第36話 岐路⑩
11:45。本社、エントランス。
ヒロは渚を一刻も早く迎えに行く為葛木と共に本社を走り出ようとするが、行く手をうーさんと鳴上、そして30人以上もの警備員に阻まれていた。
「もうこれお前に渡しとくわ」
「はっ。はい!」
ヒロは葛木から、エントランス解錠用のキーカードを受け取った。
うーさんの号令により、一斉に突入してきた警備員30名。
渚に会うまでは、絶対に捕まるいかないんだ!!!
ヒロは全ての警備員を正面突破で蹴散らすくらいのつもりで、勢いをつけて全力疾走した。
しかし、葛木はヒロの倍のスピードで前へ走り出て、一旦拳銃を仕舞い新たに懐から取り出した伸縮可能な警備棒を取り出して、勢いよく振りかぶった。
ズギャン!!!!
ドゴ!!!
バキ!!!
一時は万事休すかと思ったヒロだが、葛木は警備員を全員あっという間になぎ倒してしまった。
「時枝今だ!鳴上を避けて行け!!」
「はっ!!はい!」
ヒロは出口へ全力で走った。
ガチャガチャガチャガチャ。
ゾロゾロゾロゾロゾロ。
しかし、すかさず脇からまた新たに先の倍の数の警備員が入ってきた。
行く手を阻む先程とは比にならない戦力に、ヒロは絶望の表情で足を止めた。
しかも今度の警備員は皆、盾と機関銃を装備している。今度こそ本当に絶望的な状況だ。
「ぜ……絶対、行かせません。安心してください。外に出ようとしなければ発砲しませんからっ」
うーさんはトランシーバーを握りしめ、震える声を振り絞って叫んだ。葛木はバルコニーを見上げ、舌打ちをして睨みつける。
「もう力の差が″理解った″だろう。2人とも大人しく降伏し、セレモニーの場へ戻るべきでござる」
鳴上が俺達に向けそう叫ぶ。本当にここまでかと思ったその時、怒り心頭だった葛木さんのボルテージが限界に達そうとしていた。
「″力の差″だァ…………………?何でてめぇら如きに俺を止められると思ってんだよ………。いいか?よく聞けよ?『全員そこをどけ』。これが『最後』の統括命令だ。聞かなかったら……お前らは後悔する事になる。分かってるな?おい」
葛木の恐ろしいプレッシャーに、鳴上と警備員達は本能的に身構えた。すぐ横のヒロまで危険信号を感じ、思わず身構えそうになった。
全員の表情が緊張感に満ちている。
「その必要はありませんよ!葛木統括!!」
聞き慣れた声が響き渡り、全員が辺りを見渡した。
見上げるとあろう事か、バルコニーの上でうーさんの背後を取り、後ろから手を回し口を押さえつけてその首スレスレに護身用スタンガンを突き立てる須藤の姿があった。
「ん、んむ!んむーー!」
トランシーバーを奪われたうーさんはスタンガンを見て怯えきり、顔を真っ青にして両手を上げている。
「今この瞬間、全警備員の指揮権は私に移りました〜!残る敵は其方のみだ、鳴上氏ィ〜!!」
「よぉぉぉし!!!よくやったぞ須藤!!給料割増だァ!!」
「ちょっと待て須藤!うーさんを離せ!!流石にそれはやりすぎだ……!!」
鳴上は須藤へ激しい激しい怒りを燃やし、渾身の叫び声を上げた。
「すぅぅぅ〜〜〜〜〜〜どぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜おぉぉぉぉおおおおおぉぉお〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッッッッ!!!!!!」
鳴上の叫び声に、一瞬グラグラと本社ビルが揺れた。マジでどんなパワーしてんだ?こいつ。
「貴様ァ〜〜〜〜ッ!!!!お主は拙者と共に″往く″と誓ったのでは無かったのか〜〜〜〜〜ッ!!!!忘れたのならその脳天をかち割り思い知らせてやる………………ッ!!!!」
「はっはは!w そりゃ時と場合によるでしょ!w 出来るもんならやってみろ!w」
「巫山戯るなよォ〜〜〜〜〜〜ッ!!!!貴殿とは″″″漢″″″がどう在るべきかについて幾晩も語り明かした………。間違っていることを是とするのは″″″漢″″″失格では無かったのかァ〜〜〜〜ッ!!!!!」
「間違ってんのはねぇ。キミだよッ!!鳴上氏ィ!!!」
「…………なにィ?」
鳴上の問いに須藤はふっ、とバルコニーから下の俺達を一瞥し、空を仰いだ。うぜぇ。
「組織というのは上に従って動くものだよ……。よって僕はいつでも葛木統括の味方なのさッ!忠実に動かない駒などッ!!チェスにも将棋にも使えぬ………よって!!僕の信念には反するんだよ……!!!!」
「上に従えばそれで良いと慢心をする気か………!?!?″″″漢″″″として有るまじき行為だ……ッ!!!その根性、叩き直してくれよう………!!!」
「鳴上氏。君のフィジカルが馬鹿げていることは太鼓判を押して認めよう!!!!だが…………この銃火器武装警備員達を君一人で倒すことが出来るの、カナ?w カナカナ?ww カタカナ?ww 平仮名?ww」
バチバチと睨み合う鳴上と須藤。
なんかよくわかんないけどこいつらがやり合ってる間に行っていいかな……。そろそろ出られないと本当に新幹線間に合わなくなる……。
「須藤殿!!!その前に………1点確認でござる」
「む?なんだね」
「拙者は貴殿が激しく入手を望んでいた″スポ少女子指導権 昼寝食事泊まり会付き″を持っている。………どちらに付くのが利口か分かるな?」
「なッ!なにィーーーーーッ!!!!だ、だがしかしね!それは僕も持っているのだよ!1枚持ってたくらいでそんなもの」
「″8枚″だ………………」
須藤は驚きのあまり固まり、トランシーバーもスタンガンも下に落とした。ガチャン、と虚しくエントランスに響き渡る。
「な、何故……………ッ!!それは1枚手に入れるのも山越え谷を越える程骨折れの至難の筈だ……………ッ」
「これを全て今すぐに譲ろう。……………………″理解る″な?」
須藤はうーさんに無言でトランシーバーを返却し、うーさんはめちゃくちゃ戸惑いながら受け取った。
1Fに降り立ち、鳴上から8枚の券を受け取り全て本物であることを確認すると、須藤はどこからともなくメガホンを取り出してヒロと葛木に向かって叫んだ。
「時枝氏ーーー!!!葛木統括ーーー!!!大人しく降伏したまえーーーーーー!!!!!この圧倒的兵力差が見て分からぬかーーーー!!!!!!」
「おぃぃぃぃ!!!!!このロリコン豚野郎!!!ふざけんなよ!!てめーには信念がねぇのかー!!!」
「信念など″ロリ″の前に一切意味を成さぬーーーーー!!!!!!無意味なんだよボケがーーーー!!!!」
「クソが!!もう時間ねぇんだよー!!どけこらーー!!」
ヒロが必死に野次に近いツッコミを入れたその時、エントランスにいる全員が危機回避本能によって背筋をゾクリとさせた。
「言ったよな。さっきのが『最後』だって」
まるで茶番のようであった空気が、一気にひっくり返る。
葛木は、完全に戦闘モードへ突入していた。
「てめぇら全員、″減給″だ」
スチャ、と警備棒を構える葛木と対峙する全員が腰を抜かしそうな程のプレッシャーに押されたその時だった。
ドゴォォォォォォォン!!!!!!!
再び唐突に起こる轟音と砂埃に、全員が腕で顔を隠した。
開けていく視界。そこにはめちゃくちゃデカくてもふもふで凛々しくて賢そうな真っ白の犬が、うつ伏せに倒れたヒロを押し潰して気絶させている光景があった。
そしてその陰から、冷静な表情の柳がとてとてと姿を現した。葛木は戦闘モードから変わらないまま柳に顔を向けた。
「…………柳。お前、何を」
「みかちゃんっ!は、離れてて!!危ないよ!!」
「ぜんいんききなさい!!こんなことしてるばあいじゃないわ!!!」
柳は腕をバッと伸ばし、手に持ったデータチップを高く上げた。
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12:10。
犬に上に乗られて気絶したヒロは放置されたまま、柳、葛木、うーさん、鳴上、須藤は輪になって会議を始めた。
柳が神松のポケットから抜き取ったデータチップの中身について、4人に向けて話した。
「話を整理するぞ。小圷グループと神松は手を組んでいて、神松は嘘の計画で役員会承認を得て会社を売却し、その後ウチに悪意ある事業を手がけさせようとしている。神松はその前に退任して巨額の見返りを懐に入れる計画を立てている。その電子契約が今日の16:00に結ばれる予定。これで合ってるか?」
「そう」
「クソ・オブ・クソじゃねぇかあいつ。あと4時間後だしよ」
葛木はそう吐き捨て、心底うんざり、という表情で明後日の方向に目線を逸らした。
「分かりやすく言えば、神松さんは自分が独り占め出来る利益の為に、私達社員全員を犠牲にしようとしてるって事だよね……」
「そういうこと。うーちゃんはこのかいしゃをおぼえてるでしょ?」
「………うん」
「どんな会社なのだ?小圷グループというのは。確か既にいくつか我々とも取引があっただろう」
鳴上の問いに対し、須藤は目を見開き指をパチン、と鳴らした。
「思い出したッ!w 確か、鹿沼氏が入社して本当にすぐの時に″″″伝説″″″となった契約破棄事件のあった会社だよ」
「ぬ?それはどんな」
「新規事業のインフラ環境の外注をした時に、鹿沼氏が個人情報を抜き取ろうとする悪意あるプログラムを見つけ出して断罪し、大成功を収め会社を救ったのだ」
「はぁぁ!?そんな事あったのかよ。俺聞いてねぇし」
「ひぇ!あの……まあ、趣味の範囲で中身をチェックしてたらたまたま見つけた、といいますか」
うーさんはきゅっと目を瞑って手をぶんぶん、と振って謙遜し、ふと思い出したように須藤の顔を見つめて尋ねる。
「小圷社長って、今も同じだっけ……?」
「確か、2年前に子孫に継がれたはずですよ〜。弱冠20歳の若頭だったと。ただ、小圷グループはもともとそんなに評判が良くないんですが、彼が跡を継いだ後から更にそれが悪化している上、怪しい目で見る者が増えているようですね〜」
「そうなの……?それって?」
「詳しくは僕も分かりませんが、小圷グループの取引のあった会社周りでやたら倒産したり、行方不明者が出たりしてるんですよ〜。だから柳氏は取引先として適切かを監視していた。そうですよね」
須藤の問いに、 全員の視線が一斉に柳に集まった。
こくり、と頷いた柳を見て、葛木は須藤に問いかけた。
「鹿沼が支社に監査に来てる間、小圷グループ関連で業務に違和感は無かったか?」
「それがありありのありまくりなんですよ〜。この間、時枝氏と鹿沼氏で最後まで会社に残って処理してた3件の特大クレーム。あれ確か、全部小圷グループの関連会社だったはずですね〜」
葛木は考えた結果、あるひとつの結論に到達する。
「神松が昔から小圷グループと繋がりがあったとしたらよぉ……。鹿沼。お前、神松に目付けられたのいつだった?」
「えっと……。ちょうどその事件の後くらいからだった、と思います。私の名前が不本意にも本社中に広まって、目をつけられたものと思ってたのですが」
「悪意あるプログラムは、恐らく神松の狙い通りだったんだろう。目的は恐らく見返りだ。そして鹿沼がそれを邪魔し、目を付けられた。神松は邪魔な鹿沼を排除する為にことある事に揚げ足を取り、嫌がらせをした」
「そ、そんな………。じゃあ、本当に私達に嫌がらせする為に………」
「前あった売上横取りされた件も、大口取引先の社長が音信不通になった件も、鹿沼がいる支社を陥れて取れる揚げ足を作るために邪魔立てした。神松と小圷グループの『嫌がらせ』ってワケだ」
葛木の推測に、場にいる全員が1分くらい黙りこくった。
そして鳴上がメラメラと怒りを燃やし、立ち上がった。
「つまり悪は小圷と神松という事だろう………?会社の為に真剣に働く者を何だと思っているのだ?巫山戯るのも大概にするがいい…………。今すぐに″鉄拳″で制裁を」
「まって!せいさいならひろしがしたわ。それよりまずは16:00までにこわくつしゃちょうにあって、けいやくをとめるのがさきよ」
「柳殿。拙者はもう我慢ならぬ。どこに行けば小圷社長に会えるのだ?」
「いちおうじゅうしょはわかるけど……。もんだいがある」
「問題とな?」
「でんしけいやくしょだから、がいしゅつさきでもさいんできちゃうのよ。もしざいたくじゃなかったばあい」
葛木はポンと手を叩いた。
「小圷グループのサーバーに社長用携帯のGPS情報くらいあるはずだな。それをハッキングしちまえば」
その瞬間、皆一斉にうーさんに目線を向けた。
「はへ………?」
「神様仏様鹿沼様。お願いします」
葛木は気持ちの悪い笑顔で手を合わせながら早口でうーさんに迫り、うーさんは血の気の引いた表情で失笑し後ずさる。
「わ、私……そんなっ」
「出来るだろ?な?頼む。お願い!やってくれよ。ちょっとだけだから。大丈夫大丈夫。大丈夫だって!最悪バレたところで、間違えたっつえば良いんだから」
「よくなくないですかっ!??」
鳴上と須藤も気色の悪いキメ顔キメボイスでうーさんに群がってその手を取り、説得しだした。
「鹿沼殿。やってくれた暁には、拙者の″″″″″魂と運命の舞い″″″″″をその目にご覧に入れよう」
「鹿沼氏の見上げるほどのポテンシャルの高さッ!そう、それはまるで……″″耳掃除してくれるアイスクリーム屋さん″″のようだ……ヌフッw」
「は、はひゃ……あの……い、意味わかんない、です……」
そして柳が1番気持ち悪い笑顔で、小さな声で言った。
「うーちゃん。わたししってるのよ?うーちゃんがひろしの」
「わ!!!わーーーーーー!!!!!!何でそれを!!!!」
柳の言葉をうーさんは必死の叫び声でかき消したが、柳以外の3人はぽかんとしてうーさんを見つめていた。
うーさんは目をぐるぐると回して目に涙を浮かべ、観念したように震える涙声で言った。
「やっ。やりますぅぅ……」
ヒロ、鳴上、葛木、うーさん、須藤、柳は30分後に小圷の元へ出発する事となった。
ヒロは未だに大人しく不動のサリーに押し潰され白目を剥き気絶したまま、何も知らないのだった。
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13:05。渚自宅マンション前。
いつもヒロに会う時と同じ、上下真っ黒のフードパーカーにスカート。
着慣れたユニフォームに着替えて試合開始を待つ選手みたいな気持ちを湛えてヒロを待っていた渚は、ベンチに座りにっこりと笑みを浮かべて手に持つスマホを握りつぶしそうになりながら、ピキりにピキっていた。
ヒロ、来ね〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!
何やってんのあいつ!!
今すぐ行くとか言っといて!!
来ないし連絡のひとつすらしないのかよ!
ふざけんなよ!
私が夜な夜なおめーの事を考えて眠れないなんて、知らないだろ!知らねぇよなぁ!?おめーはどうせ!!
信じらんないんですけど。
いつもいつも人の為に動き回ってるくせして、何で私の為には動かねぇんだよ!
ぶちのめされてぇのか!??あ〜〜〜〜!??
渚はそんなことを考えていると、大きな見慣れた車が向こうから走ってきてるのが見えた。
小圷君来ちゃったじゃん…………。
私はヒロを待つので忙しいんだよ!!お前に構ってる暇無いわけ!!
いっそ適当な理由をつけて断ってしまおう。
その時、渚の胸はズキンと痛んだ。自分がヒロに対して背負った罪の事がふと頭を過ぎる。
渚の気持ちは一転し、暗い表情で俯いてため息をついた。
そもそもヒロに会えても、もう私にはまたヒロと一緒にいる資格なんてないんだった。
渚は俯いたまま、目に涙を滲ませた。
バカみたいだな、私……。
ヒロの声。
落ち着けて安心させてくれる、大好きな声。
最後に、久しぶりに聞けて本当に嬉しかった………。
さよなら……。ヒロ。
車に乗ったら、全部全部忘れないと……。
渚は小圷の車に乗り込んだ。しかしそれでも、心のどこかでヒロのことを考えたままだった。




