第76話 こんな風に月が綺麗な日
一度完結しましたが、再開します。手のひらクルクルで申し訳ございません。
第七章 三月二十四日まで連続更新します。
伝えたい、様々な感情や思いを詰め込みまくった章となります。
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今日も今日とて働いている。俺はずっと働いていた。一体今は何時なんだ?それすら分からなくなるくらい働いている。もう疲れた。あまりの疲労に死んだ方がマシにすら思えた。
定時になったにも関わらず、あっちこっちでミーティングという名の責任の押し付け合いや、怒鳴り声なんかが聞こえてくる。馬鹿みたいだな、と俺は思った。改めて、こいつらは自分の名誉と出世以外何一つ考えちゃいないんだと思った。
俺はデスクのパソコンで馬鹿みたいにくだらない新人研修教育資料の更新をし、馬鹿みたいにくだらない最終テストの正答率傾向の分析をした。問三と問六が悪いと思って内容を見てみれば、初回作成者の悪意を感じるひっかけ問題だった。
どう考えても、これを初見で正解できる奴は性格がねじ曲がっているだろうと俺は思った。問題文自体を修正すべきだと思ったしそう進言もしたが、初回作成者であり新しい上長の荒井はそれを許さなかった。
よって俺は新人たちの為に解説を作って、明日の朝手渡さなければならない。何でこんなことを俺はやっているんだ?と今日の残業時間だけで六十七回くらい考えたが、結局のところ組織というものはそんなものだった。
キレながら解説を作って、四苦八苦しながらクライアントに返信をし、本日二本目のモンスターを飲み干した。時刻を見ると二十時半だった。まだ何人か残っていたが俺は誰にも挨拶すらせず、パソコンを閉じて鞄を持ち、執務室を出た。エレベーター前の白い照明が、やたら輝いて見えた。
二年前の本社崩壊事件は、会社にとって過去にない程とてつもない大打撃となった。上層部は混沌に陥り、ありとあらゆる部署が半ば停滞状態に追いやられた。倒壊した本社は別に構えられることとなり、まともに機能するようになったのはつい数か月前である。
上層が本社の機能回復を切羽詰まりながら対応してる間、俺は支社の執務の補助をしていた。
補助業務で隣に座っていた女が入社八年目の村井という女だった。村井はふわりと流した茶髪が特徴的で、クマが酷い死んだ目をしていた。その目を見ていると、俺は冥界にでも連れていかれるのではないかと怖くなった。村井が身動きをするたびに、やりすぎなくらい吹きかけられた香水の匂いが鼻を突いた。
村井は三十分に一回煙草を吸いに行き、喉から足が出そうな程忙しい繁忙の時間帯に何食わぬ顔で煙草を吸いに行った。
そして十分に一回、仕事をしている俺を死んだ目で見つめながら、「時枝君って真面目よね」とか、「私の弟がね、今度大学卒業して銀行に就職するのよ」とか、「あの高橋君っていう新人の子は駄目よ。話す時人の目を見ないし、覚えも遅いのよ。やる気あるのかしらね」とか、そういった事をひたすら俺に話しかけてきた。
やる気がねぇのはお前だよと俺は思った。そもそも俺の目から見れば支社にやる気がある人間自体ほとんど存在しなかった。よって、村井と他の人間たちにあまり違いは感じられなかった。俺は冥界に連れていかれたくなかったので、ひたすら村井を無視していた。三日くらいすると、村井は話かけてこなくなった。村井は他の社員に俺の陰口を言っていた。
村井に話しかけられなくなって調子が出てきたあたりから、支社でのタスクは捗るようになった。このままずっと、支社でのんびり仕事をしていたいと思った。
数か月前、本社に戻るよう命令があり俺は泣く泣く新設された本社に戻った。戻れば戻ったで今の有り様である。会社というのは正しい知恵と倫理観がある人間ではなく、出世したい人間によって動かされている。何故なら利益を追い求める集団だからだ。
俺は生まれる時代を間違えたと思った。旧石器時代に生まれさえすれば、好きな時に木の実を食べて、好きな時に寝る事が出来たのに。ライバルも少ない訳だから、皆で木の実を分け合って充分生きていく事が出来た。争いなんて存在しないのだ。今すぐにでも会社を辞めたいが、それは出来なかった。
外に出て空を眺めると、爪楊枝の先っぽみたいにか細い星々と、丸いお皿が宙に浮かんでるみたいな月がこうこうと光っていた。
数分歩き、この時間になっても人が多い駅前に辿り着いて、さっさと電車に乗ろうとしたが、俺の足は駅中の本屋へ向いていた。本屋に入って、適当な本を手に取って読んだ。俺は死んでしまったうーさんと須藤、退職した柳の事を思い出していた。
事件の前のあの日も、こんな風に月が綺麗な日だったからだ。
本日二時二十分、もう一話更新予定です。




