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第69話 君の人生最大の罪

流血、そこそこエグい表現含みます。

苦手な方はご注意ください。

小圷邸、ハジメの部屋。時刻はもうじき20時を回ろうとしている。

部屋を1歩でも出ようとすればすぐそこに警備のエージェントが待機しており、セキュリティの抜かりなさは目を見張るものがあるが、それが逆に中に居る渚の息を窮屈に詰まらせかけている。


イカついし、雰囲気やたら雄臭いんだよなー。


スマホを開いた渚はライヌを何度か確認するが、ヒロからの返信は来ていない。


仕方ないとため息をつき、ハジメから送られてきたURLをタップし、何が起こるのかを覗き始めた。しかし、ハジメは車に乗っているだけであり、どこに向かおうとしているのか検討もつかないままだった。


つまらなくて、渚はハジメのベッドにごろんと転がり、ゲームをやり始める。


また後で見てみることにしよう。そう考えて。



------------------------------



夜の街中に構えられた、煌々と灯りが付いている体育館。

遅くまで体育館の清掃と、大会前の練習メニューの考案に明け暮れる、須藤とサブコーチ。


「いや、ですから……応用練習と実践を織り交ぜるべきですよ!」

「分かってないなッ!軽い体操をしたら、あとはひたすら実践だろう!」


経験もあり自信がある須藤と、負けじと気持ちを曲げずに反論するサブコーチ。その白熱した議論には、もはや練習風景以上の熱気があった。


その時………不可解なことは起こる。


須藤は確かに聞き逃さず、瞳を細め即座に辺りを見渡した。

体育館に微かに響く、くぐもった何かが床を連続で叩く音を。この時間に聞こえる音としては異質であり、それは確実に違和感として須藤の胸をノックした。


「む?これから体育館を使う者がいるのか?」

「……え?この時間ですし。それは有り得ないんじゃ」

「いや……聞こえなかったのか?だって今、確かに足音が」


須藤の言葉を遮るように、体育館中に耳を劈く程の、乾いた破裂音が響き渡った。

サブコーチはビクリと身体を震わせ、臆病者丸出しの情けない表情で辺りを見渡す。しかし、体育館内の様子に何ら変化はない。


「!? ………す、須藤さん。なんか今日、イベントとかやってたんでした………け………?」


視線を須藤に戻したその瞬間、戦慄が走ったサブコーチから、自我が失われるほどのパニック状態が始まるのに時間はかからなかった。

清掃されたばかりでピカピカだった体育館の床が、吐瀉され、垂れ流されたそれによって染まっていた。その数秒後に須藤の口から出てくる咳は、普通の咳ではないが故に普通の音ではない。

開いてはならない場所に風穴が開いた事により、出てきてはならない部分から込み上げる何かを吐き出す音だった。


「………!?か……あ待ってなんだこれ?あ?あ」

「………………あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


サブコーチは怯えに怯え、何もかも足元に置き去りにして、体育館を脇の出入口から抜け出し、走り去って行った。


馬鹿な?何で僕は血を吐いてる?何で床が血塗れになってる?何で僕は立ててるんだ?


今日ヨウコちゃん(11歳)から貰ったお菓子に毒でも入ってたと?いやそんな訳ないッ!


というか救急車を呼ばないとな。自分が血ィ吐いてたら自分で呼んでいいものなんだよな?早く呼ばねば。救急車。ん?救急車って何番だっk


赤く染った手をポケットに入れようとした須藤は、再び聞こえた、耳いっぱいに広がる破裂音と同時に………受け身すら取れずに膝から崩れ落ち、勢いよくその場に倒れ込んだ。


その瞬間、たちまちハジメの派遣したエージェント達が走り、突っ伏した須藤を取り囲んだ………。



------------------------------



「ふむふむふむふむ………!ウッヒョーーー!!!これが甘目まどか等身大フィギュアでござるかァw 拙者も頑張ってきた甲斐があったというものでござるなァヌッフフw」


某、本社近くのアニメショップを新たな拠点としていた鳴上は、新グッズ『甘目まどか等身大フィギュア』を舐め回すように見つめ、フィギュアの愛くるしい顔を目と鼻の先にして気色の悪いダンスを踊り、鼻息を荒くしていた。


「あの………すいません!買ってからにして頂いても………!」

「ヌッ!?すまぬ。それでは会計しよう。出来る限り早急に」


店員の顰蹙を買っていることに気づいたのは、店の中で出すにはわりかしデカ目の声で指摘を受けてからの事だった。

支社時代とは異なり、ショップ店員に認知されてからまだ日の浅い鳴上は、当然そのノリについてきてもらえず、変質者認定される1歩手前の崖っぷち状態であった。


そんな事も知らず、そもそも知ろうとする素振りすら見せない(無い)鳴上は特急列車もたじろぐスピードでレジへ向かい、華麗な振る舞いで、釣りを1円も出すことなく金を叩き置いた。

等身大フィギュアの支払いを終え、我が物になったそれを改めて、『邪魔者はもういない』というように笑みを浮かべて見上げる。


「あの、発送しますが」

「大丈夫でござるよ。脇に抱えて持って帰るでござる」

「結構重いですよ!?」

「ヌフフッ………w 拙者のまどかたんッ!w 病める時も健やかなる時も″″″″拙者らはひとつ″″″″でござるよォブッヒヒヒw」


ぬ?この店にはブラックホールでもあるのか?


鳴上自身も、自分が考え出したことの突拍子さに首を傾げそうになった。

瞬間、乾いた破裂音と同時にまどかフィギュアが発泡スチロールが砕けるかのような音を立てて激しく揺れ、頭部が抉れて黒い空洞部が丸見えの状態となり、反対側にもほぼ同時に、頭部よりは小さめの穴が空いた。

雷でも落ちたかのように大きく、軋むような音を立てて揺さぶられた甘目まどか等身大フィギュアは、聞くも哀れな音を立てて床に倒れ込んだ。


「ノォワァァァァァアァァーーーーーーーーー!?」

「う、うわぁーーーーーっ!」


鳴上が目ん玉を飛び出してびっくり仰天し、高く飛び上がる。

そして。


「ナルカミ、ヤスナリだな」

「抵抗するな。そうすれば痛み無く殺せるだろう」


背後には、ハジメが派遣したエージェント達がいた。アニメショップに押しかけた彼らは、見渡す限り10人といったところだろうか。全員が拳銃を構えており、銃口は10全て、鳴上の脳天を目掛けて突きつけられている。

たちまち、非常事態を目の当たりにして逃げていく一般客と店員達。


しかし。


次の瞬間、エージェント達は背筋を冷たくした。


怯えている、恐れている。目の前の大男を恐れている。どうしてなのか?

敵は無防備、こちらは拳銃という大きなアドバンテージがある上に、人数は1vs10。普通に考えれば大男だからといって恐れるなど、有り得ないはずである。


「拙者は絶望している。この世界の何もかも、全てにだ」


何故か重量感のある言葉。鳴上はあらぬ方向へ首がもげて倒れたまどか等身大フィギュアを、悲壮感のある背中で俯いて見つめたまま、こちらを振り返る様子はないが………。


「己らが収拾をつけてくれるのか?」


そう言ってぬらりと振り返った鳴上の瞳には…………明確な絶望と、深い哀しみに満ちて輝き流れていく一筋の涙と、ただただ敷き詰められた殺意があった。


「なんだアイツは!?普通じゃない!」

「ひ、怯むな!一斉に撃てーーーっ!」


破裂音が雨のように降り注ぎ、エージェント達によってアニメショップは完全に字面通りの戦場と化した。グッズが次々と銃弾に貫かれて無惨に破壊されていき、棚はドミノ倒しのように連鎖的に大きな音を立てて倒れ、たちまち砂埃が舞った。

しかし、


「五月蝿ぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁああぁぁぁーーーーーーーーいッ!!拙者のまどかたんを返せぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーー!」


次の瞬間に、エージェント達は自身の行いを悔いることとなった。


何故なら鳴上の神獣のような咆哮と共に、エージェント達は全員店の壁を突き破って吹き飛ばされ、見るも無惨に虫の息となったからだ。



------------------------------



仕事を終え、既にアパートに帰っていたヒロの眉間には、つかえたものが取れないような気持ちの悪さを物語るかのような皺があった。

柳の意味深な言葉、葛木の不可解な態度。一体どうしたらいいのかも分からず、八方塞がりの状況だった。


カップ麺を食べ終えて、ゴロンと仰向けに横になるヒロ。

淡々と過ぎ行く時間の中で、ご丁寧に出迎えてきた孤独を謳歌し、その苦痛に吐き気を催した。


「そうだ。渚に返信しないと。………ていうか、さっきからうーさんから電話も来てるんだよな」


バイブレーションの収まる気配がないスマホを、ヒロは無心で見つめていた。人生の相棒の先延ばし癖が仲良さげに肩を組んでくるからか、どうしてもうーさんの電話を取る気にも、渚への返信をする気にもなれずにいた。


今こうして考えてみると、電話自体、しかもこんなに長く何回も掛けてくるのは、かなり珍しい事だよな。


まずはうーさんの電話を取って、その後渚に返信するか。


そう考えてスマホに手を伸ばそうとした時、インターホンが鳴り、ヒロは呑気な表情で玄関の方へ振り向いた。


こんな時間に誰だろう。


まさか渚?


本社への異動以降、インターホンを鳴らしここへ訪れたのは渚以外誰もいない。故に渚である可能性を思い浮かべて鍵を開け、玄関を開けてみると、目の前に立っているのは渚……ではなかった。


「初めまして」

「? はあ」


極めて友好的な笑みをこちらへ向ける、優しそうな青年。全く身に覚えのない美男子の訪問に、ヒロは怪訝な表情で首を傾げた。


目の前にいるのが、渚を自身の家に匿っている男………ハジメとは知らずに。


「そうかそうか!君が……。一身に纏う″善″、その拳からは正義を繰り出すのであろう真っ直ぐの面構えと立ち姿。それでもって適度にリラックスしてる感じ。………なるほどね」

「初めまして。えっと、何かアレですか?勧誘とかですか?俺はそういうのは………。金貯めてる最中で。あと、ボクシングも未経験でこれからも特にやる予定は無くて」

「あぁ、いやいや。そんな事は全然細かい事でしかないから」


まじで誰だこいつ。何が言いたいのかも分かんねえし。


疲れてるし早く寝てぇー……。


割と本気で不信感を露わにするヒロ。しかし………その目の色は一気に変わっていく。


やがて目の前の少年の背後から、如何にも下品で低俗で、秩序など無さそうな男性グループ4人組が、無造作に絆創膏が貼られた顔を覗かせた。

4人は不気味な光を瞳に宿して、ヒロを真っ直ぐに見つめていた。


「え?いやいや………俺、闇金とか借りてないですよ?まぁ俺も営業で何度か部屋番号間違えて怒られた事とかあるんで、分かるんですけどね!ハハ……。それじゃ、これで」


全く訳の分からない状況に完全に萎縮し、思考をテンパらせたヒロはそう言って金属の扉を閉めようとした。

その時だった。


頭と鼻が抉られて喉の下から無理やり脳天を貫かれるような感覚を覚えた時………ようやく、自分が顎を蹴り上げられた事に気づいた。

下顎の歯茎の全てが人生で一度も体感したことのないような痛みを覚え、意味不明な噛み合わせで勢いよくぶつかり合う事となった歯は何本か無惨に出血しながら飛んでいき、視界がぐわんぐわんと揺れるのを感じながら、天井にぶつかるのではないかと思うほど高く身体を吹き飛ばされて………鈍い音を立てて仰向けに倒れ込み、背中に衝撃と激痛を覚えた。


は?何で?


何でこんな事になんの?


突然の出来事過ぎて、刹那そんな言葉以外何も浮かんでこなかった。


鼻の奥を容赦なく掴まれて、思い切り引っ張られてるかのような激痛に苛まれながら……ヒロは上半身を起こし、口と鼻から血を垂れ流し、ガクガクと震えながら、自分を蹴り上げたハジメとその後ろの4人組を見つめた。


怒りを通り越してこれはもう分っかんねぇ。

部屋番号間違えて恥ずかしくなった腹いせにしては力強すぎんだろ。

普通にもう、何を求められてんのかよく分かんねぇよ!


質問したいけど、顎の激痛と恐怖で言葉も出てこない。

言葉の代わりに出てきてくれるものなんて、目から今にも零れ落ちようとしている凡夫の液体だけだ。

あとあまりの恐怖に、下半身から無様で情けないものが全部噴出しそうになってる事くらいが、今頭の中で辛うじて理解出来ている事だ。


「っが………かっ………あかっ」

「君じゃ何も助けられないんだよ。大志を抱くのみで、夢を見るのみの、世間知らずで無力で弱くてちっぽけな君じゃ。この残酷な世界で何も………渚さんを、守って生きてはいけない」

「……………はぁ……?渚?」


何で今こいつからその名前が出てくんだよ。


待て。まさか………こいつ。


「お前………小圷………?」

「ハハハッ!流石に僕のことを知ってはいたか!」


認知されていたことを嬉しそうに両腕を広げて、喜びのトーンで叫びヒロを見下ろすハジメ。浮かべているのはゾッとするような、悪魔の笑みだ。


「君は所詮ずっと、強い者や賢い者に守られて生きてきた。それを思い知るがいい」

「…………」

「君が大切に手の中に残してきたものは、今夜をもって全て消失する。その覚悟をしておくことだ」

「…………俺が何したってんだよ」

「何をした!?ハハハッ!!ハハハハハハハハ!冗談だろう。何故こうなっているのかッ!自身の罪も君は分かっていないのか!」


昂るままに叫ぶハジメを、ヒロは鼻を押さえながら恐怖に喘ぎ、震えながら瞳を細めて見つめていた。


帰ってくんねえかな……マジで。


「聞いた話と見た感じを照合すれば、容易に分かるよッ!君は自分を曲げることをせず真っ直ぐに生きてきた。だが………お人好しでいれば良いとご都合主義で人の為には頑張るが、決して責任は取らない男だ。だから君を一途に愛そうとする渚さんを平気で誑かす」

「…………」

「『優しさを取り柄に生きる男』が最も醜く、存在意義も無いと思わないか?まさにそう、君のようにね」

「………そこまで言うなら、逆にお前の思う『存在意義がある男』は何なんだ?さっぱりだから教えてくれよ」


減らず口で反抗的な態度のヒロを、ハジメはゴミを見るような瞳で見つめて………靴のまま部屋に上がり込み、ヒロの腹目掛けて、無慈悲な靴先を勢いよく押し込んだ。

鈍い音と、細長くて硬いものが粉砕される音がごちゃ混ぜになって響き渡り、ヒロは目を見開き、震えのたうち回る。


「………かっ!がっああ」

「君の人生最大の罪なんて、『無欲』以外に何がある。自分自身の人生から逃げるような奴は人の人生を背負う気概も見せられないんだ。君のような男に…………!」


ハジメの血に飢えた健脚が、大きく大きく天へ掲げられ………


「渚さんを、任せてたまるかーーーーーーー!」


ハジメの魂の叫びと共に………エレベーターのロープが千切れて急降下するかのような、やけにゆっくりにも見える速度で振り下ろされたその踵が、ヒロの鳩尾をピンポイントで押し込み抉った。


人体から餅つきでもするかのような音が響き渡り、胃も肺も無惨にひしゃげさせられたかのような錯覚に、現世と冥界の間を彷徨うヒロ。

そして。


…………… お前の言う通りだよ。


ずっと、分かってたさ。


俺なんて何の取り柄もない。ただ頑張るのと、自己犠牲で人に与える事以外、何も出来ることなんか無い人間だって。


やがてヒロの意識は地に堕ち、瞑目したその瞳の底目掛けて、深く深く沈んでいった。




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