大騒動
昔、私の父が会社から帰るなり何とも妙な顔をして
「昨日、同僚にこんな事があったんやって」
と話した父の同僚の災難話。
その日、父の同僚の新谷さんはいつもの様に仕事を終えて帰宅した。
「ただいま」
玄関先でそう言い、部屋に入った。居間では小学校四年生と二年生の愛娘二人がテレビを見ており、台所では奥さんが洗い物をしていた。
「お帰……きゃーっ?!」
台所から顔を出すなり、奥さんが目を見開いて悲鳴をあげた。それに驚いた子供たちも、新谷さんのほうを見て同じ様に叫んだ。
「きゃっ?!」
「パパ!」
新谷さんは何が何だかわからない。
「な、何だ?!どうした、お前ら!?」
叫ぶ三人を前に一緒になって自分も驚く。
「パパ!顔、顔!」
年長の娘が新谷さんを指さして言った。
新谷さんの顔面は、べったりと血濡れになっていた。白いワイシャツの襟や胸あたりにも点々と血が付いている。
しかし新谷さんにはそれがわからなかった。
「え?な、何?え?」
新谷さんは鏡を見ようとした。
とその時
ボタボタボタ、と。
茶碗一杯分はありそうな血がどこかから溢れてきて、新谷さんの足元に広がった。
それは新谷さんにも見えた。
「うわぁぁぁ!」
「きゃー!」
家中大騒ぎになった。
「き、救急車、救急車!パパにタオル!」
奥さんは卒倒しそうになりながら奥の部屋へと走った。二人の娘たちも悲鳴をあげながら、母親の後に続いた。
そして奥さんがタオルを娘たちに渡し、電話で救急車を呼ぼうとすると
新谷さんの顔は、血濡れではなくなっていた。新谷さんの足元にこぼれた血も、きれいに無くなっていた。
「え……?」
固定電話の受話器を持ったまま、奥さんは新谷さんの顔をまじまじと見つめた。
やはり血など一滴もついてはいなかった。ワイシャツも、真っ白なままだった。
「えぇぇ…?!」
奥さんと愛娘たちは、奇妙な動物でも見るかの様に、目を見開いて、しばらく新谷さんを頭のてっぺんから足の先まで、見つめていた。
新谷さん一家にこんな怪異が起こる心当たりは無く、以後新谷さんにもそのご家族にも何の異変も不幸も起こらず、今も平和に暮らしているらしい。




