第73話 きちんと向き合う覚悟
流血等あります
本社、屋上。
月明かりに照らされた燃え盛る炎が黒いものを蠢かせて、天へ散ってゆく。拳大のデカさの線香花火が周囲で無数に弾けているかのよう音と、この世にある鉄を全部燃やしたような異臭の中で、
……………全身ズタボロになって血塗れの、ハジメが流星のような勢いで吹き飛ばされ、爆発音を響かせながら鋼鉄のフェンスに激突する。
砂埃の中でハジメは喘ぎ、呼吸を肩で荒げながら、震える腕を動かし、やがて鮮明になっていく視界の中で自身の赤く染まり果てた右の掌を見る。
その『赤』は既に液体としての役割を捨て、凝固し、指で掻けば粉末となって地へ落ちていく。
傷だらけの手足の感覚はほとんど無くなっており、冷たくなっていくのと相反し、腹部と足を見れば服装はところどころ見るに堪えない破れ方をし、傷跡は深く熱を帯び、噴出し続けている鮮やかな深紅。
両肘が痒いので腕を上げて見てみれば、もはや何処なのかも分からない意味不明な毛穴からも血が数滴垂れている始末。もはや狂気に染まった笑いが込み上げて抑えられなくなった。
頬を楽しげに吊り上げて、『その先』を見つめる。目の前の驚異に対し…………
「化け物が………!」
何も分からない。それがハジメの出した結論だった。
やがて黒煙の中から、ひとつの影が無慈悲な足音を立ててハジメに近寄っていく。
「呆気ないんだね。1日予定ズラしてうちに来た所まではちょっと面白かったのに、攻撃は想像してた以上に原始的でつまらない。………いつになったら奥の手を出すのかな?」
やがてハジメに歩み寄り見下ろしたのは……失望に瞳を濡らし、眉をひそめたうーさんだった。うーさんの着用するとなんの変哲も無さそうな業務用スーツ、その全身に無数に纏わせるのは………淡い緑青の光の粒だ。
時折鳴り響くスキャン音と共に、背後に莫大なエネルギーが蠢く感覚が5感を震わせ………あまりにも得体の知れないそれに、ハジメは頬を吊り上げて笑いながらも、悟られぬよう息を呑んだ。
「まさか葛木ではなく女にここまでいたぶられると思わなかった。僕にそんな趣味は無い」
「葛木さんはあなたなんかに構ってる暇ないんだよ。………はぁ。後処理大変そうだな」
退屈そうに辺りの業火を見渡して、風で頬にかかった髪を怠そうにかき上げて1本結の髪を揺らし、『如何にも職場でダルい仕事を任されて憂鬱なOL』のようなため息を吐くうーさんに、
「もう先の心配か?僕を前にそんな暇………あるかな!?」
ハジメはその刹那つま先で屋上の床を蹴り、疾風の如き跳躍。
法定速度の車がビビる程のスピードでその目の前に駆け寄ると、長い健脚を器用にかつスピードを落とすことなく曲げてスピンしながら、直立する無防備で華奢なうーさんの足、光の粒が気薄なくるぶし目掛けて、風を切る音が轟音になる速度で回し蹴りを繰り出す。
「………………!!」
どこを殴ろうとも蹴ろうとも、銃弾を浴びせようとも結果は同じであることが判明した。弾かれた。そこに、壁があったというのが正しい表現だろうか。ハジメの脚の侵入を断固として拒否する音が聞こえたと同時に、ハジメの身体は再び吹き飛ばされていく。
「ぐわぁぁぁああぁぁぁぁぁあぁ!」
転げて転げて転げ回り、フェンスに身を預けて立ち上がろうとし………見下ろすと、回し蹴りをした右足は、ただの棒となった事に気づいた。
「全部めちゃくちゃにしてくれた小圷君に、わたし……すごく感謝してるんだよ。毎日上司に意地悪された上に、やっと平穏を取り戻したと思えば大好きな人も私の傍を離れていくし。………そんなのもう、散々だと思ったって仕方ないでしょ?」
激痛に顔を顰めながらフェンスに寄りかかったまま崩れ落ちたハジメの目の前に、うーさんはしゃがみこんで顔を近づけ……まるで子供を諭すように続ける。
「そろそろ終わらせよっか。ひーくんに謝罪するなら許さなくも無いんだけど、どうする?」
「…………まさか、時枝 広志の事を言っているのか?ハハ!ハハハハハ!お前らは揃いも揃って男を見る目が無いな!」
ハジメの笑い声が夜の空で虚しく溶け、侮蔑と嘲笑に満ちた瞳がうーさんを貫いた。眉をぴくりと動かしたうーさんの、脱力した右の掌が振りかぶられ、ハジメの頬目掛けて降下する。
チッ。この光は厄介だ。逃げるか避けねば。
……………ダメだ!もう右足が動かない。
防ぐ以外はもう無い!
ハジメはうーさんの手を弾いてカウンターを入れようと、右側に置いていた左腕を、空間すら切断する勢いをもって振り切った。
ハジメの一撃が直撃した事により、うーさんの掌は思惑通り後退した。
しかし………右の掌を思い切り弾いたはずなのに、ろくな音も聞こえないまま腕を振り切り、手応えの奇妙さに一瞬首を傾けるハジメ。そして………驚いたように目を見開いたうーさんの上空を何かが飛んでいった。
虚しい音を立てて落ちたそれが何かは分からない。振り抜いた左手を地面に置き身体を支えようとしたハジメは、叶わず勢いよく肩から地面に激突し、横倒れの体勢になって顔を顰めた。
「…………った!?…………あぁ」
有り得ない程の激痛に顔を顰めたハジメが、下敷きになった左腕を取り出すと、肘から先が竹を切断するような綺麗な斜めの断面を描いて、無くなっていた。
「わぁぁぁぁああーーーーーーー!何だこれッあぁぁぁあ」
「無茶したね………。小圷君。対兵器は少し試したけど、対人は試してなかったから。ありがとう。実験動物になってくれて」
「あぁ!ああぁぁッ!ああッ!あぁぁぁぁ!」
「本当にこれが最後のチャンス。ひーくんに謝罪して……わたしと一緒にひーくんのドレイになろうよ。ね?君ならわたしと同じくらい役に立てると思うから」
「あぁぁぁぁ!あぁぁぁぁあぁぁぁぁああーーー!」
ハジメは全身という全身から赤いものを滴らせて、ガタガタと震えながら、残された右手でポケットを半狂乱状態になりながら漁る。
うーさんは静かにしゃがみ込んだまま、何も思うところのない瞳で……生き足掻くハジメを見つめていた。
そしてひとつの端末の画面を点灯させ、うーさんに勢いよく見せつけた。
「…………これがお前の大好きな男のやってる事だ!面白いと思わないか!?なあ」
ヒロと渚の動画。うーさんは目と鼻の先に突きつけられた鮮やかな2Dを………開いた口の塞がらない様子で見つめる。
「観たいだろ?観たいよな?くれてやるさッ!好きに観たらいい!」
背後、その遠く目掛けて思い切りぶん投げられたそれを、うーさんは慌てて立ち上がって走り追いかけた。そして………スマホ端末を両手で丁寧に持ち上げて、その画面に魅入る。
ひーくん。
画面に夢中になって見開かれたうーさんの瞳孔。失望の中に、粘性でどろついた欲望が滲んでいた。
………………背中を向けて画面に熱中し震えているうーさんを、ハジメはほくそ笑んで見つめていた。
うーさんが全身に纏っていた無数の光の粒が徐々に消えかけて………やがて、1つ残らず屋上から姿を消したその瞬間を見逃さず、
「欲深く生きるのは………もう、懲り懲りだ。鹿沼………君もそう、なんだろ?」
ハジメはそう言い残して……………隠し持っていたスイッチを深々と押した。そして力尽き、霞んだ瞳を瞑目してゆっくりと倒れ込んだ。
力なく倒れ込む音が聞こえた、その直後…………うーさんの瞳にたちまち映ったそれは、スマホから突如として放たれた、瞑目したとてその眩しさから逃げられるか分からない程の閃光だった。
「……………!」
この世の白という色の中で最も白く、強くて眩いそれが見開かれた瞳孔を穿ち、どうしようもない程の力が爆散する音が耳を劈き、放射された灼熱が、うーさんの見開いた瞳に映る視界の、全てを溶かしていく。
うーさんが轟音と炎に包まれたと同時に、やがて………本社ビルは倒壊を始めた。
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思えば私はヒロに押し付けがましく無かっただろうか。
「待て。おい。草津!」
あれだけ自分のことばっかり考えちゃってヒロの事を考えられてないって、反省してたのに。………結局それも、自分のことを考える中にあったんだ。
「腹痛てぇ。俺スタミナねんだよ。なぁ。待てって」
ヒロは私のことを、見てくれていたんだ。
ずっと、ずっと。
私が可愛くなったからとか、話しかけまくったからとか、そういう事じゃなくて。ヒロは1人ぼっちの私を見て、何かを思ってくれてたんだ。なのに。
好きで好きで仕方ない気持ちが、自分だけ大きくなり過ぎて。
「草津!」
渚は肩を叩かれて、ようやくハッとしたように立ち止まり、振り向いた。肩の先には、膝に手をついて大きく肩で息をし、死にそうになっている葛木がいた。
渚はきょとんとして、息を荒らげているそれを見つめる。
「おにーさん。何で息切らしてんの?」
「ぜぇ………!お前が突然走るからだろうがよ………!」
「眉間にシワ寄せすぎだけど大丈夫?ていうか怒りすぎ。怖い。おにーさん怖いって言われない?」
「俺はな……!お前の訳の分からなさの方が余っ程怖ぇよ………!ハァ………!」
葛木の年齢は渚達とそう変わらないはずだが、汗を垂らしてどんよりしたその様子は、完全におっちゃんのそれだった。
渚はそんな葛木をスルーして何ともなしに正面を向き直ると………100m程先だろうか。駐車場の中に、ヒロがフラフラしながら立っているのが見えた。
「……………!ねえ!あれ、ヒロじゃない!?」
「は?マジで?どこに」
「早く行こ!」
「あ、おい!肩貸せって!うぉぉぉぉお!ゲブむっ」
渚の肩にほとんど体重を掛けっきりだった葛木は、無慈悲にも再び走り出した渚によって、地面に倒れ込むこととなったのだった。
走り去っていく渚を、無様なうつ伏せのまま顔を上げ、こめかみに青筋を立てながら見送る葛木。
その時だった。
葛木の突き刺すような鋭い瞳が見開かれ………性格悪そうに頬を吊り上げた。
その次の瞬間、葛木はスタミナを失いおっさんのように倒れ込んでいたのが嘘のように立ち上がり、懐から警備棒を取り出して、既に結構離れた場所を走る渚目掛け、メジャーリーガーも驚きの強肩とスピードを出してぶん投げた。
渚は後方から突如聞こえた、長高速で風を抉る音に驚き振り返る。
そして、渚のすぐ横の電柱から飛び出した人影。
…………渚を捕らえようとして、両腕を広げて飛び掛かっていた石寺の側頭部に直撃した。巻き起こされた風によりレンガの重量となり、扇風機もたじろぐ回転を見せたそれを、まともに食らった石寺の頭部からは何やらグロテスクな音が奏でられ、渚の足元に、無念を残す暇すら与えられる事なく倒れ込んだ。
「きゃ!…………おにーさん!」
「早く行け!そいつ以外の狙いは俺だ!」
金属音を立てて落ちた警備棒、足元に倒れ込んだ石寺。そして確かに力を秘めた双眸で、呼吸ひとつ乱す事なくこちらを見据える葛木を何度も見比べて………渚は、
「おにーさん………!」
そこまで言って渚は、目に涙をいっぱい浮かべたまま振り返り、全力で走った。葛木の為にも、まずは絶対に駐車場でフラフラになって大男と対峙している、風前の灯のそれを助けなければと思ったからだ。
残された葛木はタバコを取り出してゆっくりと火をつけた。その刹那………空に響き渡った乾いた破裂音と共に、葛木の左ふくらはぎ目掛けて凶弾が迫る。
しかし葛木は火のついたタバコを口にくわえながら、左足を上げてその弾丸を避けた。
そしてその瞬間に、懐からモデルガンを取り出して火花を散らし…………物陰に潜み、左足に発砲したエージェントの眼球に直撃させた。
「ぐぁぁぁぁあっ!」
その瞬間、総勢15名のエージェントがわらわらと現れて、葛木の四方八方を取り囲んだ。計15の銃口は全て、寸分のズレもなく葛木へ向けられている。
辺りを見渡しそれを理解した葛木はタバコの煙を吐き出すと、銃口を前にして瞑目し、ため息を吐き出した。
刹那、無数の乾いた破裂音が響き渡るが……それを全て跳躍して躱し、
「お前らもつくづくやる気ねぇよなぁ。………そんなんじゃよォ!」
そして葛木はモデルガンを足元に捨てた。
虚しい金属音が響き渡り………そして懐から別の伸縮警備棒を2本取り出して、二刀流で構え、
「女房の1人すら、迎えに行けねぇぜーーーーーーーーーーー!」
発砲音が全くもってカスく感じる程の衝撃と惨い音が、地を揺らし続けた。
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『君はさ。………いつまで、他人の人生を生きるつもりなの?』
ありがとう。ハジメ。
私、気づけたよ。
肩口まで伸びた綺麗な茶髪を振り乱し、息を切らしながら全力で駆けてゆく渚。
ヒロ。
私きっと、もう大丈夫だよ。
独りぼっちの人生に戻れる自信は無いけど、本音のヒロと………そして、本当の自分自身と。
きちんと向き合う覚悟が出来たから。
いっぱい言い合いや喧嘩もしたけど、その分思いも伝え合えた私たちなら、きっと大丈夫。
私達は、これからさ。
ありのままに、生きていこうね。




