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第7話 消えていく仲間

17:00。会社。


ヒロは例の大型商談を今日も順調に進め、ようやく次の来訪で契約を決められそうな段階に来ていた。


何とかなりそうだな……。良かった。このまま油断せずに進めないとだな。


そんな切なる思いで会社に戻ると、現場は地獄と化していた。


「まだですか?!こちらも本日中と言われてるんですから。これ以上待たされても困るんですよ!!」

『ちょっと!!おたくの商品どうなってるの?なんで部品が1個無いのよ!!詐欺じゃ無いでしょうね!!』

「請求の桁違うんで修正お願いします!!ファイルNo.はこれとこれと、それです!!あと……」


うぉぉぉぉぉおおおお!!!!!


なんだこりゃあああああああ!!!!??


めちゃくちゃ切羽詰まった来客に、ブチ切れた客のクレーム。ミスした請求の修正。


「時枝さん!!!やっと戻られましたか………!早く助けてください!!!」

「時枝っ!!!これ、頼めるか………!??」


場にいる全員が決死の表情をしている。ヒロはただ事ではないと一瞬で確信し、その中に加わった。


しかもこんな状況に限って、葛木は出張で不在にしていた。


来訪した客は時計をチラチラと見て、心底イラついた様子で立ったまま片足を貧乏ゆすりしている。


混沌としており、絶望的な空気。


もう分かってる。これは誰かが消える前兆だ。


仲間が消えていくとき、いつもこんな空気の出来事が起きて支社の利益が落ち込んだ時だった。


それを防ぐには、この事態を全部定時までに収拾をつけるしかない。


これ以上、消えていく仲間を見たくない………。


『さっさと全員!!!!持ち場に戻れ!!!!!』


生々しく腐ろうとしていた場の空気を一瞬で変えてしまった、葛木さんの叫び声。


今でもずっと心に残っているそれを胸に秘めて、ヒロは柄にも無く手を叩き大声でメンバーを集めた。


「俺のチーム一旦全員集まって!!!」


ヒロのチームはスピーディに集まった。状況を見つめてひとつひとつ片付けていく中で、少しずつ解決の糸口を見出しつつあった。


一致団結している。


大丈夫だ。いける………!


捌き切れる!!!


僅かな希望が胸に灯ったその時、ヒロの後ろから重く胸にのしかかるような怒声が響き渡った。


ヒロが駆けつけると、さっきから切羽詰まってイライラしてた来客の中年男性に怒鳴り散らかされ、頭を下げ謝罪を重ねる鳴上の後ろ姿があった。


「どんな教育してんだよ!!ミス連発の上、すぐに書類を持って来れませんだ!?カスみたいなとこだなここは!!二度と来ませんよ!!」

「は。申し訳ございません」

「状況は全部上に伝えときますからね!!」


ヒロはその状況を見て即座に駆け出し、鳴上の1歩前に出て謝罪をした。


「申し訳ございませんでした。代替案の提案など、させて頂けないでしょうか」

「ん?あんた誰?」

「時枝でございます。最善の配慮をさせて頂く為にもどうかお願いします」


中年男性は頭を下げるヒロに、怒りと侮蔑の眼差しを返した。


「もうそういう問題じゃないんですよ。すいませんがこれで帰ります」

「畏まりました。期待に添えず大変申し訳ございませんでした」

「なんか……あんたの態度気に入らないわ。時枝さんの態度が1番有り得なかったと報告しときますね」


え!?え、えぇぇぇぇェェェェェェ〜〜〜〜〜!?!?


何で?


「重なるご不快の念を与え、失礼しました。どういった点が有り得ないと思われたか仰って頂けませんか?」

「そんな事自分で考えろよ!全く、考える力も無いのか。吐き気がするよ。AIじゃねんだからさぁ」


何言ってんだこいつ…………。


この気持ちを表には出せないので、引き続き頭を下げ続ける。


中年男性が去っていくのを見送りその背中が完全に見えなくなったあと、鳴上は手のひらで両目を覆い、俯いた。


「これは拙者の責任でござる」

「えっ?」

「拙者のチームで連携が取れていなかった故に起きたアクシデントだ。時枝殿。………貴殿の言ったことは正しかった。裏切られ傷つけられたにも関わらずその仲間を信頼し、大切にした。そういう者にこそ道は拓けてゆくのだな。拙者にはそれが出来なかった。この結果と、今時枝殿のチームが一致団結しているのがそれを証明している」

「…………」

「よって拙者は辞表を出そうと思う」

「は!??」


あまりにも急すぎて口が塞がらないヒロ。


必死をこいて引き止めるが、鳴上の意思は固く変わらなかった。


「拙者は″″″漢″″″。増してや腹切りの宣言に、二言は無しッ!!!………最後に時枝殿と草津殿と『心の友』になれて、本当に良かった。さらばだ」


クールに、やたらと不敵ににやっと笑った鳴上は引き継ぎをさっさと済ませ、会社を出ていった。


ヒロは立ち尽くし、相変わらず堂々としたその背中を見送る事しか出来なかった。



------------------------------



21:00。


ヒロと渚は、ヒロの住むボロアパートに向かって並んで夜の住宅街を歩いていた。とうとう渚の押しに負け、家に上げる事にしたのだ。


ヒロは鳴上の事を考え、ずっと気持ちが沈んだままだった。


渚にもこの事を伝えた方がいいのだろうか……。


しかし、渚の笑顔を見ていたらほんの少しずつだがヒロの気持ちは楽になり、どうにかこの先をやっていけるような、そんな気がしていた。


「渚。もしかして、飯作ってくれんの?」

「いや?居間散らかすだけ散らかして帰る」

「どうぞ真っ直ぐにお帰りください」

「うそうそ!!冗談だって!!ヒロさ、餃子食べたいって言ってたじゃん。作ってあげるよー?」

「ああ、この間かー。食べたい気分だから嬉しいかも」


渚はよっしゃと言わんばかりに心から嬉しそうな顔をしている……。


渚は昔から料理が得意だった。何度か食べさせてもらったから知っている。こいつの料理は本気で美味い。


ここは餃子を楽しみにしておこうかな。


煌々と光る電灯と周辺の家の灯りの光が、2人の歩く薄暗い道を照らしていた。


「ヒロのお家行くの2回目だね。楽しみ」

「おん」

「こんな暗い夜の道で、私たち誰かに襲われたらどうしようね?」

「ないだろそんなの。漫画の見すぎなんだよ」

「でも安心しな?おれがおめーを守ってやっからよ」


変なテンションの渚は悪ふざけな感じのドヤ顔で、べしべしとヒロの肩を叩いた。


地味に痛ぇ。


「何言ってんだお前」

「心配すんなって。おれがおまえを、何不自由なく養ってやるさ」

「あ、そう。よろしく」

「その代わり………っ!おめーを抱いてやるぅ!うりゃあ!」

「うおっ!やめろ!!ちょおいい!」


渚が突然脇腹をくすぐってきた。


脇腹をくすぐられるなんて久しぶりで、ヒロは思わず大笑いしてしまう。


「わ!はっははは!!!ははは」

「あはは!ヒロ笑ったー」

「ひぃーー……ったく。このイタズラっ娘め」


その時、ヒロは渚の足元とその先を見てドクンと心臓が跳ねた。


そして反射的にヒロの身体は動き、手を渚に伸ばしていた。


「危ない!!」


咄嗟に歩き続ける渚の肩を掴み、止めた。渚はびっくりしてヒロを見つめた。


暗くてよく見えない場所だが、渚の目の前は排水溝のレンガが無い場所だった。


あと一歩歩いてたら、落ちるところだった。


「危なかった!渚。危ないからこっち歩きなよ。俺が端っこ歩くから」


ヒロはぐいっ、と渚の肩を通路の内側に引き寄せる。


渚は頬を赤く染めてほんの少しだけもじりとして、照れ隠しにヒロから目を逸らして本心の感謝を伝えた。


「ありがと……。私も、ヒロが居ないとダメだね」


渚の普段とは違う弱々しい様子に、ヒロはドキリとして赤面し、慌てて前を向き直った。


ヒロと渚の2人赤面しながら歩み続けるその後ろ姿は、両想いのカップルそのものであった。



22:00。ヒロのアパート。


さっさと頭と身体を洗ってシャワーを終えたヒロ。寝間着に着替えて居間に戻ると、渚は狭い台所で灯りをつけて、餃子の皮を包んでいる。


「既に美味しそうな香りがする。さすが渚」

「もっともっと褒めろー?」

「渚様仏様。ありがとうございます。感謝。一生ついて行きます」

「えへへー。いいよっ」


ヒロも蛇口を捻って手を洗い手伝おうとするが、頬を赤らめて嬉しそうにしてた渚がコロッと表情を変え、嫌そうな顔をした。


「すぐ出来るから。座って待っててー」

「え?でも1人じゃ大変じゃ」

「『座ってて』って言ってんの。分かる?」

「はい」


ヒロは真顔の渚のオーラに圧され、居間に戻り床に寝っ転がった。


ん?なんか異様に眠いな。


やべ、このままじゃ寝…………



------------------------------



…………………あれ?今何時だ……?


俺は餃子を食べる事なく、床でいつの間にか寝ていたらしい。


いつの間にか部屋の照明が消えて、真っ暗になってる。


寝っ転がったまま手を伸ばして、転がしておいた携帯を手に取って時刻を見ると、既に夜中の3時だ。


てか、なんか動きにくいな。重たい……何かがのしかかってきてるような。俺は目線を自分の体に向けた。


うぉぉぉ!?な……渚!?


渚の頭が俺の目の前にある。


めっちゃシャンプーのいい香りがする。


渚は俺の身体を抱き枕のように全身で抱きしめて、すぅすぅ寝息を立てて寝ている。


毛布も掛けてないのにあんまり寒くないなって思ったら、渚が抱きついてきてたからだったのか……。


そして……薄暗いのであんまりよく見えないけど、気の所為じゃなければ、渚は下着姿だ。


好きな女が下着姿で、俺の身体に抱きついている。


寒いだろうに。


いや違う、そうじゃない。


………なんか、渚の身体の色んなところが、当たりまくってる気がするのですが。


寝てはいるみたいだけど……。


こ、これはどうしたらいいんだ?そもそも、何でこうなったんだ?


俺が男ってこと忘れてないか?


ヒロは必死に思考し、この状況を忍んだ。


…………渚って実は、俺の事好きだったりするのかな。


こんな事してくるなんて。好きじゃなかったらしないだろ。


………………いや。そんな訳は無い。


こんなに可愛くてよく出来た子だぞ?俺を好きなわけないって。


仮に奇跡的に俺を好きだと仮定したとしても、俺じゃ渚と釣り合わないよ。


しかしヒロは自身の思考とは対照的に、渚の身体を抱きしめ返す為にその手を伸ばして触れようとしていた。


俺は?俺の気持ちは?


俺は、渚が好きだった。


高校生だったあの時。渚に恋をしたあの日から、ずっと。


恋ってこんな感情なんだ。人ずてにいくら聞いても理解出来なかったそれを俺に教えたのは、渚だった。


いつも疲れで曇って狭まった視野の中に、自由に、楽しそうに現れる渚の笑顔に、俺の心は洗われて、鼓舞された。


俺は渚と話してて楽しいし、幸せだ。


でも………それは、「俺は」だろ?


いつも思うけど、こんなに出来ていい子なら、もっと相応しい男がいるはずだ。


…………やめよう。邪なこと考えてるのは俺だけだ。


ふぅ危ない。勘違いするところだった。


ヒロは起き上がって、慎重な動きで渚をお姫様抱っこした。


部屋が薄暗いので、微かに見える視界と勘を頼りに足先で俺が普段寝てる布団を見つけ、渚を寝かせて毛布を被せた。


「ふぅ、これでよし」


テーブルを見ると、渚が作ったであろう餃子が盛り付けられたお皿に、ラップが被せられているようだった。


ちょっとつまみ食いするか。


ヒロはテーブルへ足を運び、炊飯器のご飯を盛り付けて食べ始める。


やっぱり美味いなぁ。流石は渚。


毛布を被せられた渚が本気でピキりにピキりを重ね、震えながら拳を握りしめている事などヒロは知る由もなかったのだった。



翌朝、7:00。


ヒロは身支度を整え、家を出ようとしていた。


この日がいよいよ、これまで進めていた大型商談の最終局面だった。順調に順調を重ねており、ほぼ成功は確定していた。


しかし、今日こそ1番気合いを入れてかからなければならない。


絶対成功させて帰るぞ。


鏡で身だしなみが問題ないことを確認し、改めて本気の炎をその瞳に宿したヒロはよし、と両頬をパンパン、と叩き、深呼吸して気合を入れた。


振り返ると、腕を組んだ渚がむすーーーっと心底不満そうな表情で頬を膨らませ、ジト目でヒロを見つめていた。


「渚。行ってくる」

「あっそ。行けば」

「え?なんか冷たくない?なんで?」

「知らない」


渚はツン、としてそっぽを向いた。


何でだよ……。


今日みたいな日こそ、お前が笑ってくれた顔を見たかったのに。


「今日、仕事終わったら一緒にご飯行こうよ」

「ふん」

「…………」

「…………」


渚はすこぶる不機嫌な様子でそっぽを向いている。


今何を言っても、この反応しか返ってこなそうだ。


「もう行くよ。鍵渡すから、帰る時締めといて」


そう言い寂しそうに背を向けたヒロに、渚は結局向き直ってじとーっと眉をひそめて睨みつける目線をぶつける。


「………ヒロ。ポケットになんか入ってるよ」


渚はお世話を焼こうとヒロの腕をグッと掴んで振り向かせ、スーツのポケットに手を突っ込んだ。


ああ。そういえばちり紙とか入れちゃってたな。


渚が手に掴んだゴミの中に、異様な紙が1枚混じっていた。


「? 何これ?」

「あ。それは」


異様で派手なそのくちゃっとなった紙をぺらりと開いた渚は、目を見開いて固まった。


それは葛木に無理やりポケットに突っ込まれた、風〇のクーポンだった。


「な、渚!変なもの見せてごめん。それは」


ヒロは慌てて弁明しようとした。


しかしそれに対してゆっくりと顔を上げた渚は身体を怒りにぶるぶると震わせ、大粒の涙が目から流れ落ちているのを見て、口が回らなくなり大きく目を見開いた。


渚の瞳は、深い深い悲しみに沈んでいて。


ヒロの肩を、渚は思いっ切り突き飛ばした。


「最っっっ低!!!!!」


ヒロが誤解を解く間も与えられず、渚はそう叫び、泣きながら勢いよくヒロの部屋を走り出ていってしまった。




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