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第42話 ヒロが買ってくれる事に意味がある

昼下がり。曇り空はいい。

俺まで無理にテンションを上げる必要は無いと言ってくれているような気がするから。


今日は渚の誕生日だ。

一緒に迎える、通算『3回目』の誕生日。


1回目は高校2年生、2回目は高校3年生の時。そして今回が3回目。俺は渚の誕生日を忘れずに覚えていた。


そして今回は密かに、さりげなく欲しいものを聞き出してサプライズプレゼントを考えていた。普通であれば何も言わずに当日を迎え、プレゼントを差し出し相手をびっくりさせるのが定石だ。


だからタイミングを伺って、欲しいものを確認しようとしていた。

しかし5日ほど前になって渚から連絡が入り、『私の誕生日覚えてるよね?買ってほしいものがあるから当日デートしろ』と先んじて言われてしまった俺は、何のワクワクも感じられないまま待ち合わせ場所で渚を待っていた。


ちゃんとお金は貯めてきたけど。一体何が欲しいのかな………。


不意に自分の名前を呼ぶ声に、ワクワクなど欠片のない退屈な表情のままヒロは振り向いた。次の瞬間にドキマギさせられてしまうなど、夢にも思わないままに。


「なっなななななっなっ!!渚!??」


ヒロは頬をかぁっと赤らめて、腹から叫んだ。

誕生日おめでとうと第一声に言うつもりだったヒロの脳内は視覚情報を処理しきれず爆発を起こし、思考を停止した。


待ち合わせ場所に到着しヒロを呼んだ渚は普段と変わらなかった。彼女の象徴である明るい茶髪のボブカットに、黒いフードパーカーである点までは。


履いているスカートが、あまりにも短かった。普段履いている黒タイツも履いていないから、肌をがっつり晒している。

いつも膝より少し上くらいの長さだったが、今回は太ももをほとんど隠せてないのでは?と思わせるほどの大胆な短さ。1歩間違えれば下に何も履いてないようにすら見えた。


そしてタイツの代わりに今日は黒靴下を履いていた。

如何にも乙女のような、しっとりした程よい肉付きの美脚、そのふくらはぎを半分ほど包み込む長さの黒靴下。

幼い雰囲気にオトナな艶めかしさを共存させたような、容赦の無いあざとさを滲み出す光景に、ヒロは心臓を跳ねらかし、思わず唾を飲み込んだ。


唯一身体を包み込んでいると言えるパーカーは、渚の身体の大きさに対して少しぶかっとしているが、厚手ではない材質のため、身体のラインがはっきりと見える。


その姿は少なくともたった今目の前にいるヒロからすれば、胸や腰といった女性らしい部分のラインを『強調して見せている』ようにしか見えず、これまで覚えたことが無いほどに心拍が音高く鳴り響く。


ヒロを一瞥し、早く行こうよ。こっち。と言わんばかりにさっさと歩いて行こうとする渚。しかしヒロは動けず固まったままだった。


いつまで経ってもこちらに来ないヒロ。そんなヒロの気も知らない渚は待ちきれないんですけど、というように小さくため息を吐いてヒロのすぐ目の前まで走り寄る。


ま、まて!!あんまり近くに寄ってこられたら……!


あまりの可愛さと色っぽさに、心臓が持たない……。


「ヒロ、何してんの?遅いよ。いこー」

「ま、待って」

「今日から私が1つ歳上だから。敬語で喋れ?敬語で」

「ちょ。待て。待って」


ヒロの大慌てぶりに対して、渚は至っていつも通りだった。それどころか、いつもより冷静なくらい。


「どしたの?顔真っ赤にして」

「す、スカート……。短、過ぎない?」


逆になんでお前はそんなに普段通りなんだよ……。

そう思ったヒロだが、完全にテンパっていた為それを口に出すことは叶わなかった。


周りを歩く人の大半以上が、すれ違い様に渚の脚と身体を凝視した。


舐め上げるように品のなく厭らしい目線で渚の太ももを凝視する太った中年男性を、ヒロは思わず身体を張って盾になり睨みつける。すると中年男性は俯き、そそくさと早歩きで退散していく。


渚は一瞬きょとんとしたが、すぐにヒロの心情を察して嬉しい気持ちになりひひ。と無邪気に笑った。


渚の瞳に映る、赤面し慌てふためくヒロ。それを見た渚の胸の内には一滴の恥ずかしさと、バケツ10個を全て満杯にする程の嬉しさを秘めていた。それを示すように、ほんのりと少しだけ渚の頬は赤らんでいた。


そして、してやったり顔でゆっくりとヒロのすぐ側に歩み寄り、耳元に口を近づけて甘く囁いた。


「ドキドキしちゃったんだ?流石に?」

「…………当たり前だろ。こんなに脚出して。人どれだけ多いと思ってんの。皆見てくるぞ」

「大丈夫だよ。ヒロが守ってくれるもんね?」


そう言って覗き込むように、お互いの顔と顔をぐいっと急接近させる渚。


「ヒロの彼女だよ。ヒロのか、の、じょ」


ヒロは渚のそのまっすぐな瞳と、故意とはっきり分かる悪戯っぽい薄ら笑いに釘付けになりかけて、咄嗟に勢いよく目を逸らす。


可愛すぎる。

可愛いもの見て癒されましたなんて、生易しいもんじゃない。苦しい。どくどくと身体が熱くなっていって、猛烈に息が詰まりそうだ。


「可愛いって言え?」

「………」

「ほらはやく。言え言えー」


渚は人差し指でつんつん、と優しくヒロの胸板を突いて、ただひとつの言葉を心待ちにしている。


ヒロは紅潮し顔を背けたまま、腕だけを素早くバッと動かして渚の手を取り、小さく絞るような声で言った。


「………お前さ。今日絶対俺の傍から離れるなよ」


渚はリクエスト通りの言葉でなかったことにより一瞬意味が分からなかったが、言葉の意図を汲み終えて頬をたちまち紅くし、ふいっとヒロから目線を逸らした。


手を繋ぎ合う2人は、お互いに胸がいっぱいになって目も合わせることが出来なかった。そんな心境を誤魔化したい一心で、ヒロは渚をリードしようと1歩前を歩いていた。


「………ヒロ。お店、反対だよ」

「エッ!!まじ!?」


珍しく自分をリードしようとするも上手くいかないヒロの後ろ姿を見て、渚の全身から湧き出るのは無限の愛おしさだった。小さく、ヒロに聞こえないくらいの声でくすりと笑った。


ひひ。

私を見てドキドキしてくれたんだね。


だけど今………きっと、ヒロよりも私の方がドキドキしちゃってる。


あんなに可愛いヒロを見ちゃったら。私。

…………。


今、より音高く胸を高鳴らせているのはヒロではなく渚の方であるということを、渚の際どい下半身から必死に目を逸らしながら懸命にリードしようと踏ん張っているヒロは知る由もないのだった。


渚にとって、ヒロをドキドキさせるのは悲願だった。実際にはヒロは何度も渚にドキドキさせられているが、それを必死に顔に出さないようにしていたため、気づく機会が無かったのだ。


今回初めてあからさまにヒロがテンパっているのを見て、渚の胸の中は溢れるほどいっぱいの気持ちよさに満たされていた。



------------------------------



ヒロが何度も道を間違えて迷子になったことにより、結局渚に手を引かれリードされていた。


あまりにも人口密度の高いデパ地下の人ごみを、渚が先頭で力強くかき分けて進んでいく。そしてそれについていく事しか出来ないヒロは自尊心が崩壊し、白目を剥いたのであった。


「これがいい」

「………これは」


しかし気づいた時には入店していた百貨店で、ヒロはまた驚かされることとなる。


渚が指をさすショーケースの中にあったのは、黒いチョーカーだった。首に装着するアクセサリーである。


今日のためにかなり切り詰め、貯金は充分。

何でも来いと意気込みは充分だった。

仮に今回のプレゼントがとんでもなく高価である事で少し生活が苦しくなったとしても、いつも世話になっている渚にその分を返せると思えば後悔なんか絶対ない。そう思っていた。


しかし、値札に書かれている価格は1200円。

幅は2cmくらい?


「オシャレだね。でも、せっかくの誕生日なのにこんなのでいいの?」

「これがいいの」

「もっと高いものでもいいんだぞ?」

「やだ。これがいい。え、何?買ってくれないってこと?」

「そんなこと言ってないじゃん。でも、これ自分でも買えたでしょ」

「ヒロが買ってくれる事に意味があるんだよ?」


そう言ってヒロを見つめる渚の目はどこまでも真っ直ぐで、1ミリの躊躇いすら感じられなかった。


結局ヒロはそのチョーカーを購入した。


「ヒロが付けて?私の首に」

「俺が?なんで?」

「誕生日プレゼントなんだから。付けてくれたっていいじゃん」

「はいはい」


逆に何でヒロが付けてくれないの?と言わんばかりの自信が籠った態度と言い方の渚。その自信はどこから湧いてくるんだ……。

そして言われるがままに、ヒロは購入したチョーカーを渚の首に付けてあげた。


似合うよ、渚!

…………って、面と向かって言っていい類なのか?これは。その手の界隈に精通していないから、よく分からない。


首元にちらりと見えるチョーカーで、渚はすごくスリムな印象の見栄えに早変わりした。

たったそれだけなのに、渚がすごく綺麗になったようで。見違えるほどスマートに賢く見えて、幼げな微笑みとのギャップに心臓が高鳴るのを感じた。


また何だか俺とは遠い存在になっていくような、そんなデジャブを感じた。


渚は首に装着したチョーカーを愛おしそうにさすり、すごく嬉しそうにうっとりとしてヒロを見つめていた。


「ありがと……。一生大事にするね」


そんな渚のとろんとした笑みに不意をつかれ、ヒロはまたもドキドキして目を逸らした。何回目逸らすんだよ俺!?だけど……。こんな渚、直視し続けられる訳ない。あまりにも可愛すぎるから。


そして普段通りを目いっぱい装って言葉を返す。


「一生?言ったな。おばあちゃんになっても付けろよ」

「棺桶に入る時まで付け続けます」

「冗談だしそれはやめとけよ」


まだ欲しいものあるから。

そう言った渚に再び手を引かれ、無限に続くかと思う程に広大なデパ地下を歩き続ける。


そして何やら、甘ったるい香りと色に包まれたお店に到着。


渚の指さす先にあったのは、黒のレッグチェーンだった。ほかの商品を見ると煌びやかさをアピールするように光を放つ高級感のある石が埋め込まれたものや、何重にもなった鎖が留め具に吊り下げられているものが大半を占めているが、渚が欲しがっているのは至って素朴なものだった。


黒を基調とした、キラリと銀色に光る留め具がぽつ、ぽつと埋め込まれたもの。

値段は1000円すらしない。


「渚。こういうの好きなの?」

「うーん、まあ?流行ってるから?みたいな」

「へえ。欲しいならいいけど」


ヒロの購入承諾の言葉に、ショーケースに目線を戻した渚は意味深に声を出さず、ゆっくりと笑った。そんな様子を横目に見たヒロは、何かを感づき始める。


『流行ってるから欲しい』は絶対嘘だなこりゃ……。


何となくだけど、なにか裏がある気がする……。


しかし、ヒロは渚の真の意図に気づくことは出来なかった。そしてその直後にもうひとつ重要な事に気がついて、ヒロの表情と身体は固まった。


待って。

これって、脚というか……

太ももに付けるやつだよな?


まさかこれも、今日俺が付けてあげるのだろうか?


次の瞬間に自分の胸に灯り燃え上がった危ない火を、ヒロは咄嗟に目を瞑ってブンブンと勢いよく首を振り消化する。


だめだ。これは流石に自分で付けてもらおう。ねだられても。

ねだられ、て、も………。


そんな葛藤の中で何ともなしに横を見ると、渚がヒロの胸の内の全てを察したかのような目で微笑みこちらを見つめていて、ヒロは思考も完全に止まってしまった。


「付けてくれるよね?ヒロ」


そう言って、すたたっと走り先にさっさとお店を出て行ってしまった。


『付けてくれるよね』、か。まさか俺の脚に付けるために買うわけないもんな。うん。


ということはやはり先程のチョーカーのように、俺が渚の足につけてあげなくてはならないのだ。




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