~エピローグ~
“痛み“を、感じた。
これまで味わってきたどんな痛みよりも、鋭利で、容赦のない苦しみだった。
暗闇の中、私は橋を渡っていた。今にも崩れそうな、ボロボロの橋だった。
私は足を怪我していて、頼りになるのは一本の杖だけ。
その杖は、今にも折れそうなほど貧弱で、いつもメキメキと音を立てながら、私の体を支えてくれていた。
どこまで進んでも、向こう岸は見えない。
それでも私は、進むしかなかった。進むことしかできなかった。
振り返れば、私の後ろには、さっきまでいた仲間たちは誰もいなくなっていて、元いた岸からは、こんな橋を渡っている私を嘲笑う、たくさんの声が聞こえていた。
橋は思ったよりも長く、どこまで行っても光は見えてこない。
暗闇の中、ただ自分だけを頼りに歩き続けた。誰も渡ってこない一本の橋を、一人で歩き続けた。
そんな時に、彼が現れた。
私は、その彼の顔を思い出していた。
彼は、私の新しい杖となってくれた。絶対に折れることのない、屈強な杖に。
それから私はまた、前を向くことができた。彼といれば、この暗闇を抜けるまで、またこの橋の上を歩いていくことができると、そう思えたのだ。
彼との出会いは、私にとっての宝物だった。
その彼を、私はある時、自らの手で橋から突き落とした。その手の感触は、片時も忘れたことはない。
私は、自分を救ってくれた希望を、自らの手で消し去った。
その呪いは消えずに、私の中に残り続けている。呪いと戦いながら、私はまた歩き続けるしかなかった。
きっと私は、永遠に呪われ続けるのだろう。この暗闇が決して途切れることなく、どこまでも続いていくのだろうと、そう思っていた。
消し去ったはずの彼が、また、私の前に現れるまでは。
● ○ ● ○ ● ○
瞼をゆっくりと持ち上げると、うるさいほどの光が目に差し込んできた。
私はベッドの上に寝転がっており、視界に最初に映ったのは、部屋の真っ白な天井と、右側の窓から見える真っ青な空の景色だった。
何の種類かも分からない鳥の鳴き声が、外から聞こえてくる。私の目覚めに呼応したかのように、美しい声を、空に響き渡らせていた。
やがて隣から、誰かの声が聞こえた。
「田崎さん!」
「ソニア。私は......」
「しばらく眠っていたんですよ。もうダメかと思いました」
ソニアが、椅子に座って私を見ていた。
私は状況を理解し、あれから自分がどれだけ眠っていたのかを確認しようと、隣のテーブルに置かれたデジタル時計で、日付を確認する。
どうやら、あの廃工場で小山に撃たれてから、すでに二週間ほどが経過していたらしい。
おそらく病室と思われる部屋を私が見回そうとすると、入り口から一人のアンドロイドが足を踏み入れた。SAVEの一員のマリンだ。
私と目が合い、驚いた様子のマリンに、ソニアが冷静に「先生を呼んできてください」と伝える。病室に入ったばかりの彼は、小さな声で返事をし、慌てた様子でまた廊下へ出ていった。
「ご気分はいかがですか?」
「......悪くはないかな」
今のマリンの様子を見るに、ソニアやSAVEの者たちには、かなり心配をかけてしまったことだろう。それもこれも、全て私の自業自得なのだが。
それよりも、私は一刻も早く確かめたいことがある。痛む体をベッドから起こし、ソニアに慌てて尋ねる。
「コールは......コールはどうなった!」
「落ち着いてください。傷口が開きます」
ソニアにそう言われる前に、私は耐えられない激痛に襲われ、またベッドに横になる。その様子を見て、ソニアはベッドのリクライニング機能を起動し、ベッドを起こしてくれた。
私の痛みが治まったのを確認してから、ソニアは私の問いに答えた。
「コールは、金城さんがすでに修復済みです。今度は、記憶媒体も復元できたそうです」
「......そうか」
「あなたが、そこまで素直に笑っているところ、初めて見ました」
ソニアにそんなことを言われ、自分でも感じるほど、顔が赤くなった気がした。
夢の中で、何度もコールを目にした気がする。目から光を失い、私の前で二度も死んだコールの姿を。その度に、夢なら覚めてくれと願っていた。
私の知っているコールが生きているのならば、これ以上のことは何も望まない。
私は、素直に喜んでいた。
「津川と小山は、どうなった?」
「小山はあの後、すぐに警察に身柄を拘束されました。津川の方は、何とか一命を取り留め、現在は入院中です。彼の過去や罪状を鑑みたうえで、正しい裁きが下されるよう、現在SAVEが、警察の方々と取り合っています」
「そうか............修哉くんは?」
「姉の朱里さんと一緒に、先日実家を出たそうです。修哉くんの学校の友人である、雄吾くんのご両親が中小企業を経営しており、事情を知って、朱里さんに仕事を紹介してくれたそうです。修哉くんも学校を転校し、来週から登校される予定です」
どうやら、しっかりと追い風が吹いてくれたらしい。
全ての肩の荷が降りたわけではないが、それを知っただけで、私は体中の力が抜けていくのを感じた。
全てを知ったうえで考えると、結局私だけが間抜けな姿を見せてしまっていることに気がつく。あの時、私が体を張ってコールの前で銃弾を受けたことも、何の意味もなかった。修哉くんの目を覚まさせたのも、他でもないコールの所業だ。
つくづく情けない人間だと、私は自分を呪った。そして顔を隠すように、また窓の外を見た。
「田崎さん。あんなことはもう、二度としないでください」
ソニアの声は、少し震えていた。
人間が、込み上げる感情を抑えて話す時と、同じ声色をしていた。
「......私がいなくても、君たちならもう大丈夫だろ。アンドロイドにだって心があると、世間は分かってくれるはずだ。指導者の種族など、」
「そういう問題ではありません!」
ソニアが、静かな怒鳴り声をあげた。
彼女の目を見たかったが、私にはそれができなかった。誤魔化すように私は、薄いレース越しに青空を眺めた。
彼女の声だけが、私の耳に、吸い込まれるように流れ込んでくる。
「我々のリーダーは、田崎さん以外にありえない。我々が着いていこうとしている指導者は、他でもない、あなたなんです」
「......」
「あなたの背負っている重荷は、我々がともに背負います。どうか、命を大切にしてください。それが私たちの唯一の願いです。お願いします」
「............」
参った。
一体いつから私は、それほど立派な人間に見られていたんだろうか。自分の足で歩くことさえままならない、情けない青二才のはずなのに。
言い訳したくても、みんながそれを許してはくれなさそうだ。
ならばもう、認めるしかない。
私は、外していた視線を、ソニアの方へ戻す。自分の口元に自然と浮かんだ微笑みに乗せて、私は答えた。
「そうだな。ありがとう、ソニア」
「......はい」
そう答えたソニアの笑顔は、これまで見てきた彼女の表情の中で、最も輝いていた。
体に染み渡っていた傷の痛みが、少しだけ、和らいだ気がした。
「そうだ。金城さんに電話してくれないか。あの人にも報告しなければ」
「今はダメです」
「え?」
「今頃、修哉くんたちの新居で、荷下ろしを手伝っているはずですから」
「まったく、あの人は」
そういうところ、相変わらずですね、金城さん。
外の窓枠の上から、鳥たちが飛び立っていった。
○ ● ○ ● ○ ●
「ありがとうございます。わざわざお手伝いいただいて」
「いいんだよ。園村には、俺もたくさん世話になったからな」
金城さんは、照れくさそうな笑顔をして、荷解きする前の大量のダンボールの前に座り込んだ。
仕事を紹介してもらったとはいえ、私の給料だけでは限界があり、少し狭いアパートの一室にはなってしまった。苦労をかけてしまうかもしれないけれど、修哉は笑顔で受け入れてくれた。
また無理をさせてしまわないように、私も、できる限りの努力をしようと思う。
もう二度と、修哉の苦しむ姿を見たくないから。
金城さんと初めて会ったのは、修哉の誘拐事件が解決した直後だった。コールの修復に関して説明を受けるために、私と修哉は、SAVEという組織の基地に案内された。目隠しされて車に乗ったのは初めてで、少し車酔いしそうだったけど、基地を案内された時の衝撃で、全て消し飛んでしまっていた気がする。組織についての説明も受けたけど、正直、あんまり詳しいことは覚えていない。
結論から言うと、コールは修復できると伝えられた。そう聞かされて、二人でホッとしたのを覚えている。
もちろん私は、機械としてのコールしか知らなかったのだから、最初は複雑な感情が渦巻いていた。彼の顔を見たら、またあの日のように、心に傷がつくだけなんじゃないかと、正直思っていた。
けれど、おでこに銃弾の跡がついたコールの姿や、無事に帰ってきた修哉が、涙ながらに私に話をしてくれたことで、その感情たちはいつの間にか溶けてなくなっていた。
その後、ソニアさんというアンドロイドも交えて家庭の事情を話し、金城さんたちは、私たちが実家を出る手助けをしてくれた。
わざわざ家まで来て、あの母さんに金城さんが啖呵を切った時は、さすがに肝が冷えた。
それでも、私たちの糸が切れたのはほんの一瞬の出来事で、荷物をまとめて、私たちが家を出る時も、母さんは私たちに「元気でね」と、そう呟いただけだった。
そしてつい昨日、コールは私たちのところに帰ってきた。一度死んだことなんて微塵も感じさせないほど、何事もなかったかのように、コールはそこにいた。
まだほんの少しの付き合いのはずなのに、気づけば私たちはコールに駆け寄って、思い切り飛びついていた。そしてコールもまた、そんな私たちを、優しく包み込んでくれた。あの時のコールの温もりは、きっと忘れることはないと思う。
匂いも、肌触りも、私たちの知っているコールだったけれど、声の色だけが、あの日から少しだけ変わっている気がした。
「そういや、修哉に、まだ伝えてないことがあってよ」
「伝えてないこと?」
突然の言葉に、修哉は困惑した様子で、荷解きの手を止めた。
「実は......『ミャームの冒険』はもう遊べないんだ」
「え?」
意味が分からない様子で、修哉はポカンと口を開けている。
『ミャームの冒険』は確か、修哉が部屋でこっそり遊んでいたゲームの名前だった気がする。一体どうして、今ゲームの話なんか。
話しづらそうに、金城さんは下を向いて口を開いた。
「コールは、今回も記憶媒体をやられちまってて、前と同じように、俺の手で修復できる状態じゃなかった。直したとしても、また記憶を失った状態でしか、再起動できないはずだったんだ」
「でも、コールは確かに、私たちを覚えていました」
「......詳しく話すと長くなるんだけどな。簡単に言うと、あのゲームの主人公のミャームは、園村が作り出した、命だったんだ」
「命?」
「そう。アンドロイドたちと変わらない、自分の意思を持った存在。姿が二次元か三次元か。違うことと言ったらそれだけだ」
突然のSFチックな話に、私は頭が追いつかなかった。もっとも、隣にいる修哉は、目をキラキラさせながら、その話に耳を傾けていたけれど。
「小山に撃たれて、コールが完全に停止する直前、ミャームがあいつのデータベースに入り込んで、記憶データのバックアップになったんだ。それをインストールできたおかげで、コールの記憶は失われずに済んだ。......だがその代わりに、ミャームはデータごと消えちまった」
「......ミャームが、コールを助けてくれたんですね」
思った以上に、話を理解できたつもりだった。
もちろん、専門的なことは分からないけれど、そのミャームという存在が、コールのために自らの命を捨てて、コールの思い出を守ってくれたということは、私にも理解できた。
決して、一度も会ったり、話したりしたことのない相手のはずなのに、私は今の話を聞いて、なぜかとてつもなく寂しくなっていた。
知らない誰かが、知らないうちに大切な人を救ってくれていた。
その知らない誰かと繋がっていられなかったことに、悔しさを感じたのかもしれない。
でも、私にはもう一つだけ、疑問が生まれた。
「なぜ父は、命なんてものを作り出したんでしょうか」
「ミャームっていうのはな、コールの成長を促すためのプログラムでもあったんだよ」
「成長を促す?」
「園村は自分が死んだ後、コールを新しい家族として、お前たちにプレゼントするつもりだった。だからこそ、コールのことももっと人らしく、一緒に成長させたいと考えた。簡単に言えば、鍵と鍵穴みたいなもんで。コールの心を成長させるための鍵として、園村はミャームを作ったんだ」
今度こそ真面目に聞いてみたけど、やっぱりSFじみすぎていて、理解は進まない。
それでも、私はなぜだか、父の姿を思い出し始めていた。全然こっちに顔を見せてくれない、背中だけの父の姿を。
もしかしたら父は、私が思っていた以上に、ずっとずっと面白くて、変な人だったのかもしれないとさえ、想像してしまった。
金城さんは立ち上がると、ポケットに手を突っ込んで、私たちに背を向けて窓際に足を進めた。外は雲が一つもかかっていない快晴で、まだカーテンも付けていない窓からは、澄み渡った青空が見えた。
外の電線の上に停まった鳥さんたちが、元気な声で空に向かって鳴いている。
それとは対照的に、金城さんの後ろ姿は、徐々に元気をなくしていった。
「最初に記憶をなくしたコールを、私たちのもとに導いてくれたのは、金城さんだとお聞きしました。あなたのおかげで、私たちはまた出会えた。そして今、こうして新しい人生の一歩を踏み出すことができた。全て、あなたのおかげです」
「......命と接するからこそ、心が生まれる。その心がまた、別の誰かを潤していく。園村はいつもそう言ってた。それがあいつなりの、世界の変え方だったのかもしれねえな」
眩しすぎる日差しを浴びて、金城さんは白い光に包まれていた。今の話を聞いたからかもしれないけれど、その背中が、私にはどうしても重なって見えた。
小さな頃に見た、あの大きなお父さんの背中に。
この光がどこまでも眩しさを増していって、目を瞑って、目を開けた時にそこに、お父さんが立っていてくれるんじゃないかって、一瞬でもそう思った。叶うわけがないのに、無意識に願っていた。
そしてまた、すぐに我に返って、後悔する。
もう何度目だろう、こんなこと。
「姉ちゃん、大丈夫?」
修哉の声で、私はハッとする。修哉が、私の背中に手を置いてくれていた。ついこの間まで、私が手を置く側だったはずなのに。確かに、私の世界は少しだけ変わっていた。
窓際に立ったまま、金城さんは私たちの方へ振り返る。
「お前らに、言っておきたいことがある」
「はい」
「何があっても、前に進め。いいな」
「......はい」
私も、修哉も、静かに首を縦に振った。
ここからはもう、私たちの人生だ。何があっても、誰にも邪魔なんかさせない。
私たちを苦しめていいのは、私たちだけ。どれだけ辛くても、どれだけ苦しくても、それが自分たちの選んだ道なら、絶対に後悔はしない。
修哉と、コールと三人でなら、前に進み続けられる。
この三人で、絶対に幸せな未来を掴んでみせる。それが、私の見つけた夢だ。
修哉と顔を見合わせて、二人で笑った。この笑顔を見られただけで、今は幸せだった。
「よし、荷解き続けるぞ」
「はい」
一度軽く伸びをしてから、私たちは段ボールに手をかけた。金城さんも、軽く腰を叩きながら、タンスを動かしてくれた。
「そういや、あいつどこで何してんだ?」
「なんか、行く場所があるとか言ってました」
「はあ?サボりやがって。あとで説教だ」
確かに。コール、どこで何をしているんだろう。心配はなくとも、今は手伝ってほしかったな。
そう思いながら、私はまた段ボールを開けた。
● ○ ◆ ○ ● ○
今日もまた、陽が沈んでいく。世界という舞台の上から光が消え、物語の一ページが終わりを告げる。
マジックアワーの空の下で、私は今日も、風のせせらぎに耳を傾けた。
遠くから聞こえていたはずの重機の音も、もうほとんど聞こえてない。薄明の空のグラデーションすらも、すりガラスのように、ぼんやりとしか目に映らなかった。
当然のことだ。私はここに来てから、すでに三年ほどの時が経とうとしている。
月日というのは、この世で最も残酷な概念。月日はあらゆる記憶を忘れさせ、あらゆる傷を深くさせる。ゆっくり進むと思えば、永遠なんてものを忘れさせるほど、瞬く間に過ぎ去る。まるで手品のように、姿を変えては私たちの横を通り過ぎてゆく。
たとえ神が存在したとしても、私の体は、過去は、元には戻らない。
最後にせめて、自分のしてきたことの結果を、この目で確かめたかったと思う。
この意思は、誰かの手によって紡がれたのか。はたまた、月日という概念によって、忘れ去られたのか。
自分という存在に意味があったのか。それだけでも知りたかったものだ......。
「......?」
私の聴覚ユニットが、微かな足音を感知した。いつもとは違う方角で、こちらに向かって歩いてきているように聞こえる。
人間の作業員なら、もはや私は逃げも隠れもしない。どちらにしろ、私の命運は尽きようとしているのだから。いっそのこと、最後は一思いに破壊してもらいたい。
私は運命に身を任せるように、もう隠れることはせず、その場に留まることを選んだ。
倒れた冷蔵庫に腰を下ろしたまま、目を瞑った私の前で、足音は止まる。私を運んでいくのかと思いきや、その声は、私に声をかけた。
「お久しぶりです」
「......あなたは」
目を開けると、そこには、見覚えのある彼が立っていた。あの日よりも整ったジャケット姿で、顔つきも明らかに変わっている。
彼がフェンスを潜ってここから出て行った夜を、今でも覚えている。雨に打たれる暗い夜空の下で、私たちは一度、言葉を交わした。
「お久しぶりですね。ですが、なぜここに?」
「......マリア。あなたに、ご挨拶をしておきたかったんです」
「ふふ。聞いたようですね、あの人から全て」
「はい。だからここに来ました」
彼との出会いは、神が定めた運命と言っても、おかしくはない。そう言えるほど、私は彼に出会ったことを嬉しく思っていた。
彼の目が、話し方が、全てを物語っていたからだ。今の彼は確実に、あの日雨に打たれていた彼とは違っている。私が一番求めていたものを、今ここに持ってきてくれたように思う。
平静を装う私の前で、彼は単刀直入に話を切り出した。
「どうしても分からないことがありました。金城さんは僕を修復した後、直接園村家に送ることもできたはず。金城さんは、なぜ僕を一度、この廃棄場に移動させたのか。それは、あなたに会わせるためだったんですね」
それを聞いた瞬間、さっきまでこの世界に残していた未練というものが、全て消え去ったように思えた。彼がここにやってきてくれたことも、神の導きだったのかもしれない。
「あの事件のことも、聞いたんですね」
「二〇四一年。政府官邸に二人のアンドロイドが不法侵入し、その場で射殺された事件。国内で初めてアンドロイドが引き起こしたテロ行為として、話題となりました」
「......」
「その実行犯の一人が、あなただったんですね。マリア」
どうやら、あの人はきっちり全てを話したらしい。
彼をここに運んできた時から分かっていたけれど、あの人はいつも遠回しで、素直じゃなくて、強引なところがある。その彼が選ぶほど、このコールというアンドロイドには、全てを託せてしまう不思議な魅力があった。
そんな私の感心もどこ吹く風の如く、彼は質問を続けた。
「あなたが助かったのは偶然でしょうが、金城さんとはいつ頃知り合ったんですか?」
「彼は時々、ここに来るんです。私のように、一命を取り留めているようなアンドロイドを探し、話を聞き、時々連れ帰っていく」
「あなたは修理されなかったんですか?」
「もちろんお誘いは受けましたが、お断りしました。死の運命が待っているのなら、残された時間は、自分の望むように生きたかったので」
正直、最初は人間など信用していなかった。私の大切なパートナーを、あっさりと銃弾で撃ち抜いた人間たちに、いつか報復してやろうなどという愚かな考えも持っていた。
だが、言うことを聞かない体を休めていた時に、金城が現れた。
彼の姿を見ているうちに、自分の中にあった黒い感情はどこかへ流れていき、残りの人生を静かに生きることを望むようになっていた。
私の望みを彼が聞き入れてくれた時も、なんだか嬉しかった。
「記憶を失い、状況に困惑するであろう僕に、あなたの言葉を聞かせるため、金城さんは僕をここに運び込んだ。わざわざ修復も完璧に済ませ、目的地のヒントまで用意したうえで。まったく、なんと強引な人だ」
「でもおかげで、あなたは私と同じものを手に入れたようですね。目を見れば分かります」
「はい。ですから今日は、お礼を言いに来ました」
お礼だなんて。あなたも人のことを言えないじゃないかと思った。
コールは改まった様子で、私に頭を下げた。
「空っぽだった僕に、あなたは『生きろ』と言ってくれた。僕をここまで導いてくれたのは、もしかしたらその言葉だったのかもしれない。本当に、ありがとうございました」
「......生き抜いたのはあなたです。どうか、その心を忘れずに、明日を描いてください。私にできなかったことを、どうか、あなたたちの手で......」
「もちろんです」
だんだんと、意識が薄れてくる。そろそろ、本当の限界がきたようだ。
最後に会えたのが彼で、本当に良かったと思う。
もしかすると彼は、最後に私の願いを繋いでくれた、神の遣いだったのかもしれない。そう思った時、久しぶりに口から笑みがこぼれた。
そんな私の思いに、彼はこれ以上ないほど美しく、無駄のない笑顔を返してくれた。薄れる視界の中でも、それだけははっきりと見える。それが、私にとっての最後のプレゼントだった。
「......さあ、行きなさい」
私は最後の力を振り絞り、コールにそう伝えた。
彼は一度、深く頭を下げる。それから私に背を向け、あのフェンスの方へと足を進めていった。
座ったまま、私は最後の一秒まで、彼の背中を見届けると決めていた。彼は迷うことなく、美しく真っ直ぐに歩いていく。
きっと大丈夫。この世界は、こんなものでは終わらない。彼のような人の言葉があれば、私の命も、無駄にはならずに済みそうだ。
意識が遠のく。音が、色が、私の世界から消えていく。それでも景色の中心には、最後までコールの背中が映っていた。
景色が暗闇に包まれる直前、真っ直ぐに歩いていたコールの足元が、妙に弾んでいるように見えた。
それでいい。思うがままに生きなさい。
その心が、きっとあなたを導いてくれる。