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第48話 本心を隠蔽した笑顔

ライバル意識剥き出しのコック、芽瑠の宣戦布告により、渚と芽瑠は料理対決をすることになった。


ルールはより美味しい料理を作った方の勝ち。競う料理はお店の鉄板料理である、マルゲリータピザに決定した。


そして勝負が始まって、早10分が経過した。


俺はカップラーメンの作り方しか知らないから雰囲気を感じることしか出来ないが、そんな俺ですら肌で分かる程に、雲行きを怪しく感じ始めている。


渚サイドは1人。芽瑠サイドは芽瑠を崇め慕っているらしいスタッフを従えて5人で調理をしている。更に、芽瑠は持ち前の熱意でスタッフを強く触発し、バイタリティ溢れる調理風景を見せている。


おまけに芽瑠サイドは手余りの時間を使ってスープを作り、審判員へ振る舞い始めた。


審判3名は大絶賛。こんなに美味いのは初めてかもしれないと言う者もおり、それを聞いた芽瑠サイドの士気は最高潮。

もはや止められるものはいないと思わせた。


ルール上、審判のジャッジの際は渚と芽瑠どちらが作ったピザかが分からないようにして審判に提供される。その為、この行為自体にはパッと見何も意味が無いように見える。


つまり………。

ヒロは悟った。これは、渚の士気の低下が狙いだろう。


「草津さ〜ん?お一人で頑張るのはいいけど、随分ペース遅いんじゃなぁい?」

「遅く調理して、芽瑠さんの料理を冷まそうっていう作戦かしらぁ〜!?」


ギャラリーの、さっきの銀バッチとその取り巻きが渚へ向けて野次を飛ばし、下品極まりない笑い声が響き渡る。


渚はそれに反応せずに黙々と1人で調理を続けているが、俺は黙って見ていることが出来なかった。


「渚。俺も手伝うよ。どうしたらいい」

「………ヒロ?」


表情の死んでいた渚は真ん丸に目を見開いて、すぐ側に寄ってきたヒロを見つめた。渚がほんの少し笑顔を取り戻したのを見て、ヒロも思わずつられ微笑む。


「ありがと。でも大丈夫。後ろで見ててー」


しかし、渚はそう言ってすぐにトマトソースを作る方に意識を逸らしてしまう。


「え?何で?」

「いいの。大丈夫から」

「大変だろ1人じゃ。向こうは5人がかりだぞ」

「いいってば」

「いや、でも」

「『邪魔』だから下がっててって言ってるの」


いやぁー!ここが厨房の隅っこかぁ。体育座りして見える世界は、まるで他の全てが大きくなったようだ。

これが本当の「隅っこ暮らし」ってか。ははは。


弱者は皆こんな気持ちを味わってる?違うな。ここは案外、悪くないぞと声を大にして言いたい。弱者にのみ許されたオアシス。弱者以外にこの良さは分からないのだ。


「少し災難だったね、お連れさん」

「て……店長?」


心の中で卑屈な言葉を並び立てる俺の隣に、店長が一緒になって体育座りをした。いやあなたは体育座りしなくていいでしょ……。

店長は先程の熱量多い雰囲気とは打って変わり、優しそうに話を続けた。


「大丈夫だ。あれは彼女なりの優しさだよ。自身の買っているヘイトを自覚しているからこそ、君にまで矛先が向かないようにしている」

「……ここに居た時の渚って結構辛ら、じゃなくてクールだったんですね……」

「ハハハハ!まぁ、そうかもね。どこまでも気ままでマイペースだ。僕が君と全く同じ行為をすれば、彼女は機嫌を損ねて帰宅しかねないだろう」


ひと笑いした店長はスマートフォンを取り出して、その画面をヒロに傾けてある数枚の写真を見せた。


「これらをお店にも額縁で飾りたかったんだが。どうしても、彼女が嫌だと言ってね。私だけが持っている宝物なんだ」


″ぱる″がミシュラン三ツ星を獲得した記念写真。そしてその中には店長と一緒に、渚が映っているのだ。


俺は思わず、写真に見入った。


贈呈された記念品を手に持った、満面の笑みの店長。そして、そのすぐ隣で控えめに「にこり」程度に笑っている、きちんとコック帽を被った渚が映った写真。


日付を見るとどうやら2年程前のものらしい。


渚………。俺の知らない、渚。

俺の知らない渚の顔。俺の胸には、心からの笑顔の渚が大半以上を占めている。


その控えめで本心を隠蔽した笑顔に、ヒロは吸い込まれるように惹き込まれて行く。


他にも、店長からいくらか話を聞かされた。大きくお店の売り上げを伸ばし利益を上げた渚は、店長のみならず世間からも非常に高い評価を得ていたようだ。


「間違いなく、彼女は″ぱる″の名を日本中に知らしめた第1のきっかけであり、伝説のコックなんだ。全くアピールしてこないけど、明らかに卓越した料理センスと技術を持っている。だから僕も芽瑠も、彼女を尊敬してるんだよ。だけど彼女は僕らにも肩書きにも、まるで興味を示さなかった。僕はむしろ好きなんだが、どうしても冷たい印象をチームメンバー達には与えてしまった」

「………」

「しかし……君は、僕たちの知らない彼女を多く知っている。君の判断は間違ってなかったよ」

「え?」

「彼女の様子をもう一度見てご覧」


ヒロはすぐに立ち上がって、渚の様子を見に行った。


渚は………本当にほんの少しだけど、笑ってる気がした。

さっきまで黙々と、どこか虚ろだったその目に楽しさと真剣さが帯びている。


俺はその渚の姿に酷く身に覚えがあった。俺の為に、料理を作ってくれている時の後ろ姿。

ワクワクを抑えきれない様子で、慣れたように冷蔵庫から杏仁豆腐を取り出した時の渚の後ろ姿。


俺は、渚のその立ち姿にどうしようもなく魅入られていた。



------------------------------



間もなく、両サイドがピザを完成させた。トマトとチーズの芳醇な香りに、思わず唾液が分泌される。


審判が、2人の作ったピザを口に運んでいく。

言いようのない緊張感だ。渚は超然として表情一つ変えずに結果を待っているが、俺の膝は崩れ落ちそうになっていた。何でお前が緊張してないんだよ。


芽瑠は緊張の顔色を隠しきれず、固唾を飲んで審判を見つめていた。


「………勝者は、芽瑠コック!!」


結果は、満場一致で芽瑠の勝利に終わった。勝者の宣言と同時に、″ぱる″内に多くの歓声が轟く。


え………?嘘だろ。まさか、俺達の負け?

腕を組んでいた渚は一瞬、聞き間違いかというように頬をぴくりと動かした。


審判の反応を見るに、もはや比較の必要が無いほどの大差があるようだ。かといって、渚の作ったピザが不味かったとかそういう話ではない。

とてつもなく高いレベルの勝負に、審判達は歓喜と感動を露にしている。


ヒロは呆然として立ち尽くした。渚は約束通り、またここで働かなくちゃいけないのか?

くそ……。約束は約束、だけど……。認めがたいぞ。


芽瑠は今日1番に嬉々として込み上げる感情のままに、店長の目の前へ駆け寄り、自信満々の瞳で言った。


「やった…………やった!私は超えたわ!あの草津シェフを超えたのよ!」

「…………」

「ずっとずっとお父様の憧れだった、草津シェフに私が勝利を致しました。よって今後、主任シェフは私の称号です。よろしいですね?お父様」

「………ああ。そうだな」


そう返事をした店長は芽瑠の様子とは対照的に、どこか寂しそうで、肩を落としているようにも見えた。


そして少し俯いて考え込むような仕草の渚の目の前に、芽瑠が得意気な表情で歩み寄った。


「私の勝ちね。今度からは私の下でしっかりとこき使ってあげるから、感謝なさい」

「………」

「まだだんまりかしら。ざまぁないわね。何か言ってみなさい?」


挑戦的な口調の芽瑠。渚はそんな芽瑠を不思議そうな瞳で見つめて、あくまで笑顔で言った。


「とっくに引退してる私に勝ててそんなに嬉しかったの?可愛いね?」


それを聞いて、芽瑠はうっわ………というように顔を引き攣らせるが、すぐに得意気な表情に戻った。


「ま、何を言われようと私の勝ちですから。主任シェフもこの私。もうあなたに用はない。御機嫌よう」


芽瑠はご機嫌極まりない声でそう言って、さっさと歩き去ってしまった。その後に続き、銀バッチとその取り巻きが下品に笑いながら渚へ近づいていく。


「あらぁ!?もしかして負けちゃったの?草津シェフ。クスクス。まぁ、芽瑠さんが相手なら、当然ですけどねぇ?」


クスクス……。


「………」


高圧的かつ挑発的な発言と嘲笑にも、一切顔色を変えない渚。しかし、渚が負けたのをいいことに銀バッチは畳み掛ける。


「店長の約束では、アナタうちに戻ってくるんでしょう?まずは店長と芽瑠さんと、私たちに失礼を謝罪をなさい。お話はそれからでしょぉ?」

「………」

「ほらほらぁ!ほら早く」


渚が頭を下げようとしたところに、ヒロがすかさず間に入って銀バッチを睨みつけた。


「店長の提示した約束はひとつだけです。俺たちはこれで帰りますので」


渚は揺れる瞳で、ヒロの背中を見つめた。そしてヒロに手を引かれて、2人は″ぱる″を後にしたのだった。



------------------------------



暗い夜の帰り道。街に立ち並ぶお店と電灯の光に照らされる俺達は、お互いにひたすら無言だった。いつも元気な渚が、ずっと黙り込んでいる。


ヒロは勇気を出して静寂を破り、渚に声を掛けた。


「渚。お前って、めちゃくちゃすごいんだな」

「………?何が?」

「ほら。これ。店長からも色々聞いたぞ」


ヒロは店長に送ってもらった、″ぱる″が受賞した時の写真をスマホで表示して渚に見せた。店長と、控えめに笑う渚が写っている。


送ってもらった理由は2つ。俺自身が写真の渚の表情に惹き込まれた事。そしてもうひとつは、第三者の男だけが持っている渚の写真があるのが、どうしても気持ち悪かったから。


「うぅ……見られると思わなかった。黒歴史だよ、そんなの。恥ずかしいからあんまり見ないでね?」

「そんな事ない。渚は、俺の誇りだよ」


顔を真っ赤にして俯いた渚に、ヒロは確信を持った声で本心を伝えた。


足音が1人分だけになった事に気づいて、ヒロは振り返る。振り返ると渚は立ち止まって俯き、声を殺して大粒の涙を流していた。


「あいつに、ヒロに謝らせたかった………!!悔しい……!悔しいよ………!!!」


ぶるぶる震えて声を絞り出す渚に駆け寄り、ヒロはその身体をぎゅっと抱きしめた。


「あんな侮蔑の言葉、俺は全然気にしてないし心底どうでもいいよ。俺の中に、尊敬出来る渚がまた増えただけだから」


それを聞いた渚は、ヒロの身体を抱き返して更に大声を上げて泣き出した。


「ばか!!私が気にするの…………!!うぅ。うっ……」


だけど……やっぱり俺も悔しいものは悔しいな。ヒロは零れそうな涙を堪えて、震え泣く渚を抱きしめ続けた。


そうして渚は店長との約束を果たして、″ぱる″に復職することが決まった。



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