第一話:夕凪の交差点
その日の夕日は、すべてを黄金色に焼き尽くすような、ひどく鮮やかな色をしていた。 二十六歳の桜井加菜恵は、駅前のスーパーで買い出しを終え、慣れ親しんだ帰路を歩いていた。ビニール袋の中には、特売の挽き肉と、弟の颯太が好きな完熟のトマト。
ふと、視界の端で赤い色が跳ねた。 小さな女の子が、手から離れた風船を追って、ふらふらと車道へ足を踏み出す。 「あ……」 加菜恵の思考は停止するよりも早く、体がバネのように弾けた。重い買い物袋を放り出し、アスファルトを蹴る。
「危ない!」
少女の細い肩を突き飛ばした瞬間、視界が激しく回転した。 鼓膜を突き破るような急ブレーキの音。巨大な鉄の塊が迫り、直後、全身の骨が砕けるような衝撃が走る。 (あ、私、死ぬんだ) 不思議なほど冷静な思考が、脳裏を掠めた。 夕日の色がさらに深く、血のような赤に染まり、やがてすべてが深い闇に溶けていった。
どれほどの時間が経っただろうか。 不意に、肺の奥に冷たい空気が流れ込んできた。 「……なえ、加菜恵!」 母、芳江の泣き叫ぶ声が聞こえる。 まぶたを開けると、そこは病院の天井だった。傍らには、普段は決して弱音を吐かない父、正一が、幽霊でも見たかのように青ざめた顔で立ち尽くしている。
「よかった……神様、ありがとうございます……」
母が縋るように加菜恵の手を握る。その温もりは確かにあるのに、加菜恵は奇妙な違和感を覚えていた。 自分の心臓の音が聞こえない。胸の奥にあるはずの鼓動の代わりに、そこには静謐な、冷たい凪のような空間が広がっていた。
駆けつけた医師は「奇跡」という言葉を何度も繰り返した。大型トラックと正面から接触したはずなのに、加菜恵の体には、掠り傷一つ、打ち身の痕一つ残っていなかったのだから。
けれど、加菜恵だけは理解していた。 病室の窓ガラスに映る自分の姿。それは、夕闇に溶けそうなほど淡く、輪郭が心許ない。 脳裏には、砂時計の砂が落ちるような静かな音と共に、ある数字が浮かんでいた。
四十九日。
それが、彼女がこの世界に留まることを許された、最後にして唯一の猶予だった。
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