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第29話 岐路③

9:30。会社。


「昇進だ、時枝。来週から本社だ」

「え?」


葛木さんに管理室に突然呼び出され、また仕事が増えるのかと鬱々と足を運んだ。そして唐突に言い渡される出世。そして、行き先は本社。栄転だった。


神松さんが……俺を認めてる………?何で?


全く実感が湧かないし、もはや今それどころでは無い……。


「鳴上も同時に本社へ異動だ。そして本社から監査で来てる3人もそのタイミングで戻ってもらう。ちなみに………給料は1.7倍増しだ。嬉しいだろ?ワハハ」

「い、いえ……あの……」

「寂しいわー。ほんと」


手元のパズルのピースが明らかに残された穴と形も数も合わないような気持ち悪さが胸をざわつかせる。混乱している。運命に振り回されている。


宝くじで1000万円当たったり、先日から明らかに何かおかしい。俺が欲しいのは金じゃない。


都心から離れた本社に異動になれば、本当に渚を探す事が出来なくなってしまう。


「あっ。あの、待ってください」

「良かったね!!ひーくん。私嬉しいの。ひーくんの努力がちゃんと報われて」


一緒に来ていたうーさんが両手で俺の左手を取り、キラキラとした瞳に涙を浮かべ、本気で嬉しそうに俺を見つめていた。


「う、うん……。うーさん。ありがとうね……正直、キツい中でも頑張れたのはうーさんの力も俺の中でかなり大きいんだよ」

「ほんと?嬉しい。絶対ひーくんなら本社でも活躍出来るよ。一緒に頑張ろうね」


俺は本心を伝えてる。だけど……。


「させーん。管理室でイチャコラしないでくださーい」


ニタニタと笑ってそう言う葛木さんに、俺とうーさんは管理室を追い出された。キラキラと笑顔のうーさんを横目に、俺の心はもやもやがずっと渦巻いていた。



------------------------------



数日前の事。

19:00、某居酒屋。


ひよりに熱意高く勧誘され、渚は医師に遠方の父の体調が悪いと嘘をついて病院を抜け出し、合コンに来ていた。


女子3人が先に到着し、男子の到着を待っていた。居酒屋の中で1人だけパジャマ姿の渚は誰よりも目立っていた。


「渚〜。パジャマは流石に面白すぎだよ〜」

「夜中目が覚めてちょっとテレビ見ながらひと飲み、じゃないんだよ??」

「はっ!恥ずかしい…………!」


真ん中に座るひよりと向こう端の女の子が笑う。反対側の端に座る渚は、既に恥ずかしくて顔が沸騰しそうになっていた。


ずっと直前まで行くかどうかを悩み、結局、ひよりへの義理立てとヒロと連絡が取れない不安に負けて来ることを決意した。時間がギリギリだったため、病院で着ていたパジャマの格好のままになってしまったのだ。


高校時代、ヒロが焼け落ちた校舎から生きて帰ってきたあの日までずっと掛けていたダサい眼鏡をかちゃり、とかけ直して水を飲み気を紛らわした。


どうせちょっと話すだけだから。

私にはヒロがいるの……。


そして男子組3人が到着し、向かい側に座った。


「こんばんは〜。今日はよろしくお願……えっ!?パジャマの子がいる!?」

「どうゆうことだ!?」

「きゃはは!寝起きなんだって〜」

「寝起き!?お、面白すぎる!」


早速皆お酒が入って、合コンは盛り上がっていった。しかし、当然パジャマ眼鏡の意味分からない女が相手にされる訳は無く、渚は実質空気になっており男子3人とひより、もう1人の女の子で話が盛り上がっていた。


「それであいつがこう言ってさ〜……。よっ!!大統領〜!って感じだよ〜」

「ウケる〜!」

「きゃははは」


これでいい。これでいいから……。早く終わらせて。


「ちょっとお手洗い行ってきますー……」


ぼそりとそう言うが、会話に夢中の5人には聞こえておらず完全に無視される形になっていた。逆に安堵する渚。


席を立った時、他の酔っ払い客にぶつかって渚はよろけ、眼鏡をかちゃりと落としてしまった。


「あっ!ごめんね〜」

「こ、こちらこそすいません」


眼鏡を拾いかけ直そうとした時、熱い目線を注がれている事に気がついて席に目線を戻した。男子3人が息を呑みこちらを見つめていたのだ。


渚は慌てて眼鏡をかけ直し、そのままお手洗いへ向かった。


不安。恐怖。焦燥。


どうしよう……。怖いよ。


ヒロ。助けて……。


お手洗いで不自然に思われない程度に時間を潰して戻った渚は、案の定男子に話しかけられ始める。ひよりにフォローされながら、緊張する中で会話をした。


しかし、早く帰りたいとばかり思っていた渚だが、向かいの男子と話が合うと気づき始めたあたりから少しずつ気持ちが楽になり始めた。向かいの男子も料理が好きだったのだ。


「渚さん。良ければ、連絡先……下さい!!」

「へ!?え……あ、うん」


渚は連絡先を交換してしまった。1つ歳下のその男子はめちゃくちゃ嬉しそうに初々しく照れながら笑っていた。


『ライヌ交換持ちかけたのはどっちから?』

『向こう』

『本当に……?ちゃんと目見て言ってよ』

『ほんとだよ。さっきから見てるじゃん』


あの時ヒロとした会話を思い出して、キツく胸が痛んだ。会社の人と業務連絡の為にライヌ交換するのとは全く訳が違う。


ごめんなさい。ごめんね。ヒロ………。


ヒロに次、どんな顔で会ったらいいの?私、彼女失格だね。


泣きたくなり、胸の中が暗く淀むまま渚は会話を交えていく。男子が渚の浮かない表情に言及すると、ひよりが即座にフォローした。


「聞いてあげて。渚、今の彼氏と上手くいってないんだって」

「えひぇ!?いや!その」

「そ、そうだったんですか!!だから合コンに……」

「ま、待って違うの!あの」

「違くなんてありませんよ。辛かったんですね………渚さん。よければ、何があったか聞かせてくれませんか」


そう言う男子の眼差しは真剣そのもので、渚は少しずつほだされてしまっていた。ヒロと連絡が最近取れない、会えないと話すと、心底有り得ない、というように批判した。


「渚さんほどの女性を放置するなんて。有り得ませんね」

「は。はは……」

「あの!!良ければ次空いてる日、僕と遊びませんか!?好きなテーマパークとかあれば連れて行きます!!やっぱディ〇ニーですか!?ディ〇ニーですよね了解です!!」

「え!!いや!待ってそれは流石にちょっと!急だよ」


まずい状況になってきた。これで一緒に行くなんて事になったらシャレにならない……。


ヒロの笑顔が渚の胸の中で渦巻いている。


「僕の事はATMと思ってください!憂さ晴らしして下さいよ!」

「い、いや。あの」

「僕は渚さんに少しでも笑顔になって欲しい……。そりゃあ、躊躇いますよね。突然彼氏置いてこんな男と遊べって言われても気が乗らないのは分かりますよ。でも………。そもそも、彼氏さんも良くない!今渚さんがここに居るのも、彼氏さんが連絡を返して来ないのが発端なんです。憂さ晴らしは必要。そう思いますよね?」


そしてひよりはあろう事か男子の方をフォローし始めた。


「良かったじゃん渚!!行ってきなよ!」

「彼氏さんから連絡が来るまでの一時的な『お遊び』に過ぎません。彼氏さんから連絡が来たら、そっちに戻ればいいんですよ」

「…………っ」


渚はたちまち押され始める。ひよりは最初からそういうつもりだったのかもしれない。


「大丈夫です。これはデートじゃないんですから。浮気でもない。渚さんの憂さ晴らしに、付き合うだけなんです」

「…………」

「行きましょうよ。ね」


そんなの嘘だ。


考えるまでもないって、分かってるのに。


「………………分かった。行く」


向かいの男子に心から嬉しそうな表情を見せられた渚は、この日初めて本心の笑みを返した。




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