者 質問 掲示板】っと……」

 打ち込んだ検索ワードと同時に、候補が無数に表示された。

 その大半は、自分にとってどうでもいいデータ。いらいらしつつマウスホイールを動かして、結果をチェックして行く。

 ラノベ原作のアニメサイトはお呼びじゃない。MMOで異世界入りって、最近のネット小説はこんなネタばっか書いてんのか? そういや掲示板って、なんで掲示板って言うんだろうな。

「っしゃ、出た……!」

 以前に自分が立てた、匿名掲示板のスレッドが表示される。だが、何かがおかしい。

「って、【勇者二人目】ってなんだよ……」

 どうやら、面白がった住人の一人が、前の掲示板が落ちた後、適当に立てたらしい。

 最初のうちは、こっちの素性や竜神との会話を考察していたようだが、今ではクソリプとやる気のない煽り程度しか書き込まれていない。

「ま、ちょうどいいか」

 後は、これを竜神が見てくれるか否かに賭けるしかない。

 書き込みに使ったトリップの文字列を思い出し、名前欄に書き込む。

 文面はどうすればいいだろう。あまりこちらの状況を書いてしまっては、サーバ管理者が異常に気付きやすくなる。

 フィーはすばやくキーを叩き、最初のメッセージを書き込んだ。


244:異世界の勇者◆zE8er.qb:2013/07/15(水) 14:31:02.00 ID:roWqrtyd


 おっさんへ

 これ見たらレスくれ


 このトリップを見れば、誰が書き込んだのか分かるはずだ。後は向こうが、あの時のような目ざとさを発揮してくれることを祈るしかない。

「頼むぜ……気づいてくれよ」

 じりじりと進むアップロードの様子を見つめつつ、神経質にブラウザの更新ボタンをクリックし続ける。竜神らしい書き込みは現れない。その代わり、自分の書き込みを見た野次馬が、書き込みを始めていた。

「なんだよ。クソリプとかしてんじゃねえよ。こっちは生き死にかかってんだからっ」

 更新を知らせる専用ブラウザでも使っていたのだろう。前回の質問者らしい奴らも、数人混ざっているようだった。

 うっかりレスを返したい衝動に駆られるが、ぐっとこらえる。更新ボタンをクリックするが、それらしいレスはまだ来ない。

 その間にも、選択したファイルは着々と上がっていき、時間が刻々と過ぎていく。ベーデが資料を持って戻るのも時間の問題だろう。

「や、やっぱ、拡散させた方が、いいか?」

 無関係の掲示板に、ここのURLを拡散させれば、注目度は上がるかもしれない。同時にそれは、自分の行為が発覚しやすくなるということも意味する。

 焦るフィーの指先がマウスをクリックしようとしたとき、スマホの画面に『ただたかくん』が割り込み表示された。


【マップに敵が侵入しました:魔王】


 表示されたマップに輝く、魔物たちを示す光点。その端に描かれた鉄扉の前に、新たな存在が浮かび上がった。

 紫で示された輝きに、血の気が引いていく。

「な……なんで、こんなところに……」

「おい、お前!」

 パーティションのドアを開けて、ベーデが青い顔で転がり込んでくる。無意識にマウスポインタを『閉じる』に滑らせ、ブラウザを終了させた。

「魔王様来た! 作業終わりにしろ!」

「いや、ちょっと待てって」

 進捗は十パーセントを切ったが、なかなか終了メッセージが出ない。

 そんなこちらの焦りも知らないままに、魔王の気配が研究所内のブースを縫って歩き始めた。

「魔王様、ときどき研究所、視察する。抜き打ち」

「マジかよ、見つかる前にとっとと逃げるぞ!」

「出口、さっきの門だけ。見つからずに行く、難しい」

「だよなぁ……」

 だとすれば、どこかでやり過ごすしかない。うかつに透明化を使えば、魔王に気づかれる可能性もある。

「……よし、アップロード完了」

 ケーブルを外して袋にもぐりこむと、フィーは『ただたかくん』を起動させた。

「魔王は……今、ここから右に四つ行ったところの、でかいパーティションだ。さっき入ったばっかだから、この隙に隠れよう」

「でも……」

 ベーデの声はすっかりうろたえている。自分の行動は完全にマニュアル違反、それをとがめかねない魔王の存在が、ゴブリンの自我を揺るがせていた。

「……この部屋の近くに、なんかでかい空間があるよな? 図書館みたいな」

 マップに示された大部屋は、形状的に書架のようにも見える。ベーデは足音を忍ばせながら、そっとブースから歩き出した。

「資料室、かなり広い。あそこ、あんまり人気ない、隠れる隙、かなりある」

 魔王の目を逃れながら、相手が研究所からいなくなるまで待つしかない。そして、次の衛視が独房に来るのは、一時間半後だ。

「スニーキングミッション、って奴か。ベーデ、アクションゲームは得意か?」

「自信ない。難しい操作、苦手だ」

 マップを望遠に切り替えると、フィーは袋越しにベーデの背をそっと叩いた。

「安心しろ。俺がナビしてやる」 

「分かった」

 まったく、何でこんな事になったんだろう。

 思わずぼやきが漏れるが、それでも心は落ち着いていた。考えてみれば、綱渡りのミッションは今に始まったことじゃない。

 圭太と一緒に知見者の勇者を暗殺しに行った時も、何度もリセットを掛けられて戦場を

駆けずり回った時もそうだ。

「そういや、最初のゴーレム退治からそうだったよな」

 楽な戦いなんて一度もなかった。自分が役立たずに思えたことも数え切れないほどだ。

 それでも必死で潜り抜け、ここまでやってきた。

「見てろよ」

 口元を獰猛に歪めると、仔竜はマップ上の魔王に牙をむいた。

「必ず、お前を出し抜いてやるからな」


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