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第37話 岐路⑪

13:10。小圷車内。


渚は今すぐ絶対行く!!と電話口で叫んだヒロを信じて待ち続けたが、結局ヒロは現れなかった。


ヒロを待ち続ける選択も脳裏に浮かぶが、未だにヒロに対する罪の意識に駆られ続ける渚は、予定通りに小圷の車に乗る事を選んだ。


渚と小圷は2人でドライブをしていた。


2人は違和感なく会話し、笑いあって会話する関係にあった。


「渚さん。今日の服は真っ黒なんだね」

「うん。このコーデが好きだから。おんなじ服いっぱい溜め込んでる」

「へぇ。独特だね」


渚は、この日はいつも通りの上下真っ黒の服装だった。ヒロに会えるかもしれないと思っていたからだ。


「体調、もう大丈夫なの?」

「うーん、えっとね。ちょっとまだ良くはないけど。生活出来ない程じゃないから、少し早く退院したよ。来週からお仕事も再開しよっかなって」

「そっか……。大丈夫なら良いんだけど」


気がついたら空は雨雲に埋め尽くされて、小雨が降り注いでいた。


まるで自分の心みたいだな。


どうしよう。私まだヒロのこと考えてる。


今日小圷君の車に乗ったら、全部忘れようと思ったのにな……。


「渚さんに出逢えて僕、良かったと思ってるんだ」

「……そうなの?」

「うん。言ってなかったけど、僕も貴方に元気を分けてもらえたんだ。先日まで仕事が上手くいってなくて……」

「大丈夫?」

「あぁ、今は全然、むしろ好調なんだよ!実は少しばかり事業を嗜んでて………」


めっちゃくちゃさりげなく教えてくれた(小圷の方から勝手に喋りだした)小圷の肩書きは社長であり、年収は現時点で渚の倍の金額でありながら、学生の身分も持っており、一流大学だという。


更に、元々親が資産家のお金持ちであり、複数の会社を経営に携わっているようだ。そして若くして、その跡を継ぎ2年がたったと言う。


「………ほんとうなの?」

「あっ!疑ってるな〜、渚さん」


嘘くさい程高いスペックに、渚は現実味を感じられず半笑いで尋ねる。


小圷はコンビニに車を停めて、貯金や学生証を見せてくれた。


「………すご!小圷君てすごいんだね」

「はは。こんなのまだまだだよ。上にはまた上が居て大変なんだ。今日も16:00に『重要な契約』をする予定があってね。その時は少しだけ外すよ」

「はへー……すご……」


貯金の桁おかしくない?私のより3桁くらい多かった気がするんだけど……。


本当に比べれば比べるほど何もかもヒロとは段違いにハイスペックな小圷。


「本当に凄いね。小圷君と結婚した人は、一生をすごく幸せに過ごせるんだろうね」


渚は本当に純粋に思ったことを口にしただけで他意は全く無かったが、小圷は表情が固まって下を向いた。


ぼんやりと小圷を見つめる渚、数秒の沈黙。


「僕は、渚さんと結婚してもいいと思ってる」


唐突の発言に、渚はふいっ、とフロントガラスの向こうに目線を逸らした。


「ごめん……。上から目線で失礼な言葉だった。忘れて欲しい。僕はこれまで色んな女性と出会うご縁があった。ここ1年で、10人程……。だけどどの方も財産目当てなのが見え見えだったり、父のお眼鏡に適わなかったりで、恥ずかしながら交際は出来なかったんだ」

「…………」

「だけど渚さん。歯に衣着せずに伝えると、あなたはこれまで僕が出会った中で1番の女性だ。話しててここまで癒されて、勇気づけられる方はいなかった。それに」


言葉を止めた小圷に、目線を戻し不思議なものでも見るような目で見つめる渚。


「…………可愛い。渚さんは、本当に」


窓の外を見ながら言った、小圷の照れながらも真剣な言葉に、渚は少しだけ頬を赤らめ、慌てて背筋を伸ばし俯いた。


「渚さん。沢山の男性からアプローチされたでしょ」

「う、うーん………まあ………?」

「正直に、深く考えず答えて欲しい。………僕はその中で何番目ですか?」


渚は何と答えるかを考えた。


スペックでいえば当然抜きん出て1番だけど。


何の1番だろう。考えたこと無かった。ヒロ以外の男なんて皆同じでしょ。


ヒロと同棲して、毎日の献立を楽しく作って。一緒に寝て。


ヒロと結婚した後の事ばかり考えてきた。


「…………分かんない」


渚は自信なさげに眉をひそめてそう言い、俯いた。


「……分かりきった事を聞いてたね。じゃあ、僕と元彼、どっちが魅力的?」

「!!」

「元彼と連絡、取れたんだろ?」

「……………!」


核心を突かれた上、ヒロと連絡を取れたことを知っている?何で?


小圷は渚が驚いて目を見開いたのを見て、やっぱり、というようにため息をついた。


「様子を見てれば分かるよ。渚さん。連絡は取らないでって言ったろ?それじゃ情を捨てきれない。君がずっと苦しみ続けるだけじゃないか」

「………」

「じゃあ、今君の中で1番上なのは元彼君な訳だ。でもさ、それでいいの?」

「………」

「僕以上に渚さんを幸せに出来る人がいるなら、その人のもとへ行ったらいいと思ってる。何回でも言うけど、僕は本当の意味で渚さんに幸せになって欲しいんだ。だけど少なくとも、その元彼君のもとへは絶対戻って欲しくはないよ」

「………」

「話を聞いてる限り信頼出来る人物じゃないし、また渚さんを傷つけるだろう」


信頼。


ヒロの事が信頼出来ない?そうだよ?


信頼なんか出来ないよ。連絡返さないし、今日だって絶対来てくれるって言ったくせに来なかったし。ほんと有り得ない。


入院するまで働く羽目になったのも、治りかけてた体調不良がぶり返したのも、今こいつとドライブしてるのもぜんぶヒロのせい。


この満身創痍は全部全部ヒロのせい。


こんな状況なのに、私の心はやたらと落ち着いてて。


さっきからずーっと頭の中でヒロと電話した時の声がこだましていて。


『今すぐ会いに行けばいいんだな!?!?今どこだ!!』


『今すぐ行くから動くなよ!!!もし動いたらお前のマンションの前で首〇って呪縛霊になってやるからな!!!あ!?こら!!!』


なに勝手なこと言ってんの。


腹が立ってきた。ムカついてきた。


死ぬまでずっとヒロのことを恨んで呪ってやる。忘れてなんかやらない。


あのくそかいしょーなしめ。


「…………そう、だね。なんにも信じてなんかやれないよ」


へらりと笑って窓の外を眺めながらそう言った渚の後ろ姿を見て、小圷はごくりと生唾を飲み込んだ。


「元彼君の中で、渚さんは1番だと思うかい?そうじゃないはずだろ?」


どくん、と渚の心臓が跳ねた。


ヒロに他の女が寄り付くなんて。


想像しただけで吐き気と○人願望がその身体に押し寄せる。


高校時代モテモテで、いつも周りに人が絶えなかったヒロ。この衝動に何度悩まされたか分からない。


やだ。私が1番がいい……。


私が1番でしょ?ヒロ……。


「とにかく渚さんは、元彼君の事を忘れるのが1番なんだよ。その為には時間が必要だ」


渚はしばらく考え込んで、重たく口を開いた。


「………うん。忘れられた方が、幸せなのかもね」


小圷はその言葉を聞いて、にやりと厭らしく頬を吊り上げた。


「渚さん。僕の部屋に行こう」

「へ?どうして?」

「渚さんには新しい思い出が必要だからさ。無論僕にもね。退屈はさせない」


小圷はアクセルを踏み抜き、車は勢いよく発車し小圷の自宅へ向かっていった。


14:00。

小圷の豪邸は車が10台停められる駐車場、一般的な民家3つ分はありそうなプール付きの庭、綺麗に上品に整えられた草木と花。


建物は西洋のお城のようにあまりにも豪勢で大きかった。そして人10何人分の高さもありそうなそびえたつ塀に囲まれていた。


す、すご…………。今のご時世こんなお家に住めるなんて。『勝ち組』以外の何でもないじゃん。


この人と結婚する人も、漏れなく『勝ち組』になるんだな。


だけど。


「小圷君。私はやっぱり、ここには入れないよ」


渚はセキュリティのしっかりした門の目の前で、勇気を出して思いを小圷に伝えた。


カシャン。


パスワードを入力し解錠した門を開けると、小圷は渚の手をがしっと掴んだ。


「大丈夫だ。変な事は何も無い」

「嫌……!離して!!」

「いいからっ………!何もしないから!!」


小圷は力任せに無理やり、渚を門の中に引っ張り入れた。


門は開きっぱなしにしたまま、小圷は渚を家の中に入れた。


渚は家の中を眺めて、開いた口が塞がらないというように見回した。


どの部屋も大きい。ひとつひとつの部屋が私の実家のリビングの何倍広いか分かんないくらい広い。


そして、エージェントのようなガタイのいいスーツにサングラスの人が何人もいる。恐らくこの人達は、このお家を守る人たちなのだろう。


そして、小圷の部屋に入った。綺麗にきちんと整頓されており、学生らしく本が沢山置いてある広い小圷の部屋。


どさっ。

渚を部屋に入れると、小圷は大きなベッドに渚を雑に押し倒した。


「…………小圷君」

「楽しく過ごそう。渚さん」


2人でベッドに横たわり、小圷は渚の肩と腰をぎゅっと抱き寄せて、身体を完全に密着させた。


結局こうなんのかよ………。


男ってクソだなぁ。しつこいし。うるさいし。がめつくて欲丸出しで。


帰りてー………。


だけど、私はヒロを傷つけた上に自ら別れを切り出したわけで。


…………どうしたらいいか分かんないよ。


抱き寄せられた渚はその身体の感触を感じながら、無表情で仰向けになり殺風景な天井を眺めていた。



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ヒロが気絶してから30分後。

本社、エントランス。


ヒロ達一行は、小圷の位置情報を特定し車で急行しようとしていた。


須藤が車の手配をしておりそれ以外は既に準備が整い、5人はエントランスに集まっていた。


ヒロは未だに気絶しており、鳴上がその身体を担いでいる。


「鹿沼。ここから何分だ?」

「やっぱり時間掛かっちゃいますね……。恐らく、14:00の到着になるかと」

「オッケー」


うーさんはノートパソコンをとんでもないスピードで操作しながら答えた。ハッキングしたGPSから常に小圷の位置が確認出来る仕様になっている。


怒り心頭に燃えに燃え上がっている鳴上を、柳は静かに見つめていた。


「絶対に小圷と神松を許さぬ。謝罪してもらい償ってもらおう」

「それはどーかんよ。やすっち」

「ヤッ!?ヤスッチ!?Fooooooooo〜〜〜〜!!!!!これもしかして!?w 柳殿と少し距離縮まった可能性ッ!!!!w」

「それはないわ。だまりなさい」

「ック〜〜〜〜〜〜〜〜w ツンツンしてるのが堪らんでござるッ!w」


そんな会話をしているうちに、須藤がエントランスに戻ってきた。それを見た4人はいよいよ出発だ、と顔を見合わせる。


「皆さん〜!お待たせしました〜。車の用意が出来ッ」


ズビビバチッ。


4人は突然の火花の散る音に心臓が跳ねた。


声も上げる間もなく、須藤はその場でバタリと倒れた。背後には、警備員の1人が立っておりスタンガンを持っていた。


「すっ!須藤殿ォ!!!」


ゾロゾロと湧くように出てくる重装備警備員。出口も含め鳴上達は完全に包囲された。


そしてエレベーターで降りてきたのは頬に湿布を貼り4人を冷たく、それでいて怒りを秘めて睨みつける神松だった。


「『人に迷惑をかけるのはやめろ』と散々君達に教えてきたはずなんだがな。セレモニーを荒らして私のデータを持ち出した挙句、『お出かけ』か?」


警備員がエントランスを満たし始める。それはうーさんが率いていたよりも更に多い数だった。


葛木は露骨に顔を顰めて舌打ちし、神松を見据えた。


「よぉマヌケ。また殴られに来たのか?その湿布は『ここを狙え!』っていう目印かなぁ」

「そのデータを返してもらおう。そして機密情報を私欲で勝手に持ち出した君達は全員本日付で『懲戒解雇』とさせて貰う」

「何抜かすのかと思って楽しみにしてりゃよ……!馬ァ鹿が!!!!その前にこれが役員達の手に渡りゃてめぇは終いだろうが」

「そうはさせない。本当に君達のように迷惑で非常識な人間達には困らされるものだよ」


再び訪れる緊張感。さっきの警備員達が皆神松に寝返り囲まれている状況に、うーさんは息を呑んだ。


怒りが火山のように噴火直前の鳴上が静かに喋り出す。


「神松殿、いや。神松……………。貴様は自分が何をしたのか分かっているのか?今もこうして罪に罪を重ねるとは………愚かでござる。神が貴様を許しても、拙者は貴様を一生許すことはない」

「くずっちもやすっちも、まって。ちょうはつしちゃだめ。もうよわみをにぎってるのばれてるから、なにしだすかほんとにわからないわ」


柳が挑発する葛木と鳴上を必死に止める中で、うーさんが悲しみを秘めた表情で神松に向かって叫ぶ。


「どうして、こんな事を!?神松さん。これ以上はもうやめてください!!」


神松は無機質で冷酷な表情を変えないまま、スッとうーさんへ目線を移した。


「お前に喋る事など何もないよ。鹿沼」

「神松さん。私は。……私は………。あなたを」

「何も言う必要は無い。大人しくこちらへ来い」


重装備警備員は未だにゾロゾロと増え続けている。敵は先程うーさんの率いていた5、6倍の数になっており、会社外も包囲されている絶望的な状況だった。


ガチャン。


葛木は警備棒を2本取りだして最大まで引き伸ばし、両手に掴んだ。そのまま殺気を秘めた眼差しで1歩前に出た。


「どけ。今どくなら許すがもう2度は言わねぇからな?全員覚悟決めて歯ァ食いしばれ」


柳は未だに気絶して目を覚まさないヒロの頭を持ち上げて、膝枕した。


「サリー。私達を守りなさい」


ぐる。


サリーは走り寄り、柳とうーさんのすぐ側についた。


まにあわないどころか、つかまってしまう。


このままじゃ16:00までにもくろみをとめるのも、あのこのことも……。


それだけはぜったい、さけないと……。


柳は白目を剥いて気絶したままのヒロのおでこを優しく撫でながら、焦りの表情で神松を睨みつける。


「この数の突破は不可能ということも分からないか?心底呆れるよ。葛木統括、特に君にはな。思えば君には散々無礼を働かれてきた。よって君にのみ特別に、『懲戒解雇よりも重い罰』を下そう。冥土の土産がこの言葉になるかもしれないから、楽しんでくれたまえ」


神松は冷酷にそう言うと静かにゆっくりと息を吸い込み、カッと目を見開き、号令を発した。


「総員!!!!愚か者共を捕らえよ!!!!!」


包囲していた警備員が、咆哮を上げて一斉に葛木達を襲った。


「てめぇはアリンコが何匹集まったら龍に勝てるか知ってるか?」


葛木は凄まじい勢いでダッシュして高く飛び上がり、好戦的な笑みを浮かべながら両手の警備棒を勢いよく振りかぶった。


怒りの火山が大噴火した鳴上は、鬼の形相でそこら一帯に響き渡る程の咆哮を上げた。


「オォォォォォォオオオオオォォォォォォォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッッッッッ!!!!!!!!!!」


ドガドガドガドガァァァァァン!!!!!


本社ビルは凄まじい衝撃と轟音に、揺れた。




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