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女王の謁見

「女王ロザリア陛下、待ちきれずに、自らここラザリスにお越しになられました!」

王宮騎士の絶叫は、時が止まったかのような馬車工房に、無慈悲に響き渡った。


我に返ったオタクミが、最初に叫んだ。

「な、なんだとぉぉぉ!? まずい! まずいぞ! こんなペンキと油にまみれた姿で、女王陛下に会えるか! 総員、第一種戦闘配備! いや、第一種正装配備だ!」


そこからの数分間は、まさに狂騒だった。

リアは「ど、どうしましょう!」と右往左往し、セラは「知るか!」と言いながらも一番素早く身なりを整え始め、アーグは「落ち着け! まずは礼儀作法の確認だ!」と、なぜか懐から分厚い貴族作法事典を取り出す。


一行が、カフェの自室でなんとかマシな服に着替え終わった頃、再び騎士が訪れ、彼らを女王が待つ場所へと案内した。


謁見の間に指定されたのは、ラザリスで最も格式高い、ギルドの貴賓室だった。

しかし、その内装は一変していた。壁にはアストリア王国の壮麗な旗が掲げられ、床には真紅の絨毯が敷かれ、部屋の奥には、どこから運び込んだのか、豪華な玉座が鎮座している。

彼らのホームであるはずのラザリスが、ほんの数時間で、完全にアストリア女王の支配領域へと作り変えられていた。


そして、その玉座に、彼女は座っていた。


女王ロザリア。

陽光を編み込んだかのような金髪、宝石のアメジストを嵌め込んだかのような紫の瞳。その美貌と、全身から放たれる圧倒的なカリスマは、ただそこにいるだけで、周囲の空間をひれ伏させるほどの力を持っていた。


「面を上げなさい、ラザリスの創造主たち」

鈴を転がすような、しかし威厳に満ちた声だった。


オタクミたちは、緊張しながら顔を上げた。

女王ロザリアは、優雅な笑みを浮かべていた。


「あなたたちの『ルミナス通信』、実に興味深く拝見しましたわ。特に、リア殿の描かれるイラスト…あの小さな体の中に、キャラクターの魂を凝縮させる画法、実に素晴らしいですわね」


「あ、ありがとうございます…!」

リアは、尊敬する女王からの直接の賛辞に、顔を真っ赤にして恐縮している。


ロザリアは、さらに扇を唇に寄せ、まるで秘密を打ち明けるように言葉を続けた。

「…特に、背中を預け合う二人の騎士。あの構図…なぜか既視感がありましたわ。決して視線を交わさぬまま、互いを信じ合う姿…あれこそ、物語が生む“可能性”ですわね」


リアは「っ……!」と息を詰めた。

彼女しか知らぬはずの“落書き(騎士BL絵)”が、確かに女王の目に触れている――。


女王はアーグの方へも視線を移す。

「そして、アーグ・ビルダネス。あなたがラザリスの経済を活性化させているという噂も、わたくしの耳に届いております。その商才、見事なもの」


「…もったいのうございます」

アーグですら、彼女の気品と、的確な評価に、自然と頭を下げていた。


そして、女王の視線が、オタクミに注がれる。

彼女は席から立ち上がると、オタクミのすぐそばまで歩み寄り、扇で口元を隠し、内緒話をするように、彼にしか聞こえない声で囁いた。


「オタクミ殿。あなたの書かれた騎士の記事…そして、リア殿が添えられた挿絵。あの甘美な緊張感…ええ、よく分かります。わたくしも、同類ですもの」


その言葉を聞いた瞬間、オタクミの中で、全ての警戒心と緊張が歓喜へと変わった。

(同志だ…! 間違いない! この方こそ、俺が探し求めていた、高貴にして、最高の理解者…! 俺たちの『尊み』の全てを、この方にも!)


有頂天になったオタクミは、最高の贈り物として、一行が生み出した至高の芸術品を、女王に献上した。

「陛下! これが、我々の技術と『尊み』の結晶、『アクリルスタンド』でございます!」


「まあ、これが…」

ロザリアは、オタクミから差し出された、スライム製のミスティアのアクスタを、優雅な手つきで受け取った。

彼女は、その透明な板に描かれた美少女を、うっとりと眺めているように見えた。


オタクミは、同志に最高の贈り物ができたと、満足感に打ち震えていた。


しかし、セラとアーグは、その女王の瞳の奥に、別の光が宿っているのを見逃さなかった。

女王は、アクスタを指で弾き、その硬度を確かめている。

光にかざし、その透明度と、不純物の有無を検品している。

イラストを、芸術としてではなく、商品として、その価値を分析している。


それは、ファンが推しを愛でる眼差しではなかった。

商人が、商品を値踏みする、冷徹で、分析的な「鑑定眼」だった。


やがて、彼女はうっとりとした表情のまま、しかし、その声色だけを、ほんの少しだけ変えて、呟いた。

「素晴らしいですわ…。この透明度、この色彩。そして何より…」


彼女の優雅な笑みは、変わらない。

だが、その瞳の奥の光は、完全に死んでいた。


「この芸術が、スライムの体液という、ほぼ無価値な素材から生み出されているという事実が、何よりも素晴らしい!」


さらに彼女は、アクスタを掲げ、冷ややかな声で続けた。

「これほど安価にして軽量、輸送にも耐える。…まさしく我が王国の輸出の目玉となりましょう。軍資金に化ける未来が、もう見えるようですわ」


その言葉に、オタクミの心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。

カフェの和やかな雰囲気は、もはやどこにもなかった。


謁見の間の空気は、まるで薄氷の上を歩くような、張り詰めた緊張感に支配され始めていた。

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