第2話 伝説の男
無機質なコンクリートで構成され、薄暗い照明が照らす小部屋。
そこに機械仕掛けのドクロと、白髪赤目の女医は見つめ合っていた。
「あ、あれ・・・・・・ここ、どこ?」
「ジンくん、なにその口調。どこって、私の医務室だよ。」
白い髪のサイドテールの美少女が怪訝そうな表情を浮かべる。
おかしい、俺は先ほど歯が抜けたホームレスに撃たれたんだ。
あの路地裏で俺は心臓がゆっくりと止まる感覚になっていた。
そして自分の体がどんどん冷たくなって動かなくなるのも。
俺は勇気を出し、初対面の少女に話し掛けようとした。
しかし胸元が開いた白衣姿に俺は戸惑ってしまう。
「あ、あ、あ・・・・・・あの~・・・・・・・お医者さんですか?」
「はぁ?」
今度は彼女が無表情で、そして大きな声で回答した。
やばい…18年間、女子と話したこともある俺の記憶で
あの態度はキモいという感情表現だとフラッシュバックが
起こった。ん、そもそもなんでこの人俺の名前知っているの?
「すいません…ごめんなさい! 記憶喪失で、何も分からないんです!!」
パニックになり、最悪の回答を俺は選んでしまった。
そう言えば文化祭終わった後、カラオケ部屋で気になる女子と
目が合って、微笑まれたら謝ったことがあったけ。あの後、
彼女は俺の友達と一緒に二次会に行き、俺は相模原市の家に
向かう為に駅のホームで別れたんだっけ。何思い出してんだ。
「ニューラルネットワークの異常?ブレインメモリ測定で
異常なアルゴリズムは検知されなかったのに…」
いきなりコンピュータサイエンスで習いそうな単語を話す少女に俺は動揺した。
今のアメリカでは人工知能で脳波測定もやっているのかな。
とにかく、ここは最新の医療施設…のはず。いや、ちょっと待てよ。
なんで俺はさっきから体の感覚がないんだ。まるで俺は______
「ええっ!!! ない、俺の、俺の体が見当たらない!!」
「ジンくん、少し落ち着いて聞いてね。あなた、疲れているのよ。」
「お、お医者さん!?つか、落ち着いてと言われても体見えないんですけど!!」
「ジンくんのパワードスーツなら、私の後ろにあるじゃない。」
「ぱ、ぱわーどすーつ?」
女医の背後に、紺色で塗装された人工物がうっすらと見える。
すると、俺の目が勝手にズームインをし始める。え?俺の目って
今カメラが内蔵されているの?どういうことなの!?
それは首の部分だけがえぐり取られたような、機械で構成された体だった。
胸部には中心にエネルギーコアのような球体が埋め込まれ、そこから何本も
線が伸びているようなデザインだった。俺が見たことがあるハリウッド映画で
スーパーヒーローが着こむようなパワードスーツが、背部から赤いケーブルで
繋がっているようにぶら下がっていた。ええ・・・・・どういうことなの…。
「あなたはデルフィア地区で機械生命体と戦闘した後、機能停止したから
ここに運び込まれたのよ。依頼主はあなたが討伐したことをさっき量子通信で
感謝の言葉を伝えてきたわ。また頼むって、ね。」
いやいやいや。ちょっと。何をさっきから言っているんだ、この人。
訳の分からない言葉で俺と会話している。・・・・・・というか、彼女は
英語で俺と喋っているのか?日本語にしか聞こえないんだけど。
「ごめん・・・・・記憶喪失で何も覚えていないんだ。」
「そう…」
え?沈黙?いやいやいや、違う違う。まずはここがどこなのかを聞かないと!
再び俺は白髪で赤い瞳の女医に話し掛けることにした。まず最優先事項は
状況確認だ、そして次はここからどうやって日本へ帰るか考えよう、うん。
「あ、あの…君の名前は何て言うのかな。」
「?」
「あーごめん、俺、さっきから君に対してお医者さんしか言えないからさ。」
「本当に何も覚えていなんだ・・・・・・あの日の夜も・・・・・・」
ええ・・・・・なにその意味深な回答。俺とあなたは一体どんな関係なんだよ。
「私はミシェル・フォンダ・ラ・オズボーン。ミシェルでいいわ。」
海外の人は名前が長い。そしてフルネーム呼びじゃなくて助かる!
「ミシェル、すまない…。その、まずはこの世界について教えてくれないか?
クリーチャーとか、デルフィア地区とか言われてもさっぱり分からないんだ。」
こうして俺は、彼女からこの異世界について知ることになった。
まず、この異世界はヴァドールという惑星ということ。そして、ヴァドールは
元々魔族と呼ばれる魔法使いの種族が暮らしていた。魔族たちは先天的に魔法が
使えない同族を凡人と区別し、凡人は貴族階級である魔族に使役していた。
魔族は肉体労働を凡人にやらせ、自分たちは魔法の鍛錬に明け暮れた。
俺がびっくりしたのが、この世界では計算によって魔法を生成するのだ。
火を出す魔法を使う時は、頭の中で量子を火に変換する式を思い浮かべ、
対象に火をぶつける際には距離や空気抵抗を頭の中で計算するというのだ。
つまり数学と物理が得意な者はこの世界では魔法を使えるという仕組みらしい。
そして計算速度によって優劣が決まり、最も早く魔法を発動できる者が王家と
共に国家を運営し、計算至上主義がヴァドールの中で常識になっていった。
魔物と呼ばれる野生動物を狩るのも、魔法は効率がとても良かった。
凡人が弓矢で仕留める前に、雷撃の魔法を演算した魔族が標的を仕留める。
こうして凡人は魔族を崇拝し、魔族も慕う凡人を保護対象として見ていた。
そして今から100年前、地球から転生してきた男がこの階級社会を壊した。
それまで貴族のような暮らしをしていた魔族だけが数学や物理学などを学び、
凡人は魔族が必要な物資を作り、彼らは労働に明け暮れていた。凡人の中には
商業で成功した者も生まれたが、魔法を扱える魔族は発電所や商品の設計などに
秀でており、力関係は変わらなかった。常に魔族が仕事を発注し、下請けは全て
凡人が時間と体を使って行い、魔族だけが豪邸で暮らすような世界であった。
ある日、王都にみすぼらしいローブ姿の男が現れた。男は魔法を使えなかった。
そして魔族は憐れみを感じ、白髪で丸い眼鏡を掛けた彼を工房へ案内した。異国で
辛い目に遭ったに違いない、しかし彼は魔法が使えないから一緒に暮らせない。
せめて王都随一の工房で生活費を稼げるように支援しようと一人の魔族は思った。
丸い眼鏡を掛けた男は、名をシェーンと名乗った。彼は傲岸不遜な男であった。
案内した魔族の男には感謝も述べず、そのまま工房の中を探索し始めたのである。
シェーンはまず手先が器用な凡人達に関心を持った。次の瞬間、彼はこう言った。
「Think differentだ。」
それまで魔族が設計した図面を見ながら、一生懸命に商品開発をしていた職人に
突然指図を始めたのである。職人達は一瞬止まった。なぜか分からないがその時、
シェーンの体から発生された虹色のオーラが見えたのだ。それはあり得なかった。
そのようなオーラは王家、しかも数年前に亡くなった先代の王しか持たなかった。
その日から、王都随一の工房は名称を「シンク・ディファレント」と改めた。
工房から様々な材料や器具が持ち込まれ、シェーンの指示で設計図を凡人が
初めて書くようになった。まるで未来を見てきたかのようなシェーンの態度は
凡人にとって勇者に見えた。そして工房から緑色の基板のようなものが出来た。
基板に様々な物質が埋め込められると、シェーンはマザーボードと名付けた。
そしてしばらくして、シェーンのもとに様々な商人たちが訪れるようになった。
とある商人が発明した液晶パネルに目を付けたシェーンは、それでモニターを
作れと命令した。月日が経ち、工房から異世界初のタブレット端末コンピュータが
生まれた。出来上がったコンピュータを見たシェーンは、iMagicと名付けた。
工房の庭で、シェーンは見ていろと話した。タッチパネルで操作し、計算式が
モニター上で書き込まれていく。次の瞬間、突如空間に燃え上がる光球が現れた。
あり得ない光景に凡人は驚愕した。魔族だけが扱える魔法を、機械が発動した。
ざわめき出す凡人を尻目に、シェーンは堂々とした態度でこう言い放った。
「計算で生み出せるなら、これでも出来る。人と違う発想をしろ。」
この日を境に、魔族の代わりに魔法を生み出すiMagicの注文が殺到した。
それまで魔法の数式を理解できなかった凡人は魔法が使えるようになり、様々な
発明が凡人の手によって生み出された。光ファイバー、電波塔、サーバー。更に
iMagicを手に入れた凡人の若者の中から、ソフトウェアを開発する者が現れた。
こうして異世界ヴァドールにあるミドロワ王国に世界中から技術者が集まった。
シェーンは自分が持つ科学知識を様々な者に教え、魔族の若者も地球の科学技術に
興味を抱き始めた。その後、「シンク・バレー」と名付けられたエリアを中心に
大学や学生街が作られていった。「資本主義」という新しい思想を知った学生は、
株式会社を起業し、シェーンが教えた計算機科学を学んだ者達を雇用していった。
ミドロワ王国に新市街「プライドシティ」が建設されると、凡人と魔族の立場が
徐々に変わっていった。それまで搾取される側だった凡人は、魔族の子供を雇い、
科学という異世界の学問を取り入れたことで、両者の力関係は逆転していった。
やがて魔族は魔法の発明をコンピュータに取られたことに腹を立て、王家に
抗議した。しかし王家は他国との貿易でも莫大な利益を上げるコンピュータを
主要産業としており、魔族の抗議をはねのけた。既にミドロワは世界一の技術
大国として認知もされていた。こうして、プライドシティは現在に至るまで、
強大なテクノロジーを武器に、レンガ造りの旧市街と違って高層ビルが立ち並び、
地球のシリコンバレーを超える文明をもった都市国家として独立を成し遂げた。
つまり、地球人がコンピュータを異世界で発明させたら、人工知能や人工衛星を
作れる異世界人が現れてしまった。そして捕獲された魔物を違法に改造を施す、
凡人の企業が出てきた。最初は生物学の発展の為に始めた研究が、いつの間にか
企業が保有する兵器として目的を変えた。それが機械生命体を生み出してしまう
要因となった。クリーチャーは人工知能が埋め込まれたが、学習機能によって
研究所の脱出路を見つけ、逃走した。厄介なのは一部は魔法を使えるらしい。
そんな厄介なクリーチャーを専門に討伐する人を「マシンスレイヤー」と言うと
ミシェルは教えてくれた。そして俺はどうやら業界では名の通ったジンという男に
転生してしまったようだ。なんてことだ……そんな危険な異世界で生きられるか!!
俺はミシェルの話を聞くふりをしながら、頭の中でどう逃げるか考えていた。
そんな中、ミシェルが指をこめかみに当てた。どうやら通信状態に入ったようだ。




