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“魂の教え方”はどこにある?

カフェ『KIRABOSHI』の朝。

開店前の準備を終えた一行は、テーブルを囲んでホットドリンクを片手に、次なる目標について話し合っていた。


「……というわけで、次のライブ予定地で披露するユニット曲の練習、そろそろ本格的に始めたいわけだが……」

オタクミがカップを置きながら切り出す。


「シエルの歌声を核に、リアの振付、セラのダンス、アーグの……まあ重低音的なオーラを加えれば、**“キラボシ流ユニット”**が完成する……!」


「で、どうやって“核”を強化するの? 教えるの、本人しかいないよね」

リアが自然にシエルの方を見やる。


突然話題を振られたシエルは、目を瞬かせたあと、そっと頷いた。


「……やってみます。あの……私、人に何かを教えるなんて、したことないけど……。でも、私の歌声で誰かを笑顔にできるなら……」


ぴーちゃんが肩の上で「きゅるる」と鳴いた。


「よっしゃ! ボーカルトレーニング、始動だな!」


オタクミが立ち上がり、腕を組んでキメ顔をする。


「とはいえ、最初からみんな相手じゃ大変だし……まずは一人だけ試しに……」


「はいはい、わかってるわよ」

セラがすっと手を挙げた。

「どーせ、私でしょ。リアは優等生で素直すぎるし、あんたは……論外よね 。実験台にするなら、反応の分かりやすい私ってわけね」


「さすが……シーフだけに察しの鋭さがいいですなあ〜!」


「……褒められてる気がしない」


「……セラちゃん、お願いできますか?」

小さく頭を下げたシエルに、セラは目を瞬かせたあと、肩をすくめて言った。


「いいわよ。私も、その……アイドルっての、ちょっと興味あったし………」


こうして、“即席スタジオ”でのボーカルレッスンは、

シエルとセラ――内気な教師と、無愛想な生徒の、ぎこちない組み合わせから始まることになった。



カフェ『KIRABOSHI』の地下。物置を片付けて作った即席のレッスンスタジオに、シエルの緊張した声が響いた。

教本代わりの古びた詩集を胸に抱きしめ、ぴーちゃんを肩に乗せたその姿は、どこか“先生”というより“先生役をがんばる子ども”のようだった。


生徒は、ダンス担当だったはずが「声の個性強化のため」と巻き込まれたセラ、ただ一人。

壁際には、プロデューサー(仮)のオタクミと、見学のリアが、まるで授業参観に来た保護者のような面持ちで見守っている。


「……まず、お手本を……は、はい……」


シエルは一度だけ目を閉じて息を吸う。

そして、ぽつりと口を開いた。


「……あー……」


それは、たった一音――しかし、心の深層まで浸透するような、澄んだ哀愁を湛えた響きだった。

シンプルなのに、聴く者の胸を掴んで離さない。

リアは思わず両手を胸に当て、アーグは無言で唸る。


そして、セラ。


「……あー……」


自分なりに真似たつもりだが、どうしても、ただの“音”にしかならない。

何かが――決定的に、足りていなかった。


「……違うわね」


セラ自身が、誰よりも早く気づいた。

彼女は眉をひそめ、シエルを見つめる。


「あんたの声には……妙な“引力”がある。白米三杯いけそうな……圧があるのよ。どうやってんの、それ?」


「……しろごはん?」


首を傾げたシエルは、精一杯言葉を探しながら、答えようとする。


「え、えっと……まず、この世界の成り立ちについて考えます……。すべては、やがて無に帰る定め……。そのなかで自分だけが、今ここに存在しているという、耐えがたい孤独を……魂で感じます……」


「…………」


「そして、その虚無感を喉の奥でいったん、ぎゅっと圧縮して……そっと、息に乗せて、音にするだけ、です……」


「…………っはあ?」


セラはこめかみを押さえ、頭を抱える。


「ムリムリムリ! そんなん考えてたら、次の歌詞忘れるわ!」


シエルは「えっ」と固まり、再び気まずい沈黙がレッスン室に降りる。


セラは悪気があるわけではない。むしろ、どうにか理解しようとしていた。

だが、あまりにも“魂”を要求されすぎて、処理が追いつかない。


そんなふたりを見て、リアも苦笑い。

空気がだんだん、重く、重く沈んでいく――


「だぁあああっ! 」


不意に、壁際からオタクミが叫び、中央へ躍り出た。


「シエル! 君の教えは高尚すぎる! セラ、お前は真面目すぎる! いいか、アイドルとは――魂だ!」


バッと魔道蓄音機を指差す。


「音楽を流せ、アーグ!」


(ふふ……俺の脳内には、すべてのライブ、すべての振りが完璧に保存されている!)


そう自信満々に、音楽に合わせて動き出すオタクミだったが――


カクカク、クネクネ、ぬるぬる、バシィッ(謎の変な決めポーズ)


そこにあったのは、巫女が神を呼んでいるのか、脳を突っつかれたナマコが痙攣しているのか、判断に困るほど独創的なヘンテコダンスだった。


「……なにそれ……UMA……?」


セラが唖然と呟いた瞬間、堰を切ったように、リアが爆発した。


「ぷっ……くふっ……あはははははっ! せ、先生ぇっ、なにその顔っ! その腰! 謎のキレッキレっ!」


シエルも、ぴーちゃんも、見たこともないような顔で固まり――


「……くすっ」


初めて、彼女の口から、心からの笑いがこぼれた。


その瞬間、凍っていた空気が溶けた。

爆笑とツッコミと、何より“楽しさ”が、レッスン室に満ちていく。


オタクミは、ダンスを終えた後もきょとんとしていた。

自分の動きが、なぜあれほど笑われたのか分かっていない。


だが、その笑顔に包まれながら、彼はふと呟く。


「……いいじゃないか……完璧じゃなくても……笑えたろ? それが“最初の一歩”なんだよ」


セラも、シエルも、思わず頷いた。


(楽しまなきゃ、伝わらない)


それは、頭ではなく、心で納得するしかないレッスンだった。



その日の午後、笑い疲れた一行がカフェでお茶を飲んでいると、アーグが古びた書物を持って静かに現れた。


「彼女が自分の“歌の本質”を教えられないのは、たぶん……まだ、自分で理解しきれていないからだ」


古文書をめくりながら、彼は一つの地名を指差した。


「ここ。『魂の残響洞窟』。声の主の魂の音が反響し、形を得るという古代遺跡……。この場所なら、彼女自身の“本質”が見えるかもしれない」


「見える……シエルの“魂の楽譜”が……!」


オタクミが燃える。

リアは「面白そう!」と目を輝かせ、セラは「また面倒くさいのが来たわね」と呟きつつも、武器の手入れを始める。


シエルは、不安そうに皆を見回し――


しかし、リアの笑顔。セラの信頼。ぴーちゃんの鳴き声。

それらに包まれながら、静かに、でも確かに頷いた。


「……私、もう少しだけ、頑張ってみます!」


こうして、“魂”と“音”に向き合う、不思議で騒がしい強化合宿が――いま、幕を開けようとしていた。

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