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第43話 理性が限界に達しそう

まだお昼過ぎ。

がやがやとした喧騒は周囲のどこに移動しても逃れられない。そう思わせられる程の人の多さだ。


アーケード街の備え付けベンチに、渚が呑気にスマホを眺めて座っているのを見つけた。そのスマホには、俺とおそろいシリーズである大きな犬のマスコットのストラップが付けられ微かに揺れている。


普段何気ない時でさえ、道行く人の大半が立ち止まり振り向くほどに可愛い容姿の渚。

しかし今日はそれに加え、際どいほど短いスカートと丸出しの太ももによって、一段、また一段と蠱惑的な雰囲気に人々を惑わせ、その可愛さにヒロも人々もくぎ付けにされてしまっていた。


衆人環視のど真ん中、ねっとりと浴びせられる目線を渚は一切意に介さずに、退屈そうにスマホを見つめている。


渚が不意にゆっくりと顔を上げた。ヒロが歩み寄ってきていることに気づいて、退屈に垂れ下がっていた口角が楽しそうにふ。と吊り上がる。


ヒロの手には袋……………たった今購入してきた『レッグチェーン』が握られていた。


何を考えていても何も考えていなくても、勝手に目が吸い寄せられていってしまう。渚の健康的にすらりと伸びた、程良い肉付きの脚に。

パタパタ、と足を上下に動かし遊び始める。あまりにもあざとい。あざと可愛過ぎて心臓が痛くなってきた。というかもはやその脚じゃ、どんな動きをしてもあざとく見えるな。


ヒロはベンチの渚のすぐ右隣にゆっくり慎重に座り、渚の目を見つめた。見つめられた渚は意味深に小さく鼻から息を吐き出してヒロを見つめ返す。その瞳は、期待に満ちていた。


「ほら」


一言ヒロはそれだけ言って、渚の目の前に袋を差し出した。


渚は袋を一瞥して受け取らないままヒロに目線を戻し、何のこと?とでもいうかのように目を見開いて首を傾げる。


「付けてよ」

「…………やっぱり俺が付けてやらないとダメ?」

「うん」

「分かったよ。じゃあ帰ったら」

「何言ってんの?今ここでに決まってるよね?」


ここで?え?今ここで?

一体何を考えてんだこいつは?

何言ってんのはこっちのセリフだろどう考えても?


そう思うもつかの間、渚は一旦立ち上がるとヒロの右手側に座りなおして、その左脚を差し出した。


「私の誕生日、お祝いしてくれるんだもんね?ねー。はやくー」


渚はそう言って、待ちきれない!早く!というように膝をぺちぺちっと叩いて見せた。


間近で見ると、その綺麗な太ももはほんの少しむちりとした肉感があり、叩くたびに鳴る乾いたぺちっという音が、それを撫でた時の感触を容易に想像させる。


ヒロは迷いに迷っていた。

ひとまず袋からチェーンを取り出して改めて見てみると、その外観を一言で言い表せば、『腰に付ける普通のベルトを、太ももに装着出来るようにサイズ短く、幅狭くしたもの』だった。


埋め込まれた留め具がきらりと光る。えっと?これを今付けてあげるとしたら。まずは渚の脚を持ち上げないと………って。


今ここで脚なんか持ち上げたら、この渚のスカートの短さじゃ大変なことになってしまわないだろうか?


ヒロは顔を上げて渚に目線を移す。渚はそんなヒロの心配も思慮も一切知らないかのように、心底楽しそうな様子でひひ。と笑い、ヒロの様子を見つめていた。


突然バッと立ち上がったヒロ。渚は何事か理解できず顔を上げる。


「だめだ。付けるにしてもまずは帰ってからにしよう」

「ええー?やだー」

「渚……誕生日なのは分かるけど。あんまり俺を困ら」

「やだったらやだ」


寂しそうに眉を顰めて駄々をこね、その場から動く様子を見せない渚に、ヒロは表情こそ変えることは無いが心底困り果てる。


おいおい………マジで勘弁してくれよ。お前はこのねっとりと浴びせられ続けている周囲の目線が気にならないのか?


男女関係なく、横切っていく誰もが渚の顔と脚を交互に見ていく。渚のいとけなくも蠱惑的な可愛さに誰もが夢中になる。


そのうち写真を撮り出す者が現れてもおかしくなさそうな状況だが、俺という隣にいる知人らしき雰囲気の人間(外見が釣り合わなさ過ぎて、恋人とは思われていないだろうけど……)の存在によって、辛うじて防がれているというただそれだけだった。


というか、俺もそろそろ背後を警戒しないと危ないかもしれない。

こんなに可愛い女の子と隣り合って話しているのが気に食わないであろう、男どもの醜い嫉妬の目線を今この瞬間に確かに感じていた。デートすら平穏に出来ねえ。


長い付き合いにも関わらず、俺と会って話すときは未だに緊張してしまうのだと、居酒屋でデートした日に渚は話してくれた。

今日はその腹いせのつもりなのだろうか?可愛いんだか根に持つタイプなんだか分からない。


とりあえず俺の中で、『今この場ではチェーンを付けない』ことは確定事項であった。しかしこの困った女に何という言葉をかけ、如何にして今はチェーンを付けない事を了承させるのかを、脳みそをフル回転させて考えなければならなかった。


「逆に、何で今ここで付けたいんだよ」

「もう待てない。今すぐがいいもん」


理由、ワクワクが抑えきれないだけか………。


「渚。それ付けるの、ずっと楽しみにしてたんでしょ。分かるけどさ。帰ってからの楽しみにした方がいいんじゃない?人目も多いし、ここで付けるのはあんまり良くないと思うよ」

「やだ。やだやだやだやだ。へー。私の誕生日、祝ってくれてないんだ?はーあ。つまんない」


そう言って本当に心底がっかり。とでもいうようにため息を吐いて、暗い目で遠くを見つめる渚。

こいつぅぅぅ………。


「そもそも、外出先で新しいベルトを付けるのって縁起良くないらしいよ」

「え?そうなの?」

「うん。前に聞いたことある」

「ふーん。じゃあやめとく。帰ってからでいい」


意外にもあっさりとそう言って立ち上がり、さっさと歩いていく渚。


助かった………。ここで付ける訳にはいかないよ。流石に。


屋外で新品のベルトを付けるのが縁起が悪いなどという話を俺は当然聞いたことは無いので、捏造な訳だが、縁起という単語を聞いたときに一瞬渚の表情が反応した気がした。


きっとこのレッグチェーンと、それを俺が渚の脚に装着してあげることに、特別な意味を見出しているのかもしれない。



------------------------------



まだまだ夕方には差し掛からない時間だが、2人は渚のマンションへ辿り着いた。基本デートと言えばおうち派の俺と渚は、この買い物だけの為に外出をしていたのだ。


相も変わらず渚の部屋は綺麗に整理整頓されていた。丸テーブルの上以外は。

手を洗って居間の丸テーブルにつくと、その上には様々なものが置かれていた。水色のノートパソコンとUSBで繋がれたマイク機材、小さな丸鏡が置かれており、その周りにメイクとネイルの為の用品入れと道具が雑に散らばっていた。


お。これが例のFtuberの配信環境かな。


「ヒロー。まだー?」


渚はソファに座り眉を少し吊り上げてヒロを見つめ、駄々をこねる子供のように両膝をぽんぽんと叩いてみせた。


それを聞いたヒロはテーブルから目を離して、どこか不服そうな様子の渚の傍に歩み寄る。


「渚……そんなに今すぐがいいのか?別に明日でも」

「今!今!」

「全く……」

「ていうかさ」


渚は湿った瞳で軽くため息をついて、呆れたように吐き捨てた。


「ヒロ、まだ今日『お誕生日おめでとう』って1回も言ってくれてないからね?まずはそれをちゃーんとヒロの手で私の足に付けて。そしてその後きちんとお祝いしてくれるのが礼儀だよ?」


しまった………!言おうとしてたのに出会い頭渚の服装に心臓をバクつかせてたら、言うタイミングを逃したんだった。


「それは確かに良くなかったよ。ごめん」


少し俯いて素直に謝ったヒロを見て、渚は満足気ににやりと笑った。


そうだ。考えてみれば今日は1年に1度の渚の誕生日。今日渚の要望に笑顔で応えてやらなくて、いつ応えてやるというんだ。


ヒロは意を決してチェーンを袋から取り出し、ソファに座る渚を見下ろした。まだ少し戸惑いが含まれつつも、しっかりと渚を見据える目。


渚は今日、散々自らヒロを誘惑した自覚があったにも関わらず、確たる覚悟で自分を見下ろすその目を見て思わずドキリとした。


「付けるからね」

「………うん。お願いします」


柄にもなく弱々しい返事をした渚。それを見たヒロは本当に今から付けるんだという事と、後にはもう引けないという2つの実感に胸をざわつかせながら、ゆっくりと渚の傍にしゃがみこむ。


慣れない手つきで渚の左脚、その太もも裏に手を回す。触れるとぺち、と音がする。その手触りはあまりにも、聞いた音で想像したまんまのすべすべ、つるつるとした感触だった。


やりづらそうなヒロを見て、渚はソファに腰を深くもたれるようにして座り直し、自発的にゆっくり脚を上げて開き始める。


「そこまででいいよ」

「んー?そう?」


ヒロは咄嗟に、ほんの少し開いたところで止めさせた。理性が限界に達しそうなのを、真剣さで堪えながら。


これは1年に1回の、渚が大事にしたい事なんだから……。ダメだ。俺が変なこと考えちゃ……!


額に汗を浮かべ、真剣さと我慢に堪えるように口元を締める、赤らんだヒロの表情。そして震えているその手を見つめ、渚はほんの少しだけ口元を緩め微笑んだ。ヒロと同じように汗をかき、頬を赤らめて。


高校時代の体育祭でのきっかけ以来、ヒロの感情、すなわち内面を見つめることを癖づけてきた渚。そんな渚にとって、あられもない自分の服装を見て平常を失うヒロを見つめるのはこの上ない快楽であり、胸から湧き上がり収まらない悦にどっぷりと浸かっていた。


渚こいつ………可愛すぎるだろ………!!

くそ。上手く付けられない……。


手間取ったり、手を滑らせたりする度に渚の太ももを持ち直さなければならないヒロ。

足の付け根に近い部分に触れると、渚は色めきに満ちた弱々しい吐息を漏らした。それを聞く度に、ヒロは更に手元が狂っていく。


あーあ……。なかなか付けられないね?ヒロ。

ヒロ、可愛いー……。今すぐに抱きしめたい。


お互いに、相手に聞こえないようにごくりと喉を鳴らした。しかしなんの音もないシンとした空間に張り詰めた空気が音を素早く伝導し、2人同時に喉を鳴らしたのがお互いに聞こえてしまう。


渚の目を見れない。かといってこのハリのある太ももをいつまでも凝視する訳にはいかない。早く……早く付け終わらないと……!


かちゃかちゃ。


そうして、ようやくレッグチェーンを装着することに成功したのだった。渚は立ち上がり少しだけ屈んでチェーンを見つめ、愛おしげにゆっくりとなぞるように撫でた。


「これで、大丈夫かな」

「…………うん。大丈夫」


太ももに装着されたチェーンの脇にはその肉付きを強調するかのように、ごく小さな谷が出来上がる。糸にきゅっと巻かれたボンレスハムが糸と糸の間で盛り上がって山を見せるのと同じ原理だ。


その光景はミニスカートで生足を見せている事も重なって、ヒロの喉奥にちょっとやそっとでは冷めやらぬ程の熱を帯びさせたが、渚の喉奥にも同じ温度の熱があった。


2人とも熱に抗えず、どろりとした瞳と瞳で見つめ合う。渚は口元は緩み微笑んでいるが、潤んだ瞳には熱がこもっていた。


ヒロは残された僅かな理性を奮い立たせて、息を乱しながら言った。


「渚……誕生日おめでとう。これからもよろしくね。あと悪いけど。その格好は、部屋の中だけにして」


そう言って再びテーブル前に足を崩して座り、そっぽを向いたヒロ。渚はその様子を見て一瞬驚いたように目を見開いた後、くすりと笑った。


「うん………言う通りにする。ありがとね、ヒロ。何か食べる?お腹すいたよね?」


渚は平静を装い、どろりとした瞳のままそう言ってダイニングキッチンへぱたぱたと早足で歩いていく。

その声は明らかにいつもより2段階くらいトーンが高くて、何かの感情が溢れそうな状態であると、普段渚の考えることに鈍感なヒロでさえ勘づいて、再びごくりと喉を鳴らした。


ヒロは渚に悟られないようにその後ろ姿と、自ら付けてあげたレッグチェーンを横目で見つめていた。


何事も無かったかのように、いつものお家デートの時間に戻っていく2人。しかし2人とも、喉奥に溜め込んだ熱も、我を忘れそうな程に波打つ興奮も冷めやらぬままだった。




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