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第26話 サファリパークの檻

渚のお見舞いに行かなくなった、数日後。

11:55。


ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!!!!!

忙しすぎるって!!!!なんだよこれ!?!?

仕事するってレベルじゃねぇぞ!!!!!!!

忍者になればええんか!?あ!?

3人に分身しねぇと納期全部なんか間に合わねぇぇぇぇぞ!?!?!?!?


ヒロは大ピンチを迎えていた。

洗練された社畜である自覚がある彼ですら、あまりにも想定外のアクシデントの多さから現場の収拾は付かなくなり、この苦難から逃れようがなくなっていた。


「時枝ァ!請求締めデータ今日の13:00までに間に合うんだろうな」

「うす!!すいません!!」

「すいませんじゃねーし」


いつも管理室で寛いでコーヒー飲んでる葛木ですら、この日は相当ピリついて現場を走り回っている。

これだけでも如何に今日という日がヤバいかを理解してもらえるはずだ。


「鳴上!すまんけど今日はお前も残業頼むわ」

「拙者、男の中の男 鳴上。この仕事を乗り越えさえすれば、今日からオープンの甘目まどかカフェに顔を出す事が出来ると考えれば………ッ!どうということ無しでござるッ!ハァァァァーーーーッ!」

「これ、多分日付回る前までに終わんねぇから今日は無理だぞ」

「ゴッファァァァァ」


葛木が無情にも鳴上に現実を突きつけ、鳴上は泡を吹いてぶっ倒れてしまった。


ただでさえの忙しさにドタバタが加わり、カオスな現場になっていく。


そんな中、渚からどうしても今日会いたいから来れないか?とライヌが来た。


返したい!

返してあげたい!!!……………っけど…………。

何で、今日!?

何でよりによって今日なんだよもっとタイミングあっただろ?

昨日とか明日とかさぁ…………!?


ヒロがあまりに余裕が無さすぎるので無視していると、まさかの電話が掛かってきた。

気合と根性でその電話に応答した。


「渚!!ごめん、連絡返せなかった」

『ううん。ごめんね、忙しいのに…』

「いいよ別に」

『なんかね、私、体調またあんまり良くなくなってきて』

「うん」

『………あのね。ヒロが買ってくれたシュークリーム美味しかったからね、久しぶりに外出させてもらった時に買ったの。ヒロの分もあるんだよ』

「うん」

『………あ、あとね。ヒロが前疲れた時に飲んでたエナジードリンク覚えてる?あれ、私も飲んでみたいなって思って買ってみたんだけど、やっぱり私が今飲んでもなって、買った後に思っちゃって。飲む人がいないまま置いておいてるの……』

「うん」


あまりにも余裕が無さすぎたヒロは早口で相槌を打ちながら仕事を続行しており、渚の言葉の意図を一切咀嚼出来なかった。


『っ。……ヒロ。私、寂しくて。今日、会い』

「あっ!!やばい!!渚ごめん!ちょっと外さなきゃいけなくなった!掛け直す!」

『え!?ヒロ』


ヒロは緊急のメールを受信し、すぐに席を立ち走り出した。



───────────────



20:00。


「あのーーー……。………出来ましたよ」


ヒロが緊急対応が終わりあまりにも疲れて天を仰いでいると、外回りから戻って黙々と1人涼しげに何かをしていたうーさんが声を上げた。


ヒロがうーさんのPCを覗き込むと、驚きに目を見開いた。


「えっ……!?これって」

「はい。ファイルを登録すれば自動で解析出来るようにプログラムしました。動作確認一応問題無かったので、使えそうです。エラーが無ければ、あと10分くらいで皆さん帰れるんじゃないでしょうか」

「すご………」


うーさんは日付を跨ぐ程膨大な工数を2〜3分程度で自動完了させるツールを完成させていた。


ヒロは我慢出来ずすぐに試しに使ってみると、またも驚愕し開いた口が塞がらず地に着いた。

面倒な作業が見違える程にスムーズになった上に自動完了なのでその間別なタスクも出来てしまい、世界が変わった。


あまりの有能っぷりに、またうーさんに壁を見せつけられたのだった。


「嗚呼。神様仏様鹿沼様。我が社の永久の誇りでございます。本当に。マジで。早く神松とセンマネ代わってくれよな。応援してっから」

「流石は鹿沼殿……。本当に、感服でござる」

「はひ!いえ……趣味の延長で出来ただけですから」


葛木が膝まづき変なクネクネした動きでうーさんを崇め奉る。それを見たうーさんは苦笑いでお茶を濁した。

鳴上は悔しそうに唇を噛んでうーさんの作成したソフトを見つめていた。


うーさんは、俺こそ本社で働くべき人材だなんて言ってくれたけど……。


この子を見てると到底届かない世界と思ってしまう。


「うーさん。休憩しといでよ。相当疲れたでしょ」

「あう……ひーくん。じゃあ、一緒に来てくれる?休憩室今きっと、真っ暗だから」

「え。ああ、いいよ」

「ありがとう。冷たいジュースをぐいっといきたいのです……」

「そうしようそうしよう」


ヒロはうーさんと一緒に休憩に行くことにした。


ポケットでスマホのバイブが震えているのを感じていたが、ヒロは頭が疲れで頭が回らず、見て見ぬふりをしていた。



------------------------------



20:05。

ヒロはうーさんと一緒に休憩室へやってきた。


少し年季があるが綺麗に清掃された休憩室。

暑すぎて変な声が出そうになったのでひとまず空調を弄った。


「うーさんは何買うの」

「あのね……実は迷ってるんだよね。ある程度目星を事前に付けるんだけど、実際買う前になるとどれも美味しそうで。ひーくんは?」

「俺はCCレモン一択だなあ」

「じゃあ私もそうする」

「んお」


2人で飲み物を購入してテーブルに向かいあわせで座り、がくりと脱力した。


やっと一息つけた安心感に身体中の力が抜けて、疲れがどっと押し寄せてきた。


うん……?

………どうやらうーさんは俺とは比にならない程疲れてしまったようだな、これは。


「うーさん……?大丈夫?」

「………」

「おーい」

「………むにゃ……」


集中力を使い果たしたのか、未開封のCCレモンを片手に持ったままクラクラとしている。


そりゃそうだな。

最近たまたまか俺とは離れ離れで行動する事が多いけど、うーさんがやってる内容は俺がやってる内容とは比にならないほど高度で、集中力も使うし。

加えて俺が出張でいない日は俺の仕事も並行してやらなきゃいけないんだから、疲れて当然だろうな。


いつも眩しく輝く瞳が半開きで、泥が澱んでいるかのように濁っていた。


あ、口からヨダレ垂れてきた。

もう8割くらい意識が飛んでるらしい。


「うーさん。うーさん!」

「……………!!!はっ」


呼びかけ続けて我に返ったうーさんは、かぁっと赤面してバタバタと慌てて申し訳無さそうにヨダレを拭った。


そして思い出したようにガタリと立ち上がり、まだ終わってない書類があった!!と言って業務室に戻ろうとするのを、ヒロは頭にチョップを食らわせて無理やり座らせた。


「はひゃ………は、恥ずかしい……。ごめんなさい……」

「気にしなくていいから」


ふと、いつの間にかスマホのバイブが鳴り止んでいる事に気づいた。


やべぇ。渚にもすぐ連絡を返してやらないと……!


さっきの電話でなんか色々言われた気がするんだよなぁ。


あまりに切羽詰まってて全く記憶にない。


「やっぱり全然違う。ひーくんが隣にいてくれてる時と、そうじゃない時で」

「そう?」

「うん。私今日、すごく安心してたんだ」


うーさんは目をキラキラと輝かせてそう言って、微笑んだ。


一生守りたい。この笑顔。


「俺はうーさんが隣に居ると全然落ち着かないよ」

「へ……………!?うそ?」

「嘘」


ヒロは5〜6回謝ったが、うーさんはむすーっと頬を膨らませて30秒くらい口を利いてくれなかった。


どうか許して欲しい。

心からうーさんを尊敬してる反面、話してると庇護欲に駆られてしまうんだ。


「………ひーくん。私の扱い、雑にしてない?」

「うーさんを雑に扱う奴!?どこにいるんだそんなの。俺は絶対許さない。地獄の果てまで追い詰めるさ」

「許さない……?そうなの?」


よしよし〜!!って唐突に頭を撫でて困惑させたい。

そしてもし困ってたら俺が1番最初に駆けつけ守りたい。

『俺が1番最初に』だ。


「そうだよ。俺はうーさんの幸せの為なら何でもするんだよ。何でもね」

「本当………?嬉しい」

「…………チョロ………」

「へぇ。うん。そういう感じなんですね。ひーくんの気持ちよく分かったよ。わたしも『そのつもり』で今後は話そうかな?やり返される準備、しておいてね」

「アッ待って!!ごめん。ごめんって!違う違う!違うよって。落ち着いて」

「…………」


うーさん、あんまりいじられるのは好きじゃないみたいだ。


頬を膨らませてむすーーーっとしたうーさん。

3、4分くらい口を聞いて貰えず、必死にうーさんのご機嫌を取り続ける。


「俺はね?いつも心配なんだよ。うーさんの事が」

「…………うん。ひーくんが本気でわたしの心配してくれてるのは、分かってるから。さっきのも冗談だからね」

「こっちこそごめん。うーさんの事は、もっと知りたいんだよ」

「ほんと?」


きらきらと澄んだ瞳で、じっとヒロを見つめるうーさん。


あぁ〜………。やっぱり弄りてぇ〜………。


そんな衝動を起こさせるうーさんの魔性に、俺は狂わされているのかもしれない……。


不意にヒロはうーさんと無言のまま、しばらくぴたりと目が合った。


ところで俺はずっと気になっていた。


何故こんなに綺麗な目をしてるんだろう?


「ひ、………ひーくんっ!?」

「…………」

「あ、あの……」


ヒロは気づけば自分の顔をぐっとうーさんの顔に近づけて、その瞳を見つめていた。


不思議だな。

カラーコンタクトだったら分かりそうなもんだけど、やっぱりそういうのを付けてる訳では無いようだ。


海の底に、強い光を閉じ込めたかのような目。


俺だけが綺麗だと思ってるのか?

他の人はうーさんの目をどう思ってるんだろう。ずっと気になってた。


解明したい。理解しないと帰れない。


「……………ひー、くん……」

「…………」


その瞳からぼんやりと蘇る記憶。

俺は、雨が好きだった。


幼少期。幼稚園で初めて母と離れ離れになったあの時。人が苦手だった俺は、世界に圧倒された。


まるでひとつひとつ丁寧に植えた苗を目の前で知らない人間が断りなく取り去っていくかのような得体の知れなさ。


心に覆いかぶさる恐怖に、幼かった俺はどうしたらいいかも分からなかった。


そんな時、ふと聞こえた静かな雨音と濡れた土の匂いに魅入られて、友達の輪から1人外れて玄関から外をずっと眺めていた。

そして、俺は世界が怖くないと思う事もあるって感じることが出来たんだ。

身体全体と脳裏に懐かしい感覚が蘇る。

この感覚は、軽い気持ちで誰かと共有をしたくなかった。


呼び覚まされたこの情景を知るのは、全世界で俺だけでいい。誰にも理解されなくたって。


ヒロは何事も無かったかのように椅子に座り直して、CCレモンを1口飲んだ。


相変わらず美味いなーこれ。


なんとも無しにヒロが顔を上げてうーさんの方を見ると、魂の抜け殻のように放心してフリーズしていた。


頬を真っ赤にしながらフリーズしている……。

どうしたんだろう?


「それは卑怯じゃん…………」

「え?何?大丈夫?もしもーし」

「…………ふしゅー」


一体どうしてしまったんだろう?

女性特有の何かとでもいうのだろうか。


知識が足りていないのを痛感する。

今度渚にしっかり聞いてみないと……。


というかそろそろ休憩から戻った方がいいかな?


「うーさんも飲みなよ。ぬるくなっちゃうよ」

「…………」


かしゅ。


「あっ待って!ちょっ待っ」


ヒロの声に従ってなのかそうでないのかは、ヒロには分からなかった。


うーさんは夢うつつ状態で缶を斜めに傾けたまま開けて、勢いよく中身がドポドポとテーブルに零れていく。


うーさんの手を慌てて支えるが時既に遅く、彼女の胸とタイトスカートをびちゃびちゃに濡らしていた。

彼女はそんな状況になっても尚、呆然としたまま天を仰ぎ続けている。


ヒロは備え付けのキッチンペーパーを取ってきて、とりあえず床とテーブルを拭き終えた。


あとはうーさん自身………。


…………。


「あっ。えっと。……………自分で拭いて!!」

「………」


ヒロは明後日の方向に目を逸らしながら、新品のキッチンペーパーをうーさんに突きつけた。


紅潮していく頬と体温を、ヒロは必死に抑える。


う、うーさん……。バカ………!

下着が、透けて……。


しかし、うーさんは未だ呆然として反応どころか微動だにもしない。

このままだと風邪引くし、飲み物の臭いがこびりついてしまう。


どうする!?

一瞬俺が拭くという選択肢が浮かんだけど、それは出来るわけがない。


確かまだ柳さんが管理室に残ってたはずだ!!


ヒロは柳を呼びに行こうと、立ち上がり走ろうとした。


「どこに行くの?ひーくん」

「!?」

「………へへ。また私、いつものやっちゃった」


振り返るとうーさんは頬を赤らめて眉をひそめ、ヒロに微笑んだ。


「私。………ひーくんなら大丈夫、だよ」


うーさんが静かに言ったその言葉にヒロはぽかんとして、何も言うことが出来なかった。


何が?


うーさんは何を言ってるんだ?


「拭いて」


恥じらいを秘めてゆっくり、ゆっくり背筋をぴんと伸ばしたうーさん。


落ち着け俺。

母校でも今この会社でも、変わらず俺の立派な先輩だ。

あの日から変わらず支え合う俺たちの関係は唯一無二。

こんな子と今後出会うことは二度とないだろう。


「だ、……ダメだよ。うーさんが自分で零したんだから」

「ひーくんのせいだもん……。責任取って」


ヒロは、そんなうーさんを見て心臓をバクバクと跳ねらかしていた。


苦しそうで今にも勢いよく弾けそうに膨張したワイシャツ。

濡れ滴った内股の膝から未だにポト、ポト、と雫が落ちて床に溜まっていくその光景が、喉奥に熱さを溜め込んでいく。


「無理だよ」

「私のためなら何でもしてくれるんだって、言ってくれたよね。それ『も』、嘘?今日のひーくんは意地悪だね」

「…………こぼした時結局、意識あったんだ?呼び止めたってことは」


うーさんはヒロの問いかけに何も言わず、涙で瞳を濡らしてじとっと俺を睨んだ。


追い込まれている。

追い詰められている。

狩られる。


今の俺は美しい瞳の肉食動物からどうにか逃げようとする、草食動物だ。


「ん………っ。はやく………」


それはダメだ!!!!うーさん!!!


それはダメだ。

少し苦しそうに一旦肩を縮込めて、また胸を思いっきりぐいっと張ったその光景を見た瞬間に、それはダメだ。と思った。

立派にそびえる2つの富士の山が、まるで生きているかのように、「解放」を求めるかのように苦しそうにぶるぶるっと小刻みに震えた。


ダメだ。これはいけない。


禁断の域。

俺は再び目を逸らした。


訳の分からない輩がいようもんなら必ずうーさんを守るって誓っただろうが………。

俺が訳の分からない輩になってどうする。


ヒロは再び柳を呼びに、まるで逃げるように背を向けて走り出した。


しかし、それをうーさんが柄にもなく大きな声で呼び止めた。


「そのまま行くなら、ひーくんに酷いセクハラされたって葛木さんに言っちゃうから!!」

「………………………………!?!?」


肉食動物に捕食されてる間、草食動物は何を考えるものなんだろう。

生まれた事への感謝?

食物連鎖の下位として生まれた事への怨念?


「自分が何言ってるか分かってる……?」

「当然。……ほ、本気だからね」


食物連鎖は尊くて、残酷だ。


ヒロはゆっくりとうーさんに向かって歩み寄る。


まだ心が観念しきれていない。

どうにか。何とかする方法はまだあるはずだ。


「俺、覗いたりしないからさ。……一旦脱いできて。シャツだけなら頑張って乾かし」

「『このまま』。拭いて」


人や動物は死ぬ時にドーパミンを大量に分泌し、多幸感を得ると言われている。

俺が死ぬ時もそうなんだろうか。そうだといいのだが。


「このキッチンペーパーじゃ心許なくない?ウェットティッシュ持ってこようか?」

「それでいいよ。はやく。それとも……セクハラ報告、されたい?」

「………」


ヒロはうーさんのすぐ目の前に歩み寄った。


濡れ滴っている。雫がぽと、ぽと、と落ちていく。

雨上がりの虹の下で、大きく実った果実から雨水が滴り落ちている光景を見ているかのようだ。


あまりにも残酷に美しく、神々しい。

黙り屈服せざるを得ない。


「ちゃんと、『しっかり』、………拭いてね」


考えてみれば至上の果実にありついて死ぬのと果実を逃してその上死ぬのなんて、天秤にかける必要すらない。


なんか……もうどうでもいい気がしてきた。


ヒロは普段と何も変わらずにうーさんに微笑みかけた。


うーさんはそれを見てはっとしたように目を見開くと、恥じらいと期待が複雑に入り混じった表情に変わって、瞳はまるで宝石のようにキラキラと強い輝きを見せた。


「はやくっ。乾いちゃうよ……ひーくん」

「…………」


拭かない俺が悪か?


こんなに本人が望んでるなら拭いてやるべきじゃないかとすら思えてきた。


その時、昔の記憶が突然頭の中に流れ込んできた。


『………………ふふ。馬鹿だなぁ』

『ヒロは、かっこいいね』


焼け落ちた校舎から生還した俺を出迎えて、ぼろぼろと泣いてくれた渚。


俺なんかの事を好きだと言ってくれた。

自由に生きる渚は、俺を心の呪縛から救ってくれた。


そして渚は俺が嘘をついても、すぐに見抜いてくる。

今までもそうだった。ここで起きた出来事なんて何かの拍子に悟られるかもしれないし、先日の居酒屋の温度感で詰め寄られ弁解出来ず浮気認定されれば、文字通り刺されてしまうかもしれない。


ふと、5歳児に戻りたくなった。

こう葛藤させられる度に俺は子供に戻りたいと思う。

何にも無くて気楽だったあの頃に。俺は俯き目を瞑って考えた。だがもう時間が無い。


その時、うーさんのスマホが鳴った。


ごめんとヒロに目くばせをして、うーさんは電話に応答して話し始める。


「サナギさん……!久しぶり。話せて嬉しい……。…………え?……その彼氏さん、罪深いね。私ならそんな思いさせないんだけどな?………なんてね。えへへ」


誰と何の話をしてるのか分からないけど、うーさんはすごく楽しそうに話し出した。

話しは長引き始め終わりそうになかった。


5分くらい経過した辺りで、ヒロはさりげなくキッチンペーパーをテーブルに置いて休憩室を後にした。


食われずに済んだ………!!!!助かった。


さながら、サファリパークの檻からの生還だ。


業務室に戻ると、既に残ったタスクはうーさんの作り上げたツールによって完了したらしく、皆退勤してしまっていた。


後に続きヒロも会社を出る。


「………?雨だ」


小粒の、やや強めの雨。


これに濡れればうーさんに許してもらえるような気がして、ヒロは傘を差さずに駅へ向かって走り出した。




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