第28話 岐路②
14:00、病室。
ヒロが来なかった日から3日が経った。しかし、ヒロからはもはや連絡も返って来なくなっていた。体調も少しずつ悪化の一途を辿っている。
「………ひより!」
来てくれたのは渚の高校時代の、唯一少し関わりの強かった友達のひよりだった。関わったのは最後の1年間だけだったが、恋愛相談やヒロへの愚痴話を聞いてもらったことがある相手だ。
「渚ぁ!久しぶりだね〜。まさかこんな状態だなんて思わなかったから。突然連絡しちゃってごめんね」
「全然いいよー。体調悪いのと入院以外はいつも通り」
「それはいつも通りじゃないよ渚〜」
近況を語り合う2人。久しぶりの旧友同士の会話に花が咲いた。
ふと、ヒロの話になる。
「時枝君、酷いね。連絡も返さないなんて怪しくない?前はそんな悪い子じゃ無かったのに」
「う、うん……」
「そうだよ!絶対怪しい。私の経験的にヤバい状況だよそれ」
「……や。やっぱりそうかな?」
「他の女の子と絡んでたりするかもよ。そういう話聞いたことない?」
心当たりしか無かった。デート中にヒロのスマホに表示された『うー』さんという他の女の子の通知。
ヒロと凄く親密な関係を築いているパートナー。その瞬間、渚の心に黒いものが渦巻く。
ひよりは不安そうに眉をひそめる渚を慎重な眼差しで見つめた。そして、ひよりは意を決したように話し始める。
「私も最近彼氏と別れちゃったんだけど、今度合コン行くことになってて女子が1人欠けてるの。渚も来ない?」
「ご。合コン……?え、いや、行くわけないよね?遠慮しとくよ」
ふいっと窓の外を眺める渚に、ひよりは真剣な眼差しで食らいつくように話を続けた。
「皆気さくな人達だから大丈夫だよ」
「嫌!私にはヒロがいるもの」
「うん……そうだよね」
あくまで自分の発言を肯定するひよりに、渚は目線を戻した。
「気持ちはよく分かるよ。ずっと相談乗ってきたから。でも、時枝君が大好きだからこその今の悩みじゃん。そうでしょ。皆で楽しくお話して気晴らししようよ。渚すごく可愛いんだし、男の子も相談乗ってくれるよ」
「ひより。知ってるでしょ?私、コミュ障だから初対面の男の子となんか上手く喋れないよ……増してやお酒の場なんて」
「それなら大丈夫だよ。私達もカバーするし、もしつまんなかったり、なんか合わないと思ったら理由つけて帰っちゃえばいいんだから」
「………」
「どうするかはその時の空気と渚に合わせるし。ね?お願い」
迷いに迷って、ヒロの事が頭にぐるぐると渦巻いて。
だけど、ヒロとろくに連絡も取れない事実に、怖くなって。
「………うん。じゃあ、行ってみようかな」
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深夜3時。
あれから1週間が経過した。やっとプロジェクトがひと段落する。
マジで忙しかったのでスマホもろくに見れなかった。渚のお見舞いのことも完全に頭から吹き飛んでしまっていた。プロジェクトさえ終われば意地でも時間を作れる………。
俺は最後に渚と話した時ぶりにライヌを開いた。
『もう別れよ』
渚から数日前何回か不在着信があったのと、最後にぽつんと今から6時間くらい前に届いていたメッセージがあった。
え?何だこれ。どういう事?
俺は分からなかったので、この時間でも起きているであろう渚に電話を掛けた。しかし出ない。何度掛けても何度掛けても、出る気配無し。メッセージも何度、何を送っても反応なし。
結局一睡も出来ないまま仕事に出た。
その後、プロジェクトは俺の沈んだ心象と反比例するように大成功を収め、大きな賞を受賞することとなった。
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15:00。
本社のエントランスを出て緊張感から解放された、というように猫背になりため息をつくうーさんを見て、柳はクスクスと笑った。
「う、上手くいった。良かった……」
「よかったわね。うーちゃん」
「本当に、ありがとう………!!みかちゃんのアドバイスのおかげ……。葛木さんも、ありがとうございました。後押しして貰えなかったら無理でした」
2人の横で歩く葛木はフッ、と鼻を鳴らして空を仰いだ。
「別にいいよ。あいつらがウチから居なくなるのは寂しいけどな」
「支社の戦力を減らしてしまうこと、お詫びします……。だけど神松さんが一旦首を縦に振ったとはいえ、まだ確定ではないですよね?」
「いや、あいつが取った賞は結構デカいからほぼ確定だろうな。俺は神松を絶対許すつもりはねぇ。だからこそ、今回のお前の提案に同意したんだ」
木々と葉が風に揺れて、波音のように大きく重厚なハーモニーを奏でた。まるで何かの兆しのように。
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19:00。会社外。
仕事が終わった瞬間に、俺は全力疾走で病院へ向かった。
しかし、急いでいる時に限って世界がさっぱり優しくないのはお約束だった。車に轢かれそうになり、犬に吠えられ、毎回通ろうとする直前に信号は赤に変わった。行く手を阻まれている。
息を切らしながら病室に辿り着くと、中は空っぽで渚の姿は無かった。
病院のスタッフに話を聞くと、医師にダダを捏ねて1週間早く退院したとの事だった。急いで病院を出て渚に電話を掛けるが、応答する気配がない。
「どうしてだよ……何でだよ!渚……」
俺はその場に崩れ落ちそうになりながら、病院を後にした。渚のマンション。思い出のコスプレコーナー。色々な場所を回るが、渚は居なかった。
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翌日13:00。仕事は休み。
渚とは今だに連絡がつかない。
何処にいるんだよ……。渚。
俺は賞の前祝いと称し、鳴上と須藤に誘われ街中で遊んでいた。
「時枝氏……。あの賞は、其方の想像する以上に大きな賞なのだよ」
「……おお。そうなのか」
「そうッ!!時枝氏なら、本社でも十全にやって行けるという証でもある」
なんの冗談だ、おい……。うーさんだけかと思ってたら須藤まで。皆揃って本社本社って。無理だから。
そんな事を考えていると、俺たちはふと宝くじ売り場の前に歩き着いた。
「時枝殿、見ろッ!!!これは…………″″″夢″″″そのものでござる。一等を当てたら甘目まどか新作フィギュアを何個購入出来るか分かるかッ!?w」
「ンーーーッ!w 5000垓個!ww」
「須藤殿、大正解ッ!wwww」
IQ0の会話を繰り広げるバカ2人に付いていき、俺は適当に1枚購入してコインで剃っていった。
「ハズレだ〜。お2人はどうでしょう」
「拙者もハズレでござる。これは拙者が夢を掴めなかったのではなく、夢が拙者を選ばなかったという事………所詮は井の中の蛙、修行が足らなかっただけの話でござる」
数字の羅列。今俺はこれをちゃんと見れるほど頭が働いていない。ずっと、連絡の取れない渚のことを考えていた。
ん?なんか……一致してるような?なんだろうこれ。
「………嘘だろ?3等?かなこれ」
「なぬッ!?!?!?1000万円……………!?!?」
「おぉぉぉ!?時枝氏!めっちゃすごいじゃないですか!」
何度見ても見間違えじゃない。俺は3等に当選していた。
俺は何故か分からないけど、すごく気持ち悪くなった。
「と、時枝氏……?どうした?」
「時枝殿。体調が悪いのか?」
「え?い、いや………」
「一旦座って休もう。時枝殿は本当に頑張っていたからな」
3等とか言ってる場合じゃない。俺は。俺は………。




