推しを守るために
「……店内の商品をすべて奪え。ついでにこの場も、ブチ壊してやれ!」
ジルバが軽く顎をしゃくると、背後の手下たちが一斉に動き出す。
「了解、ボス!」
「売り物のグッズはあの棚だな! オラァ!」
「棚ごと持ってけぇぇ!!」
ギャアアアアアア!!!!
店内が阿鼻叫喚に包まれる。テーブルが倒れ、ラテがぶちまけられ、ミスティアのラテアートが泡と共に消えていく。
「やめろぉぉおおお!!」
アーグが怒声を上げた。その叫びは、かつての転売魔幹部のそれではなかった。
それは、一人の“ファン”の、尊き世界を守ろうとする魂の叫びだった。
バン!!
椅子を蹴り飛ばし、アーグは真っすぐにジルバへと突進。
ドゴォッ!!
鋭く回転したアーグの踵が、ジルバの腹部に炸裂した。
「ぐぉっ……!」
ジルバが吹き飛ぶ。
「……無粋な奴らだ。推し空間を穢すなど、断じて許さん」
アーグの足元から、土塊がせり上がる。
「“牙の礫”!!」
地面から飛び出した鋭利な土の槍が、襲いかかる部下たちの足元を裂く。
バラバラと悲鳴を上げて倒れていく男たち。
「ちっ、元幹部の実力は伊達ではないか」
「……ふん。貴様らなど歯牙にもかけん」
再び土の礫を纏ったアーグが、地を滑るように走る。指先で敵の肩のツボを突き、次の瞬間には足を絡めて投げ、続く一人を土礫で目潰し――
「ッッ! クソがあああああ!!!」
「やべえ、マジで止まらねえぞこのジジイ!!」
アーグの動きは正確無比だった。
まるで修羅。まるで剣戟。
しかし――。
「……まったく、元部下なのに容赦ねぇな」
ジルバが、袖から銀色の装置を取り出した。
「“魔力拡散攪乱装置”、起動」
キィィィン――
蒸気のような煙が店内に広がった瞬間、アーグの身体から迸っていた魔力の流れが急に鈍る。
「ぐ……っ……!?」
「オッサン、もう時代遅れなんだよ」
ジルバが立ち上がる。
攪乱装置が店内の魔力密度を攪乱し、術式の編成を崩していく。
「こ、これは……魔力が……練れん……!」
ようやく数で上回った部下たちが、再びアーグに殺到する。
「もう限界か!? さすがに一人じゃ無理だろ、ジジイ!」
「おい、囲め囲めェ! 一気にボコるぞ!」
ドガッ!!
アーグの肩に鈍器が叩き込まれる。
「うっ……!」
バキッ!
土塊で作った盾が割れる。
「お前はもう終わりだァ!」
部下が鉄パイプを振り上げる――そのときだった。
\ガラララッ!!!/
「そこまでだァァァァァ!!!」
⸻
時は少しさかのぼる。
コラボカフェの厨房では、接客の合間にも関わらず、あるプロジェクトが進行していた。
「先生、ほんとにこの配合で大丈夫なんですか……?」
リアが心配そうな顔で、ピンクと青の液体を混ぜたガラス瓶を見つめている。
「大丈夫大丈夫、俺の記憶にある“輝星のルミナス!深海編”の限定ドリンクを再現しただけだ。
名称は――《ミスティア様のミラクル・キラキラ・メモリアル・マーメイド・ソーダ》だッ!!」
「長い!」
セラが奥の棚でタオルを畳みながら冷たくツッコミを入れる。
「でもこのピンクと青の二層が、“ミスティアとルナリアの相克”を表してるんだよ! しかも、上から金粉を落とすことで“魂の交差点”を再現……!」
「先生。早口になってますよ」
「ごめんて」
リアの優しいツッコミが胸に刺さる。
だが、オタクミの目はマジだった。
「このドリンクが完成すれば、推しドリンクランキングで異世界初の“S級”認定を狙える……!」
「そんなランキングあるんですか……?」
「今から作るんだよ!!」
力強く言い切り、オタクミはグラスの中にそっと金粉を振りかけた――その瞬間。
ボンッ!!
「ギャアアアアアアアア!?!?!?」
突如、グラスの中で炭酸と魔法ハーブが過剰反応を起こし、激しく泡立つ!
「先生!? な、なんですかこれぇえええ!?」
「ちょっ、やばい、炭酸にスライムエキス入れたせいで魔力増幅が……!?」
「え、なんでそんなのいれたんですか!?爆発……? 爆発するんですか!?」
「アクスタの素材があまって、食材にも使うって聞いたから……(早口)
はっ!……リア、伏せろ!!」
\ブシャアアアアア!!/
天井まで舞い上がる、ピンクと青の“泡ミスト”!
厨房は一瞬にして、魔法少女の変身直後のようなラメだらけの光景に染まった。
「「わあああああ!! 」」
リアが泡まみれのスカートを絞る。厨房の床はスライムシェイク状態だった。
「セラァァァァァ!! モップ持ってきてぇぇぇええ!!」
「うわ、何このラメ泡地獄!? オタクミ、あんた何かしたの!?」
「一番に俺疑うのね! そうです!私が犯人です!!」
セラは素早くモップを渡し、オタクミとリアが必死に泡をかき分け、スライムの粘液を拭き取る。
――その時。
\パチ……バチバチッ……/
厨房の照明が、急に一瞬だけチカチカと明滅した。
「……ん?」
オタクミが手を止める。
\ザザッ……店内に異常な魔力反応……暴力的エネルギーを検知……/
「……! 今のホールの方で……!」
「セラ! 店に異変が起きてるかもしれない! すぐに――」
「もうとっくに行ってる!」
セラはすでに、ホールへと駆け出していた。
「くそっ! 俺たちも行くぞリア!!」
「はいっ!」
泡まみれの手で厨房の裏口を開け、戦場と化したホールへと飛び出していった――。
⸻
裏口が勢いよく開き、買い出しから戻ったオタクミが飛び込んでくる!
「一人で背負うなああああああ!!」
ギュオオオオオン!!!
その腰には、**痛武器**が!
「……貴様……!」
床に膝をつくアーグを、オタクミが支える。
「元転売魔! お前の怒り、俺が預かった! お前が守りたかったこの空間、俺たちの“推し空間”、俺たちが取り返すぞ!!」
「……ふん。馴れ合うつもりはない」
「でも、君のその奇妙な武器の力――利用させてもらう!」
「この痛武器は鑑賞用だぁぁぁ!!」
\シャキィィィィィン!!/
オタクミが鞘から抜き放った痛武器が、唐突に変形を始めた。
\ギィィィィイイン/
刃が引っ込み、柄が伸び、側面のプレートが展開していく。
\カシュッ……クカカカカ……バァン!!/
セラ、リア、ジルバ、そしてアーグまでもが、目を丸くする。
「お、おい……なんだその姿は……」
そこに現れたのは――
“等身大アクリルスタンド形態:ミスティア・ルミナスver.”
台座付き、半透明のフルカラーレーザーエッチング。虹色のリフレクション加工、台座はLED付きで光る。
「……これ……このポーズ……ッ!」
彼の脳裏に、一つの記憶が甦った。
――アニメ第21話、「最後の輝き」――
敵に囲まれたミスティアが、自分の命を引き換えに魔法陣を展開するあの瞬間――
涙をこらえ、でも希望を捨てず、最後にふっと笑う。
その“魂の演出”を、アクスタが、まさに再現していた。
「推しが……立ってる……! 生きてる……!」
オタクミは震える手で、そっとアクスタを見つめ高らかに叫ぶ。
「俺の痛武器は――! ただの武器じゃねぇ!! “展示モード”だッ!!」
『それで戦えねぇじゃねーかあああああああ!!』
ゴルドスが思い切りツッコむ。
「違う! 見ろ、この輝き……“尊さ”の塊だ!!」
一同「……」
アーグ「…………やはり、お前は……正気じゃないな」
だが――ジルバは怯んでいた。
「な、なんだ……この威圧感は……!?」
リアが言った。
「尊さは、時に戦う力になります」
セラがナイフを構える。
「……アンタたち、ここが“推しカフェ”だってこと、わかって来てんのよね?」
こうして、異世界初のコラボカフェは、尊みを守るための本気バトル?へと突入していく!




