ラザリス・アイドルスカウトキャラバン
朝の光が街を照らす頃、ラザリスの大通りを一人の男が颯爽と歩いていた。
その手には、一枚の羊皮紙が握られている。
「ふふ……この“アイドル三原則”に該当する逸材さえ見つかれば……この世界は一段階上の尊みに進化する……!」
オタクミ、プロデューサー・モード全開である。
彼の視線は鋭い。まるで路上のアイドル卵を一瞬で査定する、伝説のスカウトマンのようだ。
一緒に歩くリア、セラ、アーグはその熱量にやや引き気味だった。
「先生、完全に“選定者”の顔してますね……」
「というか、完全に不審者ね……特に視線の運び方が」
ゴルドスは鞘の中で眠ったふりをしていた。
それでもオタクミは止まらない。彼の目には、ただ「理想のアイドル」を求める情熱しか映っていなかった。
そんな折、リアが市場の花屋を指差す。
「先生、あの子……!」
そこには、陽だまりのような笑顔で客に花を手渡している少女の姿があった。
「このお花が、あなたに幸せを運びますようにっ!」
パァァァァァ……
まるで光が降り注いだかのようなその笑顔に、通りがかった客たちも思わず足を止める。
リアの目は潤んでいた。
「すごい……笑顔だけで、人を幸せにできるなんて……!」
「……ふむ、笑顔の質は高いな」
オタクミも腕を組んで唸る。
しかし、その時だった。
客が立ち去った直後。
少女の顔から、ぱたりと笑顔が消えた。
「チッ……」
無表情で舌打ちする。
「幸せぇ? 3日で枯れてゴミになるっつーのに……ほんとバカばっか」
その言葉が耳に飛び込んできた瞬間、リアは凍りついた。
「そ、そんな……あんなに素敵な笑顔だったのに……」
その横で、オタクミは――
遠い目をして、空を見上げていた。
「……リア、これが現実だ」
その声には、長年の傷がにじんでいる。
「**『接触イベは神対応、裏アカでファンはゴミ』**タイプ……俺のいた世界にも山ほどいた。握手会では『○○くんのこと、だーいすきだよっ!』とか言っておきながら、夜には鍵垢で『今日の接触、汗臭いメガネきたマジ萎えた』って呟いてた……そんな光景を、俺は何度も見てきたんだ!!」
リア「うぅ……ひどい……!」
「彼女の心にあるのは、物語性のある“絶望”じゃない。ただの“バイト疲れ”から来る日常の毒だ。俺たちの心を救う“尊み”は、そこからは生まれない。次だ!!」
静かに、しかし一切の妥協なく、オタクミは踵を返した。
⸻
午後。冒険者たちで賑わうラザリスの酒場に立ち寄った一行。
その一角のステージでは、一人の女性がしっとりとバラードを歌い上げていた。
その声は透き通り、どこまでも儚い。まるで失恋の痛みをそのまま音に変えたような歌声だった。
客たちは静まり返り、全員が引き込まれている。
オタクミも、思わず息を飲んだ。
「これは……上手い。見事な“エモ歌”……!」
「……もしかして、先生の求める“絶望の微笑み”って、こういう感じなのでは……?」
リアが期待を込めた声で囁いた、そのとき。
ステージ裏の楽屋から、声が漏れ聞こえてきた。
「あーーつっかれたぁぁ〜〜〜 なんで毎回あたしが、あんなジメジメした失恋ソングばっか歌わなきゃいけないワケ!? 本当はさぁ、ドコドコの爆音でギターぶっ叩いて、『オラァ!!』って叫びてーのに!」
「…………」
「…………」
リアの顔が再び曇る。セラは無言で溜息。アーグは苦虫を噛み潰したような顔。
そして――オタクミは、またも遠い目をしていた。
「……いるいる。こういうのも」
「**『運営の推しコンセプト、本人ガン無視』**タイプ。無理やり“清楚”路線を強いられてるけど、本人はドス黒メタル信者。休日は革ジャンで魔獣狩りに出かける系だ!!」
「俺がかつて推してた声優も、プロフィールでは『趣味はお菓子作り♡』って言ってたのに、数年後のインタビューでは『趣味は酒とパチンコ』って豪快にカミングアウトしていたな……」
「彼女の歌は確かに上手い。だが……そこに“魂”はない。他人の作ったキャラを着せられて、他人の作った歌を歌わされてるだけだ。レンタルの魂じゃ、俺たちの推しには届かない……却下だ!」
⸻
仲間たちが重たい空気に沈む中、オタクミはゆっくりと空を仰いだ。
「やっぱり、アイドルってやつは、簡単には見つからねぇな……」
『……だが、それゆえに尊い。推しとは、千年に一度の邂逅であるからして……』
ゴルドスの言葉に、オタクミは頷いた。
「探す価値があるってもんだよな……行こう、次だ! 俺の魂が震える“本物”が、きっとどこかで待ってるはずだ!」
アイドル三原則を片手に、オタクミのスカウトキャラバンはまだまだ続くのであった………。




