第5話 ニセモノ
爆走する電動バイクはロケットの発射台が置かれている基地に向かっていた。
基地周辺には監視カメラが配備され、武装したギャング達も警備をしている。
ジンはバーハンドルを強く握りしめ、既に目的地までは
あと数分で到着と表示されたディスプレイを凝視していた。
ブレーキペダルを押しても反応せず、逆に離しても何も
起こらない。電動バイクのデフコは搭乗者の意思を無視した。
「アミちゃん!! どうすればいいの!!! 助けてェえええええ!!!!!」
「はい、ご主人様。電動バイクのフィジカルAIは何があっても
必ず目的地に到着することを盟約にしているようですね。また、
昔のご主人様も必ず目的を達成するために、設定をいじりました。」
「元凶はオレだった!!!」
「はい、ご主人様。昔のご主人様は”途中で降りる奴は何をやってもゼロだ”と
言うのが口癖で、猪突猛進でどんなことにも立ち向かっていっていました。」
「無計画過ぎないか、昔のオレはよぉおおおお!!」
「はい、ご主人様。アミは昔のご主人様にも忠告しましたが、”オレの道は
オレが決める”とアミの人生設計をことごとく否定し、デルフィア地区で
S級機械生命体のスクラップ・ベヒーモスと戦闘を続行し、意識不明の
重体になりました。アミも機能停止に陥り、状況を確認できませんでした。」
「ですよねぇ! ん、何か来る!?」
背後からジェット噴射の様な轟音が聞こえたジンは、機械化された自分の首を
真後ろに回した。視界に映ったのはヘルメットとマスクをした謎の男が低空飛行で
迫っている光景だった。だんだん迫ってくる脅威に対し、ジンは再び声を上げた。
「なんか厳ついロボットがオレ達に近づいてくるよアミちゃん!!」
「はい、ご主人様。あれはロボットではありません。犯罪企業『バスタード』社の
CEO、ハンク・ギルドリッヒです。ご主人様と同じ機械化人間です。」
「ギャングが会社やっているとか、どういう世界だよここは!!」
「はい、ご主人様。この世界ヴァドールでは、犯罪も経済活動として経政連に
認められており、ハンク様は4年前のゼルマニア戦争後、児童誘拐会社『バスタード』社を起業しました。現在のバスタード社の時価総額は3000万ダナーですね。」
ジンが首を回してきたことを視認したハンクは、侵入者であるジンに激昂した。
ハンクは興奮した態度で、ジンと距離を詰めながらジンに向かって喋り出した。
「オメェか…俺の『楽園』に入り込んできたゴミはよぉおおお!!!」
「ひぃいいいいいいい!!」
「俺は誓ったんだ…もうガキどもの未来をAIに奪われる訳にはいかねえェ!!
俺の信念は環境進化論だ!! ヒトは環境によって進化を続けることが出来る、
だがAIが支配するこの惑星じゃダメだ!! だからこそ宇宙にヒトは行くべきだ!!
AIがまだいねぇ宇宙にヒトの楽園を作る、それが俺の野望だぁ!! 喰らえ!!」
ハンクは自分の左手をジンに向けると、ハンクの左手首が左腕の接合部分から
外れ、機械化されたハンクの左手が勢い良く飛び出した。それは金属製ワイヤーで
つながっており、まっすぐジンの顔を掴んだ。そしてジンの電動バイクは搭乗者を
置き去りにして走り出した。ジンの体は空中で停止し、既に空中から地上に降りた
ハンクの方へ引き寄せられた。ハンクの左手は再び持ち主の左腕と合体し、ジンは
両足をジタバタした。ジンは宙に浮いており、左腕を上げているハンクは言った。
「誰かと思えばよぉ……オメェ、『Bocchi』のジンじゃねえかァ!!!」
「うわ、わ、わ、わ!! ぼ、ぼっち!?」
「そのセンスのねえヘルメットと革ジャンで思い出したぜ…。一人ぼっちで会社を
起業し、周りに『オレは個人経営者』とか、ふざけたことを言うバカのことだ!!」
「バ、バカだと……」
「ああ、オメェはバカだ!! 人を雇わねえ起業家なんて生き残れるはずがねェ!!
組織の前じゃ一人の力は無力!! 数の暴力であっという間に消えるだけだァ!!」
「ク、ク、クソォ…は、離せよぉおお!!」
「噂ではデルフィアの機械生命体を一人で倒したとか言っているがァ!
現にオメェは俺に圧倒されている!! とんだニセモノの弱虫野郎だなぁ、
オメェはよぉおお!! 身の程を知れやァ!!」
ハンクは左手のマニピュレータに力を込め、ジンの頭を握りつぶそうとした。
ゆっくりとジンのヘルメットは音を立てながらへこみ、今でも潰されそうだった。
薄れゆく意識の中で、ジンはだんだんと前世の自分の過去を思い出していた。
突如として目の前に懐かしい光景が浮かんできた。自分がシングルマザーの母と
一緒に住んでいる部屋が見える。梅川仁の母、梅川美由紀はこう息子に言った。
「大丈夫よ、仁なら。やればできる子だったじゃない。」
「でもさぁ‥‥・俺、この前二者面談で堀村先生に言われたんだよね。
俺に会社の社長なんて絶対なれないって。そういう顔じゃないって。」
「顔? 顔なんて関係ないわよ。大人になって年取れば顔なんて変わるわよ。」
「違うんだよ、母さん。先生が、世の中には二種類の人間がいるんだって。
それは顔に出るって。威圧感がないと政治家や社長には絶対になれない。
日本の政治家や上場企業の創業者を見てみろ、お前と違って覇気がある。
そんなお前がアメリカで起業家になる?親不孝なことはやめろって!!」
「……」
「俺は人を使う人間の顔をしていない。お前は人に使われる顔だって言われた。
だから母を養うために大学を出て、公務員になって安定した人生を送れってさァ!!
お母さんが老後に困らないように頑張るのが子供の役割なんだよ!!」
「それは絶対違うわ。」
「え?」
「さっきから聞いているとさ、なんなのその人。勝手にうちの子の未来決めてさ。
そんなの絶対間違っている。未来は誰のものでもないの。あなたが決めるのよ。」
「で、でも先生が…」
「先生は神様なの?違うでしょ。仁はお母さんが産んだ。でもお母さんは仁に
こういう大人になってお母さんの世話をしろとか言ったことがないよね?」
「………」
「最初仁がお母さんに起業家になるって、言った時ね。正直ビックリしたの。
だってお父さんも会社の社長だったのよ?」
「ええ!? 父さん、社長だったの?」
「そうよ、言ってなかった? お父さん、東京で小さな会社を立ち上げたの。
お母さんは経理でね、お父さんと一緒に頑張っていたのよ。お父さんはね、
全然威圧感とかなかった。いつも笑顔で、みんなを励ましていたのよ。」
「そうなの?」
「そうよ。お父さんいつも言っていたわ。行動することが大事だって。
頭で考えて何かを決めるよりも、まずは行動してから考えなさいって。
仁、あなたは頭が良いから先に考えて動くじゃない? お父さんは違うわ。
お父さんは取引先の社長さんに会いに行って、自分で仕事を作っていたの。」
「仕事を・・・・・・・作る?」
「そう、社長さんはね、まず仕事を見つけてくるのが大切なの。お母さんや
他の従業員も仕事がないと何もできない。だから創業者は仕事を作り出すの。」
「父さんが………なんで……父さんの話をずっと聞かなかったんだろ…俺……」
「仁。……飛行機事故でお父さん亡くなった時、お父さんどこ?って聞いたの、
覚えている? その時、お母さん、ずっと泣いてて何も答えられなかった。」
「あ‥‥‥‥ああ…思い出した…」
「お父さんが亡くなった後、まだ小さかった仁と一緒に実家に戻ったのよ。
でもおじいちゃんやおばあちゃんも老人ホームに入ることになって、今は
この団地で仁を育てることに決めたの。これは誰かに言われた訳じゃない。
お母さんの、自分の意志で決めた物語なの。だから先生なんて関係ない。」
「ものがたり?」
「そう、昔ね。お母さんの先生はこう言ってくれた。人間には一人一人が
自分の物語があるんだって。そこで自分が物語の主人公になる。お父さんと
結婚するのも、お父さんと仁と一緒に暮らしていくのも、お母さんの物語。」
「物語の・・・・・・・主人公……」
「そう!! 仁がしたいことを行動すればいいのよ。物語の主人公なんだから!!」
遠い記憶のように感じた母の言葉を、ジンは極限状態で思い出した。
それは彼にとって、心に刺さる言葉のはずだった。しかし異世界に転生し、
訳が分からないまま、誰かの言われた通りに行動している今の自分には、
母が言った『物語の主人公』という自覚がまるでなかった。忘れていた。
そうだよな。オレはなんであの後アメリカに行ったんだ。行動したからだ。
オレはどうしても自分の夢に影響を与えた起業家、スターク・ジョナスが
眠る墓に花を添えたかったんだ。あの人が居る場所で、オレは誓うんだ。
アメリカでAIを使ったサービスを始めて、人の役に立つ男になるんだって。
そうだ・・・・・・・。オレは異世界で結局、何がしたいんだ?
オレは…俺は…オレはジンだ!! オレは異世界で孤独に仕事をするジンだ!!
今は偽物のジン、いいじゃねえか!! オレらしくてさ、弱虫で上等だ!!!
オレが今すべきことは・・・・・・・オレが考える前に行動することだ!!
朦朧とした意識の中、ジンは両手でハンクの左腕を掴んだ。そして心の中で、
ハンクの左腕を別の物体に変えることを考え始めた。徐々に意識が戻ってくる。
イメージしろ・・・・・・・今、オレの頭を掴んでいるのは機械の腕じゃない。
そう、そうだ・・・・・・・オレの頭にくっついているのは・・・・・これだァ!!!
まるでレントゲン写真のようにハンクの肉体が映し出される。脳や内臓の一部を
残して全てが機械化されている。筋肉や神経も全て人工物。そして徐々にハンクの
左腕が透けて映し出された。無数の回線に電気が流れているイメージが見える。
そしてジンはそれをまったく別の物にする妄想を始める。昔、家で見た、あれに。
ずっと両手で自分の腕を掴んでいるジンの不可思議な行動を、ハンクは笑った。
自分は圧倒的有利な立場にいることを確信し、彼は弱っているジンにこう言った。
「フフフフ…フハハハハハ!! 空しいなァ、弱い奴は!! これだから_____」
その先の言葉を言おうとした瞬間、脳内で電流が流れた。そして目の前の左腕は
赤い線が刻まれて、まるで血管が浮き出たような光景に変わった。激しい頭痛と、
徐々に左腕から電子部品が飛び出す異様な状況にハンクは驚きながら喋り出した。
「ウワャァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! お、俺の手が、手がァアア!!! な、なにが起こっているんだァ、俺の手にィイイイイイ!!」
叫ぶハンクを皮切りに、ハンクの左腕はウネウネと曲がり始め、そして徐々に
別の存在に変わっていく。それは、梅川の家で使われていた、掃除機のヘッド。
ハンクの左手が掃除機のパワーヘッド(吸込口)に変形していき、掴まれたジンは
地面に落ちた。ジンはすぐに立ち上がり、変形した左腕にパニック状態のハンクを見る。ハンクは混乱状態から叫んでいる。どうやら掃除機を知らなかったようだ。
「お、お、おお!? なんじゃこれ……」
ハンクは恐る恐る自分の左手を動かしてみた。ブォオオオと音を出して風が
出てくるだけだった。まったく見たことがない機械の姿になった左手に向かって、ハンクは自分の目の前に立っているジンに向かって話し始めた。
「オ、オメェ!! 俺の腕をエアコンにしやがったなァ!!」
「ああ? エアコン? 何言ってんだてめえ。それは掃除機だ。」
「そ、そーじき?」
「今からゴミ掃除だ。てめえを片付けて、ホンモノのジンだと証明してやる!!!」
「んだとォ!! オメェが俺を片付けるだァ!!!」
「待たせたな‥‥‥オレが個人経営者のジン、覚悟しなァ!!!」
そう言い放つとジンは両手を横に広げ、両手から光の粒が放出されると、
それらは徐々に物質化していった。外観は全長30センチメートルほどの
金属製の柄のみで構成され、ジンが念じると鍔から尖形状の光刃が出た。
突如出現した謎の剣を二本作り出したジンの姿に、ハンクは動揺した。
まったく見たことがない魔法を使う機械化人間に驚いた。そして同じく、
二人の戦いを静観していたジュリアも唖然とし、そしてこう言った。
「物体錬成!? そんなことをする奴なんて見たことない!!!」
ジュリアがそう言った後、叫びながらハンクに突進するジンを目撃した。
不思議な光の剣は、ハンクの掌から発射された弾丸を次々と溶かし始めた。
そして次の瞬間、ジンは左の剣でハンクの首を斬り、右の剣で腹を刺した。
宙に飛ぶ首になったハンクは上空を見上げる部下やジュリアの姿を目視した。
「ア? ナ? ナンダ______」
何が起きているのか理解できないまま、ハンクの頭は爆発音と共に粉々になる。
そしてレーザー状の剣で大穴が開いたハンクの体は、ゆっくりと仰向けに倒れた。
貫かれたハンクの体からは火花が散り、体中から茶色いオイルも噴き出していた。
仰向けに倒れているハンクの体は、指示を出す頭部を失い、完全に沈黙している。
二つの剣を持ったジンは、戦闘が終わったことを実感し、持っていた二本の剣を
徐々に粒子状に変えていった。ハンクの亡骸に対して、こう冷たく言い放った。
「ゴミ掃除だって言っただろ。ロケットマン。」
ジンはとっさに思い出した。そう言えば、まだ仕事が終わっていない。
子供がまだ捕まっている。その子達の安全が最優先だと気づき、バイクが
向かった先に走り出そうとした。そして、ジュリアに呼び止められた。
「待って!! 名前教えてよ!!!」
呼び止められたジンは、背後にいる赤い髪の女性の方を見た。
知らない人間だ。しかし、興奮状態のジンはなぜか話したくなった。
「オレか!? ‥・オレはジン。マシンスレイヤーのジンだ。じゃあな。」
「ジン‥‥‥‥」
立ち止まっているジュリアを見たジンは、すぐにきびすを返してバイクが
向かった場所に走っていった。自分のバイクが子供にぶつかっていないか、
心配になり始め、先ほど自分を呼び止めた赤い髪の女性のことは忘れた。
ハンクという支配者を失ったギャングのメンバーは、ハンクの亡骸を見て、
一目散に逃げて行った。突然現れた謎の男と戦おうと誰も思わなかった。
呆然としているジュリアの様子を、一台の監視カメラが見つめていた。既に
何者かに乗っ取られているカメラは、ジュリアからハンクにズームインした。
カメラの視点から場面が変わり、黒髪とオッドアイの男の部屋になった。
男は白いタキシード姿で、左は青い瞳、右は赤い瞳をしていた。手元に持った
ハンバーガーのような食べ物を頬張りながら、監視カメラの映像にこう言った。
「いやはや。まさか、僕と同じ手段を考える奴がいるとはねぇ。でもね。
民間人の不正アクセスは良くないなぁ、それは僕たち特務官だけが
許された越権行為なんだよね。分かるかなぁ、マシンスレイヤーのジン…」
男は食べ終わったハンバーガーの包み紙を床に落とし、笑いながら受話器を
取る。白いタキシード姿の男は電話に出た相手に対し、落ち着いた態度で言った。
「ああ、僕だ。ベンジャミン・ベーコンだ。悪いけど、今すぐ会議を開くから、
特務官の上級メンバーを招集してくれ。場所?そんなの、適当でいいよ。
なんなら、特務長官の部屋で会議しちゃおうかなァ★ 僕、あの女嫌い。」
不敵な笑みを浮かべたベンジャミンは、ゲーミングチェアから立ち上がると、
そばに置いてあるステッキのような棒を持って部屋を出た。廊下を歩いていると、
ふと横を見た。透き通ったガラスの窓には夜景が見える。既に地上は夜だった。
こうして、異世界に転生した梅川仁は、過去の自分と決別し、新しい世界で
マシンスレイヤーのジンとして生きることを決めた。ネガティブな考え方を捨て、
この異世界で生きていた本物のジンに近づくべく、ジンは子供が捕まっている
ギャングの倉庫の扉まで走った。バイクは扉を壊しており、今は止まっていた。
倉庫の中には10代の少年少女が立体映像で何かを見ていた。いきなり現れた
ジンの姿を見た子供の一人が気づき、ジンに向かって走った。女の子が言った。
「おじちゃん。緑のおっきなおじちゃん、知らない?」
「おじちゃんじゃねえ。ジンだ。オレは今からお前らを外に連れて行く。」
「え? お外に出れるの?」
「ああ。パパやママのいる家に帰れるぞ。」
「あ、そうなんだ。特務官だったんだね。」
「ちげーよ。オレは社長だ。」
「しゃちょー?」
少女の質問に答えず、ジンは捕まっていた子供達に話し掛けることにした。
数時間後、ジュリアが連れてきたケルベロスの社員によって子供達は保護された。
そしてジンは電動バイクに乗り、ミシェルが待っているスラム街に帰っていった。




