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第30話 岐路④

10:00。会社。


須藤が荷造りするのを見て、鳴上が声を掛けた。


「須藤殿?何をしている」

「ああ。これは、監査がもう来週終わりで本社に帰るから、その準備を〜」

「ヌッフw そうだ………拙者も″″″″″荷造り″″″″″をせねばならぬのだったなww すっかり忘れていたぞッ!w」

「ホッホホホホwwww 忘れちゃノンノノーン!!ww」


その時、2人の脇をヒロが通り過ぎた。宝くじで3等を当てたにも関わらず未だに浮かない顔をしている。


鳴上も須藤も単なる体調不良と思っていたが、ヒロのその様子からそうではない可能性に気づき始めた。


「須藤殿。どう見る」

「ん〜〜何でしょうね?真面目に答えるならそうですね〜。…………………………彼女にフラれた。とか」

「ヌ。…………」


数秒の沈黙後、鳴上は大声で豪快に笑い始めた。


「ハッハハハハハハハハハッ!!!!!wwww 須藤殿!!笑わすでない!!時枝殿がマイハニーとどれだけ激アツのラブチューかを間近で見ておらぬからそんな事が言えるのだ!!wwwww」

「そりゃそうか!w かの魅力溢れる時枝氏が、フラれるわけね〜っすわ!!!www こりゃ失敬失敬死刑死刑!w」


2人で爆笑する鳴上と須藤の頭を、柳が靴べらでスカン!!と殴りつけた。


「いでぇ!!ごめんなさいぃぃぃ〜〜〜〜〜」

「しごとのこってるんではやくしてください。ほら。はやくはやく」

「ヌッフォ!??柳殿ッ!!確かに………たるんでいた。申し訳ない。許されまじき行為だ………。よって………。もっと叩いてくれェンッフフフwwwwww」

「きも。くずっちにほうこくします」

「アッ!待ってッ!誠にすみません。べらぼうにすまぬ。じゃなくてすいませんでした柳さん。じゃなくて失礼致しました」


呑気な3人のやり取りを横目に聞いていたうーさんも、気が気でなく落ち着くことが出来なかった。


昇進するにも関わらず浮かない顔をしているヒロ。


そして約1ヶ月もの間更新されていない、心の支えにしてきたサナギちゃんねる。


今のモヤつく状況を、どうしてもサナギさんに相談したい。彼女ならきっと何かヒントになる答えをくれる……。そう思うも、連絡をしても返ってこなかった。


ごめんね………。でも、これもひーくんの為………。


うーさんは八方塞がりの状況を打破する為に、モラル的に許されないと理解した上で、準備を整えて『ある事』を実行に移すことを決意した。



------------------------------



14:00。


俺は鳴上と一緒にコーヒーを飲んで休憩をしていた。


「振り返ってみれば、愉快だったでござるな」

「ん?何がよ」

「貴殿と拙者の″邂逅″でござる」


コスプレコーナーから野太い声が聞こえてなんだと思って見たら鳴上で、衝撃を受けたあの日の事を言ってるんだろう。俺は本心を伝えた。


「″″″凄かった″″″な、アレは……」

「ちょw 意味深でござるなw」


大きく深呼吸をして、鳴上は天を仰いだ。


「時枝殿。お主と出逢えて良かったと、拙者は心から思っている。本社でも変わらぬ仲で居たい。本社の3人、特に鹿沼殿も味方につけている。我々に怖いものなど無いでござるよ」

「……………そう、かもな……。ありがとう。鳴上」

「そうでござるよ!!皆で共に、更なる地位を勝ち取ろうではないか!時枝殿」


そう言って、鳴上は俺に小さな小包を差し出した。


何だろう?と思って開封すると、可愛らしい猫のマスコットのキーホルダーだった。


「草津殿からのプレゼントでござる」

「っ!!」

「わざわざ数多足を運んでくれたお礼がしたいと、な。ようやく落ち着いて渡せるタイミングが出来て良かったでござる。お主に会いたいとせがまれ大変だったでござるよ。当然、ちゃんと見舞いに顔を出したんだろうな?時枝殿」


俺は掴みかかる勢いで鳴上に問いただした。


「渚は今何処にいる!?」

「ぬ?時枝殿も知らぬというのか!?拙者もこれを託された後再度顔を出した時には既に退院しており、連絡も取れぬから分からんでござるよ」

「何か……どこに行きたいとか、行ってなかったか!?」

「いやー…… お主にとにかく会いたいと。強烈な熱意だった。それ以上の事など何も口にしていなかったでござる。本当に、羨ましい限りでござるな」


鳴上は本当に渚の居場所を知らないようだった。いつの間にプレゼントなんて。


お見舞いに行くと、渚はずっと無言でスマホをいじって何かをしていた。こういう事だったのか………。俺を放っておいて何かが出来る余裕が出来た。そうとばかり思っていた。


俺はなんてバカなんだろう。


渚にプレゼントありがとうね、とメッセージを送った。しかし、やはり何も返っては来なかった。



------------------------------



数日前。10:30。


電話をしてもメッセージを送っても、ヒロから連絡は未だに返ってこない。


渚は絶望的な気分で、合コンで知り合った男子と一緒にテーマパークに遊びに行くために車で高速を走っていた。


「付き合わせちゃってごめんなさいね。渚さん……。彼氏さんから連絡、返ってきました?」

「ううん。まだ……」

「そうでしたか……。そうしたら今日は、沢山楽しんじゃいましょ!!」


未だにその男子の名前を渚はまともに覚えていなかった。何とか井君だっけ?覚えられない……。興味が持てない。そんな事をぼんやりと考えていた。


渚の心は沈んでいた。ヒロに浮気したら〇すとまで言った自分自身が、他の男と2人で遊んでいる。更にその男子を不愉快にさせたくなくて、わざわざ好きな女優の名前をライヌで聞き、それに近いコンセプトの洋服をわざわざこの日のために購入して身にまとっていた。


好きでも何でもない洋服は、想像していた以上に渚の心を落ち込ませた。なんて惨めなんだろう。


合コンの時も付けてきていた眼鏡を、この日も掛けてきた。渚の心の、精一杯のこの状況に対する抵抗だった。


ひよりから頑張って!!と送られてきたライヌを無視した。


テーマパークに到着し、チケットを購入して2人で中に入る。


その男子はすごく要領が良くて、器用で、礼儀正しく頭も良く、しっかりしている子だった。考え方も良心的で、頼りがいがある。外見も清潔感がある、好青年だった。


ヒロとは全然違うな……。ヒロはだらしなくて、寝癖があって、抜けてて、全然かいしょーなくて……。


だけど、笑顔と雰囲気がふわっと消えちゃいそうなくらい儚くて、可愛くて。一緒にいると心が暖かくなって。好きで好きで、仕方が無くて。


ずっとヒロの事ばかりを考えてしまう。この子にも申し訳ない。早々に体調が悪いと言って帰った方が良いのではないか?


「渚さん。お洋服!すっごく似合ってますよ。可愛いです!すっごく!!」

「あ。ほ、ほんと……?」

「はい!!僕、鼻が高いですよ。……あ。調子に乗ってるなこいつって思ったら、遠慮なく言ってくださいね……」


男子は渚をこれでもかというほど褒めちぎった。ほんの少しだけ嬉しいと思う自分が、憎たらしくて情けなくて仕方が無かった。


一緒に色々アトラクションを回ったり食事をしたりするうちに、少しずつ、本当に少しずつ、渚はこの男子に興味を持ち始めた。


「お金。私も出すよ」

「だめです。僕に出させてください」

「でも」

「ほんとはそのお洋服。この日の為に用意してくれたんじゃないんですか」


ハッ、として目を見開いて男子を見つめる渚。男子はそれに対して、にこり、と笑みを返した。


「やっぱり。僕、ほんとに嬉しいんです。だから、お金は出させてください」


渚はほんの少しずつ名前も覚えられない目の前の男子を信頼し始めた。そんな自分の心に、心地良さと恐怖を覚え始めた。


「明日、予定ってありますか?」

「えっと、明日は特に……」

「僕も明日も休みなんです!もし渚さんが良ければ、明日も一緒に遊びませんか………?」


ヒロが自分の中から少しずつ消えていっている事に、渚は気づいていなかった。


「うん。行く」


19:00。

テーマパークを出て、無事に車で地元まで送り届けてもらった渚は、シートベルトを外しながら男子にお礼を言った。


「今日はありがとう……。え、えっと」

「はは。小圷(こわくつ)と言います」

「あれ?そうだっけ。何とか井さんだと思ってた」

「何でですか」


2人は顔を見合わせ、笑い合った。


不意に小圷は渚の眼鏡をひょい、と外してしまった。渚はハッ、として返してというように腕を伸ばすが、小圷は反対側に腕を伸ばして避けてしまう。


「やっぱり。眼鏡も似合ってますけど、眼鏡無い渚さんはすっごく可愛いです」

「…………」


自分の眼鏡のない素顔を見て、本心から、本当に喜んでいるとよく分かる照れた笑顔でそう言われて、渚は思わず俯いた。


その言葉を、はっきりと嬉しいと感じてしまっていた。


小圷は渚の表情を注意深く観察した。そしてにこりと笑い、ひょいと動いて右手を取った。


ぎゅっ。にぎにぎ。


「わっ?」

「渚さんって手、ちっちゃくて柔らかいですね」


突然手を握られてしまった渚。しかし小圷の白くて、透き通るような柔らかくも大きく包み込んでくれる男性の手の感触に、渚は抵抗せず思わず頬を赤らめて、目を見開き、息を呑んで小圷を見つめた。


だめ……これ以上を許しちゃったら……。


「あ………っ。あの」

「ごっごめんなさい!!渚さんが本当に可愛すぎて、つい調子に乗ってしまいました…………」


小圷は慌てふためいたように俯いて葛藤する渚の手を放して、再びすちゃ、と眼鏡を掛けてあげた。


そして、小圷は緊張を含んだ声色で言った。


「明日……。良ければ、眼鏡を取ってきてくれませんか?図々しくてごめんなさい。でも、無い方が本当に似合ってると思うんです。ほんとに渚さんが良ければで、いいので」


小圷は渚を車から降ろすと、勢いよく走り去っていった。


渚は自分の右手をぼんやりと見つめた。小圷に握られた手のほのかに残った暖かさと、心地よさを感じていた。


どうしよう………。


明日もし言われた通りに眼鏡を取って行ってしまったら、きっと私は………。




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