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第4話 キューティクル・ユニバース

14:30。管理室。


ヒロは書類納期漏れを大量にやらかした女社員と面談指導を行うが、不貞腐れた態度とあなたに私の気持ちは分からないの一点張り、更にはパワハラをされたと会社中に広められてしまった。


本人の気持ちを汲んで話をしたつもりだったのに。


当人にパワハラって思わせたらパワハラになってしまう世の中。つまり、詰みだ。


もう言い訳のしようがない。


待っているのは死だ。分かってる。


お父さんお母さん。産んでくれてありがとう。さようなら。


管理室に入ったヒロは、緊張に満ちた表情でこれまでの経緯を余すことなく葛木に全て説明した。


統括席の椅子に深く座って退屈そうにしていた葛木は、話を聞き終えてガタリと立ち上がり無表情でヒロを見つめた。


「時枝……………」


乱暴な足音が1歩1歩、足早に近づいてくる。


すぐ目の前にやってきた葛木。ヒロはもはや直視出来なかった。その場に立っていられなくなりそうな程、身体の震えを抑えられなかった。


そして葛木は目に涙を浮かべて腹を叩き、大笑いしだした。


「ハッハッハッハッハッハッハ!!!!!神妙な顔して何言うのかと思ったらよ!!心配させるんじゃねぇよ!!!ダーーーーーッハッハッハッハッハッハ!!!!!」


葛木さんは俺が入社して以降一番の大爆笑を見せ、心底楽しそうに俺と肩を組んで更に大笑いに大笑いを重ねた。


「退屈してる上司に『娯楽』を与える!!お前はいつからそんな『出来た』部下になったんだよ!??ハッハッハッハッハ!!!!」


反応に心底困っている。


そのデリカシーの無さに、もはや若干怒りすら湧いてきた。


「いいんだよ!ンなもん気にしなくて。女なんてどいつもこいつもゴミしかいねぇんだから」

「ご、ゴミ!?」

「時枝。やっぱね、お前は分かってねぇのよ。焦るべきとことそうじゃねぇとこを」


心からの笑顔の葛木はヒロを連れて管理室を出て、ヒロの業務フロアへ足を運んだ。


フロアは未だ騒然としていた。


この間柱の前で渚を探してたヒロにヒソヒソ言ってた女性社員を筆頭に、ヒソヒソ話に花が咲き、全てのタスクが完全に停滞していた。


「時枝さんってそういえばこの間あれも忘れてたのよ?」

「そうなの?ほんっと口だけ。それっぽい事だけは言う」

「もう時枝さんの発言は何も信用出来ないっすね」


葛木はそのフロアを睨みカッと目を見開き、まるで時限爆弾が直下で大爆発したかの如く、腹からの怒号をぶちかました。


「うるっせぇんだよ!!!!さっさと全員!!!!持ち場に戻れ!!!!!」


フロアにいた200人近く全員が葛木の怒声とその形相に、目の前にライオンでも現れたかのようにひぃ、と怯え、すたたーっと持ち場の席に戻って行った。


陰口の筆頭であったヒソヒソ話好きの女性社員達は、あまりに怯え慌ててその場ですっ転び顔面を強打し、鼻血を吹き出した。


「体制に文句がある奴は全員俺に言いに来い!次下らねぇ私語をした奴は即減給だ。分かったか!!!!!」


はい……と、怯えを含んだ力のない従業員達の返事がフロアに響き渡り、あっという間に騒動前の、いつもと全く変わらない慌ただしい業務風景に戻ってしまった。


すげぇ……。


というか、俺こんな声出ないわ……。


現場が元に戻ったのを見てその場をさっさと去ろうとする葛木を、ヒロは慌てて呼び止めた。


「すいません。手間をお掛けして」

「ん?まぁ、これやるから元気出せよ」


葛木はあっけらかんと振り返って懐を漁り、ヒロに紙を渡した。


見ると、飲み屋の半額クーポンが3枚。


あんまりお酒は飲まないけど……。


「いいんですか?ありがとうございます」

「これも要るか?そんなのよりもっとイイモンだぜ…………?」


ニヤニヤしながらそう言い、もったいぶるように懐からチラつかせたのは風○のクーポンだった。


「いやでも!これはほんとにいいやつだからな。いや、どうしよっかなぁ」

「いりません」


ヒロが真顔でそう即答すると、葛木はほんの少し寂しそうに唇をすぼめた。


奥さんもいるのに何してんだこの人は……。


「まぁまぁ!良いから取っとけって」

「要りません!マジでいらないです!!やめてください!!」


ヒロは全身で拒否したが、おちゃらけた様子の葛木に風〇のクーポンをポケットに強引にねじ込まれてしまった。


そしてケラケラと笑って去っていく葛木を、ヒロは複雑な目で見送った。


要らねぇ………。


絶対捨てるからな、こんなの。


その後、パワハラされたと言って回った部下は葛木の取り計らいにより、ヒロとは別の部署へ異動となった。



------------------------------



18:00。


ヒロは根性で久しぶりの定時帰りにこぎつけた。


会社を出ようとすると、渚からライヌが届いた。


『今日、21:00まで予定抜けられないかも(泣)』

『まじか。頑張れ。明日肩揉んでやるから』

『えっ本当?絶対ね!?』

『おう』


そこで返信は途絶えた。いつ返信しても1分以内に返信を寄越す渚が、既読にすらならない。


今日は渚と一緒に適当に街中をぶらつく予定だったが、この感じだと無理そうだな。


そうだ!1ヶ月くらい前にグランドオープンしたばかりの超大型家電量販店が近くにあるんだ。


せっかくだし行ってみよう。


ヒロは1人、家電量販店へ足を運んだ。


18:30。


超大型家電量販店に入ったヒロは、基本何があっても淡々としてる自覚がありながら、この時は今年1番大きく目を見開いた。


超、超広いなぁこれ!!しかも色々、というか何でもあるぞ。欲しい家電や電化製品が何でも手に入る。手に入らないのはせいぜい中古品くらいだなこりゃ。


おっ!!しかも、アニメグッズコーナーもある。


ヒロは3階に日本最大級を謳うアニメグッズ・漫画販売コーナーを発見した。漫画。アニメ。ゲームソフト。フィギュア。劇場版から長編まで。何でもかんでも全部揃っている。


超ウルトラデカい。すげえなあ。


そういえば高校時代も、渚といっぱいこういうお店に足を運んだな。


おっ?『出来損ないと罵られパーティを脱退させられムカついたので地球侵略に来た宇宙人と手を組んで地球侵略始めました。元パーティのリーダーが土下座してきたけど許しません』のゲーム出てたのか。これは買ってプレイしないと。


おぉ!『てめぇは頑張らない俺の敵!』の最新巻も出てる!欲しいものがあり過ぎて選べない……!


久しぶりのワクワクとした高揚感が胸を満たすのが分かる。


そんな気持ちでヒロは色々と物色しながら店の中を回っていると、店の奥の方から今人気絶頂の美少女ハーレム系アニメ『甘目まどかの照り照り魔法少女記』のヒロインの名シーンのセリフを誰かが叫んでいるのが聞こえた。


yeartubeの広告でよく流れてくるアニメだ。聞き覚えがある。


ポップでキュートなキャラクターが織りなす謎に深い哲学的なセリフのギャップが、子どもたちから『大きなおともだち』まで幅広く人気を呼んでいるとか。


歩みを進めると『コスプレコーナー』なるものが見えた。


簡易なものではあるがカツラや衣装、キャラクターの所持する武器等グッズが用意され、写真撮影等が楽しめるコーナーのようだ。


「お待たせッ!宇宙の端への入口を作ってあげたわよッ!465億光年先は流石に少し時間が掛かったわ。…………え?何でって?決まってるじゃない!今日からここがあんたの家だからよッッッッ!!!!」


わーーーーっ!!!きゃーーーっ!!!


ギャラリーであろう観客達の混乱を含む歓声が聞こえた。


しかし、先程から強烈に違和感を覚えている。それはその声の主が『男』ということだ。


姿形こそ見てはいないが明らかに男の声であり、近づけば近づくほどその声には野太さと雄々しさがある。


これが世間に需要があるのかは分かりかねた。


一瞬「帰る」という選択肢が頭に浮かんだ程度には圧倒されているが、俺は怖いもの見たさでアニメイラストの暖簾をくぐりコスプレコーナーに入った。


本格的な写真・動画のセッティングな撮影が出来るステージのようなところがあり、例のセリフはそこから聞こえていたようだ。


景気づけにちょっと見て行くか。何の景気づけだよ。ははは。


遠巻きから声の主がいるステージを観察した。


すげぇ人の数だ。大人から子供まで沢山。親子でステージを見ている人が多い。どちらかといえば6〜12歳の子ども達の数が多数を占めているみたいだ。50〜60人はいる。


さて、あの人は誰かな?なんか随分と逞しい肉体の人だけど………。


ん?


俺は本当に、死ぬ程びっくりした。その面影に、すごく身に覚えがあったのだ。


「………………鳴上さん?」


夢を見ていると思ったので何度も目をこすり4度見くらいしたが、目の前の光景は変わらなかった。


そこに居るのは鳴上そのものだった。全身筋肉ムキムキ身長178cmの逞しい肉体が、ピンクと白にフリフリが強調されたドレスとミニ丈スカートに、星とハートで装飾されたプラスチックのステッキを持ち、魔法少女になり切っている(?)。


衣装は明らかに女児や女性が着るサイズで大男には小さく、それがかえって鍛え上げられた胸筋を強調している。破れそうだけど大丈夫?


「宇宙とは虚無の象徴よッ!私達の生命なんてちっぽけに感じさせるその無限大は、自分が何者なのかすらも見失わせるわ。………何故私が今これを言ったか分かる?あんたの顔面見てて虚無になったからよッッッ!!!!死になさいッ!!!ラブリー・キューティクルユニバァァァァァァァァス!!!!!!」


ワァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!


鳴上がそう叫びながら勢いよくおもちゃのステッキを振り回すのを見て、ギャラリーから大歓声が上がった。


身振り手振り。台詞のタイミングや声の出し方。何もかもがとてつもなく洗練されており、どれだけの練習を重ねたかは想像に難くなかった。


「私は甘目まどか。私の照りつけ燃えゆく太陽で、全てを照らしてあげるわ。己の全てを、捨てなさい。初めてあなたは、魂の輝きを知るわ。そして………あなた達みーんな照り焼きにして、食べちゃうわよ。照らすだけにね。ムフ…」


開いた口が塞がらない。どうやら見てはいけないものを見てしまったようだ。こちらにはまだ気づいていないようなのですぐに退散しよう。


あと、このアニメ気になってたけど観るのやめよう。観る度にこの光景を鮮烈に思い出してしまいそうだ。


そう思うもあまりに衝撃的で身体が動かない。


ギャラリーで主に歓声を上げているのは子供達のようだ。親御さんは苦笑いする者から、ドン引きする者。本気で理解出来ず真顔になっている者もいる。


「『照り焼き』にしちゃうわよ……?そこのアナタ……」


ファンサービス(?)が始まったのか、鳴上はセリフと共に歓声を上げる子ども達を次々と指さしながら横移動し始めた。


子どもたちは益々盛り上がるが、反比例し親の方は鬼気迫る表情をして子どもを庇う準備をしているようにも見える。完全に怯えられてんじゃん。


「アナタ……アナタも……」


ゆっくりとギャラリーの観客へ指をさしながら歩いて移動していく。


やべぇ、どんどん俺に近づいてきた。


や、やばい。逃げないと。


しかし、時はもう既に遅かった。


「そして……………ッ!そこのアナタァァァァァァァッ!!!!!」


不意打ちのつもりか、身体を勢いよくよじらせ、斜め向かいにいるヒロを指さした。


ヒロは鳴上と目が合う。


「え?」


ヒロに気づいた鳴上は目を見開き、演技を完全に忘れて普段の素で「え?」と言った。


ワァァァァァァァァァ!!!!!


子どもたちは鳴上によるヒロインの確定ロックオン演出で、大歓声が響き渡る。しかし俺が口を開いて固まっているのを見たまま、鳴上も静止してしまった。


お互い固まり、気まずい沈黙の時間が流れる。


「鳴上さん………」

「…………」


ヒロはコスプレ衣装で硬直する鳴上に、何と言葉をかければいいのか分からなかった。


もう1回!もう1回!


ギャラリーの盛り上がりが最高潮に達している。


しかし、鳴上もヒロを目の前にし完全に言葉に詰まっている様子だった。


そしてしばらくの心地悪い沈黙がしばらく続いた。


そして鳴上は意を決したように息を吐き出し、ヒロのもとへ歩み寄ってきた。


鳴上はヒロにステッキを差し出した。


「時枝さんもやります?」

「やらん」


19:00。グッズコーナー。


話を聞くと、鳴上は毎日のようにこの店に入り浸り演技を披露していたらしい。


演技を披露し終えた鳴上はギャラリーに挨拶し着替えてコスプレコーナーを出ると、本日発売の新作のBDとフィギュアを物色し始めた。


気づけばオタク仲間らしき人物数名と一緒に行動しており、こいつらはいつどこから出てきたんだろうと不思議に思った。


「ウッヒョ〜!!!遂にこの時が来たでござるッ!!しかも4k対応!!アァ…アァ〜〜〜〜〜〜ッ!(感激の叫び声) 神運営に感謝w 生きる活力、ゲッチュw 記念のフィギュアは特に意味は無いが10個程購入しておこう………。そうだッ!!いい事を考えたッ!!!2つ常に持ち歩くでござる。お守り用に1つと………″″″″″使用″″″″″出来るようにもう1つだッ!ヌッフフフフフフフwww」


普段真面目かつ荘厳たる態度で業務をしている鳴上からは、どう考えても想像できない話し方をしている。


「ん~~~~~~~~~~ッwwww やはり信用できる女は二次元にしかいないでござるなw」


オタク達は鳴上を筆頭とし、熱狂的な盛り上がりを見せていた。


なんか、1周まわって清々しく感じた。羨ましくすら思った。あれ程までに熱中する事の出来る趣味がある事を。いや、やっぱり羨ましくはないわ。


色んな趣味やストレス解消方法があることを学んだような気がする。


その時ふと、渚からのライヌでスマホが鳴った。


『おっきな家電量販店が出来たんだって!気になるから、明日夜一緒に行こー』


…………。


コスプレコーナーは避けよう。絶対に。


絶対。絶対に、避けよう。


他のどこに足を運んでもコスプレコーナーだけは絶対覗かないと、ヒロは鳴上を遠くから見つめながら胸に誓ったのだった。




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