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封印メンテのお仕事です!

作者: 白映
掲載日:2025/10/09

ゆるふわ異世界もの。ゆるふわな気持ちでどうぞ。



魔道具大好きな主人公が、有識者の手を借りつつ古代の封印魔道具を作り直す話。或いは、封印の命運を託された話。

 




「……やっべ……」


 思わずそう呟いたわたしの目の前には、光を失い真っ二つに割れた聖剣の台座。支えを失いぐらついた聖剣は、咄嗟に柄の部分を両手で掴んで倒れ込むことこそ回避したものの、台座が割れている以上ここからどう足掻いても元通りにはできなさそうだ。


「えっ……いや、これどう……えっ……?」


 大袈裟でなく大変なことになってしまった。どうしてこんなことに。わ、わたしは、ただただマニュアル通りに点検していただけなのに!




 ◇ ◇ ◇



 さてここで少しばかり自己紹介を。大変なことをしでかしたわたしこと、レネ・フィールス。しがない王宮勤めのヒラ魔術士、より正確にいえば魔道具士だ。総務部門の魔術設備管理課、第十管理室に所属している。

 魔術設備管理課というのは名前のごとく、王宮にある魔道具や魔術設備関連の点検や修繕をしている部署。その中でも第十管理室は特に辺鄙かつ使用頻度の低い設備の管理をする室で、当然それだけだと直ぐにやることが無くなるので、他の部署からの要請を受けて魔道具に詳しい人がいると嬉しいなって場面に派遣されたり、細々とした仕事を依頼されたりしている。平たくいえば、規模小さめかつ重要度低めの魔道具関連何でも屋みたいな立ち位置だ。

 割と閑職というか、出世コースとやらからは縁遠い部署だけれど不満はない。ごくごく平均的な一般家庭の出身で特段の後ろ盾やコネも伝手もなく、魔力器官が貧じゃ……繊細なわたしにとっては王宮という手堅い職場に就職できただけで儲け物。お給金も良い方だし、福利厚生も充実しているし、今日みたいに忙しい日は難しいけれど、基本的に定時上がりで休息も充分取れるし趣味にも時間を割けるし。良いことづくめである。


 ちなみにわたしは魔力量が一般的魔術士の平均値よりも高いものの、魔力器官から一度に出力できる量が少なすぎて常時オーバーフローを起こす体質だ。父親の祖父の祖母の父の母の祖父の祖母が王家の遠縁の血筋にある人だったらしいのでそれが原因ではと言われたこともあるが、いくらなんでも遠すぎて関係ないんじゃないかなと思う。

 ともかく、幼い頃のわたしは溢れた魔力に当てられ熱に苛まれているのが常の病弱な幼児だった。幸い腕の良い医者にかかることができ、適切な治療と指導と訓練、あと治療用魔道具の手を借りて今は健やかに暮らしている。昔は恨んだこともあるこの体質、一般的魔術士のように瞬間火力こそ出せないが、一定量を細かく出力しやすく、魔道具の製作には向いているので今は気に入っている。



 さて話を少し戻して、今日は年に一度の王宮魔術設備一斉点検の最終日。魔術設備管理課総出でやる行事だから、当然第十管理室もわたしみたいなヒラは当然、上司まで全員駆り出されている。

 今回わたしは王宮の最北端にある旧宝物塔ーー通称聖剣の塔ーーの設備点検を任されて、マニュアル通りに点検をしていたところ、だったんだけど。


「割れてる……よなぁ……」


 天然ものなら災害級の大型魔獣あたりからしか採れないような高純度かつ大容量の魔石と、恐らく白光鉱で作られている、私の腕で一抱えくらいの大きさの台座。魔石と鉱石を複雑に合わせてつるりとした継ぎ目のない円錐台のような形に組み上げ、更にその全面に古代魔術語を併用した魔術回路が刻まれている。精緻に彫り込まれ金のインクで装飾され、魔力の循環を示すように内側から仄かに発光するそれはとても美しく煌びやかで、庶民的な感想だがとってもお高そう。宝物庫に国宝として収められていそうな代物だ。いや実際ここは旧とはいえ宝物塔だし、刺さっていたのは国宝なのだった。



 この旧宝物塔だけれど、旧とつくように今は聖剣以外の宝物は収められていない。三階建てのこの塔は、一階に台座に刺され安置された聖剣、二階には資料室がある。三階には入ったことがないので何があるか知らないけど、仮眠室でもあるんじゃないかな。ともかくこの塔は通称の通り、聖剣を安置するためだけに維持されていると聞く。

 聖剣だが、曰くこの国、グラディセラ王国ができる前。この地は荒ぶる魔神によって支配されていた。生きとし生けるものとその営みを破壊し蹂躙することを好んでいた魔神を、グラディセラの建国の祖が打ち倒しこの地に封印したという。その際に使われたのがこの聖剣で、封印の要なのだとか。聖剣を携え魔獣を倒し、魔神を鎮めるに至った建国の祖は勇者とも称えられている。この国のみならず、この大陸に住む人間なら誰しもが知る話である。

 正直、魔神なんておとぎ話だ。魔獣や精霊は存在しているが、それらを凌駕し圧倒できる存在なんてそれこそ神話にしか出てこない。況してや今尚封印が続いているなんて、そんな訳はない。きっと厄災級の魔獣とか、大規模な自然災害を鎮めたことを表しているのだろうと言われている。

 けれどこの国の人間は寝物語に建国の祖の、勇者の英雄譚を聞くし、聖剣への思い入れも強い。新たな王様が即位される際には聖剣のレプリカが打たれ、新年の挨拶など公の場では必ずそれを帯剣されているのは有名な話だ。もちろんわたしも、あちこち誇張されているのだろうなと思いつつも聖剣と建国の祖への敬意を忘れたことはない。

 そう、聖剣とはこの国の誇り、国一番の宝と言って良いほど大切なものなのだ。わたしだって王宮に勤めて一年目、部外者立ち入り禁止のこの宝物塔を業務で初めて訪れて、まるで清水のように透明な水晶で作られた繊細なケースの向こう、輝かしい台座とその光に照らされる本物の聖剣を見た時に感動しなかったと言えば嘘になる。



 ……その輝かしい台座が、今や真っ二つ。壊れたにしてはあまりにも断面が綺麗に思えるが、一縷の望みをかけて断面をぴったりくっつけてみても光が戻ることはない。

 現実逃避にここに至るまでの背景を振り返っていたけれど、目の前の惨状は何も解決していない。えっこれ本当にどうしたらいいの……?


 単純に破損した事実の他に、もうひとつ気に掛かっていることがある。台座には魔術回路が刻まれ魔力が循環していたと先ほど言ったが、つまりこの台座は魔道具なのだ。聖剣を刺しておくだけなら魔道具である必要は無いのに。

 職業柄この台座の魔術回路は初めて見た時から気になっていて、週次点検で聖剣の部屋に入る時にはちらちらと横目で内容の解読に勤しんだ。結果、『〇〇の規定された条件がそろわない限り××を解放しない』という封印が施されているようだ、ということが分かったのだ。流石に台座をひっくり返して全面を観察することはできないし、古代魔術語は所々知らない語句や記法があるが、多分間違いない。フェイクの回路も多く刻まれているようだが、設計図があればもう少し詳しく分かるだろう。

 それで、気になっていることなのだけれど。何かを解放しないための封印って、それ、魔神、じゃない、よね?……わたし今、魔神の封印を壊しちゃったとか言わない、よね?




 ……さて、ここでわたしが取るべき行動は何だろう。ひとつめ、しれっと元に戻して知らないふりをする。これは考えるまでもなく無しだ。何かしら適当に発光する装置を作って元通りに見せかけることはたぶん出来る。が、元の封印は解けてしまったままだし、そもそも隠蔽を良しとしないくらいの倫理観はある。しかも万一これが魔神、或いは魔神と称される程度の厄災の封印の要だとすると、放置すればするほど対応が後手に回り、王宮全体を巻き込んで大変なことになるだろう。なので無し。いやまぁ見て見ぬふりしたいのは山々なんだけどね!

 次に二つ目、なんとか作り直す。流石に設計図も回路図も無いのに簡単にはできない。何よりこんなお高そうな素材、入手のあてがない。却下。

 では三つ目。解決策では無いけれど、誰かに相談する。が、誰に相談するかが問題だ。正直うちの上司は汎用の魔道具設備についてはとっても詳しいが、こんな特殊な封印については専門外だろうし、有力者へのコネもさほど無いと言っていた。

 とはいえやはりまずは上司に相談だな……でもこの聖剣、水晶のケースの中には横たえるスペースないけど床に直置きするの?それはダメじゃない?でも持って出るわけにはいかないし……と狼狽えていたそのとき。



「おや、フィールス君」

「ぉわっひぇっ?!」



 突然背後から声が掛かり、びっくりしたわたしは聖剣を両手で持ち上げた体勢のまま飛び跳ねてしまった。聖剣、思いの外重い。肩がぐきっていった気がする。


「う、ウェルス室長……」

「これはこれは。壊したのかい?」

「壊れたんですぅ!!!わたしはマニュアル通りに点検してただけです!!」


 真っ二つの台座とその前のわたしを見て、怒るでもなく取り乱すでもなくのんびりと声を掛けてきたこの人はアルド・ウェルス室長。私の所属する第十管理室の室長、ではない。ここ聖剣の塔の二階にある、特殊資料保管室の室長だ。

 室長と言いつつも彼の他に室員はおらず、わたしが見る範囲では訪れる人もほぼおらず、日がな一日資料に埋もれているか、資料を陰干ししているか、綴じが外れた資料の修繕をしているか、資料室外の小部屋でお茶しているかがほとんどという感じの資料室の住人である。折角人柄も良いし、若くして室長を任されたうえ資料室に収められた書物の生き字引と言えるほど有能なのに、この関わる人が少ない室に常勤なのは勿体無いなぁと思う。一職員の感想だけれど。


 若いと言ったが、歳の頃は二十代半ばから後半に見える。実際の年齢は聞いたことがないがそんなに外れてもいないはず。背の中頃まである青みがかった銀灰色のサラッサラのストレートヘアを束ねるでもなく無造作に背に流し、長身を屈めて白銀色の瞳でわたしの顔を覗き込んでくるその身のこなしを見れば、たぶん高位の貴族とかどこぞのかなり良いお家出身のお坊ちゃんなんだろうなと改めて思う。とくにそのサラッサラのストレートヘアは普通なら手を掛けていないとこの艶は出ない。自分がふわふわ跳ね回る髪質なものだから、めちゃくちゃ羨ましいなと普段から思っている。


 他部署とは言え役職的にはお偉いさんとヒラなのにどうしてこんなに気安く話せているかと言えば、週に一度点検と魔石回収の為にこの塔にやって来るわたしと、いつ見ても一人でこの塔に居るウェルス室長とでおやつ同好会、兼、魔道具趣味の会を結成したからだ。最初は確か資料室の灯りの魔道具の修繕をした際に、室長の私物だという給湯魔道具の調子が悪いと相談されてちょいと修理したら、貰い物のお菓子が余ったからとお土産に持たされたんだったか。

 それ以降塔に行くたびに何かしら貰い物だという高級なお菓子をくれるものだから、わたしも王都で買った最近話題の焼き菓子や飴菓子などをお返しに持って行くようになったのだ。とは言ってもわたしの買えるようなお菓子なんて室長がいつも食べているだろう高級品には程遠い。が、庶民の間で流行っているものだとか、王都以外の地元の銘菓だとかがことのほか喜ばれたのでその路線で選んでいる。

 ちなみにネタに困って建国祭の日の屋台でしか売られない飴を持って行ったら、初めて見たらしくものすごく喜ばれた。お祭りで屋台を冷かしたことがないなんて、お坊ちゃんも大変だなぁと思ったことを覚えている。


 なお、お菓子の交換会だが二年目の途中からは資料室の外の小部屋でお茶しつつ雑談するおやつ会に変わっている。当然その日の業務は終わらせてから来ているよ!

 この資料室には建国時代に関して書かれた書物が多く収められており、大昔の魔道具に使われていた古代魔術語の辞書やら回路図やら、封印用の魔道具関連の書物やら王宮内の大掛かりな魔術設備の構造図やらと大図書館の方でも見たことのない書物が多い。ウェルス室長はほぼ全ての書物に目を通して覚えているらしく、知識が豊富で当然魔道具についても詳しい。技法や設計について学院でも聞いたことのない話を教えてくれるし、雑談一つとっても知らない話がぽんぽこ出てきて本当に楽しい。

 そんな有能なウェルス室長だが、如何せん魔力量があまりにも膨大なため魔道具の製作や修理には向いていないらしい。以前私物の複写魔道具を修繕しようとしたところ、勢い余って消し炭にしたことがあると聞いた。あの大きな複写魔道具を消し炭にとはどんな魔力量だと思うが、魔術士団の中でも魔力量トップクラスの人たちには回路を焼き切ってしまう程度なら時々あることだと聞く。一般に魔力量が多いほどコントロールは難しくなるものだからだ。


 ……魔道具を壊す、で思い出した。今はそんな話をしている場合じゃなかった。壊したのかと問われ反射で否定……否定?したわたしに、これまたのんびりとウェルス室長が問いかけて来る。



「ああ、そう言えば今日だったか。一応、どんな手順でやったか教えてくれるかい?」

「ええと、この手順書通りとしか……。まずは銀水蚕、なければ銀綿花の薄手の手袋を着ける。次に鍵を開けてケース前面を開き、台座の正面の窪みにいずれかの指を置き、魔力の循環を確認したのち指を離す。その後、檻の中の床にある菱形の模様のどれかひとつに指を触れてから、最後に再度台座の正面の窪みに指で触れて……ここで割れました、ね」

 あとはケースを閉じるだけだったのに……!



 わたしの説明を聞いたウェルス室長は、うん、とひとつ頷いた。

「手順書に間違いはない。君も手順書通りにやったのだろう?ならば、」


 ーー君が、今代の勇者だね。


「……はい?」

 あれ、急に耳がおかしくなったかな?室長、今何とおっしゃいまして?


「君が今代の勇者だ、と言ったんだよ」

「聞き間違いじゃなかった!!!」


 頭を抱えるわたしを、相変わらずのんびりとしたウェルス室長が見下ろして来る。やめて、冗談ですよね?えっ何、聖剣を抜いたから勇者だって?いやわたし台座まっ二つに割っただけですけど?!


「残念ながら冗談でもない。そういう決まりなんだ、これは。早速お仕事だよ、勇者殿」


 ともかく説明させてもらおうね、と促され、訳のわからないまま、もうどうにでもなれと聖剣を床に横たえたわたしは室長の後に続いて階段を登った。




 ◇ ◇ ◇



 聖剣の塔は上から見ると二重の円のような構造になっており、外側の輪になった部分に階段が配されている。


「見てもらった方が早いから、少し歩くけれど着いておいで」


 そう言われた時には、塔の二階なんていつも上がっているじゃないかと思った。二階の扉を通り越して更に上に登って行った時には、これはいよいよ今まで立ち入ったことのない三階に入ることになるのかと、状況も忘れて少しわくわくした。三階について扉を素通りし、突き当たりの壁がめこりと凹んで扉が現れた時点であれこれ割とヤバいやつかな?と思った。なんだそのトラップハウス。その先に下りの階段が出てきて、窓一つないそこを延々と降り続けるに至ってはこれ間違いなくヤバいやつだな!と思った。特殊魔力感知式の遮蔽扉が二十段ごとくらいに設けられているのも怖い。いかにも外に出すと不味いものを収めていますと言わんばかりの設備だ。


 そうして、体感四階分ほど下り続けた先。他の階とは比べ物にならないほど物々しい重厚な扉が待ち構えていた。多分実際にものすごく重いはず。この鈍色はきっと魔封鋼だろうし。けれどウェルス室長は割と軽々開けていたので、表面にだけ貼っていたのかもしれない。そうでなければ室長が細マッチョ。いやそれはどうでも良い。


 扉を抜けたその先、他の階と比べ天井の低いそのフロアは、更に中央がステージのように数段高くなっていた。その中心に設けられた重厚な石の台座の上、恐らく魔晶石で出来た私の手首ほどの太さの角柱が六本、円を描くように均等に配されている。その中心に、青い青い宝玉があった。握り拳ほどのそれは、今まで見たどんな青よりも青く透き通り、ゆらゆらと煌めく闇を湛えている。


「……これ、は?」

「魔神の心臓だよ」

「魔神の心臓?!」


 驚きすぎて鸚鵡返ししてしまったけど、いや魔神の心臓?!?!おとぎ話じゃなかったの?!

 確かに美しいのに見ているとどこか不安になってくるそれは、けれど魔神の心臓と言われれば納得してしまうほどの魔力を保持していることがうっすらではあるが感じ取れる。


「見ての通り封印されているがね。これで分かってもらえただろうか」

「分かったというのは……、」

「この塔は、これの封印のためだけにある。聖剣はその封印機構の一つでしかないんだよ」

「あ……、あの、台座真っ二つにしたのはヤバいってことですか?!」


 そうだった、あまりにも想定外のものを見せられて頭から吹き飛んでいたけれど発端はそれだった。え、マジでヤバいのでは?

 だらだらと冷や汗を流すわたしに、ウェルス室長はこともなく言う。


「いや、それは大丈夫。というか、正確に言えばあれはそういうものなんだ」


 そうして彼が語るに曰く。この封印はやはり、時が経つにつれ綻びが出てくるものだそうだ。使われている素材の劣化だとか、魔術回路の風化だとかの理由で。それは当然の話で、この世に永遠に壊れることなく作動し続ける魔道具なんて存在しない。だからこそ、今も魔神が封印されているなんておとぎ話だと思っていた……んですけど、定期的にメンテしているなら話は別ですねぇ……!!


「前回の一式交換から百年が経つか、それでなくとも封印の魔力循環量の一定時間平均値が定格の九割八分を切ると、条件を満たした者が触れた際に台座が割れて知らせるように出来ている」

「もうちょっと穏便なお知らせ方法なかったですか?」


 あんまりすぎて思わず抗議してしまった。いやだって、お知らせ方法が割れる一択って何?!心臓に悪すぎるよ、わたしのね!点滅してお知らせとかでも良いじゃないですか!


「第一、壊した人がそのままにして逃げたら意味ないのでは?」

「そのために僕がいるんだよ」


 にこり、と微笑む室長。


「詳しくは割愛するけれど、台座が割れると共にこの塔は一時出入りが封鎖されて僕のところに信号が飛ぶ。僕は必ずこの塔にいるから、適合者を確保できるというわけだ」


 ……それは確かに逃げられない。というか今出入口封鎖されてるんだな。けれど、一番気になるのは他のこと。


「ウェルス室長、やっぱりこの塔に住んでいらしたんですか?頻繁に泊まり込んでる訳じゃなく?」


 そう、いつ見てもウェルス室長はこの塔にいた。薄暗く寒々しいこの塔の中に、一人で。外では一度も、塔の周りでも見かけたことはなく、うっかり忘れ物をして夜遅くに塔を訪れた時ですら出迎えてくれた。加えて下町の屋台名物はともかく、王都に住んでいるのに建国祭の縁起物すら実物を見たことがないのはいくら箱入りといっても不自然だ。

 それもこれも、塔の番人としていつ来るか分からないその時を待ち続けるため、出ることを許されなかったというなら納得してしまう。王家に近しい貴族の家系には、そうした特別な役目を代々担う血筋があるのだとか聞いたことがある。きっとウェルス室長もそうなのだろう。

 いやなんかこう、他にやり方ないのかなとは思うけどね。全容を知らない私が何を言える訳でもないんだけれど……。


「まぁ僕のことは良い。君の役目のことだけれど、勇者くん」

「あの、いつも通り呼んでください、落ち着かないので……。というか、勇者とか適合者って何なんです?」

「ちょっとした言葉遊びだよ、フィールス君。この国において勇者とは魔神の封印を成し得た者。魔神を封印する力を持つ者。だから君が今代の勇者で、適合者なんだ」


 ……。


「ちょっと、話を、整理させてください」

「いいよ」

「まず、台座が真っ二つになったのは、一つは封印の設備一式の交換時期が来るという条件、もう一つはその状況下で適合者が台座に触れるという条件の両方が満たされたから」

「そうだね」

「触れて割れたということは、わたしがその適合者だということ」

「そうだよ」

「で、適合者というのは勇者に準えて呼ばれることもあり、勇者というのは魔神を封印する者」

「合っているよ」

「つまり、わたしが、次の封印をする必要がある、と……」

「その通り」



 …………。



「どうやって?!」

 思わず小さめの悲鳴が出た。えっ世の人はみんな魔神の封印のやり方知ってるものなの?わたしは知らないよ!それに適合者って、何が適合したって言うんですか?



「まぁまぁ、落ち着いて。やる事は単純だ、言っただろう?アレを封印している魔術設備一式の製作と交換、それが君の役目だ。当然製作に必要な情報だって揃っている、分からないところは教えよう。それが僕の役目だからね」

「……魔術設備の製作と、交換」


 なるほど……、それなら、できるかもしれない。見たことも聞いたこともない魔道具だが、製作に必要な情報ということは、製作図や魔術回路図もあるはずだ。八百年超も前のものと言う点が気になるが、これまで少なくとも六度は恙無く為されてきたはずで。

 何より、魔術設備の点検や交換はいつも仕事でやっていることで、魔道具の製作なら仕事でも趣味でも数えきれないほどやってきていることだ。


「それに、君はこれまでの適合者の中では恐らく一番この役目に向いている。この適合条件というのはね、封印の起動のため魔力量が一定の基準を超えていることと、王族に特徴的な魔力特性を一定基準以上に濃く持つことなんだ」

「ええと、魔道具製作への適性は?」

「それはそれ、この特殊資料室室長と魔道具が補って指導する想定だよ」


 適合者無しで封印が継続できないなんてことは何としてでも回避すべきだからねぇ、と苦笑する。


「この国の王族の魔力特性というのが、魔神の心臓の封印に適した特性でね。他の者の魔力で作られた封印ではやはり、強度に不安が残るんだ」


 そこだけはどうしても互換性が無いのでどうにかしたいところなんだけれどねと肩を竦めるウェルス室長だが、ところでわたしの魔力特性が王族に似てるって言いました?


「たしか、君のお父君の祖父の祖母の父の母の祖父の祖母が王家の遠縁のプレア家の次女だったはずだ。そこから受け継がれていたんじゃないかな」

「あれ本当だったんですか……というかヒラ魔術士の家系なんてよくご存知で……」

「王宮勤めの人間の身元は調査されるからね。況してや君は早いうちから適合者候補だったし、念入りに調べられていたんだろう」


 そうなんだ……全然知らなかったよ……。しかしそう考えれば、今回わたしが適合しちゃったのはイレギュラーなんだろう。通常は王族の方々がその役目を担うはず。定期点検はバックアップ手段なんだろうと思う、今からでも貴き方々に代わってもらえないかな……。


「ああちなみに、今の王族に適合者は居ないよ。王太子の第二子と、第二王子のところの双子が育てばきっと適合するだろうけれど、今のところ君だけだ。つまり封印の命運は君に託された訳だね」

「プレッシャーかけるのやめていただけません?」


 読まれていたとしか思えないタイミングで残念なお知らせをされたが、そうであれば仕方ない。製作に必要な情報は開示されるだろうから、見たことのない魔術回路や技術を見られるかもしれないってことで楽しむ方向に切り替えていくしかなさそうだ。

 早速資料室に戻って製作の手引きを見ながら計画を立てようかと言うウェルス室長に頼み込み、これからわたしが作り上げることになるらしい封印の魔道具をよくよく観察して、この目に焼き付ける。六本の角柱からそれぞれ生えた鋭い三角錐が、浅く突き刺すようにして宝玉を支える構造だ。

 ……ところで、ひとつ気になることがある。元になる材料だけで、わたしが分かる範囲でも台座の大型魔石、白光鋼、地下のこの魔晶石、多分回路に流す導体には龍樹の樹液。他にも氷の魔力を帯びていそうなどでかいウロコや中に水が渦巻いている宝玉のようなもの、炎がゆらめく鉱石のようなもの、名前も由来すら分からない素材が沢山。

 さっきウェルス室長は、『製作に必要な情報は揃っている』と言った。では、材料は?


「あの、ウェルス室長。この素材って、」

 用意があるんですよね?と続けようとしたのだけれど、


「うん、まずは素材を収集するところからだね」


 にこやかにそう言い切られた。


 魔道具製作の常識として、自身の魔力が浸透したものほど、微々たる差とはいえ扱いやすい。更に一体の魔術設備に使用する素材は、極力同一の魔力が浸透したもので揃えた方が魔力効率が良い。それは道理。そして今回扱うのは、最長で百年と少しは使われ続ける魔道具で、だからこそ少しでも効率を上げるべく、施術者の魔力が浸透した素材で一式を揃えることが望ましい。

 いやね、分かるよ。分かるんだけどさ。


「……つまり、わたしが素材を集める必要がある、と?」

「そうなるね」

「いやいやいや無理!!無理ですって!!!」


 全力で拒否してしまったけど、当然でしょう!


 何が無理って、まず高位の素材の中には魔獣から得られるものや、精霊の住むような場所でしか生成されないものがある。その中には、魔力をそのものに流すことで得られる素材というものがある。それらのほとんどが危険度高めの魔獣からもぎ取ってくる必要があったり、生きたままの魔獣の一部に魔力を流す必要があったり、一般人がおいそれと寄り付けないとんでもない秘境にしか存在しなかったり。この封印の魔道具一式には、そんなものが結構な種類使われていそうなのだ。

 ……攻撃魔術の適性が一桁のわたしに、そんな所へ素材採集に行けと?


「えっ死にますが、誇張でもなんでもなく」

「大丈夫、大丈夫。王命での指令になるから護衛もつくし、何も今と同じものが必要なわけじゃない。大半は必要なのは要素だから、まだ安全な代用品で計画できる。君が全てを作る前提にはなるがね。……それに当然、素材採取に必要な魔道具の作成や改造にも予算がつく。作れないものは無いんじゃないかな?」

「……そう、なんです?」


 うっかりそわりと心が揺れる。あの技法も、あの術式も、あの素材も……。試したいけれど素材やお値段、置き場所、かかる時間やらで諦めた事は山ほどある。その中には危険な素材採集に使えそうな魔道具の案だって当然いっぱい。それが、試せる……?

 勿論最低限必要なものだけにするけれど、それでも仕事としてやって良いのならそれはすごく魅力的。事前に時間をかけてこれでもかと魔道具を準備していって良いなら、危険な採集も不可能じゃない気がする。いや可能にしてみせる。ただ、もう一つ気になることが。


「期間ってどれくらいもらえます?」

「そうだね……、3年くらいなら」

「やります!!!!」


 即答だった。



 ◇ ◇ ◇


 それからまずやったことと言えば、台座の固定と元通りっぽく光る魔道具の作成だった。そりゃそうだ、最長3年かかるのにそのままにしておくわけにはいかない。結局やるのかカモフラージュ、と思いながら手早く作成して設置を終え、いそいそと資料室にて厳重に保管されていた製作図一式と、ウェルス室長が整理したらしき素材リストを見る。


 まず驚いたのは、基となる設計の見事さだった。


「はぁ……なるほどなぁ……こことここ繋げて、氷の魔力の要素持ってくることで負荷抑えてるんだ……」

「楽しそうだね?」

「楽しいです!!」


 無駄や冗長さの削がれたスマートな設計であるのに、変動等のリスクへの対応策もきっちり織り込まれている。当然机上の検討に留まらず、制作時の作りやすさを最大限考慮したものになっている。この方策でいくならばこれが唯一の解だろうというあまりに秀逸な設計。見ているだけでめちゃくちゃ楽しい。

 正直隅から隅まで見たいのだけれど、優先すべきは素材採集。というわけでひとまず大枠を理解して、調達すべき素材に過不足がないかを確認。二、三怪しい部分を確認し、素材リストが完成した。


「大分……手が届く感じになりましたが……」

「これ以上はどうしてもね……」


 そう、やっぱり採集難易度ヤバめの素材がある。氷龍の鱗を皮切りに、龍樹の樹液、炎魚の鱗、風蛇の宝珠とか……。ちなみに鱗が多めなのは代用品として採用したから。一般に角や牙よりも採集難易度は低めなんだそうだ。


「まぁ、まずは各素材について入手方法を整理。その後採集方法について計画を立てよう。君の上司には話を通しておくから、何か聞かれたら詳細については伏せて、特命での業務を指示された、くらいで説明しておいてね」

「はーい!」



 ◇ ◇ ◇


 それから一年弱。

 素材採集の旅の詳細は割愛しよう。危ないことも少々あったが、概ね計画通りかつ安全に全ての素材を集めることができた。趣味で収集していた魔道具の技法や回路図、更には資料室や王宮図書館の禁書庫にあるそれらの情報も見せてもらい、片っ端から詰め込んだ採集用魔道具の製作は本当に本当に楽しかった。更に採集の際は近衛の方が二名、専属で護衛に着いて下さったのには頭が上がらない。ただ、毎回わたしの作った採集用魔道具と、それを使った素材採集の様子に微妙な表情をされたのは納得いっていない。いやわたしの力量だと、罠に嵌めてこっそり掠め取るのが一番なんだって。『おさかな眠らせ機』、『へび吸込みくん』、『強制あっち向けほい』、その他諸々。全部結構な力作なんだけどな……。


 ともかくも全ての素材が揃い、先月から進めていた製作図も確定できたので、いよいよ今日から封印の魔道具の製作だ。文献でしか見たことのない素材を扱って、古代の技法も盛り込んだ魔道具の製作なんて、夢のようでうきうきしてしまう。


 朝一で資料室に向かったわたしは、ウェルス室長と作り直した製作図を拡げた。ほとんどは元の設計から変えていないので、写し直しただけである。細かい部分だけ、表記を最新の記法に変えたり、昔は無かった新しい素材を使うことで効率が良くなる箇所とか、そういったところを変更しているくらいだ。


 今回作るのは大まかに分けて二つの魔術設備。

 一つがメインの封印用魔道具一式、一つが聖剣の台座を含む封印の監視・お知らせ用魔道具一式。メインの封印用魔道具一式も、細かく分ければ封印用と溢れた魔力を引き出して魔石に貯める用とかに分けられるけれどそれは置いておこう。あと一つ、今回の更新には不要なのだけれどわたしの方でお試し作成中の図面があるので、これも問題なければ作ってみようと思っている。せっかくなのでこの機会に試せそうなものは試してみたいよね。


 基礎となる素材の大まかな切削などの加工は既に終えている。あとは各種素材の要素付与と、精度を出すための微調整と、魔術回路を刻んで組み立てていく工程だ。作業にかかる前に改めて図面の最終確認。うん、問題ない。精度出すのが難しいところはあるけれど、しっかり完成形をイメージできている。

 それでは。楽しい楽しい製作の始まりだ!





 早いもので、それから三ヶ月。二ヶ月強でできると思っていたが、思いの外時間がかかってしまった。けれどようやく全ての魔道具が完成し、大半が組み上げられ、後は今作動しているものと手順通り交換しながら起動するだけだ。


「……いよいよだね」


 ウェルス室長がしみじみと言う。ちなみに彼は製作自体には関わっていない。うっかり回路を焼いたりしてはたまらないと、製作期間は二階で待機することを選んだらしい。何かあればすぐ連絡をと言われたが幸いにして特段大きな問題も発生しなかったため、この三ヶ月間ウェルス室長と会うのは昼食の時と、一日の作業を終えて二階で進捗の確認とお茶をする時。つまりほぼ毎日だった。


「長らくお待たせしまして……」

「いや全く。むしろ歴代では一番短い方なんじゃないかな?最長は確か5年強ほどかかっていたはずだよ」

「それなら良かったのですが」


 何せウェルス室長は本件の責任者という立ち位置だ、気が抜けない日々が続いていたことだろう。夜遅くまで作業をしていた日も、わたしが帰るまで休憩している様子を見たことがない。全てが終わる今日こそは枕を高くして眠って欲しいものである。



「……それでは、始めますね」

「ああ、頼んだよ」



 壁際には封印の更新が確実に為されることを見届けるためだろう、近衛騎士が一名待機している。その視線がちょっと落ち着かないが振り払い、まずは組み上げた角柱のうち、三本を作動中の三本と置き換える。手順を間違えれば封印が解けてしまうのだがそこはそれ、設計の見事な部分で、正しい手順でなければ作動中の三本が停止しないようにできている。手順もそう難しいものではないので、ゆっくりと確実に手を進める。


「あと、三本」


 残りも同じように置き換えて、最後に魔力を込めていく。出力に時間がかかるので、予め蓄魔石に貯めておいたわたしの魔力も並行してどんどん注ぐ。そうして二時間。


「やっ、と……規定値まで……」

「一旦休もう、フィールス君」

「いえ、あとはもう一階の魔道具一式の設営だけなのでやり切らせてください」

「しかし……」

「連続しての魔力放出ということであれば、この魔道具作成の時の方が大変でした」

「それは確かにそうだろうね……では、このまま一階に上がるけれど、しんどいようであればすぐ言うんだよ?」


 心配するウェルス室長を説得して、作業を最後までやり切ってしまうことにした。わたし、残ったタスクがあると落ち着いて休めないタイプなので。


 仕上げのために、一階に設置する魔道具一式を地下から運ぶ。一番重い台座……わたしが真っ二つにしたやつの替え……は魔力遮断布を巻いて室長が運んでくれた。


 一階の部屋の中心には、地下から伸びる魔道具の端。軽く触れて封印のための魔力が滞りなく流れていることを確認し、壁にぐるりと設けられた灯りの魔道具……に偽装した、魔神の心臓から余分な魔力を吸い上げて溜め込む魔道具を新しいものに交換する。18個全てを交換し終えたら、ようやく仕上げ。台座を部屋の中心に据えて聖剣を刺し、魔道具の一つである指輪をウェルス室長に渡して台座に触れてもらう。

 起動の前に少しだけ、しみじみと台座を見つめた。ーーこれが真っ二つになったのが全ての始まり。結局同じように作り直したので、また百年後に誰かが真っ二つにして青褪めるんだろうな……。


「それでは……、お願いします」

「ああ」


 指輪の魔道具を通じて、起動のための魔力が台座に送られる。ぱっ、と一際強い光に包まれた台座は、一年と三ヶ月前に見たものと寸分の違いもない姿で緩やかな光を放ち始めた。

 しげしげと指輪を眺めるウェルス室長の様子を盗み見る。感慨深そうな、形容し難い表情だ。


「……、成功、です?」

「まぁまぁ、最後に魔力循環を測定しなければ」

「そうでした!地下から行きますね!」


 これもまた今回のために作り直した点検器具を使い各所の魔力循環量と要素を確認していく。地下の封印、問題なし。一階の灯りの魔道具、問題なし。台座、問題なし。指輪、問題なし。


「……成功、です!」

「成功、だね……。本当におつかれさま、勇者殿。昼食と菓子を用意しているから食べていくと良い」


 やったー!と快哉を叫ぶわたしに、にこりと微笑んだ室長が言う。え、お昼ごはんあるんですか!そういえばもうお昼近いですね。室長のところで食べるごはん、すごく美味しいので嬉しい。 派遣されていた近衛の方が足早に帰って行くのを尻目にいそいそと二階に上がり、今日も今日とて美味なご飯をいただき、お菓子の前に飲むと良いと出してもらったお茶をゆったりいただきつつ。わたしたちは、これからの話をしていた。


「まず、君に出ていた王命としての業務は今日を以て完了となる。それと、初めに伝えたようにこれは機密事項だ、詳細は口外しないように。これも含めて君の上司には伝えておくから、明日からは元の業務に戻ってもらえるかい」

「わかりました!……うーん、次の業務どうなりますかね。この塔の週次点検はこれからも来たいんですけど」

「それなら僕の方からうまく言っておくよ。しかし良いのかい、ここはかなり辺鄙なところだし、点検のためだけに来るのはしんどいだろう。昔から人気のない仕事だと思うけれど」

「ウェルス室長に挨拶しに来ようかなって!」

「……僕に?」


 折角仲良くなれたんだから、これからも仕事ついでに顔出しに来たいなーという私情ダダ漏れな願いを伝える。いや仕事はちゃんとやりますよ、わたし手を抜いたことなんてないですからね。でもこの辺鄙な塔が不人気というなら立候補しても良いでしょう?


「この一年で前よりもっと仲良くなれたかなって思うので!折角の友人なので、これからも仲良くしたいじゃないですか」

「……友人」


 ……あれっ、当然そうだと思っていた!でもそう言えばウェルス室長は多分どこか良いお家のご子息なわけで、こんな平凡な庶民のお友達なんて考えてもいなかった……とか?!


「えっ、すみませんド庶民が友人とか烏滸がましかったです?!前からお菓子の話とか魔道具の話とかしてて、この一年でもっと色々お話しするようになれたのでわたしてっきり……不敬な感じでしたら取り消しま、」

「いや友人だよ、……うん、友人だ。きみが良いなら、ぜひこれからも友人として、よろしく頼むよ」

「良いんですか?良いんですね!やった!じゃあこれからも遊びに来ますんで!……それと!これ!」



 言質を取った勢いでこれからも遊びに来る約束を取り付けたわたしは、その勢いでもう一つの約束を取り付けることにした。隠し持っていた紙をひろげ、ずずいとウェルス室長の目の前に差し出す。



「……これ、は」

「名付けて『お留守番長』、の製作図案です!」


 それは、並行して作成を進めていた設計図。試してみたいことがあり、ここ三ヶ月程度、睡眠時間をちょっぴり削って書き上げた力作だ。


 この封印は素晴らしいものだと思っているが、ただ一つ。ただ一つだけ、改良すべき点があった。これは、指輪に魔力を流し、起動した者が塔の中に居ることを前提とした封印。つまりこの封印は、誰か一人が人柱となって維持されるものだった。起動の際に魔力特性が登録されることも織り込めば、誰か一人だけがこの塔に縛られ続けることになる。今代は、ウェルス室長がその役目を負っているのだ。

 指輪の持ち主が塔を出ればどうなるかと言えば、とても単純なのだが封印にかかる負荷が上がり、強度が下がる。劣化しやすくなる。何なら指輪を外しただけで。

 封印の魔道具に巡る魔力。それは常に一定量を巡らせられる訳ではない。何せ封印対象である魔神の心臓から溢れる魔力量が、厳密には一定でないからだ。その変動を、指輪の持ち主から吸われた魔力で調整し安定させる方式。確かにリスク管理としては確実だ。対応可能な人員を張り付かせておくならば、その人間に魔力源も兼ねさせれば良い。

 この封印が作られた当時は、もしかしたらそれが最適解だったのかもしれない。封印したての心臓が今よりも元気で、変動幅も大きかったから監視役兼魔力電池として人一人が必要だったとか。でも、この一年と三ヶ月。ちまちまと魔力量の変動を測定していたが、一日や二日でどうにかなるような変動は一切無かった。正直この程度なら一般に流通している規格の蓄魔石から供給する形態でも三日は余裕で乗り切れる。

 なので最初は封印の魔道具自体のその仕様を何とか変更しようとしたのだ。けれど、この仕様は封印の設計の基礎の部分に深く絡んで定義付けられており、そこから全てをひっくり返して設計し直すほどの技量はわたしにはなかった。とても悔しい。

 だから、わたしは考えた。ーー人柱方式は継続するとして。身代わり、作っちゃえば良いんじゃない?



「そうして生まれたのがこちら、『お留守番長』くんです」

「お留守、番長……」


 ずっととはいかないが、今のところ半日と少し程度なら室長の代わりに指輪を預かり、お留守番をしてくれる魔道具だ。まだ案だけどね。でも封印の魔道具製作で余った材料とちょっとした汎用品だけで作れるように考えてあるから、問題なければすぐにでも制作に取り掛かれる。


「だからウェルス室長にはこの設計思想と図面のチェックをお願いしたくて」

「ああ……、よく出来ているよ、これは。少しだけ気になる点もあるが……明日の内には確認して君に返せるだろう」

「なら、明後日から製作に取り掛かれます。きっと城下町程度なら外出できるようになります。なので」


 そう前置きをして、改めてウェルス室長を見据える。日に焼けたことなどないかのような色彩の彼は、少し呆然としてこちらを見つめ返してきた。


「その時はこれ使って、下町で流行りのスイーツとか、香草入り腸詰が絶品の大衆食堂とか、いきたくないですか?」

「……その時は、君も一緒に行ってくれるのかい?」

「良いですよ!良いとこのご子息をお連れするのはちょっと気が引けますけど、友達ですからね、喜んでご案内します。まずはお疲れ様会開きましょうね」

「……ああ、ぜひとも」



 もう一つ取り付けた約束を胸に、わたしは思い返す。

 ーー熱が下がらず、寝台の住人だった幼い頃。薄暗い部屋の窓から、明るく照らされた外を見る日々。

 同情なんて要らないと言われればそれまでだけれど、王都の祭りや地方の特産品だとか、無二の景色だとかに目を輝かせていた姿を見れば。王宮の奥深く、この塔に身を埋めているような彼にも自分の目で見て足で回る楽しさを噛み締めて欲しいと思ってしまったのだ。



「……それならば。これは、僕の個人的な依頼として、君に製作を願っても良いだろうか」

「ええ、勿論!」

「早速素材の買い取りの話をつけてくるよ。いやその前に図面の確認だな……」



 そわそわとし始めたウェルス室長にあたたかい気持ちになりながら、明日また会う約束をして別れたのだった。これからは、きっとこの塔の外で会うことができる。ウェルス室長が好きそうなカフェだとか、魔道具専門の古書店だとかを探しておこう。



 ◇ ◇ ◇




「では、また明日に!このくらいなら二週間もあれば楽勝ですよ!出来たらおすすめの食堂で祝杯、上げましょうね!」



 そう明るい笑み一つ残し出ていく彼女を見送って、アルド・ウェルスは息をついた。


 ーー流石は魔術設備管理課秘蔵の魔道具士。才ある魔道具士だった建国の祖の片割れが作ったものとは言え、今や廃れつつある技法も多用された昔々の術式を読み解き、三ヶ月という短期間で封印用の魔道具を完璧に新調した上に次代への手引きも刷新するとは。

 ……いや、それだけではない。彼が封印の要のひとつにされていることに気付き、更には彼を支障なく封印の外に連れ出す手段すら講じてみせた。魔術の知識だけは潤沢なこの身から見ても、彼女が差し出してきた案は現時点におけるほぼ完璧な解と言って良いだろう。二、三手直しを入れる必要はあるが、それに基づいて彼女が作り上げるのなら、この身はきっと封印の外を知ることができる。

 正直なところ、出たいと思ったことは無いでもない。けれどこれが役目だと思っていたし、得たものの代償として甘受すべき不自由さだと考えていた。


(そう、だから。出たいと思っても、出ようとしたことは今までなかった)


 遠い日にアルド・ウェルスと名付けられ、それより以前には名を持たずーー"魔神"や"厄災の王"などと呼ばれていた彼は、昔々の出来事を思い返す。


 ーー破壊を、絶望をどうしようもなく求めて荒れ狂う自身の側面の大部分を、力の多くを費やして心臓を核に切り離し、友二人の手を借りて封印した。長らく求めても手に入らなかった平穏を得たのだから、ひと処に縛られるのは仕方がないと思っていた。今まで壊すばかりだった生けるものの営みを、積み上げ重ねるものを、衝動に苛まれずに穏やかに見守ることのできる日々。これ以上を望んではならないのだと、思っていた。


 封印の真実とそれに伴う魔神との契約は、この国の王家に正しく受け継がれている。彼は大人しく封印されて、分たれた心臓から常に溢れる余分な魔力を提供すれば、日々の食事や日用品は勿論、望んだものもほぼ全てが供される。……大概は書物を望んだが、最近は菓子を求めることが多かったか。

 ただ、他者との関わりだけは、望んでも得られるものではなかった。どうしても封印の要の地である以上この塔の魔力の揺らぎは大きい。況してや魔神そのものと接するなど、相応に潤沢な魔力の持ち主でもなければ、長く関わると中てられて心身に異常を来すからだ。

 損なってまで関わりたいとは言えず、そもそも機密扱いのこの身をおいそれと不特定多数に晒すわけにいかない事情も分かる。だが、ここに来る王家の人間には真実を知るがゆえに畏怖の念を持たれているのが通常であるし、魔術士団の上層部は研究対象としての眼差しを隠そうともしないし、それ以外の王宮勤めの人間は高魔力保持者の多くが貴族なので、閑職かつ貴族ではない彼に興味を持つ者の方が少ない。人よりも魔力に敏感な精霊は、魔神の心臓などという厄災と等しいものが放つ魔力を嫌って近寄ることは決してない。だから彼は、友二人が彼岸に渡ってからはずっと独りだった。用無くして訪れる者もなく、当然外に誘ってくれる者もいなかった。


 (久方ぶりの、友なのだ)


 共に街を歩き、共に甘味を楽しもうというその約束こそが、約束のために彼女が差し出してくれた道こそが、彼にとっては何よりも甘美なものだと彼女は知らないだろう。有ることさえ忘れていた望みの器を満たす、その甘露を。



「……友との約束ならば、果たさねばなるまい」


 陽光が射し込むような彼女の笑みを思い浮かべて、彼は口元を緩めた。


 当然ながら、この身を外に出す手段を手にしたことを知れば王家は黙っていないだろう。彼女の身に危険があるとまでは思いたくないが、手を拱いていれば容易く王宮から出されて彼とは二度と会えない立場に持っていかれるだろうことは想像に難くない。


 ーーだが、そんなことにはさせない。


 なにも封印を破ろうというつもりは全くないのだ。封印の継続は彼自身も心から望むこと。封印の管理者たる王家にそれを納得させるのは国一つ更地にするよりは手間がかかりそうだが、彼女と王都を見て回るためならその程度やり遂げて見せよう。


(なに、誠心誠意説得すれば分かってもらえるだろう。……最悪、分かるように示せば良いことだ)


 常日頃は表に出さない"その存在"らしさを覗かせて彼は嗤う。たとえ力の大半を封印に費やしていようと、彼は魔神。太古の昔、今よりも遥かに強大な力を有していた当時の精霊の長を以てして、厄災など生温いと言わしめた存在だ。今のままであっても、王都の全てを敵に回してなお圧倒しねじ伏せる程度は造作もないこと。

 そんな手札を切ることにならないと良いが、と穏やかでない考えを巡らせながら、先んじて手を打つべく国王へ認める文面を考え始めたのだった。









〜登場人物等紹介〜

■レネ・フィールス

 王立学院魔術科を中の下程度の成績で卒業した魔術士。ただし、その体質と本人の興味関心がいい具合にかみ合った結果、魔道具士としては相当に優秀。趣味は魔道具製作と古今東西の魔術回路図の収集。最近はご当地銘菓の調査と街歩きも加わった。割と図太い性格で、ネーミングセンスが独特。

 趣味にお金が掛かるため、住まいは王都外れの治安がそこまで良くない下町のアパートだった。帰路で不審者に絡まれた際、自作の護身魔道具で危なげなく撃退した話をお茶請けとしてアルドに披露したところ、次の週には王宮内の聖剣の塔に近い官僚用宿舎の一角への引っ越しが決まって困惑した。一応名目は重要魔術設備の管理権付与に伴う特例措置での宿舎使用許可とあったが、何故一介のヒラ魔術士の引っ越しを王命で……?

 アルドとはほぼ毎週おやつ会か街歩き会を開催している。ずっとウェルス室長呼びだったが、先日『友人なのだからもっと親しい呼び名で呼びあいたい』とねだられた。未だ彼を貴族のお坊ちゃんだと思っているので名前呼び捨ては一旦勘弁してもらった。正体を知れば逃げ道はないが、もはや遅いか早いかだけの違いである。




■アルド・ウェルス

 心臓と共に破壊を司る側面を封印されている魔神。本人としては平穏が一番なのでこのまま封印しておいてほしい。それはそれとしてお友達が欲しかった。この度手に入れたお留守番用魔道具の安全性を主張し、無事国王並びに王家一同を説得して外出許可を得た。実力行使の手札を切るまでもなくすんなり許可が降りて何より。

 先日危機感なさそうなレネから危ない目に遭ったと聞き、住まいを王宮に移させた上に彼女の危機に発動する永続型の守護の魔術をこっそりかけた。今まではやらなかっただけでこの程度は封印の塔にいても朝飯前。最近嬉しかったのはレネにあだ名を付けてもらったことと、レネの名前を呼ぶ了承を得たこと。

 本人はレネを無二の友人と認識しており、友を欲しがっていた割にレネのような友人を作ろうとする気配はない。それは友愛か、執着か、はたまた別の何かか。ともかくも、彼がレネ・フィールスを手放すことはないだろう。



■グラディセラ国王

 これまで大人しく封印されていた生ける厄災が特定の一人に執着する様子を見せ始め警戒していたところ、お外に出るようになってしまい気が気ではない封印の管理者代表。

 二人の様子をこっそり覗いた際、魔神がレネにウェッさんと呼ばれているのを聞いてしまい二度見する。ウェッさん?!?!

 彼がその気になれば止めるのは不可能であることを重々承知しつつ監視を続けている。今の所機嫌良く封印され続けることを望んでいるようだが、故意でなくとも魔神からレネ・フィールスが引き離されるようなことがあれば王都が更地になりそうだなぁと察してしまい胃が痛い。もはや封印の命運は、彼女に託されてしまった。もうこの際優秀な魔道具士として魔神共々囲い込むしかないなと腹を括った。

 王家にのみ伝わる、魔神にすら知られていない書物にはこう記されているーー『彼が真実解放を望めば我らに封じる術はない。封印の継続に天秤が傾き続けるよう、心して努めよ』と。





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