『R』の契約
女王ロザリアの、あまりにも痛切な告白。
テラス席に再び静寂が落ちた。ハーブティーの湯気だけが、彼女の涙を隠すようにゆらゆらと立ちのぼる。
オタクミはしばらく黙って、その言葉を受け止めた。怒りも敵意も、もはやない。目の前にいるのはプライス・カルテルの大幹部でも、一国の女王でもない。自分の「好き」を世界に否定され、歪まざるを得なかった、一人の孤独な「オタク」だった。
「…アンタの気持ち、少しだけ分かる気がするよ」
静かに言ってから、彼は続ける。
「俺も、自分の『好き』を誰にも理解されない時期があった。馬鹿にされたり、気持ち悪がられたりな。だから、アンタが『価値』って鎧で自分を守ろうとした気持ちも…」
そこで言葉を切り、プロデューサーの厳しい顔つきに戻る。
「でも、それでもだ!」
声に力が宿る。
「アンタがやった『パチモン』作りは、絶対に許されない! リアや、この街で初めて『創る喜び』を知ったクリエイターたちの魂を、金儲けのために踏みにじる行為だ。――それって、アンタが一番憎んでたはずの、父王や貴族と同じじゃないか!」
ロザリアは、はっと顔を上げる。反論はない。彼女は再び俯き、自らの過ちの重さを噛みしめた。
だが次の瞬間、オタクミの表情がぱっと明るくなる。
「…だがしかしッ!」
身を乗り出す。
「あの短納期で、あれだけのクオリティと物量を揃えるとは…! あの生産ラインと技術力! あの完璧なまでの『偽物』を作り上げた情熱! 正直、喉から手が出るほど欲しいッ! 敵ながら感服した!」
「は…?」
予想外の賛辞に、ロザリアは呆気にとられる。
オタクミは一本指を立て、ビジネスマンの顔つきで言った。
「才能の無駄遣いだ! その技術力があるなら、もっと建設的なことに使おう。例えば――そう」
悪戯っぽく笑う。
「俺たちの『公式スポンサー』になるってのは、どうだ?」
「…なんですって?」
「決めた!」オタクミはテーブルを軽く叩く。「女王ロザリア、アンタを俺たちの『公式スポンサー』に任命する! その代わり、アンタの作るアクスタには『公認』の証を刻んでもらう!」
「公認…の証…?」
ロザリアが眉をひそめると、オタクミは懐から羊皮紙と木炭を取り出し、さっと一つのマークを描いて見せた。ロザリア(Rosalia)の頭文字「R」を丸で囲んだ、実にシンプルな印。
**「R」**
「これは『ロザリア公認(Rosalia Official)』の証だ!」
ドヤ顔でマークを指し示す。
「この印がついた商品は、アンタの最高の技術と財力で作られた高品質な『公式グッズ』になる。俺たちが作る、愛情はこもってるけどちょっと不格好な『同人グッズ』とは、はっきり区別できる! どうだ? ファンはどちらも安心して買える。アンタは品質を追求できる。俺たちは自由な創造を楽しめる。――完璧なWin-Winだ!」
『それ、ただの登録商標マーク(R)じゃねえか! しかもロザリアのRかよ! うまいこと言いくるめおって、この男!』
ゴルドスのツッコミが炸裂するが、当人は聞こえない。
ロザリアは、その単純明快な提案と「R」の印を、しばし無言で見つめた。敵対ではなく「公式」という形で文化圏に参入し、自らのプライドを保ったまま共存を図る。しかも、自分のイニシャルが新しい文化の「公認」の証となる――。
(…面白い)
久しぶりに、心からの笑みが唇に浮かぶ。
(この男…いえ、このプロデューサーは、わたくしの想像をいつも軽々と超えてくる)
彼女はカップの残りを飲み干し、優雅に立ち上がった。そして、女王としてではなく、一人の「パートナー」として、手を差し出す。
「ふふ…面白いことを考えますのね。よろしいでしょう。その『R』の契約、結んでさしあげますわ」
その瞳には、もはや敵意はない。新たな挑戦への好奇心と、どこか楽しげな光。
「最高のパトロンになってさしあげます。その代わり――」
悪戯っぽく笑みを深める。
「わたくしの推し…あの銀髪の騎士様のグッズも、最優先で作っていただきますわよね?」
こうしてラザリスの小さなカフェで、異世界の文化と経済を揺るがす、奇妙で確かな同盟が静かに結ばれた。
文化戦争は終結し、新たな創造の時代が――今、始まろうとしていた。




