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第61話 すごく、嬉しそうに笑ってる

この時間がずっと続いてくれさえすれば、それでいいのに。


渚と、運命に漂流されるがままに仕事を欠勤したヒロは、アパートに戻ってきてゆっくりとした時間を過ごしていた。ご飯を食べてシャワーを浴び、2人でたっぷりと睡眠を摂った。


そして仕事疲れもあり未だ布団に入って眠り続けるヒロの横で、渚は既に起きてスマホゲーに明け暮れていた。

ふと窓の外を見ると、深夜とはいかないが既に日が沈みいい時間だ。だが生活リズムもクソもないスケジューリングでヒロと共に過ごす時間が、渚にとって心地の良いものだった。


ヒロは明日から仕事があるというので、今日帰らなければならない。にも関わらず……渚はこの時間になっても未だに身支度をしていない。

部屋の明かりを灯すことも怠惰な感情が重りとなってはばかられ、ヒロにくっついたままスマホのブルーライトを浴び続ける。普段は生活リズムもスマホの使用時も肌を意識して敏感である渚だが、今日くらいはいいだろうと高を括っていた。


新幹線予約しなきゃ。だけどめんどくさいな。


バイト次いつだったっけ。


あ……。化粧どうしよ。

もうマスク付けて誤魔化せばいっか。


タイムリミットと、決して逃れられない迫りくる現実を無視するように、渚はスマホをぱたんと床に置いてヒロの身体に寄りかかり、月明かりに照らされる寝顔を覗いた。


ヒロの寝顔。可愛いな……。


ずっと、ヒロが言ってくれた言葉が胸の中に残っている。


私が喋ってるのがAIで、すっごく安心したって。


ひひ。と1人笑う渚にははっきりと意識がある。しかし、完全に2人だけの夢の世界に没入していた。誰にも妨げられることのない、ヒロと2人だけの世界。

ずっとずっと2人で幸せに生きられる。ずっとヒロに求めてもらえる。


私が必要。ヒロには私が必要だもんね?


ライトに照らされたヒロの顔は、情動と焦慮に満ちていた。決して私を逃がすまいとして躍起になって、必死で。


それでいいの。それがいいの。

ヒロは私だけ見てればいいの……。


昨晩だけで積日程の恥ずかしい思いをしたのも、ヒロのあの言葉と顔を得る為の布石でしかない。

そうとでも言うかのように、焼き尽くすような心疚しさも慙愧の至りも、全てが心臓を通して高揚に変換されて、即効性のあるそれは瞬く間に粘り気のある熱となり渚の肺を侵食した。


「…………?渚?起きてたの」


眠りから覚めたヒロが、身体を動かさず目を瞑ったまま言った。落ち着いていて、それでいて眠たそうな愛おしい声に心と鼓膜を震わせた渚は、落ち着きを取り戻す。


「ううん?寝てるよ」

「起きてるじゃねぇか」

「ヒロっ!朝だよ朝!!カンカンカンカン!カンカーン!10時です!」

「流石に嘘って分かるわ」

「遅刻でーす!遅刻だよほらっ!」

「っだぁ!やめろ!騒ぐな!?」


夜が更けていく。月明かりが濃くなって、ヒロのアパートは次々と明かりが灯って窓からその光が漏れ出ていく。


ヒロの部屋の窓だけが、灯りなく真っ暗なままだった。



------------------------------



渚は泣く泣く名残惜しさを残したまま、ヒロに見送られて自身のマンションに帰ってきた。


モチベーションが高い。それは生きるモチベーション。


午前8時。

"ぱる"の扉を開くと、早々にコック帽を被って仕込みをしていた芽瑠がパタパタと渚に走り寄って出迎えた。芽瑠の胸には金色のバッチ、主任シェフの称号が輝いている。


「渚先輩!!来ていただけて嬉しいです。今日は早いのですね」


嬉々とした表情の芽瑠を、渚は自身満々のドヤ顔で見据えた。


「おめーをシバき回しに来た」

「は、はい……?」

「血祭りにあげてやるから感謝しろ?」

「ちょっと何言ってるか分かりません……」


厨二病全開のセリフを吐く渚。しかし現実主義の芽瑠には一切通用せず、半呆れ顔で流されてしまうのだった。


"ぱる"で店長と一緒に、新規メニュー考案・監修をするバイトを始めた渚。

あろうことか待遇は、以前働いていた時よりも良い。


渚は事務室の椅子にさっさと腰を下ろした。


シフト表あった。店長は今日は……お休みじゃん。


土井店長からそろそろ夏なのでサラダ系がイイと言われているのを思い出して、勢いよく食材から書き出していく。すると。


「あらぁ?早いのね草津さん。この間夜遅くまでいたのに今日もこんなに朝早くからバイトだなんて……若いとお金が必要で大変ねぇ」


クスクス……。


着替え終えて次々と更衣室から出てきた、銀バッチとその取り巻き。彼女らは相も変わらない嫌味ったらしい雰囲気で、渚を茶化していく。


しかし、もう今の渚は以前のようにその存在を無視することも、屈することもしなかった。

脚を組んで座った渚は目を細め、手に持ったボールペンをビッと銀バッチに向け、嫌味をゆうに通り越した、直接的で辛辣なトゲを叩きつけ返す。


「年齢関係なく金は必要だろーが。てか、相変わらず湯○婆みてーにでけぇ鼻してんなおめーはよ」

「あんまり褒めないでちょうだい」

「褒めてないよ?大丈夫?」

「チョコレートを持ってるからあげるわ」

「私も塩飴あげるー」


銀バッチと交換した赤い包装の細長いチョコレートを齧り、水筒に入れてきたお茶を一口飲みながら店長が残した計画書に目を通す。渚が頼んだ分の半分も完成してないのを見て、計画書をぺいっと放り投げてメニューの書き出しに戻る。


ヒロやうーさんに触発されて一度体験した、それなりに忙しい事務の仕事。そこでの経験を頼りにパソコンを操作し、今や世界的ブランドのOfficeツールを開いた。


「おはよう!朝礼を始めるわ。今日もひとつひとつ正確・丁寧にを心掛けなさい!!」


扉の奥から微かに聞こえる、誰もが引き締まるであろう気迫と鋭さの籠った芽瑠の声によって厨房は活気づく。それをバックミュージックに、慣れない手つきでメニューを打ち込み、書類を整えていく。

結果的に過労で倒れてヒロに怒られてしまったが、前職は確実に渚の力になっていた。


お昼に差し掛かり、渚は込み上げる食欲のままに立ち上がって厨房へ向かった。そして注文を捌いて一息つく芽瑠を見つけ、勢いよく歩み寄る。


「芽瑠ー。お腹減った。ねー、ズッキーニ食べたい!山盛りのズッキーニ。身体がズッキーニを求めてる」

「旬ですね。そしたら、賄いはスカペーチェにしますか?」

「うん。当然皮ごとね?皮剥いたらシバくから」

「分かりました」

「ねー早く。早くぅ!早く作って!!3分!3分で作れ!?」

「む、無理言わないでくださいよぉ!ほかの注文もまだありますし!」


賄いをせがんで事務室に戻ってきた渚は、椅子に腰かけて、落ち着きなく、思いつきのままにひよりに電話を掛けた。


『渚ー。この間ぶりだね。どうしたの?』

「ヘイYo。Yo。あいむはんぐりー」

『な……えっ?どうしたの?』

「マイクチェック、マイクチェック。見とけおれのマイソゥ。聞いてけおれのビート。宵闇のダーク。太陽のサン。海のシー。イエー」

『な、渚?ほんとにだいじょぶ?なんか変だy』


ひよりの声を聞けて満足した渚は、言葉を最後まで聞かずしてさっさと電話を切った。切られたひよりはさぞ困惑した事だろう。

そして再びパソコンを開いて、メニュー作りに取り掛かりだしたのだった。あまりにも気ままで自由奔放過ぎることこの上ないが、渚の瞳には確かな力が宿っている。


その瞳の奥にはいつも、自分を必要だと言ってくれたヒロの姿があった。



------------------------------



午後3時くらいにバイトを終え、さっさと"ぱる"から出た渚。帰路を軽い足取りで、楽しい気持ちを背中に引き連れながら練り歩く。


ヒロと話したい気分になって1時間程前にライヌを送っていたが、未だになんの返信も返ってきていない。


我慢できず、ヒロに電話をかけた。


「ヒロ」

『渚!お疲れ。どうした?』

「うーん。何かある訳じゃないけどさ」

『………なんか嬉しそうじゃん?何かあったの』

「えー?ひひ」

『なんだよ』


ヒロの声が聞けてご満悦の渚。


だけどどうしようもなく、違和感。どこか上の空で、ぽつぽつと所々途切れつつ返答するヒロの声。しかしそれでいてすごく『元気』なのだ。

まるで『今会話している自分以外の誰か』に意識を向けているかのような……。


「ねぇ、ヒロ……今日はちゃんと体調、大丈」

『あっごめん!渚。ちょっと今御客さん来てるから』

「え?」

『また連絡返すわ』


それだけ言って、ぷつりと電話が切れてしまった。慈悲なくホーム画面に戻るスマホを、驚きに見つめる。


先週会った時のヒロの顔終わってたから、心配してたんだよ?


すごく元気出たんだね。良かった。


良かった、はずなのに。


渚の心の中に、季節外れの悲壮の雪が舞う。それは自分がおかしいと頭では分かっているにも関わらず胸の中を渦巻く、逃れようのないもやもやだった。そしてそれはやがて焦りとなり、苦しみとなっていく。



------------------------------



気がついたら青空の下、広い野原に佇んでいた渚。


一面に生い茂る、穏やかな緑。


綺麗な風景を見渡していると、ふと視線の先にヒロがいるのを見つけた。


ヒロ。


ヒロが─────ずっと、ずっと遠くにいる。


すごく、嬉しそうに笑ってる。


そんなにニコニコしてどうしたの?

何か良い事があったの?私にも聞かせてよ。


大きな声を出してそう問いかけたいのに、喉が詰まるような感覚を覚えて声が出せない。

ヒロのところに走り寄りたいのに、全身に麻酔をかけられた上に鉛を付けられたかのように、腕も足も動こうとしない。


…………どうして、私に手を振るの?


私を置いてどこに行くの?戻ってきてくれるんだよね?


嫌。


────────いや!行かないで!


ヒロ!!!






真っ暗の寝室。


左半身を下にして寝ていた渚は、開いた右手を目の前に伸ばし突き出していた。眠りから覚めて大きく開かれたその目を、涙でまつ毛の先までぐしゃぐしゃに濡らしながら。


時刻は朝の4時。ふと外を見てみると、当然のように窓の外は未だに少し暗い。


上半身を起こして、目をこすり続ける。こすってもこすってもその涙はダム決壊でも起こしたかのように、止まることを知らず溢れて流れ続ける。


「…………うっ。ぐずっ……」


胸を支配する、漠然とした不安。ずっと止まらず流れ続ける涙。またヒロがどこかに居なくなってしまう。そんな根拠の無い恐怖に感覚を全て狂わされて。


ヒロに会いたい。


もう……二度と、会えなくなるのは嫌。


電話を切られて以降、不貞腐れたようにベッドに入って眠っていた渚。

思い出したかのように、脇に置いていたスマホをバッと手に取る。


…………電池が切れていた。スマホ画面の電池マークが赤く点滅するその様が、渚の瞳に虚しく映る。


寝てる間に、ヒロから連絡が来てるかもしれない。そんな考えがよぎって、急いで充電器を探す。逃れようもないこびりついた悪夢によって、渚の表情には痛々しいまでの焦燥が滲んでいた。

手が震えるのを抑えながら暗闇の中で手をまさぐらせ、掴んだ充電器をおもむろにコンセントに差し込む。


ガチャンという、プラグがコンセントに差し込まれた音に謎の安心感を得て上から布団を被った渚は、再びスマホ画面が明るく灯るのを、穏やかじゃない内心を押さえつけるように身体を丸めて待ち続けた。


時折もぞもぞと渚は頭を布団から出してスマホの画面を確認した。しかし、画面が明るく点灯する事はなかった。


どうして……。壊れたの?


こんな時に。最悪……。


いても立ってもいられなかった渚は、点灯しないスマホを放り投げて急ぎ身支度を始めた。再びヒロの元へ向かうために。


合鍵もまだ持ってる。

ヒロのアパートで、ご飯を作って待っててあげよう。


算段を立てて、朝の7時になると同時に渚はマンションを出発した。



------------------------------



キャリーケースを引いて、息を切らしながら最寄りの駅の前まで走り着いた渚。


チュンチュンと爽やかな鳥の鳴き声が響く駅前はまだ朝であることもあり、暑くなり始める季節とはいえまだ少し肌寒く、渚は思わず身体を震わせた。

ここから主要の駅まで移動し、新幹線に乗り換えなければならない。


しかし、そんな労力は渚の意に全く介しなかった。

渚の瞳の奥に映るのは、ヒロだけ。


「ちょっと待って」


無我夢中で、カツカツと音を立てながら構内に入ろうとした渚の肩を、不意に後ろから誰かが掴み止めた。


肩を掴んだ人物を半分困惑、半分迷惑の表情で見上げた渚。次の瞬間、その人物を認識して驚きに目を見開いた。


「やっぱり渚さんだ。まさか………こんな所で会うなんて奇遇だね。元気だった?」


爽やかに、それでいて少しだけバツが悪そうに渚に笑いかけた、清潔感のある落ち着いた好青年。

久しいその人物は、右目瞼上に小さな絆創膏を貼り付けた小圷だった。


無視して目線を前に戻し、さっさと通り過ぎようとする渚。しかし、小圷は慌てながら渚の肩をもう一度掴み直して問いかける。


「待って。新幹線に乗るんだろ?ちょうど仕事が終わったんだ。僕の車に乗りなよ」

「………嫌。どいて」

「この時間なら道路は空いてるし、電車よりも早いよ。電車賃も新幹線代ももったいないしさ。急ぐんなら尚更だよ。着くまでシートを倒して、ゆっくり寝てたらいい」


そう言って、小圷は渚にカップを手渡した。

暖かい淹れたてのコーヒーが入っており、ゆっくりと煙が立ちのぼるのを渚はぼーっと見つめた。肌寒さに、温かさが染み入るのを感じながら。


「…………」

「それに……いいのかい?この時間は満員だぞ」


少しだけ意地悪な口調でそう囁いた小圷。脇を見れば見るほど、どんどん通学通勤で人が増えていくのが分かる。


やがて迷いが無くなった渚は、渚はじとっと湿り気のある目で小圷の顔を見上げて頷いた。


「はぁ……。分かった。乗る」

「そうこなくちゃ」

「乗って『あげる』んだからね。勘違いしないで」

「あはは。分かってるさ」


何でこんな所でこいつと会うわけ?


信っじられない……。

スマホも壊れるし。まさか運の尽き?


にこりと笑い前を歩く小圷。その後ろを、渚は少し下に目線をやりながらついて歩いた。



------------------------------



渚は小圷の車で、新幹線に乗り換える主要の駅を目指していた。ヒロに会いに行く為に。小圷は不思議と、どこに行くつもりなのかを聞いてくることは無かった。

車内は相変わらず小綺麗で、リラックス出来るような、夢見心地になれるような香水の甘ったるい匂いがする。


窓の外から流れていく景色を眺める渚は、自分の落ち着きように驚いていた。


全然、嫌な感じしない。


運転、すごい上手で今にも寝そう……。


やっぱり気のせいじゃなかった。

小圷は会話、態度、容姿の清潔さ、運転、何から何まで、全て渚に対して一切の気を遣わせない。窮屈な思いも嫌な思いも、1秒たりともさせられる事はなく自然体で振る舞えるのだ。ヒロや鳴上くらいしかまともに会話できる男性がいない超絶コミュ障の渚ですら、だ。

そこから善意と取れる行動や楽しげな気持ちになれるポジティブな声がけを通して、否や応にも確実に、渚の中の小圷のポイントを稼がれていく。


あの時は全然気づかなかったけど、やっぱりこいつ上手いんだなー。エスコートするの。

道理で私のメンタルがズタボロになったあの時、傷跡ひとつ残さずにピカピカに治療して、笑顔にさせてくれた訳だ。


ヒロと比べれば比べる程、全てが天と地ほど違う。絶対モテるんだろうな。自分でモテるって言ってたし。


ヒロとの違いを例え話で述べるとすれば、私の心地よい空間をヒロは天然で作り出すが、この男は恐らく意図的、人工的に作り出している、そんな感じがする。

そしてそれこそが、渚の中で心地良さと戸惑いの共存させる一因となっていた。


それはまるで、私がヒロに元気に過ごして欲しくて意図的、人工的な明るさで振舞おうと努力してきたのと、まるで同じだから。


渚はリラックスして、思わず瞼が重くなる。しかし、意地でも寝ないと決めていた。


そして何ともなしに見上げた目線の先に、バックミラーに付けられたアクセサリーがひとつ増えているのに気づいて渚は目を見開いた。


女物の、可愛いキャラクターのアクセサリー。

シューロランドと呼ばれるテーマパークを構えたブランド。純粋な女児から、所謂大きなおともだちまで広く愛されるキャラクターだ。


数分の間お互いに何も喋らず会話は無かったが、渚はさりげない会話を装って問いかける。


「いい人、いたの」

「うん?」

「彼女。出来たんだねって」

「そんなの出来ないよ。それはただの貰い物さ」

「ふーん。そっか」


前を向いたままそう答えた小圷。答えを聞いた渚はシートに深く座り直し、息を吐き出した。


何聞いてるんだろ……私。

聞いたって何も無いのに。


小圷は何ともなしに、会話を延長して渚に尋ねる。


「ヒロ君は元気?」

「うん。相変わらず社畜のかいしょーなしだけど」

「そっか。ちゃんと連絡取れてる?」

「取れてるよ。でも……ここ最近特に、すっごく大変そうなのが伝わってくる」

「誠実な人ほど馬鹿を見る世界なのが、恨めしくて仕方がないね」


何ともなしな雰囲気で発された言葉を聞いて、渚はほんの少し目を見開いた。


200m先の赤信号に、小圷はブレーキを静かに踏んで減速していく。ゆっくりゆっくりと止まった車。

スムーズに進んでいた車は、もう5分もせずに主要駅に着いてしまう。その時、小圷は前を見たまま渚を見ずに尋ねる。


「目的地まで乗る?」

「うん」


渚の迷いのない返答を聞いて、小圷は場所を聞いてヒロの本社の最寄り駅をナビでセットした。そして信号が青になると同時に、再び勢いよく走り出す。


リラックスして窓の外を眺める渚。そんな渚を横目に見つめる小圷の中に、もちろん、先日の出来事に対する申し訳なさやヒロへの嫉妬心という感情は少なからず存在していた。


しかし………それ以上に小圷の胸を劈いて蠢いているのは、煮えたぎる程の悔しみと復讐心だった。


『可哀想だなぁ?空っぽのくせに権力だけ与えられた、お前みてぇな若造の末路ってのは。金の重みも知らずに運命だけ背負わされて、最後はそうやって被害者ヅラしか出来ねぇもんな』


しかし目を瞑る度に蘇る、渚に目を殴打されて居なくなった後の自室での出来事。

その鬱憤は渚と出会った事によって魂の奥底へ引っ込められて、決して表情や声に出すことは無い。しかし、何度も何度も記憶の中を乱反射していた。ケラケラと笑いながら放たれたその言葉と床に放られた煙草の吸殻に、憎悪と屈辱を噛み殺しながら。




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