表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/70

第35話 岐路⑨

11:25、渚自宅マンション前。


渚は期待と不安の入り交じった心境で、小さな広場のベンチに座りヒロが来るのを待っていた。


ヒロ………。


ヒロが明らかに無理をして会社を出ようとしていることを、電話口から聞こえた声でよく理解していた。


『るせーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!俺と渚の邪魔をするんじゃねぇーーーーーーー!!!!!!!!!』


渚はヒロの叫びを思い返して、ひひ。と、堪えきれない嬉しさを微かに零すように笑った。


ちゃんと私の事好きじゃん。


今度は来てくれるよね……。


ていうか、来い。来なきゃ今度こそ○す。


渚はそんな事を考えながら目線を下に下ろして、膝に乗って心地よさそうに身体を丸めている子猫の背中をゆっくり撫でた。


この子って、小圷君と一緒に行った猫カフェで抱っこした子だよね………?何でこんな所に……。


なーーん。


撫でられた子猫は身体を丸めたまま、小さく鳴いた。


ちっちゃくて真っ黒の、両手に収まりそうな程に小さな身体。

小指の半分程しかない小さな耳。

ミントグリーンの宝石のような綺麗な瞳。


渚は自由気ままな猫という生き物をそんなに好きではなかったが、今膝上にいる子猫の事は愛おしそうに見つめていた。


あの時は気が気じゃなかったり小圷君と話したりしてて全然気づかなかったけど、こんなに大人しくて可愛い猫もいるんだな。


「ねえ。ヒロ、来てくれるよね?」


渚が子猫にそう問いかけると、子猫はゆっくりと顔を上げて渚の顔を見て、退屈そうに小さく鳴いた。


にゃん。



------------------------------



11:25。本社。


ヒロはガラガラのエスカレーターをダッシュして、1Fへ急降下していた。


今から新幹線に急いで乗れば、何とか13:00に間に合うはずだ。


絶対間に合わせる。変な事しないで待っててくれ、渚……!!


「カッカカカカ。スカッとしたぜ!!時枝ァ!」

「!? く!葛木さん!」


葛木さんは猛ダッシュの俺に追いつき、同じくダッシュで並んで走ってくれている。


「どうやら、悔いの無い選択が出来たようだなぁ?もう、さっきまでと全然表情違ぇよ。お前」

「…………!!!はいっ!!葛木さんのお陰です………!!はっ、そういえば。本社は今セキュリティで外側からも内側からも開かないはずです。どうにかならないでしょうか!?」

「あァ。お前のお陰で今気分いいからよォ。開けてやるよ!!」

「あ″っ………!!あ″りがどうございまづづぅ………!!」


エントランスが見えてきた!!あとは、葛木さんに解錠してもらって走れば………!!


「止まってくださいっ!!!!」


突如どこからか声が聞こえ、ヒロと葛木は思わず立ち止まる。そして脇から、30人以上の警備員が現れ俺達2人は完全に包囲された。


「う…………うーさん!!!」

「鹿沼ぁ!!これはなんの真似だ!!」

「だめだよ………ひーくん。この一世一代の晴れ舞台を抜け出してどこかに行こうだなんて」


誰を見ても自分より頭1つ身長の高い警備員に囲まれ、ヒロはまるで落とし穴にでも落ちたような感覚に陥った。そして2Fインナーバルコニーを見上げると、トランシーバーを握りしめたうーさんがこちらを見下ろしていた。


一刻も早く先へ進まなければ本当に渚がどうなるか分からない、この状況で………!


「うーさん!!ごめん……。どうしても、大切な人に会いに行かなくちゃいけないんだ!」

()()()()?」

「そうだよ!!」


うーさんは俯いた。明らかに、いつもと違う様子だ。怒ってる……?


「…………こんなに想ってくれてるひーくんのことを。どうして?サナギさん」


うーさんはヒロ達には聞こえない小さな声で、ボソリと小さく呟いた。怒りを抑え込むかのようにトランシーバーをきつく握りしめて、わなわなと震えだした。


「こうなるって……………分かってたよ。だから、こんなこともあろうかと警備員をこれだけ用意してたの」

「う……うーさん……?」

「ここでひーくんが戻ったって、何の意味も無いからっ!!だから、絶対どく訳にはいかないの!!大人しく戻ってよ!!」


首を傾げるヒロに対して、うーさんは瞳に涙をいっぱい浮かべながら、悲しみと怒りがぐちゃぐちゃに混じった表情で力いっぱい叫んだ。


「鹿沼!!こいつらをどかせ!これは統括命令だ!!」

「出来ません!!葛木さんこそどうして!貴方も凄く今回の辞令を喜んでいたじゃないですか!!これは皆の為に。私の為、ひーくんの為なんです。2人とも、今すぐ戻ってください!!」


葛木は小さく舌打ちするが、一旦落ち着いて深呼吸し、再び話し始める。


「鹿沼。言うことを聞いてくれたら、そうだなァ……給料は別手当をつけて………更に、『1.9倍』にしてあげよう」

「……いえ。従えません……」

「神松との相性は最悪だろう。分かってる。神松の元へ戻れば、またネチネチやられるかもしれん。それが無いよう、給料補正はそのままで別支店へ移してあげようか」

「………いえ。だめです……」

「ほお?じゃあ何が望みなんだよ」

「…………」

「俺なら鹿沼の望みを叶えてやれる。お前は賢い。今まで見てきた誰よりも聞き分けもスキルも優れた子だ。後で必ず、説明する。俺達の事情を知れば、『必ず』納得してもらえる事情があるんだ。だから、な?頼むから」

「…………ごめんなさい。絶対、行かせる訳にはいきませんっ……」


振り絞るように小さな声で反発し、絶対に引く気のない意志を見せるうーさん。それに対して、チッ、と葛木は大きな舌打ちをした。


そして懐にゴソゴソと手を入れて取り出した物を見てヒロは背筋が凍った。


あろうことか大きな拳銃を取り出し、うーさんにその銃口を向けたのだ。


「俺は邪魔されんのが1番嫌いなの。教えなかったか?」

「…………!」

「まっ!?は!?ちょっと待ってよ葛木さん!!」

「分かったらさっさとこいつらどかせよ」


静かで、それでいて殺気を秘めた口調で迫る葛木に対して、うーさんは逆に、細かい悩み事が吹っ切れたかのように表情が晴れた。


そしてキラキラ光る瞳から涙をぼろぼろ零して、バッと大きく両腕を広げた。


「ここをほんとうに通る気なんだったら………。わっ……私を、そっ。その銃で!殺してからにしてくださいっ!!」


ヒロは嘘だろ!?と言わんばかりに目を見開く。葛木は心底鬱陶しい、という顔で硬直した。


「待って!!!うーさんっ!!だめだ!!!」

「ホオーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!wwwww」


突如ホールに響き渡った野太い男の声。俺と葛木さんは即座に辺りを見渡すが、声の主はいない。


ドゴォォォォォォォォオン。


次の瞬間、大きな何かが上から降ってきてものすごい音を立てながら警備員と俺達の間に墜落した。ホール内の全ての視線がそこに注がれる。


墜落跡の砂埃から出てきたのは鳴上だった。腰を痛めてしまったのか、腰を右手で抑えながらよいしょっと………と呟きつつよろついて立ち上がり、こちらを見据えた。


妙な雰囲気が辺りを包む。


「…………………鹿沼ぁ!!いいから早くこいつらをどかせ!!」

「嫌ですっ!!ぜったい………!絶対どかないからっ!!行くんだったら私を殺」

「ちょ!!ww ちょマーーーーーーーッチ!!!wwww ストップw 大登場を果たした拙者を無視しちゃノンノノーーーーーン!!!!!wwwwww」


この空間にいる俺以外の全ての人間がその存在を一瞬スルーしようとしたのは、ある意味こいつの才能なのかもしれない。


「時枝殿ッ!!見損なったでござるよ………。拙者と共に本社へ行き!共に″漢″としての邂逅を果たしアッハンウッフンすると誓った約束はどうなったッ!!!」

「本社の件は、本当にごめん………。邂逅うんぬんの件は知らん初耳だわ」


ヒロ以外の全ての人間から何だこいつ………という目線が鳴上へ注がれている。


ヒロはパラパラと落ちてきた砂埃に、ふと天井を見上げて息を呑んだ。鳴上が落ちてきた天井には、大きな穴が空いていたのだ。


2Fの床に穴を開けてここに来た………?


どんなパワーしてんだ………?こいつ。


「約束を果たさぬという事は筋を通さぬということ。万死に値するでござるよ………覚悟は出来ていような?」

「ごめん。どうしても今すぐに渚に会いに行きたいんだ!!鳴上だけでも戻ってくれ。俺は今回は本社に行けないけど、いつかきっと」

「シャラーーーーーーーーーーップッッッフッ!!!!!!wwwwww」


何なんだこいつ…………。


「お主が草津殿を大切になさっているなど承知の上。あの緊張感に包まれた会場で、増してや登壇中に電話など常人ではせぬ。よって、時枝殿にとって相当な事情が背景にある事は、猿でも″″″理解る″″″だが、だがッ!!!!!だがその上でッ!!!……優先順位を冷静に考えるべきだ………。拙者は時枝殿を必ず連れて戻り、共に本社へ昇格してみせよう。それが全ての我が社員の望みでござる。そうだな?鹿沼殿よ」

「……………!はいっ!!ありがとう……ございます……っ!」


うーさんは鳴上に弱々しく笑顔を見せて、感謝の思いで手を合わせてぽろぽろと涙を流した。鳴上はうーさんにマッチョポーズをして格好つけた後、そのままうーさんへ拳銃を向けたままの葛木へ目線を移した。


「葛木殿()……。拙者は貴殿を尊敬していた。だが、時枝殿同様に見損なったでござる」

「あ?」


鳴上の言葉に露骨に顔を顰め睨みつける葛木。


鳴上はアドレナリンの海に身体をじゃぶじゃぶと沈め出てきたかのように、本能的な怒りとオーラをその身に宿し始める。


「万一にもそれを鹿沼殿に撃ってみろ。貴殿を……………拙者は生涯許す事はしないだろう」

「バカが。てめぇもさっさとどけよ。図体とパワーだけで俺に勝てるとでも思ってんのか?」


極限の冷戦状態に、ヒロは小指1本動かすことが出来なかった。


とりあえず葛木さんに銃を下ろして欲しいけど、その瞬間鳴上と警備員達に突入され抑え込まれでもしたらたまったもんじゃない。


「そもそもそのような凶器を持ち出してまでしたい事など、『やましい事』以外に何がある!!改めてやり直すなら、もう今しかないでござるよ!!それを下ろし、大人しく戻った方が身のためでござる」

「やめろ。やめろって………どいつもこいつもよぉ………これ以上俺の″邪魔″をするんじゃねぇよ………ふざけんなって。ほんとに。そろそろマジでよぉ」


鳴上は自分の信念に基づいて真っ直ぐな目でヒロ達を見据え、葛木は大嫌いな″邪魔をされている状況″に髪をぐっしゃぐしゃと掻きむしり、それぞれお互いに抑えようのない大きな怒りを身体から強く放ち続けている。


うーさんは葛木の隙を見逃さず、号令を発した。


「総員突撃!!!」


警備員が一斉に突撃して来たのを見て、ヒロと葛木は身構える。


『………今度こそ、待ってるね?』


渚。待ってろよ……。絶対に迎えに行くから。


ここで捕まったら全部おしまいだ。絶対捕まる訳にはいかない………!!!



------------------------------



11:40。


ヒロに顔面を指示棒でぶっ叩かれ、泡を吹いて倒れた神松。


ヒロが全力疾走で走り去った後、セレモニーはめちゃくちゃになった上ビル中にとてつもない轟音が鳴り響いたことで、何百人が混乱に陥って騒然となったホールの中で、柳だけは冷静だった。

気絶した面を拝もうと、神松のそばにとてとてと歩み寄った。


まさか、あのたいみんぐででんわにでるなんておもいもしなかったけど………。


ふふ。やるときはやるじゃない。ひろし。


あのこはしあわせものね。


……………?これは?


神松のスーツのポケットからデータ記録チップがはみ出ていたのを、柳は躊躇いなく抜き取った。


「サリー」


ぐる……。


大きな白い犬のサリーは、背中に器用にパソコンを背負ってのそのそと傍にやってきた。


いいこね。柳はそう言ってサリーの頭を撫でると、パソコンにチップを挿入した。


「こざかしいわね」


3重の仕様になった極秘パスワード入力欄が現れたが、柳はそれを全て超速で解いた。


ぱすわーどはぜんぶはあくずみ。あんたがさんざんうーちゃんをいじめてくれたおかげね。


柳は本社で、神松から嫌がらせに近い指導を受け続けるうーさんを何度も助けてきた。


神松がうーさんに押し付けたタスクを柳が手伝う中で、何通りもあるパスワード、その法則を全て把握していたのだ。


しかし、3重でパスを掛けられたものを見たのはこれが初であり、柳は尚のこと中身を見なければ気が済まなかった。


パスワードを解き、中にいくつかの書類が格納されているのを見つけ、その中身を一つ一つ確認していった。


「………………これ」


常人離れしたスピードでデータの書類を読み込んでいく柳。その中に、重大な事実が書かれていることに気づいた。


中にいくつも書かれている『小圷グループ』の文字に、柳は目を光らせた。


やっぱり。つまり、わたしがめをつけてたとおりだったっていうことね…………。


柳は即座に立ち上がって辺りを見渡した。


気づいた時にはヒロどころか、鳴上もうーさんも葛木も須藤もいなくなっていた。


……………ひろしとみんなをよびもどさないと。


とくにひろし。あなたはすこしまちなさい。


いくならみんなで………。よ。


「いそぐわよ!サリー!」


ぐるるっ!


柳は、サリーの背中に乗ってヒロ達を追いかけた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ