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第31話 岐路⑤

数日前。13:00。


そろそろ小圷と合流する時間だった渚は、悩みに悩み尽くした。


ヒロ……。


渚はずっとライヌを開いてヒロの着信を待っていた。


何で連絡返してくれないの……。一言だけでも連絡さえ返してくれれば、こ。名前なんだっけ?あの人とお出かけなんて行かなくて済むのに。名前、まだ覚えられてないや……。


『どうにかこうにか。ごめん。今日は絶対行くから』


ヒロと最後に会話した時の言葉。ズキズキと渚の胸の痛みは増していく。あの時のヒロは声色からもすごく疲れてるのが伝わってきて、辛そうだった。


私の存在が、負担になっている?


……………。


そんな。そんな事ない。そんな事ないはず。だって私はヒロに、幸せになって欲しくて。だから。


『今渚さんがここに居るのも、彼氏さんが連絡を返して来ないのが発端なんです』

『これはデートじゃないんですから。浮気でもない。渚さんの憂さ晴らしに、付き合うだけなんです』


これがお互いのため、……っていうことなのかな。


そんな訳ないじゃん。バカかよ。


全部の絵の具をかき混ぜてぐちゃぐちゃにしたような感情の胸の中。渚はポシェットを肩にかけて、眼鏡を手に取ろうとしてふと止まった。そういえば、眼鏡取って欲しいって………。


『ほんとはそのお洋服。この日の為に用意してくれたんじゃないんですか』

『やっぱり。僕、ほんとに嬉しいんです』


胸の中を耳障りに、それでいて心地よく上書きしようとする小圷の言葉が過ぎって、渚は耳を塞いだ。


ヒロ……………。


ヒロ。ヒロ。ヒロ。ヒロ。ヒロ。ヒロ。


いや。いや。嫌。嫌。嫌。


お願い。ヒロ…………。


最後にもう一度、渚はヒロに電話を掛けた。しかし、当然のようにヒロは応答しなかった。


渚は何度も何度も、ヒロが短くても返信を返してきてくれてるんじゃないかと思ってスマホを開いていた。そしてもう一度スマホを開いた。通知がなる度に開くが、全然ヒロじゃなくてその度に胸を思い切り抉られた。


『お洋服!すっごく似合ってますよ。可愛いです!すっごく!!』

『僕は渚さんに少しでも笑顔になって欲しい』


ヒロ……。


ごめんなさい。


渚はヒロとデートしたり普通に外出したりする時と同様のコンタクトを入れた。


眼鏡は置いたまま、マンションを出た。


14:00。


渚と小圷は、2人でカフェ巡りを楽しんでいた。


「渚さん。やっぱり……彼氏さんから連絡、来ないですか?」

「うん……全然来ない」

「そうでしたか。ほんと……困りましたね」

「ね」


2人とも犬派であったため、犬カフェで存分に犬成分を堪能した満足したが、新鮮な気持ちを味わおうと、次に猫カフェを訪れていた。


犬派であった渚だが、猫の可愛さに直に密着し新鮮な気持ちになっていた。


だけど同時に、猫の良さを知る程に胸をズキズキと痛めていた。ヒロが愛してやまない動物だったからだ。


猫を抱っこして見つめる度に。鳴き声を聞く度に。胸が苦しくて、苦しくて。


「彼氏さんも、猫好きだったの?」

「えへ!?う……うん。どうして?」

「顔見てれば分かるよ。渚さん、すごい辛そうだから」


心底心配そうに見つめてくる小圷。渚は申し訳なさそうに謝った。


「ご……ごめんなさい。私」

「謝らないで!渚さんは『自分の憂さ晴らしの為に』来てるだけなんだから。僕はそれに、好きで付き添ってるだけ」

「…………」

「だけど、今この時間だけは、彼氏さんの事は忘れた方がいいんじゃないかな?その方が、リラックス出来ると思うよ」


優しい表情と口調で小圷はそう言って、渚を見つめた。


この人の言うことは正しい。渚は何となく、肌でそう覚え始めていた。


「………うん!ありがとう」


渚は猫を抱っこしたまま笑顔で、心の底から感謝を伝えた。すると小圷は頬を思いっ切り赤らめて、向こうに目線を逸らした。


「…………まさかほんとに眼鏡とってくるなんて、思わなかった」

「!!」

「渚さん。…………さっきから反則だよ。マジで可愛すぎ」


渚はそんな小圷を見て自分の胸が音高く高鳴って、興奮させられている自覚が出来なかった。


いつの間にか猫を置いて放置し、小圷にずい、ずいっとすり寄っていた。


「………そんなに?可愛い?」

「ちょ。だめだ近い。反則技だ……あ。猫。そこに猫いるから猫見て」

「やだ。小圷君の方が可愛いもん」


はぁ!?というふうに真っ赤な顔で渚を見る小圷。


「でも。やっと名前呼んでくれたね。渚さん」


渚も頬を赤く染めて、にーっと笑顔を返した。


ヒロ。私待ってるから。


待ってる………………。いつまでだろう?

本当に連絡返ってくるのかな。


小圷君、すごく頼りになって頭良いのに赤くなった時のギャップ、超可愛いなー……。


いつの間にか2人の身体に距離は無くて、密着して話しをしていた。


小圷に完全にほだされた渚は、上半身を完全に小圷に委ねていた。


小圷の健全に鍛えられた男子の体格とその体温を感じ、お互いの頬と頬をくっつけ合う感覚に、優しい心地良さを感じていた。


21:00。

カフェを堪能した後は2人で車でブラブラと寄り道をして、すっかり暗くなってしまっていた。


渚のマンション近くに車を停めて一息つく。


「渚さん!すごく楽しかったね!」

「うん!!ありがとう。最高だった」


渚は最高に楽しかった、と満面の笑みを浮かべるのに対して、どんどん小圷の表情は沈んでいく。


「………?小圷君。どうしたの?」

「はは。いや。渚さんに笑顔になってもらえて、ほんと良かったなって思ってさ」

「………?」

「言ったでしょ?これは『一時的な』お遊びって。この関係も、今日で終わりだ」


渚は表情が固まった。


あー………。終わったんだ。良かったー。


ほんと大変だった。気を遣うのもどうするにも。何でこんなのと遊ばなきゃいけなかったんだか。疲れたわ。


私には、そう。大切な。


………私には?大切な?


大切な人の名前が一瞬頭の中に出てこなかった事実を自覚した時に、渚は大きな恐怖を覚えて俯いた。身体の小刻みな震えが止まらない。


顔はちゃんと覚えているのに。ヒロの名前が出てこなかった?


ほんとに彼女失格じゃん。私。私……………!


俯いた渚を見て、小圷は音を立てずに舌なめずりをして再び話し始める。


「だけどさ……。僕、どうしても気がかりなんだよ!猫カフェの時の渚さんの辛そうな表情、忘れられない。このまま渚さんが彼氏さんの連絡を待ち続けて苦しむなんて、僕は耐え難いんだ……」


渚は自分の身体の震えがぴたりと止まるのを感じた。顔を上げて、小圷を見つめて次の言葉を待った。


「もし。もしも、渚さんがいいんだったら、僕はこのまま関係を続けたい。…………どうかな?」


渚は真剣な眼差しで小圷を見つめて、躊躇わずに答えた。


「うん。私、小圷君と過ごした時間がすごく楽しかったから。感謝してるの。私こそ良ければ、また一緒に遊んでよ。今度からは私もちゃんとお金出すから」


小圷はその返答を聞き、切なそうな表情で渚を見つめ返す。お互いに見つめ合ったまま数秒の時が流れた。


そして、小圷は俯いてボソリと言った。


「お金は別にどうでもいいんだよ………これからも僕が出す。出させて欲しい」


ほんの少し低くなった小圷の声。様子が変わった事を渚は介さなかった。


「だけどその代わりにさ」

「うん」


小圷は笑顔で渚に言った。


「彼氏とはもう別れてくれないかな」


ドクンと波打つ渚の心臓。


「へ……へ?」

「言ったでしょ?渚さんが彼氏の連絡を待ち続けて苦しむのは、もう僕は見てて辛いって……。僕は本当の意味で、渚さんに幸せになって欲しいんだよ」


陰キャの私にヒロが教えてくれた、純粋な心模様。大きな波音と共に流れ去ろうとしていた。


「そ……それは。ごめん。出来ないよ」

「どうして?」

「だ………だって」


信じられないことに、渚は対抗する言葉を見つけ出す事が出来なかった。数秒待って返答出来ない渚の様子を確認すると、小圷ははぁ、とため息をついて続けた。


「はっきり言うよ。それってさ。彼氏に依存してるだけじゃん」


そうだ。依存している。


私は、ヒロに依存していた。


ダメと思っても離れられない。蜜が出続ける泉があれば常にミツバチが寄り付くのは当然のこと。そんな泉があるならわざわざ拠点を変えようとなんてしない。


そんな泉に他に代えようのない幸せと快楽を植え付けられたミツバチは蜜が出てこなくなったとしても、またいつか蜜が出てきて幸せと快楽を味わえるんじゃないかって、泉の前で待ち続けるの。


泉から離れられるのは、私が死ぬ時か、ミツバチじゃなくなっちゃう時だけ……。でも変わるのは怖い。


1度変わったらもう元には戻れない。


「ごっ。ごめん……。それは」

「渚さん!!勘違いしてるみたいだから言うけど。……何も僕と今すぐ付き合って欲しいって話じゃない」

「!」

「僕だって好きで人の関係を裂こうとしてる訳じゃないよ!そんな事したくもない。だけど………!!」


小圷は渚の手を取った。そしてぎゅっと握り締めて、その思いを叫ぶ。


「僕は渚さんが苦しみから解放されて欲しいって。本気でそう思ってるんだよ!!!」


小圷の真剣な言葉に、渚はハッとさせられた。


そうだ。小圷君はいつだって私の事を思って………。


猫カフェで、照れながら目線を逸らした小圷君。昨日車で同じく手を握ったのを、私の様子を見て慌てて離してくれた小圷君。


その優しい体温が、手から伝わってきて。


「何の後ろめたさもなく、一緒に過ごそうよ。実際僕らが交際するかそうじゃないかなんて、後から考えればそれでいい話じゃん。でしょ?」

「……………」

「ね。大丈夫だよ。まだ気持ち変わってないなら、今すぐ別れるって連絡して」


嫌だ。


嫌に決まってるでしょ。


…………?何で嫌なんだっけ?


渚の胸の中で、答えは決まっていた。しかし頭の中の小圷と過ごした時間と真剣に説明された内容がぶつかって、決まりきっているはずの答えを言い出せない。


ヒロ。


小圷君。


ぎゅっと小圷君の両手で握られた、私の右手。

小圷君の真剣な眼差しに、ドクン、ドクンと音高く、心地良く鳴り響いている、私の胸。


「…………ごめん。考えてからまたお返事してもいいかな」

「もちろんだよ。今日は一旦帰って休んで。また明日とか明後日かにでも連絡して。僕は渚さんのこと待ってるから」

「………うん。分かった」


ホッと胸を撫で下ろす渚。


良かった。ここで何か答えても、小圷君に良いように誘導されて流されちゃう気がしたから……。


小圷は渚の手を離した。


そして渚はポシェットを肩にかけて、車のドアを開けて降りようとした。


「! 渚さん」

「っひゃあ!」


小圷は勢い良く手を伸ばした。そしてガッと渚の手首を掴んで、ぐいっと引っ張り寄せた。


完全にほだされきっていた渚は、先程手を握られた時の、真剣な思いの叫びとその心地良さが胸の中に響き渡っていた。


あれ?私。引っ張り戻されて、すごく安心してる…………。


どうして?私、小圷君のこと求めて………。


そして今度は2人の上半身は完全に密着していて、顔と顔の距離はほんの少ししかない。


「あ……。ご、ごめん。渚さんの顔を最後に見たくて、つい………。痛くなかった?」


強く手首を掴まれたまま、鼻と鼻がすぐくっつきそうな程の距離と小圷の身体の感触。


渚は大きく目を見開いて頬を紅潮させ、肩でゆっくりと呼吸を乱し、何も言わずに小圷の目を見つめていた。


小圷は渚を見て言葉を失った。


そして何も言わずに車のドアを閉めた。渚の手首は、ずっと掴んだまま。


「ねぇ……。渚さん。何で顔赤くしてんの?息も荒いし」

「…………わ。分かんない。ごめん。もう降り」

「ダメー」

「っあ!……」


ぎり、ぎり……。


小圷は渚の様子を見てピンときたかのような表情を浮かべると、反対の腕でしっかりと渚の肩を抱きぐいっと身体に寄せて、更に力を入れて渚の手首を強く、強くギリギリと締め上げた。

渚はそれに呼応するように身体をビクビクと痙攣させて息を荒らげ、頬を赤くし、俯き抵抗せずに受け入れていた。


「可愛すぎでしょ………渚さん………!こんな可愛い人捨てるとかマジありえねー……!」

「…………っ!!だめ………もうやめて………!!」


ヒロ。私………。


『俺怒ってるのに何でそんなに喜んでんの…?反省してる?』


ヒロに手首をぎゅっと掴まれながら強くキツく叱られて、今まで感じたことが無いくらいお腹の奥が熱くなって。両手を繋ぎ合って過ごしたあの夜の感覚が蘇る。


『お前は馬鹿だよ。馬鹿。心配してくれたお前が逆に心配かけてどうすんの?』


ヒロ………。


ヒロ…………!!あぁっ……………♡


ヒロ。大好き………………っ!


好き。好き。好き。大好き♡


私が好きなのはヒロだけなの。

ヒロ以外なんにも、要らないの………!


捨てないで。行かないでよ。私だけのヒロでいてくれるって、約束したじゃん。


ヒロ………。私の事見つけてよ………。助けてよ………!!


「…………ねえ。1回でいいから僕の事『好き』って言ってよ」

「………なに………いって………っ」

「好きだよ。渚さん」


ゾクゾクゾクッ。


「………っひゃ………!!!」


耳元で突然愛を囁かれて、渚の背筋は快楽に芯から震えた。


「僕は渚さんが好き。渚さんは?」

「んぅ……………や、やめ………」

「好き。好き。好き。好き。渚さん。好き」


やめて…………!ズルい。好きなんて言われ続けちゃったら、私………!!


「好きって言ってよ。ね?」

「…………」

「言えよ」


ぎりぎり。ぎりっ。


「ふぁっ……!あぁっ」


ヒロは、私がこんな節操のない女だってとっくに見抜いてたのかな………。


「はははっ………!こういう言い方の方が好きなんだ?ぷるぷる震えて可愛いね?」

「…………」

「早く言えよバカ女。ほら」

「んっ………はぁっ……!うぅ」


小圷君の言葉が、私の身体をどうしようもなく熱くする。


だからヒロに捨てられたの?


惨めで。泣きたくて。辛くて。………………それなのに。


そのまま小圷は左腕を前に出して、勢いよく振り下ろして渚の右太ももを力いっぱい叩いた。バチーン!!と音を鳴らしビクビクッと跳ねる渚の身体に、そのまま肘を思いっ切り押し付けて、渚の胸をぐり、ぐりっと押し潰した。


「あっ!!っはぁ………っ!!!はぁぁ………っはぁ………っ。はぁ………」

「はは。マジで抵抗しねぇじゃん……こいつおもしれー……!」


オモチャを見るような好奇心と興奮に満ちて、激しく肩で息を乱して私を見下ろす小圷君。


だめ…………!だめ…………っ。

私、このままじゃ………。


「全然嘘でもいいからさ。好きって言ってよ。ね?」

「…………っぅ……」

「渚さん。大好き。好き。好き。好き。好き。好き。だーーーい好き」


バチン。バチン。バチン。バチン。バチン。


小圷は耳元で愛を囁きながら渚の髪を根元から掴みぐいっと引っ張って、太ももを何度も何度も叩いた。


あ……………………っ。こんなの、だめ…………!


もう、全部見抜かれちゃってるんだ。私。


「これは渚さんに溜まった悪い運気を出す為にも必要な事なんだ。だから大丈夫。言って。ね。渚さん。早く」

「………!!ふっ、ふぅ、ふぅ……」

「好き同士になろうよ。ほら」


そんな事もし言っちゃったら。


浮気じゃなくたって、きっと私はもうヒロの前で胸、張れなくなっちゃう………。きっとヒロと目を見て、お話出来なくなっちゃう。


「渚さんが何をしても何を言っても、誰も聞いてないし、なーんにも悪く無い。だから言えよ」


嫌。嫌。どうして連絡返してくれなかったの………。


もう、私………。


「言ってよ」


ヒロ………。私。わたし…………!


「早く言えよ!!!」


バチン!!


熱くなってどろどろに溶かされた私のお腹の奥は、ビクビクって震えて。


「……………好き………っ。小圷君のこと、好きなの…………っ」


ふに。くにっ。くにっ。


ちゅぷっ。ちゅぱ。ちゅぱ。


小圷は渚の頬に優しく手を添えた。そして柔らかい唇を親指で優しく撫で、時に少し雑に押し潰した。もう渚は何も抵抗することなく受け入れる。


渚は熱を帯びた瞳で涙を流しながら小圷の親指を舐め、根元まで咥えた。


「よく言えましたー。すっごい可愛いよ。渚さん」

「っ。んむっ………はぷっ」

「悪いのは僕と、連絡返さない彼氏君。渚さんはなんにも悪くないんだ。なんにも。なーーーんにもね。ほら、安心してリラックスして」

「ぴちゃ、はふっ。はぁ。ふぅ」

「ほら。好き同士になったもんね。会って数日の彼氏でもない男に強く太もも引っ叩かれて。好きになっちゃったもんね?」

「んっ…………好き………っ!好きなの………」

「もっとして欲しい?」

「……して。すきだから、もっとして………」


そのまま小圷は渚の顎に指を添えて、上にくいっと引き上げてお互いの唇の高さを揃えた。完全にされるがままの渚は瞳はとろとろに媚びきって、ぼんやりと小圷を見つめていた。


唇と唇の距離は、もう小指の関節1本分しかなかった。お互いの呼吸が、生暖かくお互いの唇と鼻下をくすぐる。


今ちょっとでも車が揺れようものなら唇が当たってしまう。もしも一度唇が当たってしまったら最後………。


もう、お互い歯止めが効かなくなっちゃう……。


「別れるって今連絡してくれるなら、キスはまだしないであげる。でも連絡しないならこのままキスする。渚さん、どうする?」


途端、ズキンと重く痛む渚の胸。


ぼんやりと頭に浮かぶ、ヒロの笑顔に。


キスは、絶対だめ………。このままじゃ、本当にこの場で全部塗り潰されちゃう……。


「別れるって、送ります…………」


ごめんなさい………ヒロ。


私弱くて頭悪くてバカな女だから、こんな事になっちゃった………。


こんな状況、もしヒロが見たら車に乗りこんできて、助けてくれるよね……?


ぶるぶると震えてふう、ふうと息を荒げながら、渚はヒロに別れのライヌを送信した。


「送った?」

「………はい……」

「見せろ。ちゃんと僕に」


渚はトーク画面を小圷に見せると、納得したと同時に満足気に優しそうな表情を見せて、渚の頭を優しく撫でた。


「渚さん。本当に可愛すぎだよ」

「………」

「ちゃんと送ってくれたから、また関係続けられるよ。僕、ほんとに嬉しいんだよ」

「……うん。私も」


渚は自分の頭を撫でる小圷の手をぼんやりとした眼差しで見つめていた。


「渚さんが眼鏡取ってきてくれたの、今でも嬉しいんだ。次会えるのは来週だけど、こまめに連絡しよう。………あと」

「?」

「ヒロ君はもう元彼なんだから、もう連絡取っちゃダメだよ。お金渡しておくから。家じゃなくて別な所に隠れて過ごして」

「うん」


小圷は渚の手を取って、車の中で繋いだ2人の手だけが写った写真を撮影して、渚にデータを送信した。


「これ。僕らが今日仲を深めた記念。送るからとっておいて」

「うん……」

「………次会う時は、もっと可愛がってあげるね」

「………うん。嬉しい」


身体をガクガクと震わせながら渚が車から降りると、小圷はさっさと走り去っていった。


と………。とりあえずもう、病院には戻れないからこのまま退院しなくっちゃ………。


かいほうされた……。ヒロ。私、まもったよ。偉いでしょ?


渚はフラフラしながら、どうしようもなくしびれを感じていた。スカートをはらりとまくって見ると、太ももに大きな赤い手形がいくつも残っていた。


ゾクゾクゾクッ。


ヒロ。ヒロ。ヒロ。ヒロ。ヒロ。


今すぐ、あいたい。


だけど、会うな、連絡取るなってひわれちゃった。お金も渡されひゃった。どうしよう。


もし次小圷君と遊んだら、きっともう本当に、ヒロには二度と会えなくなっちゃう…………。


だけど、心もお腹の奥もどろどろに溶かされて、熱くて、疼いてジンジンして、何も考えられない。もう我慢出来ない。


ヒロ…………。


あいたいよ。いますぐにあいたいの………。




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