エイプリルフールについた初めてのウソ
「ウソつきは泥棒のはじまり」とはよく言ったものだ。
テレビに映る犯罪者のほぼ100%がウソで塗り固められた人生を送っている。
ある者は高齢者の孫を語り。
ある者はリフォーム業者を装い。
ある者は警察官に変装し。
ある者は弁護士を名乗る。
彼らはみんな詐欺罪で捕まった人たちだ。
そこに同情の余地はなく、捕まって当たり前。可能な限り重い罰を与えて欲しいと僕は思う。
なぜなら人を騙すというのは、相手の心をずたずたに切り裂く卑劣な行為だからだ。
だから僕は生まれてから14年間、一度もウソをついたことはない。
「オレ、髪型変えたんだ。カッコいいだろ?」
仲のいいクラスメートが髪型を変えてそう言ってきたとしても、ダサければ「ダサい」と言うし、似合わなければ「似合わない」と僕は言う。
「新しい香水つけてきたの。いい匂いでしょ?」
隣の席の子が香水をつけてきて臭かったら「くさい」と言うし、吐き気がするほどだったら「吐きそう」と教えてあげる。
それがウソをつかない僕の信条だ。
ウソは相手の心をずたずたに切り裂く行為。
心に傷を負わせるそんな行為は絶対にしないと心に決めている。
でもなぜか、たまにみんな僕の言葉で悲しそうな顔をする。その場の空気が悪くなる。
香水をつけてきた子にいたっては「ひどい」と泣かれてしまった。
本当のことを言っただけなのに、なぜか僕の言葉はウソだと思われてるようで心外だった。
「ねえ、どうして泣いてるの? ウソじゃないよ、本当だよ!」
精一杯叫んでみても「それ以上言わないで」とさらに泣かれてしまった。
どうやら僕の本心はみんなには伝わりにくいようだった。
「君はあまり本音を言わないほうがいいと思うな」
ある日、僕にそう言ってきたのは親友のスグルだった。
ずっと昔から仲の良かったスグルはクラスの委員長だ。
彼はウソをつかない信頼できる人だった。
そんな彼が僕に「本音を言わないほうがいい」と言ってきた。
「どうして?」
尋ねる僕にスグルは言う。
「君の本音は相手を傷つけるから」
ナイフでえぐられるような言葉だった。
相手を傷つけないために本当のことを言ってるのに、どうして相手が傷つくのか。
意味が解らなかった。
「どうして? ねえ、どうして? 僕、本当のことを言ってるだけだよ?」
「本当のことでも言っちゃいけない言葉があるものなんだ。ウソをつくことも大事だよ」
彼からそんな言葉が出るなんて信じられなかった。
ウソつきは泥棒の始まり。
幼い頃に死んだ両親から教わった言葉だ。
「ウソつきは泥棒の始まりだから、絶対ウソはいけないよ」
僕はその言葉を胸に今まで生きてきた。
それなのにウソをつくことも大事って、どういうことだろう?
「ウソはダメだってずっと言われてたのに」
うなだれる僕にスグルはしばらく考えてポンと手を打った。
「じゃあ、今度のエイプリルフールにオレにウソをついてよ」
「エイプリルフールに?」
エイプリルフールといえば3週間先だ。
僕らは進級するから同じクラスじゃないかもしれない。
「連絡先教えるから、メールでも電話でもなんでもいいからオレにウソをついてよ」
あまり気乗りはしなかったけど、「オレは絶対傷つかないから」というスグルの言葉を信じてウソをつく約束をした。
それから3週間。
僕は彼にどんなウソをつこうか考えた。
今までウソなんてついてこなかった僕からしたら、とても難しい問題だった。
本当のことのようなウソのほうがいいのか。
ウソとわかりきったウソのほうがいいのか。
全然わからなかった。
考えながらも両親の言葉がふとよみがえる。
「ウソつきは泥棒の始まりだから、絶対ウソはいけないよ」
でも僕はスグルと約束したんだ。
これは約束したウソだから泥棒の始まりにはならないはずだ。
そう自分に言い聞かせて3週間悩みに悩みまくった。
そして迎えた4月1日。
世間一般ではエイプリルフールの日。
ウソをつかない僕にとっては今までなにも思わなかったけど、こうしてこれからウソをつくと思うと緊張してしまう。
そして僕はスグルにつくウソをまだ決められないでいた。
どんなウソをつこう。
明るいウソのほうがいいだろうか。それとも暗いウソのほうがいいだろうか。
いや、そもそも僕は本当にウソをついていいのだろうか。
ウソをつかないことが僕の信条だったのに。
約束したとはいえ、ここにきて僕はウソをつくことにためらいを感じ始めていた。
そんな中、スグルからメールが届いた。
『ウソは考えた?』
僕はドキリとしながら返信した。
『考えたけど何も思いつかなかった』
しばらく待っていると、再度彼からメールが届いた。
『なんでもいいよ。今日はエイプリルフールだ。君の好きなウソをついてよ』
好きなウソと言われても。
悩みに悩んでいると、スグルからさらにメールが届いた。
『じゃあオレから言うよ? オレね、来週引っ越すんだ』
ドキッとした。
来週引っ越す?
スグルが転校する?
『ちょっと待って! 転校するの!?』
『あはは、冗談だよ。エイプリルフール』
こいつ、と思った。
やっぱりウソはよくない。
僕はウソは絶対つかないようにしよう。
そう思っていると、スグルからのメールが追加された。
『本当はね、今日引っ越すんだ』
え? と思った。
今日?
来週じゃなくて今日?
本当に引っ越すの?
『今日? 今日引っ越すの?』
『うん。だから今日でお別れ』
ちょっと待って。
突然すぎてわけがわからない。
これもエイプリルフール?
僕は混乱しながら文字を打った。
『ウソなんでしょ? エイプリルフールだからウソついてるんでしょ?』
『これは本当』
目の前が愕然とした。
ずっと仲の良かったスグル。
それがいきなりいなくなるなんて。
僕らはずっと友達だと思ってた。
『だから最後に君のウソを聞きたいな』
僕は思わずスグルに電話をかけた。
ほどなくしてスグルが通話に出る。
『もしもし』
『もしもし、スグル?』
『なんだい。直接ウソを言ってくれるのかい?』
いつものスグルの口調に僕は胸が締め付けられる。
でも僕はそれを抑えこんで言った。
『バ、バ、バーカ!』
それが僕の精一杯のウソだった。
スグルは馬鹿じゃない。でもバカって言ってやりたかった。
『あはは。それがウソかい?』
『そうだよ、バーカ。お、お前なんてもう友達でもなんでもない。どっか行っちゃえ!』
言いながらなんだか涙があふれ出てきた。
『ありがとね。オレ、君と友達で本当によかった』
電話越しのスグルの声もかすれてた。
やっぱり。
やっぱりウソは相手の心を傷つける。
もう絶対ウソなんてつきたくない。
そうは思っているのに、僕はいつまでも『バーカ! バーカ!』とスグルに言っていた。
結局、僕が彼についたウソはそれだけだった。
『じゃあね』
そう言って通話が切れた瞬間、僕は思いっきり涙を流していた。
本当のことを言われても心が切り裂かれるなんて思ってもみなかった。
ウソでもいい。
ウソでもいいから「引っ越さないよ」って言って欲しかった。
僕はスグルとの電話を終えて延々と泣き続けたのだった。
「オレ、髪型変えたんだ。カッコいいだろ?」
新学期が始まり、クラス替えとともにかつてのクラスメートが髪型を変えてきた。
ぶっちゃけ、あまり似合ってはいなかったけど、僕はそんなクラスメートにこう言った。
「うん、カッコいいと思うよ。人によってはね」
ウソはつかない。
でも馬鹿正直に本当のことは伝えない。
僕はそう決めたのだった。
お読みいただきありがとうございました。